Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

熱狂するエージェント

2009-07-15 07:34:59 | Weblog
昨夜の JIMS 部会には数理社会学者の中井豊さんをお招きして,「熱狂現象としての流行」についての研究を伺った。中井さんは大学で理論物理学を学んだあと,霞ヶ関と大手シンクタンクでの勤務経験をへて,大学院に進んで博士号を取得,現在大学で教鞭をとられている。これまで何回もお会いしてきたが,研究だけでなく,研究に関する姿勢までじっくり話を聞くのは初めてだ。社会学者らしい洞察やことばづかいと,自然科学的な作法との共存が独特の持ち味になっている。

今回の発表で取り上げられる現象は,個々の流行・普及現象ではなく,それらが連続的に生起することである。たとえばバブル期に次々対象を変えながら投機が起きる。中井モデルでは,それを個別の製品や行動様式に内在する要因で説明するのでなく,人々の周囲への感受性(敏感度)に変化として捉える。そうした敏感度の変化をミクロな性質(周囲との差)とマクロな性質(全体平均)の二次元に投影すると,ある種の非線形ダイナミクスが見えてくる。この展開は見事である。

熱狂するシステム (シリーズ社会システム学)
中井 豊
ミネルヴァ書房

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エージェントベース・シミュレーションから得られる結果を,マクロレベルで集計して見るだけでなく,ミクロレベルでのダイナミクスをつぶざに見ることが重要だ。ただし,そのために多くの変数(切り取り方や組み合わせによっていくらでも構成される)のうち何に注目するかがポイントで,研究者のセンスが要求される。これは,シミュレーションという仮想現実に対して,ある種の自然科学的・実証科学的態度をとることだといえる。膨大なアウトプットからのマイニングが大きな課題になる。

二次会では,経営工学でエージェントベース・シミュレーションを追求している若手研究者たちが参加してくれたこともあり,中井さん中心に,いつになく方法論的な議論で盛り上がった。今回,マーケティング分野の参加者が全くなかったことからも,日本のマーケティング学界にこうした方法論を普及させることは,悲観的にならざるを得ない。むしろ,数学の能力やコンピュータリテラシーの高い理工系の研究者に,マーケティングの問題を理解してもらったほうが近道だという気もする。

ということもあってか,そのためのコンソーシアム,ワークショップのようなことがあればいいね,という話が出て,ぼくもつい「熱狂」してしまった。しかし,実際には多くの問題が山積している。その1つは,マーケティング分野に模範例・先駆例となる研究例が少ないことだろう。ぼく自身もう少し,もうちょっと,そこで何とかしなくてはと思っている。