Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「団塊の世代」国際比較

2009-07-08 19:30:43 | Weblog
堺屋太一氏の近著には以下の本がある。第1章を堺屋氏が書いたあと,2~4章は米国,中国,日本についての各論を,それぞれの国でまさにその世代を生きた執筆者が書いている。米国ではそれはベトナム戦争で傷つき,ラブ&ピースを信じたウッドストック世代であり,中国では文革によって地方に「下放」され,高等教育を受ける機会を失った「老三届」と呼ばれる世代を指す。日本は「全共闘」世代ということになるが,辛酸の舐め具合は米中の同世代の足元にも及ばない。

この本で初めて知ったのが,米中の「団塊の世代」が必ずしも人口のピークではないということだ。米国でも第二次大戦直後出生率は増加するが,それは 60年代の前半まで続く(ピークは 1957年頃だ!)。ベビーブーマー世代というのは,日本の団塊の世代のように,たかだか数年の幅に収まる存在ではないようだ。また,中国では,60年代により大きなベビーブームが来ており,そこが最も突出しているということだ。不勉強にも,ぼくはこれらのことを全く知らなかった。

日本 米国 中国 団塊の世代
堺屋 太一,浅川 港,ステファン・G・マーグル,葛 慧芬,林 暁光
出版文化社

このアイテムの詳細を見る

ともかく,日本では人口規模で異様に突出した世代が存在する。この世代は,確かにその前の世代に対して異質であるが,あとの世代に対してはどうだろう・・・。もちろん何らかの世代差はあるわけにせよ,表面的なライフスタイルを見る限り,前の世代との差に比べると,さほど大きな差があるとは思えない。彼らから始まる物質主義的な生活が,基本的にあとの世代にも継承されているのでは。団塊の世代は先頭集団であっても,ほかとは隔絶された特異な集団ではないように思う。

堺屋氏は第1章の最後を以下のように結んでいる:
団塊の世代よ、決して諦めるな! 君たちにはまだ未来がある。君たちが諦めずに働き、働こうとすることで、新しい文化がこの地球に育つのである。
「団塊の世代」ということばが与えられたことで,彼らは同世代としての自覚をより強く持つようになったはずだ。ある意味で,ことばが実体を作り出した例ともいえるだろう。したがって,このことばの作者からの励ましに応えて,団塊の世代がもう一花咲かせるかもしれない。そうすれば,次の世代の老後の,ロールモデルになるのではないかと。その点ではすでに,団塊の世代の女性が一歩先に進んでいるかもしれない。ただし,「おひとりさま」として・・・。

おひとりさまマガジン 2008年 12月号 [雑誌]

文藝春秋

このアイテムの詳細を見る