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パンダ イン・マイ・ライフ

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ビートルズのすべて 13 ビートルズの遺産 ビートルズが残したもの(2)

2014-05-04 | ビートルズ
70年代に入って1月、改めて行われたジョージの「アイ・ミー・マイン(I Me Mine)」のレコーディングと「レット・イット・ビー(Let It Be)」のダビングが、ビートルズの最後のレコーディングとなりました。それも4人全員が顔を揃えてのことではなかったのです。

前後して、ポールはソロアルバムのレコーディングを開始。また、ジョン、ジョージ、リンゴの3人の了解を得て、フィル・スペクターが『レット・イット・ビー(Let It Be)』の制作を開始。ポールにはフィルが制作することが知らされていませんでした。そして、前年69年の12月からレコーディングを開始していたリンゴのソロデビュー作の『センチメンタル・ジャーニー』 - Sentimental Journeyが発表されます。さらに『レット・イット・ビー(Let It Be)』の発売が予定されていたところ、それはポールのソロ作の発行日と重なっていました。そうしたことから、リンゴがポールを訪ねて調整を依頼したものの、ポールは断固としてそれを拒否するといったこともあったわけです。

アルバム『レット・イット・ビー(Let It Be)』の発売と前後して、映画『レット・イット・ビー(Let It Be)』も公開されます。発案者であるポールは出来上がった作品を見て、「僕が撮りたい映画じゃなく、ビートルズの分裂映画になっちゃったんだ。そのほうが話としては面白いかも。悲しい物語だけれど、どうしようもないよ。バンドというものがどのようにして分裂していくかを見せるようになったんだもの。本当に解散することになるとは、その渦中にいるときには気がつかなかったんだけれど」と語っています。

ジョンも「撮影は地獄だった。映画が公開されると、ヨーコが陰気だっていろんな人から不満が出た。だけど、ビートルズのどんな好きなファンだってあの悲惨な6週間を耐え忍ぶのは無理だよ。この世で一番悲惨なセッションだった」と語っています。
そうした言葉からのも明らかのように映画『レット・イット・ビー(Let It Be)』は、ビートルズ崩壊の内実を赤裸々に描き出した作品でした。


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