7月11日の朝、台風8号が房総半島南端に再上陸というニュースを見ましたが
横浜は風雨どころか、7時過ぎには陽も照りだして・・・
我が家の二階からはご覧のような富士山が見えていました
(この時期に雪が残っているのも珍しいです))
関東南部はさほど被害もなかったようですが
台風は「暑さ」という置き土産を残していきましたね
玄関前のメダカがたくさん泳いでいる水盤に浮かぶ
「ホテイアオイ」が咲きだしました。
このお花が咲きだせば真夏も目の前ですが、梅雨明けはまだ先とか・・・
今週末に山仲間と大菩薩嶺に行く予定ですが
その頃には梅雨が明けますようにと願っています
あまりピンときませんが、東京横浜のお盆は7月です。
去年の母に引き続き、今年は3月に亡くなった父の新盆で
実家に行ってお線香をあげたり、お墓参りに出かけたり・・・
そして先週は趣味のお教室が集中する第2週目でバタバタしておりました
「ヨガの会」の親睦会
毎週金曜日の「アクアエクササイズ」の他に、月に1回ヨガ教室に通っています。
詳しい模様はこちらでどうぞ
先月、真知子先生が講師をしている横浜の3ヵ所のお教室のメンバーが一堂に集まり
横浜駅近くの中華料理店で懇親会が催されました。
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この日は土曜日でしたが、我〇〇教室は会員の約三分の二の11名が参加しました。
他のお教室はそれぞれ10名づつで、先生を入れて32名の賑やかな懇親会になりました。
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私は父が亡くなった後の4月まではお教室もお休みしましたので
お店選びなどは他のお教室の方にお任せでした。
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1年後サークルを立ち上げた時、丁度地区センターのスタッフを辞めたばかりの私は、
成り行きで「会長」に祭り上げられましたわ
でも、後輩のスタッフのNさんが部屋の予約と会計を全部引き受けてくれて・・・
今回の参加者を募る作業も、葬儀や法要続きの私に代わり殆どやってくれて助かりました。
普段はトレパン姿で汗を流すメンバーも、この日は皆お洒落して参加です。
食後は真知子先生がマイクを握り司会者となって、全員が一言づつ述べました。
先生の口癖は「食べ過ぎないように!」
「35を過ぎたらもう頑張らなくてもいいのです。自分を労わりましょう」です。
この頃私も胃腸の調子が悪かったので「腹八分目を実践します」と申したら
「腹五分目で充分」と言われてしまいましたわ
食後は歌を歌ったり♪
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そんなこんなで楽しい2時間を過ごしました。
この時は私をサポートしてくれているNさんもにこやかに参加していて
お開き後ご主人とデートとかで、横浜高島屋まで一緒に行き私もご挨拶しましたが・・・
先週のヨガの日の朝TELがあって、泣きながらご主人が亡くなった旨の報告がありました
ご主人は今年の6月末に定年退職したばかりで、8日の早朝に突然苦しみだし・・・
救急車で病院に運んだけど、僅か2時間で亡くなられたとか
まだ64歳の若さで、これから夫婦で旅行などを楽しもうと
たくさん計画があったらしいのに残念ですね。
私は今年になって着どおしの喪服を又着て葬儀に参列しましたが
60歳で未亡人になったNさんを見ているだけでも辛かったです
二つのカメラ教室に参加
もう一つの趣味は地域のカメラサークルに入会し、毎月一回A4の写真を5枚持参して
ボランティアの先生に講評を受け、各自の一番良い作品をコミニィティーハウスのロビーに飾ります。
この教室も第二週目の金曜日なので、午前中のプールと重なりダブルヘッダーです。
先週の金曜日の午後に行ったら、お仲間のS氏が3日前に亡くなった知らせを受けました
我が家の斜め裏の75歳のご主人様です。
流石に60代70代の方が2人続けて亡くなりショックを受けました。
このサークルは撮影会や写真展などがありませんので、
今年の4月からもう一つ別の写真クラブにも入りました。
こちらも月に一回で、翌日の第二土曜にお教室があり
とにかく2週目は目が回りそうな一週間を過ごすことになりますね
登山は・・・
忘れてならない趣味が、もう26年も続けている「山登り」
この三連休の雨が降らない日に、日帰りで「大菩薩嶺」に行く予定ですが
肝心の夏山のメインの登山が決まりません
去年は仲間のYさんとトレッキングツァーに参加して立山三山を歩きましたが
今年はYさんの都合が付く日程に丁度良いツァーがなくて
熟練者用のとても登れないアルプスか、もう3度も登った白馬岳などの山しか見当たらず・・・
さっぱり決まりませんわ
去年の立山の「剣御前小屋」で、山の雑誌「岳人」の取材を受けました。
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ご来光が上がってから頼まれて、何度もバンザイをしたけど
その時の写真は見当たりませんでした
1998年に登った北アルプス後立山連峰の「種池小屋」前で、ヤマケイ記者の取材を受けました。
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あの頃はどんな山でもズンズン歩けて、本当に楽しかったわ
今では登れるアルプスを探すのが大変で
そろそろ高い山は諦めねばならなくなったかしらと、ガックリきている今日この頃です。
毎朝5時ころから一時間くらい歩いています
もう当然山へは行けなくなりましたがこれからの老後を思ってすこしでも歩いていたいのです。
先週は私と一番仲良しだった姉が突然亡くなりました。この姉はご主人も30年まえになくなっています。2人の子供たちを女手一人りで育て上げ4年制の大学もだしました。
皆が落ち着いてこれからもまだまだというときになくなってしまいました。75才でした
私にしても大きなしょっくです。
山系の本を見たり「アルプス」の写真を見ただけでもジーンときてしまいます。
殆ど主人と一緒の山登りでしたが「いっておいてよかった」とおもえます
胸が痛みます。
退職後のご主人の死亡は私の周りにも
沢山あって、なにか緊張の糸が切れてしまうのでしょうか。
仲の良いご夫婦は本当に可哀そうで慰めの言葉も
見つかりません。
当然なんですが、そう言う年齢に達したことに驚いています。
ご両親の事もあって法事続きの中サークルの会長職や写真サークルに2カ所も入られての活動、
更にはご友人らとの集まり等々いやいやこれでは病に伏せる暇もないですね、今更ながら感服しきりです。
人生って面白いですね、若い頃は友人知人の結婚だ出産だが続きその後は子供達の学校等々・・、
子供達が独り立ちする頃からは親の病気だとか訃報とか、それもいt段落すると今度は友人知人等の訃報・・・
そして最後は自分自身となって終了でしょう。
後30年40年は無理だとすれば今こそやりたい事をやり遂げておきたいものですよね。
私も見習わなくてはと思っていますよ。
でも、頑張りすぎて膝を傷めないようにしてくださいね。
突然逝ってしまわれたお姉さまも75歳だったとお聞きしました。
女で一つで子供さんを育て上げ、これから楽しようと思っていた矢先のご不幸で、おみやさんもお辛いことと思います。
私など父の死と同じころに、主人の長兄と義兄が亡くなり・・・
今周りでは60代70代の夫たちが次々に亡くなるのを見て、日本人の寿命は今では世界のトップクラスですが、
それは親たち世代のことで・・・
今の60代70代はそうはいかないような気がします。
優秀なお嬢様がお二人いて、葬儀中もお母さんを助けていましたから少し安心しました。
今年夫を亡くした主人の2人の姉にも娘がいて一緒にあちこち行っているようで、会うたびに生き生きとしていくようです。
時間がかかるでしょうが、後輩の彼女も元気に立ち直ると信じています。
まだまだ若さと美貌がありますから、周りも助けてくれるでしょう・・・
それにしてもこうも次々と葬儀が続くとは
そういう年代になったということですね。
あと10数年しかありませんので凄く焦っています。
私にとっては完全に親の姿が反面教師となっていますね。
そして同年代の山仲間が、介護施設の副社長兼ケァマネしていて・・・
もう一人がお琴の先生で、年中演奏会やボランティアで走り回っている人なので・・・
彼女たちにも刺激を受け、ぼんやりしていられないと焦ります。
人間熱中できるものがあるのが一番幸せというものです。
写楽様のように写真の技術が備わっていれば、好きな風景やお花を思う存分撮れましょうが・・
(完全に山を諦めた時には、山やお花に囲まれた中で日がな一日カメラを向けたいと思っています)
その時のためにも、今カメラを習っている次第です。
知っている人が亡くなることは悲しいですが、これも
現実として受け止めなければなりません。
今年は3つの大きな夏山を計画しています。
最初の1つは来週24日からの黒戸尾根からの甲斐駒です。
早川尾根を降りる予定で、途中の小屋は自炊です。
荷物がかなり重くなりそうです。
8月は雲の平、9月は岳沢から前穂、奥穂を予定しています。
nao♪さんもまだまだ歩けます。
もっと意欲を持ってください。
日帰り山帰りがやっとの身には羨ましいかぎりです。
登山を始めた頃から「雲の平」に憧れていました。
時間をたっぷりとれば「薬師岳」くらいならまだ行けそうですが、その先はもう諦めています。
上高地から「岳沢」までなら大丈夫かしら?
同年代なのにパワフルに登山を楽しんでいらっしゃる山小屋さんは眩しいばかりですよ。
父の看病中からずっと胃痛腰痛に悩まされてきましたが、それらもどうにか治まり、少し元気が出てきました。
もっかエクササイズとヨガで体力を養っていますが・・・
山小屋さんが今年の夏に計画している山々はもうとても私には無理と諦めていますよ。
50代の後半頃から仲間も皆忙しくなり、体力的にも衰え、行かなくなりました。
夏の低山は暑くて登山は無理・・・
2000m以上の山で、登れる山はないかしら?と探す日々です。