温故知新No2

静岡県の牧之原市から、盆栽、野球審判、蕎麦打ち、おやじバンド、その他徒然なるままに、ブログしています。

2015私論:安保法案

2015-09-16 20:47:08 | 日記・エッセイ・コラム
今日の今、安保法案の参議院特別委員会最終審議が行われ、強行採決が行われようとしている。
強行採決が行われるかどうかはあくまでも報道から得た情報なので、その行方はわからず不明だが、ただ、今の時点で私なりに安倍政権の安保法案に対する強硬な姿勢に対し、不本意ながら物申したい気持ちが渦巻いてくる。

安保法案の適、不適、あるいは合憲違憲の真偽は、別にして、その真偽を議論尽くしているかどうかのところで、やはり国民としては腑に落ちない気持ちを持たざるを得ない。

安保法案の意義は理解する。しかし、賛否両論ある中で、しかもそれが拮抗する中で(いや、違憲論が大勢か!?)、政権の、国会の勢力を背に結論を出そうとするその強引さに、さすがに承服できないものである。

もし安倍政権がそんなにも自信を持って安保法案の重要さを訴え、かつ法案を成立させたいなら、法案とともに、衆議院議員の解散総選挙を国民に打ち出し、信任不信任を国民の投票で問いただせばいい。

そう、昨年末、簡単に、単に自民党の勢力拡大のために衆議院を解散し、約700億円とも言われる執行経費の衆議院議員選挙。
この時は、国民の誰もが、ごの選挙の意義すらも分からず、単に日本人が最も重視する群衆行動で、みんなで選挙に行き、訳も分からず自民党が勝利。

ここでは国民不在の総選挙であったが、今度ばかりは違う。
700億円の税金は、決して安易に使われるものではないが、この歴史を変えようとする安保法案審議の信任を問う経費としては、決して高いものではないと思う。

少なくとも、昨年12月の大義不在の衆議院議員選挙執行経費よりは・・・。

正に安倍政権の政策を真に問う選挙という、大義名分を国民自ら理解し投票行動につながる、最も選挙の真髄を呈する衆議院議員総選挙となる。

ただ、こんな単純明快な安保法案の可決の認否を国民が審査する総選挙であるが、安倍政権に対抗する野党から、この選挙の声が出てこない。

ということは、こんな安倍政権の国民不在の強引な横行を目の前にして総選挙のソの字も口に出さない野党も、選挙戦で勝つ自信がない、御身大事のだらしないといえばだらしない。

だから、安倍政権の思うように、重要法案がまかり通過してしまうのだ。

野党は、総選挙となれば、水を得た魚ではないのか!?
正にこの時を捲土重来とリベンジする格好の時期ではないのか!?
それでも、解散総選挙という言葉を出せないということは、自分の足元が盤石ではないから、選挙をしたら危ないとの情けない皮算用をはじいているのかもしれない。情けないことである。

これでは、野党も安倍政権のやりたい放題やられるまま。

さあ安保法案を強行突破しようとする安倍政権と、それを何とか及び腰で阻止しようとしている野党のバトル。

しかし残念ながらそこには国民がいない。

国民の声の代表とおごり高ぶる与党も野党も、そんな気持ちがあるなら、総選挙により国民の声を今一度聞きなおしていただきたいものと考えるのは、飛躍的過ぎるか・・・!?



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