花と緑を追いかけて

山を愛し、花を愛し、旅と
映画とパソコンと、好奇心も
いっぱいの主婦の日記です

秋バラの花咲く日比谷公園「松本楼」で食事会

2022年11月23日 | 東京の街
ずっと「小春日和」が続いていましたが、20日の日曜午後から本格的な雨となり
その後日々変わるお天気と気温に、体がついていきません

昨日は上着の要らないような暖かさでしたが、「勤労感謝の日」の今日は冷たい雨が降っています


(我が家の庭にて11月12日撮影)

満開となった庭の花壇の小菊もソロソロ終わりでしょうか?


実家の庭にあった3種類の小菊ですが白と薄ピンクは似ていて見分けがつかず・・・

あと一種類、濃いピンクの小菊が欲しい所ですね。
10月下旬から一ヶ月近くも咲いているので、夫の遺影に手向けるには便利なお花で助かっています。

秋になってコロナ感染者の数も減少し旅割も始まって、TVなどでは紅葉の見所を熱心に紹介
我々シニア世代もじっとしていられなくなりました

行動的な友人達はご夫婦で北海道や東北、長野や山梨などに紅葉狩りに出かけたようですが・・・
独り身の私には「会うのは今でしょ」と声がかかり、次々と友人達から食事会に誘われました

日比谷「松本楼」本店3階のレストランで食事会(10月25日)
10月25日から11月3日までの10日間で4回、友人達との久しぶりの再会があり、美味しいお料理に舌鼓を打ち
お喋りを楽しみました



トップは西洋料理の老舗「松本楼」本店でのフランス料理です
冷たい北風の吹く寒い日でしたが、日比谷公園の色鮮やかな秋バラが出迎えてくれました

幹事はOL時代の友人のマルさん集合時間は3階のレストラン前に11時半

松本楼の建物は大きな樹木の茂る中にありました。



エレベータで3階に上がるとすでにマルさんと、彼女の高校時代の親友のS子さんの姿がありました。
(S子さんのご主人が、私の夫と同じ会社で同期なのです)

2019年の初夏にこのメンバーで新宿の小田急ホテルで食事して以来、3年ぶりの再会です。

我々以外3組のお客様がいましたシーフードと野菜の前菜&パンが運ばれてきました

平日限定の「レディースコース」を食しましたが、マルさんの話では半年前より500円以上値上がりしていたとか
このお店には夫を亡くしてすぐの8年前の2015年にブログ仲間の新年会で来ています。
こちらで紹介していますが、あの日も大雨で、我々以外のお客様は1組だけでした。

メインのステーキの焼き方は3人全部違っていた最後のデザートはフルーツプディングとコーヒー

メインディッシュのステーキのソースは3種類から選びますが
3人共伝統の「松本楼特製のデミグラスソース」にしました



3階のレストラン「ボア・ド・ブローニュ」のランチタイムが終わった後は
1階のグリル&ガーデンテラスに移動して、ハーブティーを飲みながらお喋りはさらに続きます。

マルさんは今年の2月に、そしてS子さんは3週間前の10月上旬にコロナに感染
でも2人共「ワクチン効果で微熱程度で軽く済んだ」と言います(同居の息子さんは39度以上の熱)

2月にコロナに罹ったマルさんは自宅待機でも医療保険から5万円支給されたとか
「そのお金で帯状疱疹のワクチンを打った」そうで、接種2回で44000円
副反応の腕の痛さはコロナワクチン以上だったそうです。

TVで沢山宣伝していますが、詳しい話は初めて知りましたね。

10月にコロナ感染したSさんにはもう医療保険からの支給は無かったとか・・・
これだけ感染者が増えればそうなるのは納得です。




目を患っているマルさんは「明るい内に帰りたい」との事で16時にはお開きとなりました。

二人は公園に近い東京メトロの地下鉄で帰路に着き、私はJRの有楽町まで歩くのでここで別れて
1人で「秋のお花の祭典」を観て行くことにしました。



東京のど真ん中にある「日比谷公園」は1903年(明治36年)に開園、同じ年に松本楼もオープン
新橋にある父の実家からも近くて、子供の頃から私も何度か来ていました。

学生時代も野外音楽堂でのコンサートを楽しんだり、勤めた会社も近かったので沢山の思い出のある
公園です。

行楽シーズンはイベントも盛りだくさんお花の作品展をやっているようでした

この日は真冬の寒さで今にも雨が降りそうな天候でしたが、幸い雨は降らず・・・



私は開園120年以上経った日比谷公園の巨木の中を歩いて行きました。
「子供時代の遊び場は日比谷公園と愛宕山(今の東京タワー周辺)、蝉やトンボ捕りもそこで楽しんだ」
と言っていた父の姿を思い浮かべながら・・・



皇居「桜田門」近くの日比谷公園は幕末まで松平肥前守をはじめとした大名屋敷がありました。
江戸城のお堀の一部だったと言われる「心字池」は名残の石垣や松が往時の趣を残していますね。。



小さなコンデジで写真を撮りながら「日比谷の交差点」に出ました。
手前の第一生命ビルの向こうに私が4年勤めていた帝劇ビルが見えています。

当時は皆同じ高さのビルでしたが、今では高層ビルに囲まれているようで・・・
再開発でもうすぐ取り壊されると聞いています。



(11月13日撮影)

我が家の北東側で咲いる「秋バラ」を活けていましたが、今日の寒さでハラハラと散りました。
立冬も過ぎていよいよ「冬」の到来でしょうか???

所でこの日の帰路、清瀬市に住むS子さんが駅から自宅に向かっていた途中、階段で転んで
大たい骨骨折で救急車で運ばれたと、翌日マルさんからラインが入りビックリ仰天

無事手術を終え、もっかリハビリで頑張っているらしい・・・
70代はまだ若いから、以前のように歩けるようになると信じています。




コメント (17)
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富士山と「東口本宮・富士浅間神社」

2022年11月06日 | ハイキング・散策
11月に入り秋晴れの日々が続いています
すっかりご無沙汰してしまって、マイブログも一ヶ月ぶりの更新

幼馴染のtomoちゃんからは「何かあったの」と、心配する電話を何度か頂きました。
私自身は取りあえずぶっ倒れてもいないし、コロナにも罹っていませんが・・・
兎に角忙しい日々が続いているのです


我が家の庭の「南天の実」(11月3日撮影)

雨が多くて寒暖の差が激しかった今年の秋ですが、この所漸く気持ちの良い秋晴れが続いて嬉し限り
庭の南天や千両の実も赤く染まってきました。

9月から咲いていた「秋バラ」がそろそろ終わり・・・
例年なら10月下旬には満開になる「小菊」が今年は遅れているようです。

「富士山」が綺麗に見える季節の到来です
9月30日に沼津に住むブログ仲間から「富士山初冠雪」の画像がLINEに送られてきました。
平年より2日早く、去年より4日遅かったとか・・・


(朝の散歩時、我が住宅地から見えた富士山・10月8日撮影)

初冠雪の雪はすぐに溶けてしまいましたが、春から夏には滅多に見えない富士山です。
見えるだけで嬉しいものですね


(同じく朝の散歩時に見た雪の富士山・10月26日撮影)

この日の前日は北風が冷たくて今にも雨が降り出しそうな寒い日でした。
私は日比谷公園内のレストランで2人の古い友人との4年ぶりの「食事会」でしたが、冬用のコートを着用

翌日の朝の富士山は突然雪の白い衣装に衣替えでとても綺麗でした



丸で囲った所が前回ご紹介した「キノコ狩り」で行った富士山須走口の5合目から歩いて行ける「小富士」
雪のない部分はキノコが採れた樹林帯なのです。



このワンゲルの「キノコ狩り」で行った富士山須走口5合目に向かう「あざみライン」で、10月13日に
日帰りバスツァーのバス横転事故が起きて一人が死亡 ショックを受けました。


事故のあった場所は「馬返し」というバス停のすぐそばで、我々は2016年の9月に須走口5合目から
小富士経由でこのバス停まで歩いているのです

富士山須走口「ふじあざみライン」近くの「静岡のグランドキャニオン」

(2016年9月9日撮影)

「馬返し」の停留所まで歩いて30分位の所にある「静岡のグランドキャニオン」に、6年前我々は圧倒されました。
9月の中旬まで御殿場駅~富士山須走口5合目間、あざみラインを走る路線バスが運行されているのです。



アザミの仲間で一番大きな「ふじアザミ」が周囲に沢山咲いていて・・・
近くを走る五合目通じる道路の名前が「ふじあざみライン」で納得です。

富士山登山口の五合目まで行く自動車道のルートは4つありますが、一番賑わっているのは山梨県側の
「スバルライン」(吉田口)のようです。

今そこに「登山電車」計画があるらしい
壮大なスイスの登山電車は100年前にできているのですから、富士山でも可能かと思います。
登山電車ができたら今回のようなフットブレーキ踏み過ぎの事故も少しは防げるに違いないでしょう。


(朝の散歩時の我が住宅地にて撮影・11月2日)

10月26日の富士山五合目まで積もった雪はその後の暖かさで、頂上付近に僅かな白さを見せているだけ
となりましたが、一週間後に再び雪の綿帽子を被った富士山となりました
でも・・・
翌日の文化の日は南風が強くて夏日に近い暖かさとなり、富士山の雪は再び消え入りそうになっています。


「東口本宮・富士浅間神社」
アザミラインを更に下っていくと「東口本宮・富士浅間神社」(須走浅間神社)があり
ワンゲルでの「キノコ狩り」を終えた我々は見学して行くことにしました。



延暦21(802)年の富士山噴火の折の鎮火祭、大同2(807)年鎮報賽のために創建
その後富士信仰のによる東口=須走口登山道の起点と守護神になりました。



室町時代後半から江戸時代には一般庶民による富士山登拝信仰・富士講や修験道者の信仰を集め
須走口登山道や須走の宿場町は栄え賑わいました。

境内にはこの時代から昭和に至るまでに寄進・奉納された冨士講の記念碑や石塔などが並んでいます。



平成25(2013)年には富士山が世界文化遺産に登録され、その構成資産としてここも登録されるなど
創建から現在に至るまで、富士山と共に時代を歩んできた神社です。



境内は静寂の中にありました。

富士山周辺には9つの浅間神社がありますが、静岡県富士宮市の富士山南麓に鎮座する駿河の国の一之宮
「富士山本宮・浅間大社」が、全国1300 余にのぼる浅間神社の総本宮のようです。
いつの日かそちらにも詣でたいと思いました。



亀の形の石が・・・



この神社での見学時間はおよそ30分でした。



富士浅間神社の根上りモミこの「鎌倉往環」と刻まれた表示にリーダーが見入って

「是非鎌倉からここまで歩く計画を」と嘆願すると、「僕はもう86歳で引退の身だよ」と・・・
でも、今回の「富士山キノコ狩りバスツァー」は全部この旧リーダが仕切ったと聞きましたよ



この神社から貸し切りバスで10分足らずで道の駅「すばしり」です。
トイレタイムとお買い物を済ませて、一路来た道を戻りました。

夫としょっちゅう車で走った東名~圏央道~国道一号線も様変わりしていて
胸に迫るものがありました

日帰りながら久しぶりに旅行気分を味わい楽しい一日でした

大忙しの毎日が続いています
菜園や庭仕事が忙しい中、半年に一回の胆嚢のエコー検査に行ったら、MRIもと言われて予約
インフルエンザや5回目のコロナワクチン接種も加わり、慣れぬ病院通いが増えて・・・

10月に入ったら、交流のある7割の友人達から「会うのは今でしょ」と声がかかり
10月25日の日比谷・松本楼から始まってこの10日間で4回の食事会をこなしました。

来週は高校時代を過ごした山口の親友が上京します。頑張って付き合う予定
コロナの感染者は又増えつつあり、8波襲来もまもなくのような気がしますが・・・

オミクロン株は重症化も少ないしと、皆失われた2年10ヶ月を取り戻すように慌てて動き始めましたね。
今後どうなるか、気になる所です

コメント (22)
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