パンダ イン・マイ・ライフ

ようこそ panda in my lifeの部屋へ。
音楽と本、そしてちょっとグルメなナチュラルエッセイ

薬膳料理 ヒジキと夏野菜の白あえ

2014-07-27 | food
日本全国梅雨明けですかね。夏の薬膳料理を一品。食べ物が持つ体に良い作用を組み合わせた料理。夏を元気にという触れ込みです。

トマトは体を冷やす涼性,緊張を和らげる甘み,体を引き締める酸味があると言う。さらに渇きをいやし,血液の巡りを良くし,胃の機能を高めるとあります。つまり体内の水分が奪われがちの夏に適した食材なのです。これを薬膳といいます。5つの性質と5つの味に分類します。今回使ったキュウリもヒジキも中国では体を冷やす食材です。

材料は4人分です。

ヒジキ 5グラム,キュウリ 1本,トマト 1個,豆腐 2分の1丁,はちみつ 大さじ1,白すりゴマ 大さじ2,マヨネーズ 大さじ 半分,塩 少々

作り方
1 ヒジキは水で戻し,サッとゆでて水気を切ります。トマト,キュウリは小さめの一口大に切ります。


ヒジキ,トマト,キュウリを少量のしょうゆ(分量外)であえておきます。


豆腐はキッチンペーパーを巻き,耐熱皿に入れてレンジで3分加熱し,冷まします。

2 ボウルで豆腐はちみつすりゴマ,マヨネーズ,塩を入れ,


泡だて器でつぶしながら滑らかになるまでよく混ぜます。


食べる直前に水気を絞ったヒジキ,キュウリ,トマトをあえます。



トマトやキュウリ,とうふ,ヒジキが主ですので水気がどうしても絞り切れません。味食感を損ないますので,適量を作ること。食卓に皆が揃ったら絞ってもよいと思います。大目に作って一晩おくとさらに水気が・・・。大目に作るのは避けた方が良いでしょう。 

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2014-07-22 | life
今朝,窓から電線に燕が列をなしているのが見えた。


調べ見ると,燕は3月下旬ごろにマレー半島やフィリピン,台湾,オーストラリアなど暖かいところで越冬して日本にやってくる。そして,秋,9月中旬から10月下旬にかけて南へ渡っていくといいます。飛行能力は抜群で1日300キロ,それも集団ではなく,1羽ずつ飛んでくるといいます。また,日本で越冬する燕もいて,春になると北へ帰るのもいるとか。燕は1夫1妻で4月下旬から7月下旬にかけて産卵し,その生命の強さには参ります。1か月弱で巣立つという。


この燕たちも日本で生まれ,大きくなり,秋には南へ帰る力を貯えるのでしょう。
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軍師官兵衛を読む。 司馬の「播磨灘物語」

2014-07-21 | book
今年の大河ドラマ,軍師官兵衛。そのテレビと呼応して,司馬遼太郎の名作,「播磨灘物語」,文庫で全4冊を読んだ。
黒田官兵衛の一生を,その時代を生きた様々な人々の生きざまを通して,まさに戦国群像絵巻として読める。1973年司馬が50歳の時,昭和48年5月に新聞小説として掲載開始。50年2月に完結。単行本3巻は昭和50年に出された。

中世の室町時代が終わろうとしていた時に,東海の地に現れた織田信長。まさに混沌とした時代に現れたヒーロー。能力のあるものはどんどん登用し,持ち駒として,北には上杉,東には武田,西には毛利に対峙させる。そんな中で,中小の有力者が微妙なバランスで生きてきた播磨は,東の織田,西の宇喜多,毛利の間に挟まれ,まさに風見鶏のように右へ左への大騒ぎに巻き込まれることになる。

祖父の時代に,播磨の国に根付いた黒田家。土豪の小寺家の家老となり,その騒ぎをどう乗り越えていくのか。サラリーマンの悲哀を感じさせる。

中小企業がひしめく地域の会社「小寺」の専務,官兵衛。しかし,今の会社の社長にこの混乱を乗り越える才覚は無い。大手企業が虎視眈々とこれらの企業を吸収合併にかかる。どの会社の傘下に入るのか。その企業体質はどうなのか。堅実で守りの「毛利」。非常な論理でのし上がった「宇喜多」。多くの専務を抱え,登用し,どんどん吸収合併を繰り返し大きな影響力をもつようになった「織田」。ワンマン社長の基で勢力を拡大した「武田」
信長の非常な采配に「織田」の専務の荒木村重や明智光秀は,反乱を起こす。その際,「織田」の他の専務たちの動向は。また,その「織田」を取り巻く中小の企業たちはどう動くのか。

20代で「小寺」の家老「専務」となった官兵衛。信長の新しい感覚に惚れ,「織田」へと小寺を導く官兵衛。そこに「織田」の新参専務の秀吉との出会いがあり,また,同じ企業人として親しみを持つ,秀吉の配下,竹中半兵衛との出会いがあった。

「毛利」との戦いを任された秀吉。上月城の尼子氏を切り捨てる非情な織田社長。その非情な采配に,荒木専務は織田社長を裏切る。荒木と毛利に挟まれた播磨は,どんどん「織田」から律儀な会社「毛利」になびく中,小寺の社長は,専務官兵衛を荒木の基に送り,官兵衛を切り捨てる。織田社長に息子松寿丸を人質に出していた黒田家は,官兵衛よりも息子を選ぶが,織田社長は許さない。官兵衛の息子を救ったのが竹中半兵衛だった。

1年にもわたる荒木での幽閉生活を異議なくされる官兵衛。しかし,荒木に官兵衛を討つ考えはない。その荒木が待つ毛利は来ない。そして疲れ果て逃げ出す荒木。いよいよ毛利との戦いが始まる。宇喜多を味方に引き入れた官兵衛は,備中高松城の水攻めを行い,毛利の半分領国割譲の条件を導き出す。しかし,そのとき,「織田」の専務明智の裏切りが。

「中国大返し」を敢行し,明智を討つ秀吉。いよいよ秀吉の時代が訪れる。しかし,新社長の秀吉にも旧勢力と新興の事務勢力の軋轢が生まれ,秀吉に嫌気がさす官兵衛。その中で,官兵衛の息子,長政は,新興勢力の「徳川」に組し,荒波を乗り越えていく。

大河ドラマもそんな風に見るとおもしろい。如水と称した官兵衛。水は,上流から下流へとさまざまな景色,環境の中で揉まれ,一所に立ち止まらない。

官兵衛は,隠居となり関ヶ原の戦いを迎えた時に54歳。九州大分に本拠を構え,その鎮撫に当たり,九州福岡へ。波乱の人生を58歳で終える。

司馬の人生観,人間ウオッチング,そして文献を丹念に整理し,丁寧に人を蘇えさせる手腕はすばらしい。戦国の人の生き様は今に通じる。

読み応えありの一冊。
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御宿かわせみ(6)「狐の嫁入り」

2014-07-20 | 御宿かわせみ
御宿かわせみ第6弾「狐の嫁入り」昭和58年1983年5月刊行
師走の月
茶問屋東竜軒の一人娘おひでは、船頭の佐吉に熱を上げていた。そんな中、東竜軒の主人市右衛門が何者かに刺される。
迎春忍川
鼈甲かんざしの老舗加納屋の主人清右衛門が殺された。60過ぎの内儀は19歳のお比奈。そして、探索していた伊之吉も殺される。
犯人はだれか。手代の清次郎か、お比奈の母親か。東吾、源三郎、かわせみのおるい、嘉吉、お吉の推理とチームワークが冴える。
梅一輪
東吾が捕まえそこねた女掏り。その背中には将門の娘、滝夜叉姫の刺青が。それは将門の彦六という掏りの娘なのか。東吾が通う方月館で目黒村の出会ったおまさは彦六の娘だった。神田明神の対決が見もの
千鳥が啼いた
八丁掘吟味方与力の通之進は、弟東吾といっしょにいたところを襲われる。そこに助太刀をした伊之助は狸穴方月館の東吾の弟子だった。伊之助は名主の子だったが出自は侍の子だった。侍にあこがれる伊之助。そんな折、蔵前の料亭鶴伊勢屋に賊が入り、主人夫婦、跡取り息子が惨殺される。
狐の嫁入り
本所界隈で、狐の幽霊の話が持ちきり。金貸しの検校が借金のかたに材木問屋木曾万の娘を自分の息子の嫁にと所望する。
殺しの無い、粋な成敗が楽しめる。
子はかすがい
東吾の兄嫁香苗のおめでた騒ぎ。東吾が通う方月館の奥向きを取り仕切るおとせの犯人騒動、おとせの息子正吉6歳の行方不明騒動、そして、同じ犯人の殺人事件が3件連続で起きる。
赤ん坊を巡る悲しい兄妹の始末。
オール読物昭和57年11月号~58年4月号初出
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新ショウガと梅干しの夏ご飯

2014-07-13 | food
梅雨本番になりました。そんな中,新聞で取り上げられていたさっぱりご飯。
スーパーに行くと新ショウガが並ぶようになりました。その新ショウガを使って,梅雨のじめじめした気分をすっきりしたものに。具材もはたぶん家に常備してあるものです。具材を炊飯器に入れ,普通に炊くだけで完成です。

材料は4人分。米2合,酒大さじ2,昆布5㎝,梅干し1個,新ショウガ20グラム。油揚げ1枚。
作り方
1 米は洗って水加減し,酒と昆布を加えます。
2 油揚げは千切り,新ショウガは皮をむかずに千切りにし,梅干しとともに1に加わえます。

普通に炊き上げたら,昆布と梅干しの種を除き,上下を返すようにほぐします。


ショウガの香りと梅干しの酸っぱさが,お米の甘さと相まって,さっぱり,すっきりご飯となります。青紫蘇を刻み,使った昆布もご飯にのせました。

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ビートルズのすべて 13 ビートルズの遺産 ビートルズが残したもの(5)

2014-07-06 | ビートルズ
そして、ジョン、ポールに続く第3の存在だったジョージは、ボーカリスト、ソングライターであるだけでなく、ミュージッククリエイター、プロジューサーとしての手腕を発揮しはじめます。

洗練されたポップス作品を手掛けると同時にブルースなどのルーツ音楽、さらにインド音楽も交え、グローバルな視点にたった作品を生み出し、独自の音楽展開を見せていきます。そして、プロジューサーとしてはラビ・シャンカールの依頼により、ボブ・ディランなどをゲストに向かえ、バングラディシュ・コンサートを応援したことでも話題になりました。さらにジョージの才能の豊かさ、可能性を明らかにしたのが、ソロデビュー作の『オール・シングス・マスト・パス(All Things Must Pass)』でした。では、アルバム『オール・シングス・マスト・パス(All Things Must Pass)』から、ジョージの存在をより印象づける作品となった「マイ・スウィート・ロード(My Sweet Lord)」をお聞きください。
マイ・スウィート・ロード(My Sweet Lord)
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