Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

マーケティングの計算社会科学

2017-08-20 08:45:19 | Weblog
在外研究を終え4月から「通常営業」中だが、それと同時に日本マーケティング・サイエンス学会の部会も立ち上げることにした(個人的には「再開」したといいたい)。新たな部会名は「マーケティングの計算社会科学」である。この名称がわかりにくいとしたら、1つにはマーケティングと計算社会科学が「の」で結ばれているからだろう。

部会名を「マーケティングのための計算社会科学」という名称にすれば、もう少しわかりやすかったかもしれない。「マーケティングを対象とした計算社会科学」という名称だとさらに長ったらしくなるが、意味はより明確になっただろう。しかし、あえて曖昧な名称にしたのは、計算社会科学の範囲をあまり狭く限定したくなかったからである。

そもそも「計算社会科学」とは何なのか。7月22日に行った最初のセミナーでは、この分野の第一人者である名古屋大学の笹原和俊さんに「越境する計算社会科学」と題するチュートリアルをお願いした(スライド)。計算社会科学が登場した背景にはビッグデータの興隆があるが、笹原さんは特にソーシャルメディア上で観測されるデータに注目する。

そうした研究の一例として、セミナーの後半では笹原さん自身の研究「食と政治の右左:分断の計算社会科学」が報告された。いわゆる「フード右翼・フード左翼」という仮説が、Twitter上の投稿の分析によって検証される。また、米大統領選以降話題になることが多い「エコーチェンバー」現象についてのエージェントモデルも紹介された。



2回目の研究会は8月9日、ニューヨーク大学の石原昌和さんを招いて行った。発表されたのは以下の2題である:

"Uncovering Latent Consumption/Purchase Occasions Using Observational Data on Brand and Quantity Choices"
"A Dynamic Structural Model of Endogenous Consumer Reviews in Durable Goods Markets"

前者は6月の Marketing Science Conference でも報告された研究で、私も共著者の1人である。そこで分析に用いられたスキャナーパネル・データもまた、ビッグデータの一種といえる。このデータが登場したとき、高名なマーケティング研究者は、マーケティング・サイエンスにおけるチコ・ブラーエが登場するという期待を表明したものだ。

その後、スキャナーデータを用いたマーケティング研究の進歩は目覚ましい。一方で、同じような精度で購買行動を計測できないカテゴリがあるし、使用場面を含む幅広い消費行動へのアプローチはまだまだである。ただし、石原さんの2番目の発表のように、デジタルメディア上のデータ(顧客レビューなど)が新たなフロンティアを生み出している。



マーケティング・サイエンスもまたビッグデータを用い、また膨大な計算量を要する分析を行っているので、それはすでに「計算社会科学」だといえるかもしれない。問題はむしろ、それが「社会科学」かどうかにある。経営科学としての成否を超えて、社会を理解するツールとして役立つかどうかということを、この部会で探求していきたい。


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