ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

07/10/19 錦秋演舞場祭りで勘三郎と森光子の共演の舞台

2007-10-19 23:58:19 | 観劇

TVの中村屋の特番といえばナレーターは森光子というイメージ。先代の勘三郎と麻雀仲間で家族ぐるみのつきあいだったようだ。その森光子と当代勘三郎の初の共演の話題の舞台。森光子は芸術座で「放浪記」を一度観たので、今回が二度目。
TVの劇場への招待で「放浪記」を観た時の記事はこちら
【錦秋演舞場祭り夜の部】森光子・中村勘三郎特別公演「寝坊な豆腐屋」
鈴木聡 作/栗山民也 演出
公式サイトより話の概要を引用。
「昭和37年夏。オリンピックの開幕を控え、大きく変貌しようとしている東京。昔ながらの人情あふれる、とある下町に、豆腐屋を家業とする清一(中村勘三郎)が暮らしていました。腕のいい豆腐職人なのに何故か寝坊癖。ある日、そんな清一のもとに、母親の澄子(森光子)が30数年ぶりに突然姿を現します…。」
出演は以下の通り。
森光子、中村勘三郎、波乃久里子、佐藤B作、米倉斉加年、中村扇雀、坂東彌十郎
片岡亀蔵、中村勘太郎、金内喜久夫、田根楽子、大和田美帆、武岡淳一、角間進、若杉宏二、福本伸一、ほか

戦争後まもない時期の元芸者という、森光子の魅力が生かされる役柄でアテ書きした書き下ろしだ。冒頭の清一の夢の中に出てくる町内の子ども達のはやし言葉が聞き取れずにちょっとイラつくが、何度も出てくるキーワードなのでわかってくるとなるほどと思えた。
♪おしろい臭い、芸者の豆腐♪
売れっ子芸者だった澄子が下町の豆腐屋に押しかけ女房(それも後妻)としてやってきて清一をもうける。清一が6歳の時にぷいっといなくなって36年。腹違いの姉ひろこ(波乃久里子)は幼馴染(彌十郎)に嫁ぎ、父は亡くなっていた。清一はひとりで豆腐屋を続けているが、寝坊をして近所の朝ごはんに間に合うように豆腐をつくれないということも頻繁にやってしまう。酒好きと寝坊は母親に似たらしい(笑)。

そこに金沢で金貸しとして財をなした澄子が東京オリンピック景気にわく東京に進出。母子のさりげない再会を工作するが失敗。出奔のわけを話そうとしない澄子はなさぬ仲のひろことだけでなく、清一ともしっくりいかない。その不器用な人間関係が芸達者たちによって浮かび上がる。
清一たちの町は戦争で焼け残り、戦死した人間の面影も思い出せる戦前からの街並みで人々が暮らしている。そこにもひろこの夫の勤める建設会社がマンションを建てての再開発計画が持ち上がり、人々は開発賛成派と反対派に二分してしまう。
建設会社の資金繰りの最後の一手に澄子がなり、開発計画は転がり始めてしまう。澄子には開発計画は昔馴染みの人々が喜ぶことだと聞かされていたのだ。人々が不和になってしまったことを聞き、リスクを全部しょって契約を破棄し、文無しになって金沢に去ろうとする澄子。
この家族を温かく見つめてきた元映画監督(米倉斉加年)が清一に過去の全てを明かす。母親を追いかける清一、すべて清算したら戻ってこいと母に言う清一。すべてのわだかまりが消えて、駅までの道を清一が母をおぶって花道を引っ込むところで「完」である。

観客も中村屋一家と森光子の交流を踏まえて観ているわけだから、長く築かれてきた信頼関係の上の芝居を安心して嬉しく楽しめるわけだ。勘太郎の新聞太郎の役なんて無理やりからませるための役のようなものである。楽しいからいいのだ。

素直になれずにぎくしゃくする家族の関係を観ているハラハラさ、全ての感情のもつれがほどけて心が通い合う人情劇というのがやっぱりいいのだ。森光子と「」で長く共演している米倉斉加年はご本人も絵を描かれるだけに豆腐屋でのスケッチ場面もとても自然。澄子に頼まれて長年にわたり清一の絵を描いて送り届け、母子をつないでいたという役柄にぴったり。この役もすごいアテ書きだ。

そこに高度経済成長政策に沿った開発を多数決で決めてしまったことを盆踊りの場面で主人公が町の人々に問い直す、情のこもった勘三郎の台詞。そこで一度決まったことがひっくり返り、論議をつくさない開発にストップがかかるという事態の痛快さ。「多数決」で無視されやすい「反対した者たちの心」の扱いを問う脚本の鋭さに感服。「多数決」には「少数意見の尊重」が必須なのだ。ここを理屈っぽくなく語る台詞のよさと勘三郎の芝居のよさに私は涙してしまった。今の日本にここが一番欠けていたんだよ~。

昔、世話になった建設会社社長の息子にとばっちりがいかないように私財を全て投げ打つきっぷのいい女というのも森光子にうまくハマる。80歳台後半とは思えない台詞のよさ、風情のよさ。さすがに時間的にはコンパクトに仕上げられていたが、森光子と中村屋の人情芝居を楽しませてもらった。
彌十郎、亀蔵、扇雀といった歌舞伎役者陣が清一の幼馴染として濃い芝居を見せ、佐藤B作もすごい存在感でコメディシーンのテンションも高かった。

公式サイトに「この秋、新橋演舞場で誕生する“ひとつの夢”」というフレーズがあったが、本当に夢のような人情物語(ホントありえないお話!)。短時間だがとっても濃い人情喜劇に満足して打ち出された。
3階右列での鑑賞だったが、幕間にお隣席になったUMさんと話が盛り上がって終演後もファミレスでおしゃべりでき、それも大満足だった。まんべんなくいろんな歌舞伎役者の魅力を語り合える方にこんなに偶然に出会えるのは嬉しい限り。こういう出会いも観劇の魅力のひとつだ。これからもいろんな出会いをしていきたい。

写真は公式サイトより今回の公演のチラシ画像。こういう場面は全くなく母子別離前の幸せだったころのイメージイラスト(追記:ちゃんと若き日のおふたりの写真から描いている)。
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