花と緑を追いかけて

山を愛し、花を愛し、旅と
映画とパソコンと、好奇心も
いっぱいの主婦の日記です

デジイチ抱えて新春の「鎌倉」へ

2019年01月12日 | 鎌倉散策
松の内も終わり、普段の慌ただしい生活が戻ってきました。

暮れからずっと、3週間近くも晴れ間が続いていましたが、3連休の始まりの土曜日は
冷たい北風が吹き、東京は初雪を見たらしい

そんな中、自治会と小学校のPTAの合同「地域お楽しみ祭り」で、どんどん焼きが開催され
私もお正月の松飾、古い破魔矢や神棚の〆縄ごぼうを持って行き、お焚き上げで燃やしてもらいました。



今週はストレッチ&筋トレ体操・コーラス・写真クラブ等の趣味の会も始まり
連日のように出かけておりました。

写真クラブは月に一回ですが、作品を5枚提出しなくてはなりません
私は松の内最後の七草がゆの日に、一眼レフカメラ抱えて「鎌倉」に撮影に出かけました。

我が家の庭も鎌倉の家々の庭や路地にも、今はスイセンが満開です

「鶴岡八幡宮」へ(1月7日)
お正月らしさを求めて、まずは三ヶ日は初詣の参拝者で大賑わいの八幡様に向かいました。




7日ならそろそろ人出も落ち着いているに違いない・・・
でもまだ辛うじて松の内、お正月らしい着物姿とお正月の催しが見られることを期待してね

若宮大路から二の鳥居をくぐり、段葛を歩いて三の鳥居をくぐると神社の境内です。
まずは本殿に直行です。




本殿の階段下には静御前が義経を想う舞を納めたとされる廻廊跡に建っている「舞殿」がありますが
何やらお正月らしい風景が見られました。

左側に人の列ができていて御榊を捧げて祈ってから、右側で神官に厄落としをしてもらっているようです。




普段は鶴岡八幡宮の内陣に納められている「御神印」が一般参拝者のため舞殿に持ち出され
御神印を額に押しあててもらい、病気平癒、厄除、無病息災、入試突破などを祈念します。

この御判行事は、1月1日から7日までの間のみに行われる開運厄除の行事だとか・・・

「これは絵になる」と思い、私は立ったり座ったりしてカメラを向けました。

ここでの写真を11日(金)の写真クラブの教室に持って行ったら、
講師に「左側が賑やか過ぎて邪魔、切って六つ切りにした方が良い」と言われ、手直しです。






子供・若者・お年寄りを中心にパチパチとスナップ写真を撮りました。
その内「舞殿」の舞台ではピィ~ヒャラと音色が聴こえてきてお神楽の踊りが始まっています。

こちらも同じように左側を切りました。
②の写真はバランス的に左側が切れないので残念です



舞殿の周りにカメラやスマホを抱えた人々が集まってきました。
御判行事もそろそろ終わりです。




私も右側から正面に廻り行ったり来たりしましたが、正直撮影は難しい



後で考えたら、バッテリーは喰うけど「動画」で撮れば良かったと後悔しましたわ。




でもお正月らしい風景に出会えて満足です




舞殿の左側にある「おみくじ」売り場近くで、ようやく着物姿の女の子二人を見つけ
許可を得て写させて頂きました。

もう少し華やかな着物姿も探しましたが居ませんでした。
それは去年のように「成人式の日」に来なくては無理のようですね。
(改めて去年の記事を読むと、私は毎年同じ行動をとっているのだと納得です)

諦めて、すぐ隣の八幡様の境内の中にある「白旗神社」に行きました。
源頼朝を主祭神とする神社ですが、人は少なくて静かです。



この写真は屋根上の飾りが途中で切れていて失敗作
因みにトップのスイセンもお花が中心の日の丸写真で失敗作です


白旗神社の鳥居の前には「源平池」が広がっていて、中洲の島に「旗上弁財天」が祀られています。




鎌倉七福神の一つである「弁天様」に手を合わせる人々を、左右に動いて撮影しましたが
藤棚の柱などがあって難しい・・・

まだ作品的には物足りないので、孫たちへのお守り購入を目的に
「旗上弁財天」から歩いて12~13分の所にある「荏柄天満宮」に行きました。




親子連れの参拝者を狙って撮りましたが、講師の講評は「子供にピントが合っていなければダメ」と・・・

ブログ用のガイドブック的な写真と、写真展などに展示する写真とでは目の付け所から写し方まで
全く違うという事を毎度実感させられます。

前日の10日に一日かけて、150枚近い画像の中から写真クラブに提出する5枚をPC画面にらみながら選定
でも絞れず、印刷機の調子が悪いので②③④⑦⑧⑨の6枚をCDにコピーし
フォトショップのキタムラで2Lサイズで印刷を頼みました。

芸術写真を撮るには個性的な感性とカメラ機器を自由に操る知識が必要と、最初から実感していますが
同時に最新の高くて高級なカメラや印刷機があれば、より深みのある作品が撮れることも知りました。

遺族年金と国民年金のみで生活する私には「贅沢な趣味と・・・
自分の実力のなさには目をつぶり、写欲を失っている所です。



帰路は小町通りを通って、私は自分用の「お箸」を買いました。

写真クラブの日に提出したのは⑦を除いた5枚です。
でも82歳の講師は⑦の着物姿がお正月らしくて良いと言い、
これをA4に伸ばしてロビーに展示するようにと勧めます。


でも私はカットした③と④にこだわりがあり、いつもPCでお世話になる仲間のおじ様も④を勧めてくれたので
まずは③④⑦をA4に印刷してから考えようと思いました。(A4印刷は1枚690円!)



1月7日の小町通りはお正月というよりは、いつもの平日の混雑と同じ感じですね。
この日は13500歩歩きました。日中は穏やかな日和で軽く汗をかきましたよ。

以前通っていた駅前ショッピングモールの文化教室「写真講座」で親しくなったSさんと、
昨年の11月に公募展に入選した仲間の作品を見に行きました。



その時ランチしながら5時間お喋りしましたが、今私とは違うクラブで活躍している彼女は
この3月で写真を辞めるとか(私が入っている写真クラブは地域の同好会)

「夫も後期高齢者になり心配が増えてきて、私一人が年がら年中写真撮影でバタバタ出かけるのは忍びない」
「夫婦元気な内に、温泉などのノンビリ旅を楽しまなければ後悔が残りそうで」と言う。

「私も今趣味の中で一番のストレスが写真クラブだわ。楽しめていない」と応えた私

でも・・・
「撮影しなければ提出する作品がない」という刺激が、鎌倉に行こうという気にさせてくれた・・・
家で炬燵に入ってTVを見ているよりも、断然外に出ていた方が気持ちが良い

私はもう少し続けてみようかなぁ~?
それにはまず「印刷機」を買わねばならないし、5年使ったカメラもピントが合わなくなってきている
どうしようかなぁ~

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2019年・我が家のお正月

2019年01月04日 | 日常の日記


新しい年が明けて三日が過ぎました。
横浜は連日富士山が見える快晴に恵まれ、日中は厚手のコートが邪魔なくらいの穏やかな三ヶ日でしたね

新年の我が家の元旦風景
夫を亡くした2年目のお正月から、私は大晦日に私では手が届かない天袋の出し入れや高い所にある庭木の伐採など
息子に大掃除を手伝ってもらって

最後に神棚の〆縄(ゴボウ)の取り替えをやってもらってから、私も息子宅に出向き
息子一家と皆で年越しをするようになりました。

例年通り、北海道送りの三種類のカニのセットと煮物などのお節料理と日本酒、
孫達に渡すお年玉を持って行きましたよ。

孫たちとTVの「ガキの使い」を見ながらカニ鍋パーティーを楽しみます
そして新年のカウントダウンで再び乾杯してから、トランプのセブンブリッジに興じました。

息子夫婦と私の大人3人が500円づつ出して、それを巡る争奪戦です。
久しぶりにやった私の一人負けでしたわ



去年はご近所仲間のノンちゃんが歩いて息子宅にやってきて一緒に近くの神社に初詣に行きましたが
今年は彼女がケガして(肋骨2本がヒビが入り)取りやめです。

去年のお正月の記事を読みながら、カニパーティーの様子も私の年頭に思うことも
ノンちゃんとの真夜中の初詣以外は今年も全く同じです。

変化は午前2時半過ぎまで大声出して楽しんだトランプ競技
孫たちの成長に伴い、お正月の過ごし方も変わっていくのでしょうね。

去年の元旦は155㎝の身長の私より6~7㎝ほど高かったお兄ちゃん孫



中学2年生の今年は175㎝の高さのトータンに迫る勢いで伸びています(この1年で10㎝伸びたかな?)
バスケの部活をやっていますから、目指せ、180㎝台ですね。



元旦は皆寝坊をして(私だけ8時起き)10時半過ぎに漸く一同集まってお屠蘇で新年のご挨拶をしました。
家の主が一人づつ盃を渡してお屠蘇を注ぎ、受けた方は「お祝い申し上げます」と挨拶して、
盃を三度で飲み干す作法も教えながら・・・

暮れに息子から「今度の正月はお屠蘇が飲みたい」とのLINEが入りました。
夫の実家の恒例行事でしたので、夫が生存中は我が家でも毎年欠かさずお屠蘇を作っていたのです。

暮れにお屠蘇セットを息子宅に届けてお屠蘇の作り方を教え
今後会津塗のセットはそちらで管理するようにと伝えました。



元旦の朝、孫たちにお年玉を渡し、息子夫婦には満期になっている私の互助会の会員証書を手渡しました。
「万が一私に何かあった時、真っ先に必要なものよ」と・・・

今年からは後継ぎの息子夫婦に、大事な文化や物なりを引き継がせていこうと思っています。



私が息子宅に行った時、一番歓待してくれるのはいつも黒柴の小太郎です
孫娘の弟分として、完全に家族の一員になっていましたね。

初詣とお墓参り
お昼過ぎに例年通り横浜ジィジのお墓参りに行くことにしました。
大船に近い北鎌倉のお寺のすぐそばにこじんまりとした「熊野神社」があります。



ここで初詣をすることにしました。



孫たちにお賽銭用の25円を渡して(二重にご縁がありますようにという意味)、参拝の儀式を教えます。

①まず帽子を脱いで、綱でガラガラを鳴らし神様を呼び出してお賽銭を入れる
②2礼してから二回かしわ手たたいてお願い事を述べ
③最後に一礼
と、ワンゲル方式を伝授しました。



近くの鶴岡八幡宮は大混雑だと思いますが、この素朴な神社も味わいがあり良いものです。



お札は買えませんでしたが、舞殿もあり歴史を感じさせる神社でした。

この神社の隣のお寺の一角のミニ霊園に夫は眠っています。
お墓用のお花は前日息子夫婦に頼みました。若いお嫁ちゃんの感覚の優雅な雰囲気ですね。



皆でせっせと磨いてお掃除して綺麗になりました。
小太郎も神妙にしています。

ジィジの大好きなビールも添えて「家族皆の健康と幸せを見守って下さい」と手を合わせました。

神棚用のお札を求めに「寒川神社」へ(1月2日)
過去三回はお墓参りの後そのまま私一人で相模の国の一宮「寒川神社」に向かったのですが・・・
年賀状制作も含めてのお正月準備で、12月最後の一週間の忙しさに加え
年越しの3時近くまでのトランプ遊びが堪えて、流石に疲れて眠かった



二日の日の朝9時半に我が家を出発し、茅ヶ崎から相模線に乗り換えて5つ目の駅「宮山」で下車
歩いて15分の寒川神社に着いた時は10時半過ぎになっていました。



元旦の2時過ぎに行くよりは空いていて、本殿前の門までは規制なく行けました。



日本一の「八方除けの神様」で有名な神社だけに大賑わいで、本殿に入ってからも20分以上並びます。

参拝してから神棚に祭るお札のセットを買いました。
そして古いお札を納めます。



家族連れなどをかき分けながら、こうした中を歩くのもお正月風景の一つです。
ぐるりと廻って鳥居前に戻ると11時45分・・・

参拝者は鳥居で規制され、列は鳥居の手前のはるか先まで延びていました。
混むのが嫌なら、11時までの参拝を勧めます。

帰路、我が家近くのデパートとショッピングモールの初売りを眺め、お寿司を買って帰りました。
2日の日だけで、9500歩の歩きでした。

年々体力不足は感じますが・・・

今年も月に2回のワンゲル参加と週に一度のストレッチ&筋トレ体操
そして週に2回の防犯パトロール歩きで、足腰の筋肉維持に
努めたいと思っています




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師走の観劇と、親友のお墓参りとご馳走三昧

2018年12月29日 | 日常の日記
今年も今日を入れると残り三日となりました。
お正月寒波襲来とかで、こちら関東南部も昨日から北風が冷たいものの
青空が広がり、今朝もピカピカの富士山が見えています



自然災害の多かった2018年でした。
我が家近辺は台風24号の被害が大きくて、塩害で畑の作物や木々が枯れてしまったりしましたが・・・
雨も適当に降ったりの暖かい秋に助けられて、庭の千両も元気になりました。

ご近所仲間との忘年会は「劇団桟敷童子」の観劇と食事(12月3日)
通常の月でも8日間は趣味の会で出かけますが、12月はその上に「忘年会」が入ります。



ご近所仲間とは毎年のようにイルミネーション巡りをしていたのですが、今年はkumiさんのお誘いで
スカイツリーのすぐそばにある「すみだパークスタジオ倉庫」で興行されている
劇団「桟敷童子」のお芝居を観に行きました。



劇団天井桟敷は聞いた事がありますが、正直この劇団の存在は知りませんでした。



夫が「都民劇場」の会員でしたので、歌舞伎座や帝劇、明治座&新橋演舞場のお芝居は何度か付き合っていますが
この様な芝居小屋の中での観劇は初めてでした。


(画像は劇団のホームページより)
演目は「その恋、覚え無し」

劇団のホームページを見ると
”日本に古くから伝わる魔物「ざしきわらし」から命名”

”子供にしか見えないという「ざしきわらし」だが、大人でも純粋な心を持った者は遭遇する事ができるのだ”
という土着の民話的な風景の中のエネルギッシュな舞台でした。

そしてその迫力に圧倒され、ダレることなく見入りました。

歌舞伎大好きなプリンさんからの情報では、準主役の女猟師ハル役の女優さんは松たか子や
松本幸四郎のお姉さんの「松本紀保」さんだったようです。



観劇後は舞台見学ができました。
団員の方々が質問にも答えてくれて、新しい体験でしたわ



観劇の後は歩いて7~8分のスカイツリーの中のヒカリエで夕食です
インド人の店員さんに導かれて、何となくインド料理店に入りました。



やはりどのお料理もカレーが主体です。
各自セット料理の他にあれこれと皆で食べるおつまみ類も頼み、インドのビールで乾杯
この頃から芝居小屋の段差で転んだノンちゃんが、胸が痛いと言い出していました

結局ノンちゃんは痛みがますますひどくなり、翌日整形外科でレントゲン撮ってもらったら
肋骨2本にヒビが入っていて、全治1ケ月の重傷でした。

お陰で毎週一緒に参加していた体操教室も、そしてコーラスもできず
本人も「痛い!痛い!で、大掃除どころか正月支度もままならない」とこぼしています。

私も頼んでいた藤棚の剪定がキャンセルとなって困り果てました。早く元気になってね~

taeさんのお墓参りと中華街での食事(12月15日)
12月1日が短大時代の親友taeさんの三度目の祥月命日でした。

「お墓参りに行こう」と首都圏に住む仲間3人とスケジュール調整していたら
taeさんのご主人から「一緒に行きましょう」とのお誘いを受けました。



taeさんは山形生まれの山形育ちですが、ご主人の実家の先祖代々のお墓が横浜の中心に近い丘の上にあり
彼女はこの様な見晴らしの良い中で眠っています。



もう丸三年も経ったのですね。

ご主人はまだ現役でお仕事をなさっていますが、社交ダンスを楽しみスペイン語を学んでいらっしゃるとか
お元気で何よりです。

「先に逝ってしまった連れ合いが空から見守っていてくれているから元気でいられるのだと思う」
「故人を忘れずに子や孫に伝えて行くのが、遺された私たちの役目ですね」
と、同じ独り者同士で慰め合っていますが・・・



タクシーで山下公園に出ました。



この日は風の強い寒い日で、私は今季初めて厚手のダウンを着ました。

今年は横浜にお嫁に来て10年のチィーちゃんもご主人を亡くして同じお一人様仲間になりました。
「私の結婚生活は10年だったから、お二人ほど未練はないよ」と、彼女はケロリと言いますが
最後まで家で介護した彼女はエライと思います。

午後三時からご主人の奢りで、中華街の重慶飯店でお食事会です

前菜北京ダック
好きなお料理を頼みました〆のピリ辛トマトタンメン

一番印象的だったのがこちらの「豚モツの唐辛子鍋」



辛すぎて口の中が火事のようになりましたが、何故か?くせになりそうな美味しさでした。

卒業後50年間、taeさんが繋いでくれた「縁」でした。
(山形に住むtaeさんが上京するごとに集まりましたものね)

その縁をご主人が引き継ぎました。



チィーちゃんはtaeさんの口添えで、ご主人と息子さんでやっている仕事を手伝っていました。
未亡人になって又再開したそうです。
この歳で仕事ができるなんて幸せだよ~

気が付いたら7時近くになっていて、4時間も飲んで食べてお喋りしていたのね



更に場所を移してお茶タイム
甘いものは別腹ね。

taeさんのご主人様、たくさんご馳走になりありがとうございました

              

12月は他にもワンゲルでの忘年会や自治会の旧役員のOB懇親会&カラオケ
そして24日のクリスマスイブでのコーラスでは最後にケーキとコーヒーが出ての懇親会

師走のお出かけとご馳走三昧はこの24日で終了し、それから私の年末の大掃除と正月支度が始まりました
日頃の手抜きが響いて、ガラス磨きや床磨きで疲れ果て腰が痛い
一番大変だったのは「年賀状作成」、印刷機が動かなくなりアワアワ
仕上げに三日もかかって血圧が上がりましたわ

メールやLINEが発達した現代、そろそろ辞め時かもしれませんね。

私は今夜から簡単なお節料理作りの準備です。
そして、大晦日の夜は北海道から取り寄せたカニとお年玉と少々のお節料理を持って
息子一家の所で年越しです。

連日忙しくてブログがおざなりになっている現状を深く反省し
来年は短く簡単に、あまり間を置かず更新する事を目指したいと思います。

ブログを始めて14年目、気が付いたら閲覧が330万回を超え、訪問者は100万人を超えていました。
UPが遅くて拙いブログにお付き合い戴きありがとうございます。

そしてブログ友の皆様、今年も大変お世話になりました。来年もどうぞ宜しくお願い致します

皆様もどうぞ良いお年をお迎えください。

(尚コメント欄は閉じさせていただきます)

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遅まきながら、2018年・運動の秋!芸術の秋!

2018年12月20日 | 日常の日記
今年も残りあと10日、あっという間に過ぎた1年という感じです。
12月に入り、趣味の会の合間に忘年会やワンゲル参加があり日々出かけていました。

特に12月10日に歩いたワンゲルの「隅田川河畔」の3回目のフィニッシュは感動しましたね
浅草の「吾妻橋」から「勝どき橋」までの都心を28500歩



この日はワンゲルの忘年会が東京駅近くのお店で予定されていたので、最後は勝どき橋から銀座~丸の内と行き、
丸ビルの「クリスマスツリー」を見学、ナント毛糸で編んだ飾りつけでしたわ



忘年会まで時間があったので、2012年にKitteビルとしてリニューアルされた
旧東京中央郵便局のクリスマスツリーも見に行きました。

色がピンクやブルー、白などに変化します

6階には改装なった東京駅の撮影スポットもありました
年が明けたら3回に分けて歩いた「隅田川巡り」を詳しく紹介したいと思います。

さて・・・
7月にスマホを手にしてLINEを始めたら、ご近所仲間は勿論、アッと言う間に中学・高校の友人達共グループで繋がり
最近はそちらで呟く事が多くなり、PCは写真用に使う事が殆どとなりました。

すっかりブログの更新が遅れて、ブログ友さんにはご無沙汰で失礼しておりますが
ブログは私の人生の最終章を記録に残す大切な場所ですので、遅まきながらこの秋の出来事を纏めたいと思います。

孫娘の運動会(10月20日)
前回ご紹介した「大阪・奈良・京都旅行」から帰宅した翌日が孫の小学校の運動会でした。
前日が新幹線のトラブルで真夜中帰宅だったので、私はノンビリと10時過ぎに近くの小学校に・・・



1・2年生の可愛いお遊戯はドドドドドドドドドドッド~の「ドラえもん~」



徒競走、お兄ちゃんはいつも一等賞でしたが、親もバァ~バも奈菜ちゃんには全く期待していませんでした。
今回は軽快に走って、ナント一番にテープを切っていたわ

3月生まれのチビだと思っていましたが、この所急に背が伸びて少女らしくなってきた



父兄参加の全員リレーに出て走ったトータン(息子)よりも、奈菜ちゃんの方がフォームが良い(ババ馬鹿)

孫娘の白組は負けています、頑張れー



万国旗に混じって全校生徒の絵が風に揺れていました。(何せ全校生徒が300人も満たない小規模小学校ですからね)
奈菜ちゃんは愛犬「小太郎」の絵を描いたようです



5・6年生の騎馬戦では、馬の頭になりました



でも、最終的に白は赤に負けてしまいました
戻ってきた孫娘を見ると悔し涙でいっぱい、お兄ちゃんより負けず嫌いのようです。



午後は応援合戦で始まりました
5年生の奈菜ちゃんは応援団で弾けていました。

チァーをやっているせいか?、一つ一つの動作がサマになります(ババ馬鹿ね)



チァーのために別途バク転などを練習する「体操教室」にも通っているので
ここでチァー仲間と二人でバク転をするつもりでいたようですが、先生に止められて横転にしたとか

運動会が近づくと毎年のように風邪をひき「熱」を出していたお兄ちゃんと違い
妹の方が度胸があるようです。



今年はテレビの音楽番組と同じように、運動会の応援もDA PUMP の「U.S.A.」が大人気
知らない方はこちらのYouTubeで聞いてください。



「カ~モ~ン・ベイビー、アメリカ~」と奈菜ちゃんもノリノリに踊っていました。
来年は6年生、もしかしたら「女応援団長」になるかもです。

そして、今中学2年生のお兄ちゃん孫が幼稚園の年少さんから始まった「運動会」見学も、
12年目の来年で終わる淋しさも感じました。

この日は晴れたものの、旅行した関西と違って風が冷たかった

私は喉が痛くなり身体もゾクゾクしだしたので、応援団で活躍する孫の姿を見てから家に帰りました。
昼寝して夜もしっかり寝て、翌日も家でゴロゴロしていたら体調は少し回復

何しろ一週間後の土曜日はコーラスの発表会で、手前の水曜日には予行練習と
立ち位置を決めるのですから元気にならねばね~

コミニティーハウス・ふれ合い祭りに参加(10月27日)
孫娘が運動会で活躍した一週間後、私はコーラス発表と写真の展示で頑張りましたよ。



一緒に歌うご近所仲間のノンちゃんとkumiさんと、そしてバザーと落語も楽しみたいと
元スッチーのヒロさんも一緒に、朝10時半からコーラスの発表が終わる午後3時までコミハに滞在・・・

お昼は4人で出店のサンドイッチ買って、コーヒーショップに見立てたキッズルームで頂きました。



カメラクラブの「写友会」も参加とは言うものの、ロビーに毎月変えて掛けている作品そのままです。

コーラスは二部合唱で、岸洋子の「希望」・「心の窓にともしびを」・「とうだいもり」・「埴生の宿」の4曲
楽譜のみ持って歌い、手荷物は全部まとめて預けましたので画像はありません。



地域にある横浜市の施設ですから、知っている方々の作品が多い



手先の器用な方ばかりで驚かされます。



防犯パトロールで一緒に歩いている方々のグループが、手製の作品を販売していました。



袋物を300円~500円で買いました。



こちらはブログ仲間のラッシーママさんからのプレゼント。
前回の関西旅行の記事で紹介できませんでしたが、薬入れとして便利に使っています。
ありがとうございました


私はこの秋、コミニティープラザでもコーラスの発表会に出て・・・
写真仲間が入選した公募展や写真展に2回出かけて、ワンゲルにも4回参加・・・
そして風邪をこじらせました

12月に入って元気になって、再び活動しだして忙しい日々

12月15日には3年前に亡くなった親友taeさんのご主人が上京してきたので、仲間三人と一緒にお墓参りに行き
中華街でお食事&お喋りでtaeさんをしのび、取りあえず私のパブリックなお出かけは終わりました。

今週は年賀状作り等の作業に追われていますが、印刷機の調子が悪くてイライラ
来年は年相応のマッタリした生活を考えねばと思っています。

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秋のオフ会旅行(4)・三日目は京都見物

2018年12月04日 | 旅日記
気が付けば早「師走」、1年があっという間に過ぎ去る感じです。
12月初めは夜雨が降って、日中時々陽が照るパターンの天候が続き
畑の作物は順調すぎるくらいに育っています。

特に昨日今日と季節外れの暖かさで、厚手のコートが邪魔なくらい・・・

風邪からようやく復活し、活動開始です
11月は風邪をひき、特に2週目と3週目が鼻水ズルズルと喉痛と咳が止まらなくなり
珍しく家で大人しく過ごしていました



23日からの三連休にようやく回復し、最後の週はインフルエンザの予防接種や健康診断を受け
11月30日のワンゲル参加でようやくアクティブな活動も再開しました。

荒川放水路から始まる「隅田川河畔」歩きの第2回目で、スカイツリーを目指して17~18km
昼食休憩40分を入れて5時間半、およそ28000歩を歩いてきました。



途中寄った公園や神社仏閣の紅葉が見頃でした

風邪で集中力が無くなり、尚且つスマホでラインを始めたら中・高・短大時代の友人たちと繋がり
趣味の会の仲間やブログ仲間、そしてご近所仲間とも繋がり、その対応が忙しいながらも楽しくて
すっかりブログの更新が遅れてしまいました

私の人生最終章の記録でもあるブログは辞めるわけには行きません。
10月中旬の関西旅行の三日目を、遅まきながらUP致しますのでお付き合い下さい


                     

秋のオフ会旅、3日目は京都見物(10月19日)
朝10時に、琵琶湖近くのホテルを出発です。
ホテルの車で京都駅の一つ手前の山科まで送ってくれました。

この日の京都見物は「伏見稲荷大社」&「宇治の平等院」そして時間があったら二条城
山科からはJR以外に地下鉄もあるそうで、案内してくれるあざみさんはどちらで行こうか迷っていました。

でもコロコロケースの荷物があるので、それを京都駅のコインロッカーに預けねばなりません。
結局JRの駅の改札に入りました。

ホームに普通電車が停まっていて私たちは席の確保ができました。でも中々動く気配がなく・・・
「神戸駅の先で乗用車が橋げたに激突した事故の影響で、電車は大幅に遅れています」と車内放送が流れ
「次に到着する快速電車が先に出発します」と告げました


普通車の乗客がいっせいに飛び出して、ホームの反対側に並びます
「昨日もJRは35分遅れてひどい目に遭ったのにね~」と思わず愚痴がでました。

いやはや数分後に到着した快速電車は押し合いへし合いの大混雑
私がOLしていた頃の朝の尻押しラッシュを50年ぶりに経験しましたわ。



荷物を手にして10分ほど踏ん張って、ようやく京都駅に到着し、コインロッカーに荷物を預けて
京都タワーを見上げた頃にはもう11時半過ぎになっていました。



「先に昼食を済ませてから伏見稲荷に行きましょう」とあざみさんが言いながら
京都駅に繋がる伊勢丹に案内されました。

入ったお店の窓から「京都タワー」が良く見えていて、ホテルでの朝ご飯をしっかり頂いたシニアには
量的に丁度良く、雰囲気も良いお店でしたわ
あざみさん、お気遣いいただきありがとうございました

「伏見稲荷大社」
日本を訪ねる外人さんにとっての、一番人気の観光地をご存じですか?
千本鳥居で有名な京都の「伏見稲荷大社」だそうです



京都駅から電車に乗り、伏見稲荷大社の最初の鳥居に着いた時は1時半を過ぎていました。
すでに観光客で溢れていて、外人さんの姿も目立ちます。



こちらは二番目の鳥居の桜門でしょうか?、奥に本殿が見えています。



“お稲荷さん”と親しまれる伏見稲荷大社は、全国に約3万社ある稲荷神社の総本宮。
その歴史は平安遷都よりも古く、和銅4年(711)の創建と伝わります。

商売繁昌・家内安全のご利益があるとされ、一年を通してたくさんの参拝者で賑わいます。

海外旅行者からも人気で、2018年6月に発表された世界最大級の旅行口コミサイトによる
「外国人に人気の日本の観光スポット」ランキングでは、なんと5年連続1位に輝やいたそうです。

本殿の右手先から千本鳥居が始まります。



何度も訪ねたことのあるあざみさんとFさんに「下で待っているから楽しんできて」と見送られて
ラッシーママさんと私は歩き始めました。



一方通行で進みます。
江戸時代以降、願いごとが「通るように」または「通った」というお礼をこめて、
鳥居を奉納する習慣が広まった事によるものだそうです



いったん空が見える所に出た時、振り袖姿の若いお嬢さんに声をかけられてスマホを渡された
「Where are you from?」と聞くと「チャイナ」と答えた。

日本のお嬢さんに負けず劣らず優雅に振り袖を着こなし、可愛かった
思わず「it's beautiful」と口から出ましたよ。(右端の二人です)



まだまだ先は続きます。



だんだん緑が多くなり、深山の趣が感じられてきました。
登りが続いて突然視野が開けた所が「熊鷹社」と書かれた祠があり



稲荷神社のお守りなどを売る売店がありました。
登り階段の手前に「稲荷山頂上まで40分」と書かれていました。

眼下に「新池」が見えていて・・・
ここから引き返すのが得策と思いました。

ラッシーママさんは膝の手術をしてまだ1年も経っていませんし、下で待っているお二人もいます。
私も次の「宇治の平等院」には是非行きたい

本殿下の休憩所で待っていてくれたあざみさんとFさんと合流し、京阪電車で宇治へ向かいました。

宇治の「平等院鳳凰堂」(世界遺産)
宇治川に架かる大きな宇治橋を渡ると、橋のたもとに鎮座している「紫式部の像」と対面です。
時間は3時50分になっていました。



この紫式部の像から先が、お土産屋さんが並ぶ風情ある参道です。
夕方近くなって、観光客の姿も少なくなっていました。



宇治はお茶が有名ね。



7~8分歩くと、山門が現れました。ここで拝観料を払って中に入ります。

詳しい金額などはこちらの公式ホームページでご覧下さい。



団体様御一行が鳳凰堂の中に入り、辺りは静かになりました。



10円玉で有名な「平等院」は平安時代の後期、1052年に宇治関白藤原頼道が、父道長の別荘を
寺院に改めたものです。

「鳳凰堂」は、その翌年に阿弥陀堂として建てられ、仏師定朝(じょうちょう)の作になる
阿弥陀如来坐像が安置されている中堂と、左右の翼廊、背面の尾廊で成り立っています。

大屋根には鳳凰が飾られ、内部は絢爛な宝相華文様や極彩色の扉絵で装飾されています。



鳳凰をアップで撮りました。



夕景の優雅な鳳凰堂を私たちは池の前に佇み、ひたすら眺めておりました。
ここは午前中に来れば順光の明るい鳳凰堂が写せるのでしょうね。

でも逆光の鳳凰堂の静寂な姿も忘れられません・・・

私たちは鳳凰堂を後にして、JRの宇治駅に向かい、5時半頃京都駅に到着し
今回の旅をプロデュースし案内してくれたあざみさんとFさんと別れました。

帰りの新幹線のハプニング

17時58分発の新幹線をみどりの窓口で手続きして、夕ご飯用のお弁当を買って改札口を入り
ホームに上がると何やら様子が違います。

ホームの両側に新幹線が停まっていて、動く気配がありません。人も溢れています。

「姫路駅での人身事故で、今山陽新幹線と東海道新幹線の全線がストップしています」という
放送が何度も繰り返されていました。
ヒヤ~、朝に続いて又ぁ~

取りあえず停まっていた一本前の新幹線自由席に乗り込み、ひと席確保しました。
膝の悪いラッシーママさんに座ってもらって、私は他をあたりましたが、、、
通路に立っている人の姿がどんどん増えて空席はありませんでした。

私はママさんの横に置いたケースの上に軽く腰かけて、人が通るたびに立ち上がるという事になりました
「警察の検証がまだ終わらず、運転再開は20時過ぎになる見込み」とのアナウンスが流れます。

私は「新横浜から我が家までの最終電車に間に合えばヨシとしよう」と覚悟を決めました。
それに間に合わなかったらタクシー?
お財布を調べると現金15000円が残っていました。

「これで足りるかしら?」と呟き、ママさんと二人で「ビジネスホテルに泊まった方がずっと安いね」
と苦笑しましたが、深夜シニアの女が一人でビジネスホテル探す姿も切ないと思いました。

結局20時過ぎに新幹線は動き出し、名古屋で多くの人が降りて私もようやく座れました。

新横浜着は22時半頃で、私は我が街の駅発11時40分最終バスにも間に合い、
0時5分前に我が家にたどり着きました。

世界遺産をたくさん訪ねて感動した今回の旅ですが、三回連続のJR事故にはビックリし
最後の新幹線2時間半の不通はウルトラパンチとなって、忘れられない思い出となりました。






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