南部「曲り屋」を代表する建物として知られ、映画『遠野物語』のオープンセットとしても使われたようです。
盛岡から途中「岳、早池峰(はやちね)神社」へ寄り、国道369号線で遠野に向かう途中、左手高台に石垣積みの豪壮な館が見え、何の予備知識もなく思わず立ち寄った。
まるで城郭を思わすような規模・・・・、これが一軒の民家なのかと??
ここは国の重要文化財、現在も住居として使われており、敷地と建物の一部を公開されている。
<庭の真ん中には駒繋ぎ杭>
国道脇の専用駐車場から私道の坂道を登りきると蔵、ちょうど石垣上になるテラス状通路の向うに主屋である茅葺き屋根の豪壮な曲り屋が建つ。
千葉家の由緒は良く解らない様ですが江戸中期にはこの地方の一大豪農だったようです。
建坪約160坪、 L字型の右手居室部には二階部も設けられ、曲部袖部には台所と土間、その先は厩に成って居たようです。
天明、天保の大飢饉は、この遠野郷では凄まじく、四代目当主、喜右衛門が救済普請として主屋などを建設、村の婦女子や老人も人夫としてその糧を得たと云われ、その建築期間も10年の永きに亘ったと言われて居る。
<東側より主屋居住部を見る>
この高台から見渡す限りの田畑は千葉家が所有していたと云われ、その権勢ぶりも、この屋敷の佇まいから窺い知れる。
敷地面積約5600?(1695坪)、昔流に言えば五反歩以上に蔵や作業小屋、物置など6~7棟が建って居る。
奥に建つのは大工小屋、常時大工がいて補修営繕など大工仕事をしていたのだろうか??
屋敷には常時25人と馬20匹が寝起きを共にしていたという桁外れの大所帯・・・・しかし現在では何人で暮らしているのであろうか???
屋敷奥には自前の鎮守?稲荷社もしっかりした社で祀られて居る。
何もかもが桁違いで目をまん丸くしないでは居られない・・・・・、この歳になっても世の中知らないことばかり。
撮影2012.9.21