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Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

研究者にとって正直さとは

2009-02-24 23:27:26 | Weblog
研究者とは,どれぐらい正直だろうか。研究者にとって正直であるとはどういうことで,そこにどのようなメリットがあるのだろうか。

データを捏造する,あるいはデータなど頭から無視して分析結果を捏造して研究論文を書いたらどうなるか。世のなかに衝撃を与えるような重要な研究であれば,誰かがすぐに追試を行うので嘘は大概ばれる。しかし,ほとんどの研究はそこまでいかない。特に社会科学で扱われる現象は状況依存的なので,再現性自体がさほど問われない。だから追試されることはまれである。

だったら,どんどこ嘘で固めた論文を書けばいいことになる。合理的な意思決定者なら,そうしてもおかしくない。だが,実際には意図的に捏造された論文はそう多くない。いろいろ分析したあげく,望んだ結果が得られずに論文化をあきらめる人が少なくない。そうだという明確な証拠はないが,嘘をついてまで研究業績を増やそうとする研究者はそう多くはないと推測する。

だから研究者は徳が高い,といいたいのではない。問題はそう単純ではない。たとえば回帰分析で,望ましい結果が出るまで説明変数の組を変えることがよくある。心理実験で,期待された結果が出るまで何度も繰り返すこともそうだ。うまくいった結果だけが報告されると,それが偶然によるかどうかは,捨てられた研究結果に関する情報がないと本来は正しく評価できない。

この場合,研究者は意図的に嘘をついてはいないが,結果として不確かな研究結果を報告していることになる。研究手続きをオープンにして,再試可能性を高めることができればよいが,難しいことも多い。結局,研究の報告者と聞き手の双方が,得られた結果の暫定性を強く認識するしかない。ただ懐疑的になるというより,探求を簡単には終わらせないということだ。

正直な研究者とは,データや分析結果を捏造しないというだけでなく,一見適切な手続きで行った分析でさえ,統計学で扱われる以上の偶然を含んでいることを認識している研究者である。その正直さは,研究者としての成功を保証するだろうか。短期的には,それは研究の量的生産性を低下させるかもしれないが,長期的には研究の質的生産性を高めると信じたい。

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