わが家の庭には、名前がある。家内がつけたもので、「ねこ庭」という。
猫の額ほどの庭、という貧乏臭い意味でなく、「猫が遊ぶ庭」という、微笑ましい名前なのだ。昨年の6月26日に、飼い猫が死んで以来、猫の姿がなくなったけれど、私たち夫婦にとって、この庭はいつまでも「ねこ庭」であり続ける。
さて、この「ねこ庭」を訪れる、小鳥たちがいる。
めじろとヒヨと、しじゅうからだ。いつからか、毎日つがいで訪れるようになり、見ているととても愛らしい。
この中で、ヒヨがいちばん体が大きく、大事にしているサクランボや、イチジクなどを力ずくで、毟りとっていくから、見つけると追い立てていたが、、改めて眺めると、これも愛らしい鳥だ。
冬なので、盗られる果実が無いせいもあり、枝に止まる姿を観察していると、小首をかしげ、家の中を覗き込むような仕草が、何とも言えない愛嬌だ。ミカンを輪切りにし、小皿に置くと、突つき回して食べ、小さくなると丸呑みにしてしまう。ミカンは、めじろも大好物で、ヒヨが居なくなった後で、食べこぼしをついばんでいる。
周囲を警戒しながら、小さなくちばしで、懸命にミカンを食べるめじろは、名前の通り小さな目の周りが、丸い白模様で、じつに可愛い。
ヒヨはキーキー、とけたたましい声で鳴くが、めじろは控えめで、鳴き声まで愛くるしい。大きなヒヨに奪われないよう、餌を二つに分け、別々の場所に置き、めじろが安心して食べられるようにしてやった。
しかしうまくいかないもので、ヒヨがすぐに発見し、追い立ててしまう。
ところがなんということか、めじろもたいした度胸で、ヒヨがいなくなった別の場所のミカンを、ついばんでいる。あんがい要領の良い、大胆な鳥であると知ったが、自然界では、こういう厚かましさがないと、生き抜けないのだろう。
しじゅうからが食べるのは、乾燥したピーナツとヒマワリの種なだから、めじろやヒヨと、食べ物で競合しない。だからヒヨとめじろが、追いかけっこをしていても、我関せずと、別の場所で餌を食べている。
ピーナツは、殻つきのものをスーパーで求め、針金を通して丸い輪にし、ブドウ棚の柱に引っ掛けている。しじゅうからは、キツツキの仲間とのことで、ピーナツの固い殻を、上手にくちばしでつつき、中の実を食べる。ヒヨもめじろも、ピーナツの殻には手が出ないらしく、近づきもしない。
餌の場所は、全て居間から眺められる処に置いてあるから、時には時間を忘れ、小鳥たちに夢中になる。文字通り、ねこの額しかない狭い庭は、こんな時は便利で有り難い。ひょいと首を、伸ばしさえすれば、庭全体が一望できてしまう。素晴らしい、「ねこ庭」である。
つがいで来る鳥たちは、一羽が食べている間、もう一羽が、付近の枝で警戒に当たっている。一羽が終われば、次の一羽が餌場へと行く。どちらがオスでメスなのか、分からないが、互いに協力している姿は、微笑ましくもある。
一羽が、いつまでも食べ続けていると、我慢できなくなったもう一羽が、えさ場に行き、激しい争いになる。結局体の大きな方が勝ってしまう。たとえ夫婦でも、そうなるのだが、これが弱肉強食の世界、そのものなのだろうか。
私たち夫婦も、時として喧嘩をするが、食べ物のことで争うなんて、そんなみっともない真似はしないと、安心させられ、なんだか得意にもさせられる。
庭に来る小鳥だって、ちゃんと生き方を教えてくれるのだから、疎かにはできない。
「 ねこ庭 」
ねこ庭に
姿を魅せて
戯れる
小鳥囀ずる
穏やかなりて
ニャンコ姫 LOVE-GREEN
良かったですね 。
みみずのおじ様 と 奥様 (^_^)v
また 伺いますね 。
「 お休みなさいませ えみ 」
ねこ庭の 歌ありがたし
しみじみと
姫のこころも しかと受け取り
われと妻 いさかいしても
むつまじく
生終わりたし 鳥たちのごと
御礼と感謝 を
アナタ と 奥様 へ
今から綴ります
乱文 許されたし
こころに 笑顔の花
たくさんの 花
ありがとう
なれど
達筆すぎて 読めませぬ (笑)(⌒~⌒)
何かを代するなど
誰に対しても
考えた事など 無い ですよ
えみが えみの笑顔の花の種を
風船に くっつけて
飛ばしております 。
届け先は
えみ次第 だよ~~~~~~~ん
只今
次の 目標を考え中なんだ
めいいっばい おいちいものを
うっ ふぅ~~~~ぅん
食ってやる (爆)(o^∀^o) 〓
また 伺いますね 。
では ご機嫌よう
わたくしの親愛なる ブログ友達の
みみずのおじ様
ニャンコ姫 LOVE-GREEN
どこへ行くのか風次第。届いた先で、花開く。
この殺伐とした世において、これはまた
大人だって楽しくなるメルヘンです。
外国語が得意だったら、
世界中に向けて、風船を飛ばしてみたいものです
本日は晴天なり 本日は晴天なり
私のこころも・・・・・
さくらんぼやイチジクの木がありまして、それらは私のものではなく、近所の家のものなのですが、5、6月にさくらんぼを、9月には無花果をご相伴に与かっています。
私は庭がありませんで、玄関先の小さな花壇の先の門の上に、チョコ付のビスケットを砕いて置いておくと、毎日小鳥さん達がやって来ます。
今日はコマドリさんとウグイスさん、クロウタ鳥(こちらでメルロと呼ばれてますけどね)達のご来訪でした。
シジュウカラも来ますよ。キツツキの仲間とは知りませんでした。今度、ひまわりの種を上げてみますね。
3月末には燕がワンサワンサとやって来ます。
夏にはホオジロがやって来て(うちでは餌を食べたことがない)鈴をはる美声を張り上げます。殊に私が歌う時には、木に止まり、負けじとばかり声を張り上げます。「一筆啓上仕り候」。
私は鳥さんとの競演、協演気分で気持ちが良いのですが、向こうさんは「人間が鳥に敵うか、俺らは声を張って縄張り賭けてるんだ」、と思って歌っているのでしょう。あの小さな体でその声は、四方八方に響き渡ります。
長々と、自分のブログよりも長い文章になってしまいました。お騒がせ致しました。
他の記事にもコメントさせて頂きたかったのですが、又の機会に。
又、折がありましたら、広く豊かなネコ庭ニュースをお待ちしています。
先月の中旬だったか、下旬だったか、貴方のブロクへ初めてコメントを致しました。
自分のブログは一人前に作っておりますが、なにしろ機械オンチのため、息子に教えられた以外のことは出来ません。
そのためでしょう。貴方のブログへの送信手順が理解できず、送信できたのかも分からぬまま、今日になりました。
本日貴方のコメントに接し、不思議な感慨に打たれております。不義理をしたのに、許されたような、そんな気持ちなのです。
この頃は小鳥に餌をやらないよう、心を鬼にしています。すっかり馴染んだ鳥たちは、私たちの姿が見えると、どんどん窓辺へと近づき、
ミカンやリンゴを手に庭に出ても、逃げることもせず、後からついてきます。
可愛くてなりませんが、これから実るサクランボやイチジクや、枇杷やブルーベリーのことを考えると、
薄情になる必要があるのです。
小鳥たちが庭の美を食べてしまうので、棒で追ったり、大声で叱ったり、毎年繰り返して来たからです。
小鳥との縄張り争いを美声で張り合うなど、そのような楽しい平和なことは、わがねこ庭では考えられません。
羨ましいことです。
不義理だなぞと、とんでもないない8分10秒。
とんでもないです。こちらこそ、お邪魔してはお騒がせして
申し訳ありません。
Onecat01さんの所の小鳥たちは、とても人懐こいのですね。私とこのはビスケットは食べるのに、私が姿を見せると逃げて行ってしまいます。きっと顔が怖いのでしょう。
折角懐いているのに、追い払わなければならないのはお辛いですね。お庭の木や花も大事ですしね。
又、秋冬にはやって来ますね。
父母はもういませんが、昔、父が丹精している植木鉢の花の上に、母が物干し竿を落としてしまって花をダメにしてしまったことがあった。父は2日間嘆き通し、とうとう母に「あんた、私と花とどっちが大切なの?」と問われ、
父は即「花だ」と答えて、母を呆れさせました。
という昔話です。Onecat01さんの所に来ると、コメントが長くなってしまいます。失礼しました。又伺います。
涙の出るほど笑わせて頂きました。
久しぶりの大笑いです。
なんという正直な、みごとな父上様の答え。
私には とても 見習えません
修行の足りなさを 痛感させられる
不思議なコメントでした。
ありがとうご゛ざいます。