ねこ庭の独り言

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『大東亜戦争肯定論 』- 7 ( 井上教授と丸山教授の意見 )

2016-11-10 23:34:15 | 徒然の記

 三国干渉という言葉は知っていたが内容を知らなかったので、今回は林氏の言葉で紹介します。

  ・三国干渉もまた、今では忘れられた事件の一つかもしれぬ。戦後の史書には、全くこれに触れていないものもある。

  ・日清講和条約が下関で調印され、日本は台湾と遼東半島を領有することになったが、批准が終わったわずか三日後に、ロシア、フランス、ドイツの三国による遼東放棄の勧告が、日本政府に突きつけられた。

  ・もちろん、ただの勧告ではない。ロシアはオデッサ軍港に船を集め、世界最強の陸軍を極東に送る準備を始めていた。明らかな軍事干渉である。

  ・イギリスとアメリカは、不介入の態度をとった。不介入とは、三国の軍事介入が実行されても、日本に味方しないという意味である。

  ・日本は屈服した。政府としては、それ以外の対策はなかった。

  ・清国軍との戦闘は連戦連勝の大勝利に見えたが、陸軍も海軍も、全力を使い果たしていた。ロシア一国にも、抵抗できない実情だった。日本は遼東半島を還付し、国民とともに臥薪嘗胆を誓った。

  未開、後進国ばかりのアジアで、ひとり日本が文明開花に成功し、国力を伸張させたが、西欧列強はそんな日本を喜ばなかった。劣等の有色人種が、白人の仲間入りすることを拒否し、彼らはそれを暗黙のうちに了解していた。林氏は人種差別について明言を避けているが、私は歴史から厳しい現実を直視した。

  ・日清戦争では、たしかに朝鮮、満州まで出撃した。だがそこで、欧州三強国の干渉を受けて、後退せざるを得なかった。これを、勝利と呼ぶことができようか。

  ・十年後の日露戦争も、同様に挫折した戦争だった。両戦争によって日本は、初期の目的を何一つ達成しなかったと言ってもいい。

  ・得たものはただ、幕末以来、日本を包囲し続けた西洋列強による首輪が、ますます強く、ますます狭く締めつけられていくという教訓だけであった。

  ・この列強の包囲陣の中で、日本の挫折は最後の挫折の大東亜戦争の敗北まで続く。8月15日の敗戦において、幕末以来の日本の抵抗と挫折、つまり、「東亜百年戦争」が終わった。

  ・「東亜百年戦争」は、現在の歴史家の目で見れば、そもそも初めから勝ち目のなかった戦争である。しかし、戦わねばならなかった。

  ・この100年間日本は戦闘に勝っても、戦争に勝ったことは一度もなかった。何という無謀な戦争を、われわれは100年間戦ってきたことか。

 ( 人種  )差別は今も続き、国際社会での日本の孤立がある。中国や韓国が、いかに捏造の慰安婦や南京問題で日本を攻撃しても、不介入の立場を崩さない欧米諸国の姿がそれを証明している。

 敗戦後の荒廃した国土から不死鳥のようによみがえり、世界第二の経済大国となった日本を、白人である彼らは心良しとしていない。強い同盟関係と言っている米国でさえ、というより、米国こそが日本の台頭を警戒している。

 林氏は「東亜百年戦争」という概念で、侵略国家日本というレッテルを剥がそうと試みているが、日本が日本である限り、将来に渡り国際社会での孤立は免れないと考えている。

 日本は八百万の神を信じる多神教の国だが、西欧諸国は一神教の国だ。自国だけが世界の中心と主張する中国の中華思想も、宗教と同じで未来永劫日本とは相入れない。コバンザメのような小中華の韓国も、中国同様だ。

 この話を始めると林氏の著書から外れてしまうので、テーマを元へ戻す。氏は「東亜百年戦争」の概念によって、左翼の歴史観を否定している。『日本軍国主義』の著者である、井上清教授への林氏の批判を紹介する。

  ・井上教授の立場は、人も知るごとくマルクス主義者であり、コミンテルン史観者である。

  ・日本の歩みはすべて、反人民的であるがゆえに徹頭徹尾不義であり、特に明治天皇制成立以後の歴史は内に対して暴圧と搾取、外に対しては侵略と略奪の連続であったことを、全力を挙げて証明しようとする。

  ・天皇ファッシズム、軍部ファッシズムなどの用語を、自分の頭で検討することなしに著書に用いるというのは、慎重な学者の態度ではない。

  ・日本の進歩学者諸氏は、連合国側の俗耳に入りやすい戦争スローガンを、そのまま受け入れただけである。

 左翼学者への反証として、林氏は日露戦争当時の二葉亭四迷の意見を紹介している。

   ・わが輩は断言する。今度の戦争は、必ず勝つと高をくくって始めた戦争ではない。勝つ勝たぬは第二の問題として、まずもって、万やむを得ぬから始めた戦争だ。

 ・ 存亡を堵しているから、主観的には負けぬ気でも、客観的には安心していられなかった。手に汗を握り、戦局の経過に注意していたのが事実である。

  つまり林氏が言いたいのは、「東亜百年戦争」の中に位置付けられた日本の宿命が、勝てそうもない戦争へと国民を駆り立てたという事実だ。次に氏は、東大教授丸山真男氏の太平洋戦争指導者の心理と態度の分析を、紹介する。

   ・ナチスの指導者は、開戦の決断に関する明白な意識を持っているに違いない。しかるに我が国は、これだけの戦争をしながら、我こそ戦争を起こしたという意識が、これまでのところどこにも見当たらない。

  ・何となく、ずるずると国を挙げて戦禍に突入したという、この驚くべき事態は何を意味するのか。

    ・あの復讐裁判の被告席には、責任を他に押し付け、あわよくば死刑をまぬがれようなどと思っていた卑怯者は、一人もいなかった。できれば、責任を一人で引き受けても良いと、覚悟していた者が大部分であろう。

  ・だがどう探してみても、自分の中に、開戦責任の所在が発見できない。そのため、検察官の耳には被告の答弁が、『12才の子供の答え』に聞こえてしまい、検察席からの失笑を招いた。

 ここで林氏は明確に述べていないが、「東亜百年戦争」に参入していたのだから、個々の指導者に開戦責任があろうはずがないと示唆している。賢い読者は理解するとしても、私のような無知な人間にはハッキリ書いてもらいたい気がする。

 丸山氏の意見の引用も敬意を払ってしているのでなく、「東亜百年戦争」の歴史も知らず、見当違いの批判をしていると立腹している。注意深く読むと、やっと氏の意図するものが分かる。

   ユダヤ人の虐殺や欧州各国への侵略は、ヒトラーを抜きにして語れないが、大東亜戦争の開始について、日本には特定の人物がいない。幕末以来の歴史を持つ日本では、誰が指導者であっても大東亜戦争は避けられなかった。
 
 これを形式的に、マルクス理論で片付けようとするところに、左翼学者の誤りと愚かさがある。日本の歴史も知らず、日本人の心も理解できない借り物の思想で、戦後を語る偽学者たちを氏が著書の中で強く糾弾している。
 
 日本を破滅の戦争へと追い詰めていたソ連、アメリカ、イギリス、中国の謀略が絡むのだから、反省ばかりしている戦後の日本人は確かにおかしい。せめて幕末のご先祖様たちのように、国際社会情勢を正確に掴み、現実に即した意見を述べなくて、どこに明日の日本があるというのか。
 
 林氏の意見を現在に引き伸ばせば、平和はお経として唱えるものでなく、国の守りを固めた上で勝ち取るものと、そんな考えが出てくる。
 
 日本の戦後を終わらせるためには、憲法改正をし、自衛隊を祖国防衛の軍として再建することになる。70年も居座っている外国軍隊(米軍)を撤退させることから、日本の独立が始まる。

 こんなことが分からないから、マッカーサーに「日本人は12才」と笑われることになる。同時にマッカーサーが、ドイツ人は40才だと言っている事実を知っても、井上教授や丸山教授はバカを言い続ける気なのかと、林氏が怒っている。

 今日も11時を過ぎた。これ以上述べる元気がなくなったから、本日はこれでお終い。

コメント
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