愛しきものたち

石仏、民家街並み、勧請縄、棚田景観、寺社、旧跡などが中心です。

旧安土町 石寺の茅葺き民家

2015年05月12日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)滋賀県

 

旧安土町石寺で見付けた茅葺き民家。

 石寺は先日の老蘇(お磯)道なりに旧中山道を北に進めば国道8号線と東海道新幹線を越えれば目の前が石寺の集落。

西国三十二番札所、繖(きぬがさ)山観音正寺への表山道のある古い集落。

 

 茅葺き民家は集落の外れ、旧在所道に面して大きい入母屋屋根を平入にして建ち前を背の低い生垣で囲っている。

屋敷はそう仰々しいものではなく一般農家風の佇まい・・・ 

 

 撮影ポイントが正面の1ヶ所しかなくなんとも歯がゆい撮影になってしまったが、妻破風には前垂れが飾られ、棟は大きな独特な瓦で抑えられている。

この付近では、この手の瓦で棟終いしてるのを何軒か見た。

 撮影2014.3.19


生駒市 西菜畑薬師堂石仏

2015年05月11日 | 石仏:奈良

人知れず寂寞の中、信仰篤く守られて居る薬師石仏さん。

ここがまた非常に判りづらい場所、この辺りの何軒かだけが隔絶された別集落の様に山襞に隠れて居るので道行く人に訊ね回してようやく辿り付いた。

肝心の薬師堂は民家の奥、山裾の乱積み石段を少し登った処に簡素な堂の中、石龕に守られ安置されて居る。

 

 切石と自然石を組み合わせた石龕の中、高さ約1mばかりの板石状花崗岩の表面に・・・

大きな頭光背を持ち、蓮座は供台に隠れて見えませんが、蓮台上に結跏趺坐してる様に見える。

右手は肩先で施無畏印、左手は膝上なのですが・・・その辺が傷んでいて薬壺があるのか無いのかよく判りません。

肩張り、膝張りともに大きく古様をよく踏襲、紀銘は無いものの、おそらくは南北朝期の造立ではないでしょうか?? 

惜しいことに腹部と右頭上に断裂が有る。

撮影2012.12.14


旧安土町 老蘇の茅葺き民家-2

2015年05月09日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)滋賀県

 

先日と同じ集落に建つ茅葺き民家。 

 

集落内を走る旧中仙道を西へ約300m・・ちょうど集落の中心辺り、小さな小川越えた左手におおきな茅葺き屋根が見える。

この民家はよほど格式の高い民家だと見えて、県指定文化財「名勝・緑苔台」の表示板が掲げられ、この家の庭が文化財指定されてる様子。

 ちょうど僕が訪れた時には住宅前が大工事中・・・ストリートビューで見ると、ここには医院が建っていたらしい。

細長い下屋の上に大きな入母屋の茅葺き屋根を載せ、破風には近江の前垂れ飾りが付けられて居る。

文化財指定の庭は表からは見える訳もなく、全く雰囲気すら判らないが、余程格式高い家と見えて「徳川家茂」も立ち寄った事があるそうです。

撮影2014.3.19


旧安土町 老蘇(おいそ)の茅葺き民家

2015年05月07日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)滋賀県

 

旧安土町老蘇集落で見付けた茅葺き民家。

老蘇集落は、万葉の昔から多くの歌人や旅人によって歌に詠まれた鎮守奥石(おいそ)神社の「老蘇(おいそ)の森」を有する古い古い集落。

国道8号線から旧中山道に入ると直ぐ目の前が「老蘇(おいそ)の森」、道なりに進むとこの茅葺き屋根が見える。

近江には多いベンガラ焼き板塀の奥に落ち着いた入母屋の茅葺き屋根が建つ。

さりとて特別な特徴は有りませんが破風の前垂れ飾りと、立派な棟仕舞が茅葺き屋根を引き立てて居る。

撮影2014.3.19


旧五個荘町和田 地蔵石仏

2015年05月06日 | 石仏:滋賀

旧五個荘町の古い集落「和田」の地蔵石仏。

集落の背後に中世の山城が在った古い土地・・・今でも集落に入ると、そこはかと歴史の息吹が感じれる・・・

そんな集落の真ん中辺り、在所辻に一間四方の辻堂が有り、中に地蔵石仏が安置されて居る。

どうしたのか??足元は床で隠され・・・腰から上部も表面と内部の石質が違うのか?? なんだか妙な色合い??

もしくは焼け爛れ、こんなふうになって居るのだろうか??足元が隠されているのも妙に気に掛かる。

像高1mばかりか?浅い彫りながら簡略化されず技法も確かな中世石仏・・・何せ詳しいデーターが何一つ見つかりません。

撮影2013.4.29


近江八幡市近江風土記の丘 旧宮地家住宅

2015年05月05日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)滋賀県

安土城考古博物館に付随する近江風土記の丘に移築保存されている旧宮地家住宅。

残念ながら民家としての役目を終え、哀しいかな今は抜け殻の展示物だが・・・・まあ、それでも無いよりはマシ。

説明板に依ると、この建物は長浜市国友町からこの地に移築されました。

一区の際に見つかった墨書から江戸中期の宝暦4年(1754)の建築であることが分かって居ます。

入母屋の葺き下ろし茅葺き屋根を持ち、下屋の大部分を土壁仕上げとして居る

光は妻入りの入口と奥の間にバッタリ雨縁のある縁側ぐらい。

防寒には良いのかも知れないが、外部の光入りづらく暮らしにくいものだったに違いない。

土間の奥に「にうじ」という一家団らんの場所がありますが、これは、地面に20センチほど籾殻を敷詰めその上に藁筵を敷いた居間で、「土座住まい」と呼ばれる湖北地方独特の生活形態をしのばせるものだそうです。

昭和43年、国の重要文化財に指定されています。

撮影2014.3.19


湖南市三雲 釈迦堂の阿弥陀笠石仏

2015年05月03日 | 石仏:滋賀

ひょんな処で覗いたお堂に安置されていたなかなか立派な石仏さん。

なにげに入り込んだ旧在所外れ、民家脇の空き地入口に小石仏や五輪塔などの石造品が並べられ、奥の方に小さなお堂が見える。

因みにお堂の傍には釈迦堂と刻まれた記念碑が立って居ました。

ちょっと失礼とお堂の中を覗いてビックリ、これはなかなかの石仏さんが鎮座・・・

少し下膨れ(台形)の板石状に加工した花崗岩に別石で加工したおおきな笠石をのせ・・・

下部の板石正面に蓮華座に座し、弥陀定印の阿弥陀如来坐像を厚くく刻み出し・・・

背には二重円光背を薄く陰刻。

均整の取れた美しさや、全体像の古様さなどから南北朝期を下る事は無いだろうと思うのですが??

素晴らしい石仏ですが・・・色々手を尽くしNETを検索しましたが全く資料は見つかりません。

お堂が釈迦堂と呼ばれてる事から・・・多分この地には釈迦堂と呼ばれていた古寺があったのでしょうか??

誰か知ってる人が居れば教えてください。

撮影2013.4.29


近江八幡市 上田町の茅葺き民家

2015年05月02日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)滋賀県

近江八幡市、上田町で見付けた茅葺き民家。

昔流に言うと昨日紹介の馬渕の隣村・・・・JR東海道線と新幹線に挟まれ、そこまで新興住宅が迫って来ている。

しかし篠田神社の有る一画だけは時が止まったかの様に昔日の景観をそのまま残している。

広大な屋敷林に囲まれた中に大きな入母屋造りの茅葺き屋根が野面越しに見える。

田圃の畦を歩いて近づいて見ると・・・去年の冬草がそのまま残り全く手付かず状態。

屋根はまだそんなに傷んでなさそうなのに物音一つせず蛻の空。

表に回って見ると、しっかり門戸が閉じられ、表を撮影する手立ては無い・・・・・しかし余程格式高い民家の様です。

人が住まないと建物の傷みは速く、この茅葺き屋根もそう永くはないかも??

撮影2014.3.19


近江八幡市 馬淵町の茅葺民家

2015年05月01日 | 茅葺き屋根(上懸屋含む)滋賀県

旧中山道、街道筋に建つ茅葺き民家。

旧中山道は国道8号線断ち切られ、その昔には一筋に並んで居ただろう馬淵の村も真っ二つ・・・・国道8号線を挟んで南側にも大きい茅葺き民家が残って居る。

街道筋とは云え、宿場町ではなく純農村集落で宿場町独特の風情は無い。

茅葺き民家は道路に面して平入で建ち、それ程大きい屋敷でもなく、一般農家風茅葺き屋根・・・

下屋は色々増改築されている様ですが、茅葺き入母屋造りの大屋根を載せて居る。

東近江に在って、入母屋破風に近江風前垂れ飾りがないのが、ちょっと物足りない気がする。

撮影2014.3.19