花と緑を追いかけて

山を愛し、花を愛し、旅と
映画とパソコンと、好奇心も
いっぱいの主婦の日記です

春の花々と、豪華中華料理のコース

2020年03月23日 | 日常の日記
お彼岸の三連休は連日晴天で、春本番の暖かさでしたね。

桜も咲き出して、私もカメラ持参で近くの「自然公園」に出かける予定でしたが
残念ながら風が強くて、お花の撮影には不向きで、延ばしました


(3月21日写す)

前回ご紹介した我が家の「ハクモクレン」はあっと言う間に散ってしまいましたが
そのすぐ後ろに咲いていた隣家の「桃の花?」はまだまだ華やかに咲いています。

我が家の庭の2輪草もたくさん咲き出しましたこちらは「花ダイコン」・・・

ハクモクレンの下には2輪草以外にも白いクリスマスローズや
植えた覚えのない白い「ハナニラ」も増えています。

連休最後の日は5月の暖かさだったようで、東京は「桜満開宣言」が出たとか
自粛で宴会こそ少なかったようですが、上野も新宿御苑も目黒川もお花見の人出で溢れたようですね。

皆自粛生活に疲れて、春の陽気に飛び出したのでしょうか?

埼玉アリーナでは9000人が来場してのk-1の大会も開催されたとか・・・
若者には、我々シニアほどコロナウィルスに対しての危機感がないような気がしてなりません。



借りている「菜園」の奥の、森の入り口に建つ「老健」の前に咲く桜を観に行きました。
白い「大島サクラ?」は満開です。



その横の「ソメイヨシノ」はまだ5~6分咲でしょうか・・・

横浜の開花宣言は東京より4日遅れましたので、今週はまだまだ楽しめそうなので
条件の良い日に桜の撮影と鑑賞を楽しみたいと思います。

頑張れ! 「横浜中華街」
先週TV(3月17日・TBS)を視ていたら、横浜中華街の現状が紹介されていました。



横浜はクルーズ船内の大量感染から、一躍世界中にコロナ騒ぎが発信され
日本一の中華街がある事から、全国で一番初めに「コロナ汚染地域」と見られたようです。
(最初はコロナウィルス=中国という意識でしたものね)



そんな中、中華街のさるお店に心無い中傷する手紙が届いたそうです。
それをオーナーがSNSに挙げたところ、若い人を中心にこのようなコメントが殺到したとか・・・



お陰で若い人々が並ぶ店も出てきたそうです。



結果このような状況になりホッとしていますが・・・
その後の報道特集でも中華街を紹介していましたが、例年のこの時期に比べればまだまだ厳しい状態との事

それは中華街だけでなく、コロナ騒ぎで日本全国の観光地や外食産業にも
多大な打撃を受けていますものね。


横浜中華街で「高級中華料理」を食す(2月17日)
実は私、このTVを視る一カ月前に中華街でのお食事を誘われていました。

ブログ仲間のラッシーママさんと約束していた「クラッシクコンサート」が何かの手違いか?
行けなくなり、代わりに銀河さんも誘ってお食事会を楽しもうとなったのです。



行ったのは市場通りの北京ダックで有名なこのお店です。



2月初めに「中華街のお店でのコース料理を予約した」とママさんから連絡があり、正直迷っていました。
横浜はクルーズ船「ダイヤモンドプリンセス号」のコロナ感染問題の地元でしたから
日本で一番早くコロナ騒ぎに巻きこまれて、市民はピリピリしていたのです(今でもそうですが)

この頃はまだ日々ご近所仲間と趣味の会に通い、アーダコーダの会話が飛び交っていて
仲間の一人が「学生時代の友人達と品川のホテルでビュッフェの新年会があるけどコロナが怖い」と
言い出し、私も「中華街での食事会がある」と言ったら、2人共他の仲間から反対を受けました。

「ビュッフェは大皿に盛られたお料理に飛沫が飛ぶだろうし、共通で使うトングやスプーンも危ない」
「中華街のオーナーたちは華僑だから、三代前から横浜で暮らしている人が殆どだけど、店員さんは違うよ」
「中国から働きに来ている人たちは、春節には故郷に帰る人も多いと聞いている」と・・・



でも、ラッシーママさんがクーポンなどを使って選ぶお店のお料理は、毎度凄いのです。
今回も7000円近い高級コース料理が半額近いお値段で頂けるそうな

ホラ!フカヒレも半月型がそのままよ~
グラスビールも無料で付いていました

せっかくのママさんのご厚意を無にするのも忍びなく・・・
私はエタノール消毒液に浸したティッシュ持参で行ってきましたよ。
(手は勿論、テーブルやトイレのドァノブまで拭きまくりました)

中華街の通りも人が少なく、広いお店の中はガラガラで、私たち以外は二組のお客さんが居ただけでした。



北京ダックをまるごと1羽、席まで運ばれ目の前で切ってくれたのです。
こんな経験、私は初めてでした

コックさんはマスクをして、手にはビニールの手袋

厚く切った北京ダックを、キューりとネギとみそだれを付けて一緒に
このザルに入った薄皮で巻いて頂きます。美味しい

大粒のプリプリのエビマヨも美味しい!三種類の点心もグ~ですわ

他にもお肉の野菜炒めや水菜料理も出て、〆のチャーハンはお腹がいっぱいで少ししか食べられません



ママさんはパパさんの夕食用にテイクアウトしていました。

デザートは各種の杏仁豆腐やチーズケーキなど、3種類を選ぶことができましたが
写真を撮るのを忘れたわ、大満足のコース料理でした。

最後にママさんが「ダイヤモンドプリンス号を見たい、山下公園に行けば見られるのでしょう?」と・・・
「あの船はベイブリッジの向こう側の大黒ふ頭に停泊しているからベイブリッジが良く見える所が良いかな」と
銀河さんと相談し、腹ごなしもかねて「港の見える丘公園」まで歩くことにしました。



港の見える丘公園の展望台から望んだベイブリッジの橋げたの間に、ビルのような大きなクルーズ船が分かりますか?
乗船者はとんだ災難だったでしょうが、あの船の騒ぎでコロナと闘う横浜が、世界中に発信されてしまいましたね。

私は複雑な思いで、この巨大なクルーズ船を眺めました

あれから一か月以上が過ぎて、コロナウィルスはあっと言う間に世界中に広がり
イタリアは医療崩壊し、パリにも外出禁止令が出され、イギリス、アメリカにも外出禁止規制が出されたようです。
医療先進国のドイツさえ、家族以外の3人以上の集会は禁止だとか

日本もそうならないように、一人一人が気を付けて生活しなくてはなりませんね。
でも・・・
春が来て桜が咲いて、自粛自粛でストレス抱えた人々の気が緩み
この三連休は爆発したように繁華街に飛び出した感じです

オリンピックも延期になったようですし
小池東京都知事も「東京もオーバーシュートの危険がある。この3週間が分かれ道!」と会見で話していましたね。

経済が破たんしない程度に各自の行動を規制し、コロナを封じ込む舵取りを政府に願っているのですが
先日の安倍さんの会見は何だかすべて「地方に丸投げ」と言う感じがしましたわ。

出口が見えない不安で孤独な毎日が、これからも続きそうです
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父の七回忌法要と、ワンゲル「生田緑地散策」(2)

2020年03月16日 | ハイキング・散策
前回の記事にも記しましたが、コロコロ変わるお天気と気温の高低差の大きさに
体がついていかない感じです。



先週は春本番の陽気の日が多く、快晴に恵まれた3月11日の水曜日に
我が家の庭の「ハクモクレン」が見頃となりました



洗濯物を干し終えて、見上げた青空に映えて咲くこの花を
デジイチ取り出してシャッターを押しました。

6年前の3月18日に、誤嚥性肺炎で5カ月間入院していた父を亡くしましたが
一週間後のお通夜告別式の日に「ハクモクレン」が満開となり・・・

私はその時のブログの記事に「これからはハクモクレンを見ると父を思い出すだろう」と
綴った事を思い出しました。2014/3/25記



父のお通夜・告別式は2014/3/23~3/24でした。今年は12~13日も早い
桜の開花予想も東京&横浜は史上最速の3月14日だった



ハクモクレンとは反対側の、庭の東側に植えている「ヒュウガミズキ」も咲き出しました。
コロナコロナで落ち込んだ心も、春の花々が咲き出すと心浮き立ちますね

私はこの日、1月に購入した「電動自転車」で、駅前の銀行やデパートと
ショッピングセンターに買い出しに行きました

暑くて着ていた皮のジャケットを脱いでペタルをこぎましたよ



春はもうそこまで来ているようでしたが、昨日の3/14(土)は朝から冷たい雨が降っていました

PM3時頃TVでニュース速報が流れ「本日史上最速で、東京地方に桜の開花宣言が出されました」と・・・
でもTV横の窓の外には大きなボタン雪が降っている

すぐにコンデジとスマホで、玄関前からの雪降る風景を撮りました。

父の7回忌法要(3月15日)
雪で我が家のハクモクレンも散りだしましたが、この翌日に父の7回忌法要を行いました。

弟一家と息子一家と合計9人の、ごく内輪での法要でしたが
午前10時からお寺の広い本堂での、和尚さまのお経と御講話の40分はとにかく寒かった



三方は外との仕切りが障子だけです。震えあがりました
障子の向こうは中庭・・・
大きなストーブは置いてありましたが、私はオーバーコートをひざ掛け代わりに巻き付けて座りました。



その後、新しい塔婆札を抱えて9人でお墓に行き、お花とお線香を手向けました。
少し陽が出てきてホッとしましたが・・・

この春は孫二人の進学祝いと妹孫の誕生日祝いもあり、私は銀行で新札をドサリと準備しました。
弟に言われて私の名前で父の戒名が書かれた塔婆板も頼みましたが、ふと母の7回忌をしていないので
母の塔婆も新しくせねば!と気づき弟に電話しました。

(おめでたい事は延ばしてもいいが、仏事はダメと言う常識も知っていますが)お寺と相談するようにと・・・
お寺は「お母さまの7回忌は1年3カ月過ぎましたが、一緒にやりましょう」と言ってくれたようです。

ご塔婆料は3000円から6000円に変更です。慌てて5000円札の新札を求めて銀行に駆け込みましたよ

私は今まで実家の弟のやり方には口は挟むまいとしていましたが、仏事には無知と気づき
長女としてもっと口を出すべきだったと反省です。



コロナ騒ぎの中ですから「会食」は無し、弟夫婦から手渡されたお弁当を一人寂しく我が家で頂きました。
弟夫婦も息子夫婦も働いていて日々人と接しています。いつでもコロナ感染者になりうる可能性はありえる。

感染したら重篤になりがちな70代の私には気を遣って、濃厚接触者にならないようにしている感じ・・・
この孤独な生活はいつまで続くのでしょうか

川崎「生田緑地」散策(2月13日)
ワンゲルで行った「花王(株)の工場見学と生田緑地の梅園」の記事の続きです。
1か月以上も前の話題で恐縮ですが、記録として残しておきたいと思いました。



生田緑地は多摩丘陵の一角に位置する川崎市内最大の緑の宝庫です。

私たちは小田急「向ヶ丘公園駅」から歩いて15分、「東口ビジターセンター」でトイレタイムをとり
この地図をもらって、目的地の「梅園」(左下の丸囲み)を目指し観賞、再びこの場所に戻りました。

ビジターセンター近くの広場に古い客車が・・・ワンゲル仲間と中に入りました

この車両は昭和23年から、常磐線経由の東北本線で37年間555万キロ(地球を約40週)
青森~上野間を走り続け、昭和40年3月廃車になったとプレートに記されていました。

私は父の仕事の関係で昭和26年の8月に、北海道の滝川から家族で上京
父の姉夫婦が持っていた中目黒の鉄筋コンクリートのアパートに引っ越しました。

「私5歳の時、この汽車に乗っているわ~



「生田緑地」と言えば「古民家」と言葉か出てくるくらい、写真を趣味とする者には有名です。
ですから私はデジイチをザックに入れて行きましたが、今回は時間がなくて入りません

ワンゲルですから山登りをすることになりました。



「桝形山の展望台に登ってから、向ヶ丘遊園駅に出ましょう。」とのリーダーの説明です。



「この古民家のお蕎麦屋さんで食べた覚えがあるわ」と仲間の女性が声をあげました。
「風情がありそうね」でも今は工事中で店じまいしていました。



夫が亡くなる前の年の初夏に、車で「ニッコウキスゲ咲く車山からビーナスライン」を通り
美ヶ原温泉で一泊

2日目は松本から上高地に入り、大正池から明神池まで歩き
憧れの「帝国ホテルのバルコニー付きの穂高が見える部屋」で一泊

翌日は「白川郷~五箇山」の合掌作りを見て廻り、下呂温泉に泊まった懐かしい思い出が蘇りました



階段をどんどん登って行くと桝形山の頂上に出ました。

500年以上前の群雄割拠の時代、ここには山城がありました。
枡形城は稲毛三郎重成により築かれた城です。
当初、重成は小沢城を本拠としていましたが、重政に所領を譲ったあと枡形城に移りました。



頂上は広場になっていて、その一角に「桝形城址」の石碑が建っていました。



重成は1504年(永正元年)9月には、山内上杉氏討伐のため扇谷上杉氏の援軍として出陣した。
北条早雲(伊勢宗瑞)と今川氏親が入城し「立河原の戦い」へ向かっています。

戦国時代の1569年(永禄12年)には武田信玄の小田原攻め(三増峠の戦い)に際して
横山式部少輔弘成が土塁を築きましたが、その後は廃城となりました。

現在城址は生田緑地の中に公園として保存されており、枡形山展望台が作られています。



3Fの展望台までエレベータや階段で登ります。

目の前に見えるのは東名高速道路?話題の武蔵小杉のタワーマンション群?

この日は温度が上がって、私もポロシャツの上にライトダウンのベストだけで歩きました。
午後3時過ぎでは日が傾きだし、全体的に霞んで見晴らしはイマイチで残念



澄み切った日は富士山やスカイツリーは勿論、遠く筑波山や赤城連山までもが望めるようです。

帰路は上の地図の一番上の、駅まで20分のコースを行くことになりました。
緑豊かな中を下って行きます「広福寺」前の紅白の梅が見頃でした

このお寺は桝形城主稲毛入道重成が創建した寺のようです。



ミツマタが咲き出していました。この日から一か月以上が過ぎてもう満開は過ぎたでしょうか?

丁度午後4時に小田急の「向ヶ丘遊園駅」に到着、解散でした。
殿方は1杯飲んで帰るようでしたが、私はラッシュの時間の前に家路に着きたいと思い失礼しました。

相模大野から小田急「江ノ島線・急行」に乗ったら座れましたが、混雑は凄かった
この日初めて、クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号以外の感染者が2人、神奈川県で出たとのニュース
マスクはしていましたが、朝も含めてラッシュ時の電車に乗った時の怖さがその後のトラウマになりましたよ。

でも、「生田緑地」は思っていた以上に見どころ満載な自然公園で・・・
コロナ騒ぎが一段落したら、良い季節に写真仲間を誘って又訪ねたいと思いました。





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最近の私の日々と、ワンゲル「工場見学と生田緑地」散策(1)

2020年03月08日 | ハイキング・散策
猫の目のように変わる早春の空模様と気温です。例年この時期は自律神経が乱れる私ですが・・・

新型コロナウィルス騒ぎが大きくなりだした2月中旬に、何度か混んだ電車に乗りましたので
横浜市から「地域での催しや集合は避ける事」というお達しがあった日から、人と接するのも5分以内にし
自主的に2週間の自宅待機をして、食品や生活用品の買い物以外ずっと家に籠っていました。疲れました



運動不足と不安感で体中がバリバリにコリ固まり、マサージに行きたいところですが今の状況では躊躇する

3月6日(金)は朝からピカピカのお天気で、ベランダ越しに富士山が綺麗に見えていました。
ド~ンと落ち込んでいた心身も何故かこの日は軽く感じたので、掃除洗濯を済ませてから、
10時過ぎに、小さなコンデジ抱えて散歩に出ました。

借りている菜園の横の森の中を5分登って行くと、視野が開けて
孫のハー君が通っている中学校の校舎の横に富士山が見えていました。

普段なら生徒たちのにぎやかな声が聞こえてくる中学校も、安倍総理のお達しで
横浜は3月3日から臨時休校で、シ~ンと静まり返っているのが淋しかったですね。
卒業式は親の参加なしでやるようですが・・・

自主的巣ごもりの2週間が明ける寸前のこの日から、私は防犯パトロールに復帰し、1時間(6800歩)歩きました。
やはり歩いて汗をかいて、お風呂に入った後が一番気持ちが良いですね


(2月11日写す)
1月3日に初詣に行った「寒川神社」近くの園芸店で購入したプリムラです

2Fの日当たりの良いベランダに置いて、ベッドから起き上がり毎朝寝室のロールカーテンを上げると
すぐに目に入り、この二カ月間楽しませてくれたこの花もそろそろ終わりです。



丁度今の時期は決算期で、コーラスの役員をやっている私と我が家の2軒先のご近所仲間のK子さんとで
「決算書」を作成しなければなりません。

彼女は毎年寒い時期にご夫妻で一ヶ月間滞在する「タイのチェンマイ」から2月下旬に帰国した身
2週間自主的に検疫期間とし自宅待機中というので、連絡はすべてライン電話とPCメールでのやり取りでした。

一人家に居て、TVを点ければ全局「コロナ・コロナ」でノイローゼになりそうで
夫を突然亡くした後に処方されて飲んだ安定剤のお世話に、再びなったりもしましたよ

庭や畑に出て草取りや土起こしをしようとしても、花粉症で目が痒くなり断念
(こじらせるとアレルギー性気管支炎を起こして咳が止まらなくなる事が5~6年に一度ありました)

地域差はありますが、新型コロナウィルス感染者はもう感染経路が追えないくらいの増えようですね。
我が地域近くの大船でも感染者が出たと発表され、噂が色々飛び交います


出口が見えない辛い孤独の日々がまだまだ続きますが、春のお花も咲き出しました。
我が家の庭のハクモクレンも例年にない早さでほころび始めています

安倍さんが出した「学校の臨時休校&人混みを避ける行動要請」はまだ一週間残っているけど・・・
これからはお天気の良い日はカメラ抱えて、自然公園などに「春」を見つけに行こうと思いました。

ワンゲルで行った「工場見学」(2月13日)
"私たちの生活で日頃から馴染みの合成洗剤などのホームケァー製品を主にする「花王(株)」の
工場見学の後、電車で移動し生田緑地散策と観梅を行います"

毎月送られてくるワンゲルの案内書に、このように紹介されたコースに参加してきました。
集合はJR「川崎駅」にAM9:00、我が家近くのJR駅から各駅停車で36分で行けますが
丁度ラッシュ時の電車となりましたわ



川崎駅からバスで30分、京浜工業地帯の海に近い「浮島」まで行きました。

内部はすべて撮影禁止です。
10時より工場の概要・製品等の説明後工場見学に移りました。

この日の参加者は13人、洗剤の充填工程から検査・梱包まですべて自動化されていました。
ロボットも大活躍でしたね。

上の画像は頂いたお土産で、この工場で主に作られている製品です。

「花王」という会社には私自身思い入れがあります。
夫の転勤で行った札幌時代の3年半と、横浜に戻ってからの2年間、私は市場調査という名目の
「花王」の仕事をしていました。

所属は東京本社の販売促進部、札幌の私たち一期生は30代の主婦4人が採用されました。
担当者が本社から来ての、月に一回のミィーティングに参加
私たちの仕事を直接指示してくれたのは苗穂にあった「花王販社・北海道」

仕事の内容は一日10軒の指定されたお店に出向き、新製品や力を入れている商品が
ちゃんとお店に並んでいるか?の調査です。
月に12日、歩いて回り毎回本社にレポート提出でした。

丁度その頃、このボディー用の「ビオレU」が発売されたのを覚えています。

月一の会議は主婦としての意見を求められる場でもあり・・・
全国ブロックの私たちの仲間の希望も色々聞いて、できた製品がこのビオレUだったとか

私も「夏はシャワーを使う事が多く、固形石鹸よりも液体の方が使いやすいと思った」と
述べた記憶がありますわ。

仕事の話は長くなりますので次に行った「生田緑地」の梅林の画像と共に記したいと思います。

午後は「生田緑地」へ
工場見学後は川崎駅に戻り、各自でランチ
女性軍の7人は皆一緒に「洋食屋さん」のお店でパスタやオムライスなどを頂きました。

その後南武線~小田急と乗り継ぎ、「向ヶ丘遊園駅」から歩いて15分
2時過ぎに「生田緑地」に到着しました。



まずは目的地の「梅園」を目指します。

約2,500㎡の梅園には道知辺(みちしるべ)や紅冬至(べにとうじ)など51種、80本以上の紅梅や白梅が
美しさを競っているそうですが・・・



暖冬の今年はすでに見頃が過ぎていたのか?、まだまだこれから咲く種類が多かったのか?イマイチでした。

花王の仕事の話に戻りますが・・・
昭和56年に夫の札幌転勤で、息子が小学4年生になった春、家族も一緒に札幌住いとなりました。
引っ越し荷物を全部整理し終わったとたんに、私は心臓がドキドキしだして目が回りだしました。

医者に行って心電図とっても「異常なし」、結論は自律神経失調症で精神安定剤を処方されましたわ
(私は若い頃から自律神経系が弱かったようです)



我が家の「梅」と同じ種類の「紅梅」かしら?

札幌のお医者さまは「新しい土地での不安と気候の変化が原因」と・・・
「心の疲労をとるには体を動かすことが大事、しっかりと運動するように」との進言でした。
確かに桜咲く季節の羽田を出発し、千歳に着いたら雪でしたものね

私は当時流行っていた「ジャズダンス」に通いましたが、所詮お稽古事はサボれます
何が何でも出かけなくてはならない状況にするには「仕事」しかありません。
それで応募したのが花王の仕事でした。



自分の都合に合わせて月に6コースを2回の12日、歩いてのお店まわり・・・
吹雪の日はやめましたが、雪の日も日中の気温がマイナス14度の日も歩いた覚えがあります。

不思議と寒さは感じませんでした。そしてどんどん元気になりましたよ。
それ以来私の健康の秘訣は「歩くこと」です。

今の私の身体の状況は札幌に引っ越したばかりの頃と似ています。
ただあの頃は家族が居て、生まれ故郷の北海道を楽しみたいという思いも強かった
今は一人暮らしで、見えないコロナ相手に心の恐怖感が大きい

さぁ~お天気の良い日は、花粉対策をバッチリして
大いに歩いて春を感じる事にいたしましょう

広い広い「生田緑地」の画像はまだまだありますが、今回は花王の仕事のお話がメーンになりました。
他の風景の紹介は次回に改めて載せたいと思います

雨の日曜日となった今日は、お米や飲み物などの重い食品類を
息子が車で行って買ってきてくれました。

「俺は毎日仕事で大勢の人に会っているので、コロナ感染の確率は高いから近づかない方が良いよ」
「若者は軽く済むけど、歳寄りは重症化しやすいようだから気を付けて」と言いながら
買ってきた食料品を台所に運んですぐさま帰って行きました。

この騒ぎの早い終息を心から願っています。



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