なんとも不思議な、理屈に合わない記事なので、一晩考えてみました。
「軍国主義を叫び、戦後も、政界や財界の中心に居座った人々は、」「大物の嘘つきです。」
氏の言葉の最初の部分を、言葉足らずの叙述と思い、私が勝手に下記のように修正しました。
「戦前は軍国主義を叫んでいたのに、戦後も、政界や財界の中心に居座った人々は、」「大物の嘘つきです。」「
そうでなければ、文意が続かないと、考えましたが、氏は文意を続けることより、反日・左翼思想の発信に重きを置いていたのではないかと、視点を変えてみました。そうなりますと、「軍国主義を叫び、戦後も、政界や財界の中心に居座った人々は、」「大物の嘘つきです。」と言うのは、日本を捨てた「変節漢」でなく、「戦前戦後を通じて国を愛し続けた本物の保守」を批判している言葉ではないかと・・・このようになります。彼の言う「軍国主義」は、「愛国」と言うことになり、現在の反日・左翼の主張と一致します。
ここ数日の共同通信社の記事が、「安倍政権への批判」で一貫していることを考えれば、「軍国主義」が「愛国」を指していると考える方が、自然です。具体的に言えば、総理が掲げてきた「憲法改正」と「皇室護持」の二つの旗印を指しています。
庶民の常識ではピントのずれた主張ですが、反日・左翼の仲間内では、この解釈の方が納まりがつき、矛盾がありません。「軍国主義を叫び、戦後も、政界や財界の中心に居座った人々は、」・・・と、氏は大嘘つきの存在を、政界と財界に限定しています。私が、最も問題視している学界と法曹界、マスコミ界に言及しないはずです。ここにいる人間たちは、GHQに統治された途端、「アメリカ民主主義」と「東京裁判史観」に信念を変えた、変節漢ばかりですから、「憲法改正」や「皇室護持」を言うものは誰もいません。
氏の考えと私の考えがぴったりするなどと言うことは、そもそもあり得ないことでした。一晩考えて、自分の間違いに気づきました。私の解釈を捨てれば、この記事が、共同通信社による「情報操作記事」であると言う見方も、ごく自然に浮かび上がってきます。
辻氏についてネット検索していたら、思いがけない情報を発見しました。そのまま転記します。
「氏の父は、自由民主党の衆議院議員で、中日電機工業会長の辻寛一。」「実家はおでん屋と語ることもあるが、」「これは父寛一が、名古屋一の繁華街栄町で、『辻かん』というおでん屋を、営んでいたからである。」
ついでなので、氏の父である辻寛一氏の経歴をネットで調べました。煩わしいと思いますが、一部を転記致します。
- 1905年(明治38年)-岐阜県生まれ
- 1926年(大正15年)- 名古屋高等商業高校卒業
- 名古屋新聞 ( 現中日新聞 ) で8年の記者生活
- 1934年(昭和8年) - 名古屋市議会議員、後に愛知県議会議員
- 1946年(昭和21年)
- 4月 -第22回衆議院議員選挙で、愛知1区初当選(日本自由党)
- 6月 - 第一次吉田内閣運輸参与官
- 1947年(昭和22年)- 第23回衆議院議員選挙で当選。同年、中日電気工業を創業。
- 1949年(昭和24年)-第24回衆議院議員選挙で当選(民主自由党)
- 1952年(昭和27年)- 第25回衆議院議員選挙で当選(自由党)
- 1953年(昭和28年)- 第26回衆議院議員選挙で当選(吉田自由党)
- 1958年(昭和33年)-第28回衆議院議員選挙で当選(自由民主党)
- 6月 第2次岸内閣で 防衛政務次官
- 1960年(昭和35年)
- 12月 - 衆議院国土総合開発特別委員長
- 1967年(昭和42年)- 第31回衆議院議員選挙で当選。 自由民主党全国組織委員長
- 1976年(昭和51年)
- 4月 - 勲一等瑞宝章受章
これで氏が、自分は「おでん屋」の息子だったと語るには、少々無理があります。六法全書も大人の総合雑誌も、父親の書斎にあったと知れば、私の疑問が解けました。父寛一氏が、これほどの著名人なら、共同通信社も知らないはずはないでしょう。氏と同社は、「情報操作記事」と言うより、「捏造記事」を全国発信したと、・・こう言うことになるのではないでしょうか。かっての神童が、今は嘘つきになったと、私が言うのは、過激な批判となるのでしょうか。
思わぬところで横道に迷い込みましたが、次回は予定通り、次の記事を紹介します。
『戦前は軍国主義をさけび、戦後も政界財界の中心に居座った人たちは、、、、、、嘘つきだ』
とか言う言い草は、良く聞きますが、私は見当違いだと思います。
確かに破廉恥な変節者は、たくさんいます。(とくに文化人やマスコミ関係者です)
しかし、政治家については、やむを得ない事情もあります。
もちろん、政治家・軍人であれば、大東亜戦争に負けたことは死ぬほど悔しかったでしょう。
しかし、どんなことかあっても、天皇陛下と日本の国体は守らなければならないということが大前提ですから、
多少不本意であっても、アメリカ占領軍の意向には従わざるをえなかった側面も有ります。---これは、変節でも嘘つきでもないでしょう。
ですから、当時の保守党の政権担当者は、『完全な変節者』は、それほど多くはなかったと思いますね。、
★★戦争に敗れたとは言え、天皇陛下(昭和天皇)を御守りすることが、第一政策である以上、
戦前の公職者が国家の統治を引き継ぐのは当然のことです。
それが気に食わんという人は、終戦直後の日本人の悲哀や悔しさが、わかってない人ですね。
●●ハ-ベストタイムというのはたしか、
中川健一という牧師が主催するキリスト教布教団体です。
この牧師については、キリスト教関係者でも評価がわかれているらしいです。
私は、決してキリスト教は嫌いではありませんが、
このハ-ベストの傾向は、かなり偏頗なコチコチのキリスト教徒という感じです。
まあ、キリスト教会でも、おおらかな牧師さんでしたら、
『神社やお寺にお詣りなさるのも結構ですが、是非とも、うちの教会にもいらっしゃい』と言ういいかたですが、
このハ-ベストの中川健一牧師は、そんなもんじゃありません。
中川健一氏は『左翼』では有りませんが、日本の神道や仏教や皇室儀礼に対する敬意は、全くありません。
しかし、韓国に対しては、かなりのシンパシ-があるようです。
こんな宗教が、日本で布教成果があるとは、とうてい思えませんね。
ほっておいたら、いいと思います!
『戦前は軍国主義をさけび、戦後も政界財界の中心に居座った人たちは、、、、、、嘘つきだ』
この言葉を、もう一度確かめてください。これは辻氏の言葉でなく、私が修正した言葉です。貴方はこの言葉に怒りを覚えておられますか。
しかしこれは、私の言葉ではありません。辻氏の言葉の意味が通じないから、こういう言葉でないのかと、修正したものです。
もし私の過去のブログを読まれましたら、政治家や軍人、経済人について、私はこのように単純な意見を言っておりません。
「それが気に食わんという人は、終戦直後の日本人の悲哀や悔しさが、わかってない人ですね。」
もしこの言葉が私氏に向けられているとしましたら、貴方の誤解です。あるいは私の表現が不味かったのかも知れませんが、いずれにしましても、私が「変節」を厳しく言及しているのは、GHQに協力して、現行憲法を積極的に肯定し、浸透させた学者たちです。そこは理解して頂きたいと、思います。
また中川という牧師も、ハーベストタイム も、私は今回初めて知りました。ほったらかすも何も、
私にはそうするしかありませんが、こういう人物に縁の深い言葉をわざわざ使ったというのが、共同通信社の「情報操作」の一環なのでしょうか。
いずれご機嫌の直った時、いつもの冷静なコメントをお願いいたします。
戦前は軍国主義を叫んだ、、、、、、、、、、、、うんぬん
の言葉は、辻氏の言葉の意味を、猫様が判断なさって修正した言葉であることは理解しております。
したがって、私の怒りは、もちろん辻氏や共同通信に向けられたものです。
私も、文章力が拙かったことも、お詫び致します。
もう一度、この、ブログのシリーズを読ませていただきました。
猫様も、おっしゃるように、
一番の変節者は、戦後、アメリカ占領におもねった文化人だと思います。
しかし、辻氏が、そういう変節文化人を批判せずに、
軍国主義者?だけを批判するとなりますと、やはり、たちの悪い情報操作だと思いますね。
-----それからですね、、、、、、
戦前の日本を軍国主義だと決めつけること自体、まちがってると思いますね。
支那事変から大東亜戦争真っ只中のころは、軍国的なム-ドがあったかも知れませんか、
昭和時代初頭のころは、それほど軍国主義でもなかったと、お聞きしてますが、、、、、
戦前の日本を「軍国主義」と決めつける。
これが、東京裁判史観の出発点で、あたかも日本の軍隊だけが、武力をかざし、他国を侵略したという伏線が、隠されています。
全ては現行憲法の「前文」に集約されており、これを東大の「憲法問題研究会」のメンバーが、GHQに協力して成立させました。このメンバーが、学界を支配しているということは、教育界、法曹界、マスコミ界で人間ネットを形成し、利益共同体を作っているということになります。
戦前にしましても、現在にしましても、反日・左翼の定義でいけば、「軍国主義」でない国が、どこにあるのでしょう。この常識を、学者たちは語らず、偏向教育を続け、反日思想を広めています。ここに日本の病巣があると、私は確信しています。
辻氏も、共同通信社も、朝日もNHKも、反日・左翼のネットワークの中で活動しています。私が一連のブログで追及しているテーマが、ここにあります。ご理解いただけたら、幸いです。
早速のコメントに感謝いたします。