花と緑を追いかけて

山を愛し、花を愛し、旅と
映画とパソコンと、好奇心も
いっぱいの主婦の日記です

静岡県側から見た富士山

2016年02月29日 | ドライブ
家にこもりがちだった2月も今日で終わりです。
カメラが趣味の古い知り合いが「富士山を撮りに行こう」と誘ってくれました。


こちらが我が家から眞反対の、静岡県側から見た富士山
頂上の剣ヶ峰が真ん中で尖っていて「山」という字に見えるそうです。

「宝永火口」は右手の雲の中・・・


こちらが東名高速道路の神奈川県側から見た富士山、宝永火口は一番左端です。
山梨県で見る富士山は、コレ又少し違って見えるはず・・・


東名を降り海岸線の道路を走ると「浜石岳」が見えてきます。

2000年の12月に仕事仲間6人で登り、あのパラボラアンテナが立つ頂上で
富士山と南アルプス、そして弧を描く駿河湾と伊豆半島の360度の眺望に感嘆した覚えがあります。

あの時、頂上でおにぎりを食べた後、左手南に進みミカン畑を下ってさった峠に出ました。

さった峠
今回最初に目指したのが目の前に駿河湾が望めるその峠です。


由比町と静岡市の境、駿河湾に突き出した山の裾にある峠で
歌川(安藤)広重の 東海道五十三次「由井宿」にも描かれており、昔は東海道の難所でした。

午前10時、雲が湧き富士山は頭だけ見えていてちょっと残念
この日は春の日差しが眩しい暖かい日和でしたから、霞もかかっていたのでしょう・・・


富士山は愛鷹連山の上に浮かんでいるように見えています。

眼下は東海道本線、国道1号、東名高速道路が通る日本の大動脈
ここは写真撮影の名所として知られています。


東海道線の電車が通過していきました。
一番左端の線路の上を走る銀色の電車が分かりますか?
オレンジ色と緑のあのお馴染みの車体ならもっと絵になるのに・・・

こちらが駐車場から歩いてすぐの展望台です


オバサマが描いていた富士山は、広重と同じような実物よりも尖った富士山でした。


この場所は歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」の作品の中で
当時と同じ風景が望める、唯一残された場所とも言われています。


季節感を出すならミカンの木を入れた方が良いかしら・・・
もう一度ファインダーを覗いてシャッターを切りました。

旧東海道由井宿で、ランチ&散策

狭くて急な来た道を戻り、少し早いランチです。
由井と言えば駿河湾でしか獲れない「桜エビ料理」ですね。

アジ丼と桜エビの天ぷらはシェアー桜エビの釜めしも美味しい・・・


他にサラダと菜の花のおひたしもあり、お腹がいっぱいになりました。


由比宿は、本陣1、脇本陣1、旅籠32軒の宿場だったそうです。
宿内の総戸数は160軒、難所であるさった峠を控えた宿場として、
ここに泊まる客も多かったようですね。

この本陣跡には広重美術館があり、浮世絵師歌川広重の作品を中心に
1300点余を展示しています。  


正雪紺屋と暖簾の掛かった旧家は、由比正雪の生家と言われている所です。

江戸で多数の旗本や大名家臣に軍学を教えていた正雪は
三代将軍家光が死去すると、幕府転覆を企てた。世にいう「慶案事件」です。

当時、改易等で浪人が20万人にも増えており、それを憤った正雪は「浪人救済」を掲げ、
慶安4年(1651年)に江戸、駿府、京都、大坂で騒乱を起こすことを計画したが
密告で発覚、府中で自決しました(お店のチラシより)

由井宿の風情ある佇まいが気に入りましたわ

普段の年なら3月中旬に咲くミモザ今年のお花は何もかもが早いですね


田貫湖に向かおうと、富士宮市内に入ると富士山が綺麗に見えていました。
トップの画像の富士山は、この時車の中から撮った写真です。

山宮浅間神社
富士山世界文化遺産の構成資産の一つ、静岡県富士宮市にある「山宮浅間神社」に案内されました。


辺りは鬱蒼と大木に覆われ神秘的な雰囲気が漂っています。

ただ駐車場とトイレは綺麗に整備されていましたが、あちこち工事中でした。


鳥居から参道を進むと、大きくて立派な建物が現れます。
これは本殿ではなく「籠屋」と呼ばれる建物。昭和8年に再建されたもので・・・

大きな門のような形をしていて、くぐると砂利道の参道が続いています。
参道の先は50段ほどの石段ですが、こちらも工事中で迂回路を登っていきます。


石段の上は本来なら本殿がある場所ですが、ご覧の通り!

塀で囲まれた四角い場所に、空に向かって大きく伸びた大木・・・
そして正面に富士山が

富士山そのものを神として拝む所なのですね。

ここは噴火を繰り返す富士山を恐れて、富士山の平安を祈った「遥拝(ようはい)所」
古い富士山信仰の形を残した貴重な神社のようです。


日本で唯一ここだけ! 富士山自体を「神」として祀った「山宮浅間神社」。
古代からの富士山信仰を留めた神聖なる神社です。

この日は日曜日、東名高速道路の上り線がそろそろ渋滞しだすころ・・・
田貫湖行きは諦めて、帰路に着くことにしました。

今回は満足な写真は一枚もなし


こちらが今回のテキストですが、正直富士山の撮影はとても難しい
まず富士山自身が気まぐれで、姿を表したり隠れたり

気象条件・時間・光の具合・雲などを考慮し・・・
じっくりと時間をかけて狙わなければ良い写真などは到底無理

観光気分で芸術写真が撮れるはずないですね~



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時之栖「源泉茶目湯殿」でまったり

2015年01月21日 | ドライブ
1月も残り10日となりましたが
この年末からの一ヶ月間は行く先々で美しい「富士山」に出会いました。


こちらは箱根の乙女峠から御殿場側に下った途中、車の中から眺めた富士山です


御殿場高原・時之栖(ときのすみか)へ(1月8日)
主人の仕事仲間さんたちとの「新年会」に参加した翌日
親しいご近所の二夫婦と計5人で、御殿場高原の温泉に行きました。


車はノンちゃん宅が出してくれて、元県警のご主人が運転
海岸沿いの134号線から西湘バイパスを走ると、目の前に箱根の山々が見えてきます。

伊豆箱根方面に行くたびに主人ともっぱら走った道
一ヶ月前には山小屋さんたちのグループと、相模川から眺めた風景です。

あの箱根を越えて御殿場まで行きました。


箱根の乙女トンネルを通り抜けると目の前に富士山がドカンと、姿を現します。
御殿場の街が見えてきた所で、車を止めてもらいました。

この日は日帰り温泉に行くのが目的でしたから
デジイチは持って行かず、小さなコンデジで撮りました。

途中で昼食を済ませてお昼過ぎに、一番奥にある「源泉・茶目湯殿」に到着です。

茅葺屋根の立派な門をくぐります。10年数年前に主人も含め同じ3夫婦で来ています


古い豪農の家を移築した建物は、太い梁と高い天井が見事です。
温泉に入りながら富士山が眺められるのがここの魅力

受付でタオルと浴衣を渡されて、女三人は廊下に吊るされている
裏がボァーのヌクヌク羽織を選びました。


最初は内風呂で温まってから、屋上にある展望露天風呂「天空の湯」に向かいました。
目の前に広がるこの景色を見ながら湯船につかります。

「気持ちがいいわぁ~」  
思わず3人で声を上げました。


富士のすそ野に広がる自衛隊の演習場方面から
時々ドカンという大砲の音が響きました。


女三人で、お喋りを楽しみながらゆったりまったりと温泉を楽しみました。

私はパースの家のお隣のご夫妻をここに案内して以来の7年ぶりでしたがこちらで記しています。

主人は毎年サラリーマン時代の先輩や後輩たちとここに来ていました。

そのお仲間が我が家にお線香をあげに来てくれた時に開いたアルバムに
男4人がタオル1枚の裸姿で、この椅子に並んで座って写した写真がありましたよ

他にも主人の姉2人を年に一回、車でここに連れて来ていました。
「マーチャンが入浴料もお食事も全部持ってくれたのよ」と
我が家で年越しを付き合ってくれた義姉が言っていました。

囲碁仲間の殿方二人・・・女性群は囲炉裏端で自由に飲めるコーヒーとお喋り


18歳未満お断りの静かな大人の空間です詳しいことはこちらでどうぞ。


マッサージ機も揃っていて、3人並んでモミました。
これまた良い気持ち

この椅子の後ろはお休み処ですから、お喋りは控えましたよ

それからもう一度、内風呂とそれに続く露天風呂にゆっくり入り
お互い背中を流しあい、シャンプーもしました。


着替えてからお食事処に行き、海鮮御前を戴き
ご近所同士の新年会となりました

高い天井の古民家は空調暖房でないので、ストーブガンガン焚いても
ちょっと寒かったです。

ここ御殿場高原の「時之栖」は地ビールとソーセージで有名ですが
冬の間のイルミネーションも綺麗です


寒さ覚悟で廻ってみました。


灯りのトンネルが続きます。


ホテルやコテージ、お子様と一緒に入れる温泉「気楽房」もありますから
ファミリーで来ても楽しめるリゾート地です。

お正月三ヶ日は人出が多かったらしいのですが松の内が明けたこの日は静か


有料ゾーンの噴水ショーなど、もっと大がかりなイルミネーションも楽しめますが
9時ですべて消灯となり、寒さもあってやめました。

来た時と同じように箱根越で11時過ぎに我住宅地に戻りました。
「naoさん、又どこか行きたくなったら言ってね。いつでも車だしますから」と
ノンちゃんのご主人が語りかけてくれました。

彼は、主人が入院して亡くなって、草ぼうぼうになった我が家の菜園を
草刈りして施してくれたのです。

こうう方たちに囲まれてるので、一人住まいには不便&不経済な一軒家ですが
元気な内はこのままここで頑張ってみようと、改めて思いました。

こうして新しい年はできるだけ外に出るようにして、気分転換をはかり
朝夕飲んでいた精神安定剤を夜だけに減らしましたが・・・

昨日今日のみぞれ交じりの雨の日は(昨日は孫たちが来て夕食を共にし紛れましたが)
やはり感情が乱れてしまいます。

「淋しい!何故私は主人を救えなかったのか?」
結局心臓がドキドキしだして、今朝は安定剤を飲みました


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寒波襲来と、初冬の箱根路(その2)

2014年01月14日 | ドライブ

この三連休、お天気に恵まれたものの寒さが堪えましたね。
日本列島は冷凍庫に入ったような第一級の寒気団に包まれたようです。

庭の早咲きの「冬至梅」も、穏やかなお正月三ヶ日に一部ホロリと
ほころびましたが、その後の寒さでいっこうに咲き出す気配はありません。

温暖な年には師走の冬至に咲き出していた梅です。


父の転勤先の北海道で生まれ、5歳まで雪の多い空知の滝川という町で育ちました。
中学時代は新潟市で、雪の中での通学も経験し
その後、主人の転勤で30代の中頃に4年間札幌で生活しています。

小さい頃の事はよく覚えていませんが、札幌生活では-15度までは経験済み
でも、北国の暖房設備は強力で・・・

セントラルヒィーティングのマンションは常時25度に設定し
「12月1日から3月31日までは点けたままにして下さい」と
ガス会社から言われました

地下鉄や地下街も発達し、どこも(駅や学校までも)暖房でぬくぬくでしたね。


それに引き換え関東の空っ風と一軒家の寒いこと
北側の玄関前のメダカがいる水盤が、この所氷が張って融けません

私が一番寒い思いをしたのは(スキー場や冬の山での経験は別として)
横浜の中学校での息子の卒業式

札幌の学校は体育館も暖房されていたけど、横浜の学校は無しでした

そんなこんなを思い出す、このところの寒さに
「春よ来い、早く来い」と思わず呟いています。



例年ならこの3連休は息子一家と、お嫁さんの両親も一緒に
全員揃って箱根で一泊の新年会でした。

今年は父が入院中で延期です
私も後悔したくありませんので、三ヶ月前にカメラ仲間と申し込んでいた
富士五湖への撮影バスツァーもキャンセルしました。


父は相変わらず一進一退の状況です。
現在最強の抗生物質を二種類、毎日点滴で投与しているそうですが、
なかなかスッキリ熱が下がってくれません。

でも・・・
主人の父が96歳で肺炎に罹った時も危うかったのですが
(その時は私も中国の奥地の幻の青いケシを見に行くツアーをキャンセル)
義父は二ヶ月の入院で元気になりましたから、父も何とか
と希望を持っています。


12月10日~11日・箱根仙石原「長安寺」
父が再入院する前に、骨休みで行った「箱根ドライブ旅行」の続きをUPします。


箱根仙石原・曹洞宗 長安寺は「東国花の寺 百ヶ寺」として知られる名刹です。
紅葉も有名で、一度訪ねてみたいと思っていました


国道138号線から少し入っただけなのに、意外なほど静かで驚かされました。


創建は1356年とかなり古く、五百羅漢の寺として知られています。


紅葉は終わっていましたが、裏山に通じる小径を歩くだけでも、
静寂を存分に味合う事ができました。


境内のいたるところに、喜怒哀楽の様々な表情を見せる
数百体の羅漢像が鎮座しています。

実に人間味にあふれていてキャラが光る羅漢様

この顔はご近所の○○さんにそっくりね皆どこかで見たようなお顔で・・・


ひとつとして同じものがない羅漢像です。


もしかしたら動き始めるのではと疑ってしまうような、
不思議な生命力のようなモノまで感じられました。


門の横の池には紅葉の名残の落ち葉がたくさんありました
次回は是非秋に訪ねて、羅漢様と紅葉を絡めて撮影したいと思いましたね。

この日の宿は仙石原にある会員制の宿
ホテルに着いてからすぐに温泉に入り
夕食までの2時間、カラオケを楽しみました

私にとっては伊東でのオフ会以来で、1年半ぶりのカラオケです。
いつまでも元気に食事ができるよう、飲み込む力を強化するには
カラオケが一番良いトレーニングなのだそうです。

大いに歌って、大いに弾けました


夕食は一人3000円をプラスして、特別料理の「あんこう鍋会席」を頼みました。

ビールもお酒も進みます
歌った後のお食事は美味しい


コラーゲンたっぷりの味噌仕立ての「あんこう鍋」


私は2杯食べただけでおなかがいっぱいになりましたが・・・
主人はお鍋を残さずに平らげました

主人の疲れた胃腸には吸収する能力がなかったようで・・・
翌日からトイレ通いが続いて、大変な思いをしたようです

紅葉も終わったオフシーズンの箱根一泊旅行
最初はさして気乗りしませんでしたが・・・

今、どこにも行けない状況になってみると
つくづく行っておいて良かったと思います。

明日の関東地方の天気予報はマーク
去年の成人式の日を思い返していますこちらです。
ついでにこちらもどうぞ2年前のお正月明けのドタバタ劇です。

明日の雪は果たしてどうなりますか


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雨のMM21と、初冬の箱根路(その1)

2013年12月21日 | ドライブ
今年も残すところあと10日となりました。
今週は積雪の予報は外れましたが
雨に雷に雹と、お天気の急変に振り回されました
三連休の初日にようやく安定しましたね。


父は時々発熱はあるものの、入院時に見られた呼吸の乱れはなくなりました。
少しホッとしましたが、まだまだ安心はできません

雨のMM21(12月19日・木)
師走の慌しい中、三ヶ月前に申し込んだカメラの講習会&撮影会に
カメラ仲間のSさんと参加してきました。
題して「夕景&夜景を撮ろう」です。


この日は生憎朝から雪ならぬ雨
午後に2時間の講習を受けた後、イルミネーションが輝くMM21に
カメラ&三脚を抱えて繰り出しましたが・・・

傘をさしての撮影で、レンズに水滴が付きまともに撮れませんでした。


講師は「雨ならばこその映り込みを狙いましょう」と熱心に語りますが・・・
冷たい雨に我が身とカメラが気になり、早々にカメラをザックにしまいました。

千葉や埼玉など遠くから来ている人は熱心に撮っていましたが
私とSさんは「近くだから、ポイントだけ聞いて来週出直そう」となりました。

それでも雨の中、桜木町からレンガ倉庫まで歩いて往復したので
着ていたダウンコートも濡れました
山も体を張っての趣味ですが、カメラもそうだったとは

「初冬の箱根路」(12月10日~11日)
さて、ここからが本題です。

お正月に向けて連日仕事で大忙しの主人が
11月が好天に恵まれ、仕事も順調にこなせたから
「一泊の温泉旅行に行こう」と、突然言い出しました。

そこで急遽実現したのが「箱根一泊ドライブ旅行」です
(父の2度目の入院騒ぎはこの3日後でしたから、気楽に行ってきましたよ)


「甘酒茶屋」
最初に向かったのは比較的遅くまで紅葉が見られる畑宿
そしてその先の旧道「甘酒茶屋」です。


400年あまりの歴史をもつこの茶屋は、畑宿と箱根宿のちょうど中ほどにあります。


かつては周囲に数件あった茶屋も、現在ではこの茶屋一軒に
なってしまったという。


箱根の関所を控えた場所に建つこの茶屋は、
これから関所を通ろうとする旅人にとっては身支度を整える場所であり

関所を通過することができた旅人にとっては、安堵のため息とともに
小休止をとる場所だったでしょう。


薄暗い店内の囲炉裏の周りには、ハイカーたちが思い思いに甘酒をすすり
力餅を食べていました。

紅葉は流石に終わって初冬の風情でしたが、
撮影場所としては絵になる風景ですね。

「お玉ヶ池」
箱根町方面にそのまま上っていくと池が現れます。


池の向こうの山が双子山。
この池の畔で「少女玉」が獄門に処されました。

元禄15年(1702年)2月10日の夜、江戸に奉公に出されていたお玉は
南伊豆町の農家の親元に戻る途中、箱根関所裏山を越えようとした所で
あえなく、関所役人に見つかり、翌朝お白州を受けます。

年齢は17歳、丸顔、色白の少女だったそうです。


箱根の関所は「入り鉄砲に出女」を厳しく取り締まっていました。

江戸時代300年間、様々な事情で通行手形を所持せず
関所を通る人も居たようです。

その場合、関所近くの顔役に事情を話し、金銭で護符を貰い
関所を通ることも可能でした。


お玉のように打ち首、さらし者にされた人は300年で20人だったそうです。
ですから、お玉は稀な世間知らずか事情があったのでしょう。


双子山の姿を水面に映した冬枯れの池は、お玉の悲劇が重なり
陰鬱な雰囲気でした。

周囲には木道が巡らされていましたから、春には花々が咲き
印象が違うことでしょう。

昔、息子が小学校の低学年だった頃、家族で箱根の関所から杉並木を通り、
畑宿までの石畳の旧道ハイキングコースを歩いたことがあります。

春になったら友人を誘って、歴史を味わいながら歩いてみたくなりました。

強羅でランチ

11時40分、そろそろお腹もすきました。
昼食はガイドブックやTVでも紹介された、強羅の「たむら・銀カツ亭」

行列必死の有名店らしい・・・
入り口に整理券発券機が設置されていて、20分くらい待ちました。

ここの名物は「豆腐カツ煮」らしい私たちが食べたのは「カツ重」


「トンカツ屋に来たんだから、食べるのは肉でしょう」ということで
我々は名物料理の「豆腐カツ煮」はオーダーしませんでしたが

大勢の人が食べているところを見ると美味しいのでしょう・・・
次回来ることがあったら食してみたいと思いました。

仙石原のススキ
強羅からこの日泊まるホテル近くの「仙石原」に来ました。


父が最初の入院で無事に退院したとき(11月19日)
私は紅葉と温泉を楽しむべく、すぐにでも箱根に飛んできたかった

あの時ならまだ紅葉で有名な「箱根美術館」も「長安寺」も
紅葉が楽しめただろうし、仙石原の黄金色のススキも輝いていたはず・・・

でも主人は仕事とゴルフで忙しくて時間が取れないし
友人達もスケジュールが合わず、私一人で車を運転して行く勇気もなく、
鎌倉の紅葉で満足した次第です。


でもやっぱり未練があって、「12月のススキなんてもう枯れ尾花だぞ」
主人に言われながらも、湿性花園そばのススキヶ原に行って見ました。

6年前に来た時は10月中旬、ススキは夕日を浴びて黄金色に輝いていました。
こちらです。

今回は生憎の曇り空で、一人で撮影していると寂寞感に襲われました。


左手にお馴染みの金時山が見えていて・・・
何となく懐かしい故郷の山のような気がして救われました。

仙石原は江戸時代初期まで「千石原村」という地名でした。
昔は一面、樹木もない広大な原野が広がっており
ここを開墾すれば千石もの穀物が穫れるだろうということで名づけられたとか。


しかし火山灰土壌と湿地のため、それは夢と終わり、屋根葺き用のカヤを
近隣の村に出荷するのが主な仕事だったそうです。
カヤ、すなわちススキです。

いまは美しい風景として、特に秋には多くの人たちに楽しまれていますが
昔は生活の大事な糧だったのでしょうね。


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例年通り、箱根で「新年会」

2013年01月25日 | ドライブ
一年中で一番寒い季節「大寒」です。
14日に降った雪はようやく融けましたが、まだまだ寒い日が続くようですね。

寒さが厳しければ厳しいほど、”春”の訪れの嬉しさが感じられることでしょう・・・

1月13日「箱根で新年会」
例年、息子一家とお嫁ちゃんのご両親と皆で集っている箱根での新年会
今年は母のこともあり、一旦は中止としましたが、

通夜・告別式が一段落した12月下旬に、息子が会社の健康保険組合に確かめたら、
新年三連休の保養所の空部屋がまだあったとの事で、急遽行くことにしました。


1月13日、箱根乙女峠から望んだ富士山です。

翌日の14日は東京横浜の予報が「雨又は雪」だったので、
箱根は絶対に雪と確信し、私はダウンのロングコートを着ていきましたが、
前日はコートが邪魔なくらいの暖かさでした。


息子一家の希望で、最初に向かったのは仙石原の「ラリック美術館」です。

私たち夫婦は3年前の夏に、ここのレストランで食事をしていましたこちらです。
今、改めてあの時の記事を読み、感慨無量の思いです。

やはり息子一家とお嫁ちゃんの両親との旅行で出かけたものの、
母の容態が悪くなり、私だけが舞い戻った時のことが書かれています。

読み手の皆様をへきへきとさせたほど、当時の様子を長々と書きとめていました。

私は母の最後の2年間は必要だったのか?と、未だに迷う日々ですが・・・
しょっ中私たちを慌てさせ、何度も死の淵から蘇った母は、
とにかく「生きたかったのだ」と思うことに致しました。


今回ここを訪ねた目的は、美術館でもレストランでもなく、入り口すぐのショップでした。

孫たちが「キャンドルつくり」に挑戦です。
30分待ったら固まって完成です。


オレンジ色のキャンドルは兄にぃ、ハート型は菜々ちゃんの作品です。

じぃじぃが「好きなもの買ってやるぞ~」と言うと、
孫娘はすぐにヒヨコのぬいぐるみを選びましたが
ハー君は迷って迷って「僕欲しいのないから、今はいらない」と・・・

サッカーを始めて、最近は特に少年らしく頼もしくなってきた兄にぃ
ここで売られているメルヘンチックな品物は似合いませんものね。


朝が早かったので、早めの昼食を箱根町の「芦ノ湖畔」のレストランでとりました
窓から遊覧船が良く見えています。

「車で来るとなかなか船には乗れないだろう」
「車はじぃじぃが運転して、向こう側の桃源台で待っててやるから、船に乗ってくれば」と
息子一家に勧めました

息子一家の4人が「ヴィクトリア号」に乗ることになり
およそ30分後、桃源台で孫たちは「楽しかった~と船から下りてきました。


それから富士山の眺めが良い「長尾峠」に向かいました。

御殿場の街の向こうにそびえる間近な「富士山」
午後1時半、ちょっと水蒸気が上がってもやってきましたね。


富士山をバックに集合写真を撮りました。

今回はお嫁ちゃんのお父様が都合が悪くて不参加
7人なので、息子の車一台でチェーンを積んで来ました。

そして早めに、宮城野温泉の保養所に向かいました

チェックインの時間まで、マッサージ機にかかったり
ロビーでアイスクリームを食べたりして過ごしました


そして温泉&食事のあとは、オトウタンとじぃじぃがハー君の卓球の特訓です。
メキメキうまくなり、ばぁばはもう歯が立ちません

特に私は骨折の後遺症で、ラケットを振る力も弱くなりました

こうして「箱根の夜」を楽しく過ごしましたが・・・
翌日は雪ではなく大雨で、そのうちミゾレに変わりましたが、
ナント横浜が大雪で母の四十九日が延期となった次第です。

和尚様の都合がついた5日後の19日に、
ごく内輪で母の四十九日を無事に終えました。

       

アルジェリアで起きた人質襲撃事件では、10人もの日本人が犠牲となりました
理不尽なテロには憤りを感じますね。

プラント建設大手の「日揮」という会社は、今ではMM21地区の高層ビルに本社がありますが
20年くらい前までは私が住んでいる区に本社があり、区民にとってはお馴染みの会社でした。

同窓生の何人かはあの会社の社員だったはず・・・
現役で、今でも海外を飛び回っている高校時代の同窓生もいます。

彼らともども、二度とこのような悲惨な襲撃事件が起こらないことを願っています。


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陽光の「伊豆・箱根」ドライブ旅行(その2)

2011年01月20日 | ドライブ

1月9日、伊豆北川温泉のホテルの部屋で目覚めた時、
太陽はすでに「大島」の右手から昇ってしまっていました。

夜中に一度目を覚まし、温泉に入って再び寝入り、合計10時間近く寝たようです。
(普段の生活がストレスだらけなのでしょう)

「今朝は風が強いので雲がなく、直接水平線からの綺麗な日の出でしたよ」
という支配人さんのお話でした。ム・ム・ム、残念

「今日も快晴のようだから、達磨山の富士山を見に行こう」


「達磨山・レストハウス」のデッキから望んだ「駿河湾越しの富士山」です。


右手の白い雲がかかっているところが「箱根」
箱根で連泊している息子たちは、ガスで富士山は見えないかも・・・?

その下のゴジラの背中のようにゴツゴツと連なった山は「沼津アルプス」です。

標高400mm足らずの低山ですが、アップダウンが続き歩きがいのある山でした。
弧を描く駿河湾の眺めが印象的だったのを覚えています。

<>

マウスオンで、富士山のアップ画像もご覧下さい

私たちはレストハウスでコーヒーを飲みながら、この素晴らしい富士山を眺めていました。
前日「十国峠」から見た富士山よりも「宝永火口」が右に移動して
さらに細身の華奢で優雅な富士山でした

それから西伊豆スカイラインを少し走り、達磨山に登ることにしました。

「達磨山頂上」へ

「達磨山頂上→500m」と書かれた標識の前に車を止めて、階段状の登山道を登りました。

5年前の1月に、山仲間3人で「船原峠~達磨山~金冠山」と歩いたことがあります。
最後は「金冠山」から達磨山レストハウスまで下り、バスで修善寺に出ましたが
その時、このルートは「西伊豆スカイライン」の各駐車場から簡単に登れることを知りました。


頂上まではひたすら霜で白くなっている階段を登ります。

海からの西風が強くて、飛ばされそうでした。


歩いている人は皆キチンとした登山姿です。

私はウォーキングシューズを履き、ナップザックを背負ったダウンコート姿・・・
主人にいたっては、コーディロイの替え上着にカンガルーハット
帽子は飛ばされないように抱えていました。

5年前は雪の登山道を恐る恐る下った道ですが、この日は絶景の富士山を背に冷たい強風の中を登ります。


およそ15分で「達磨山頂上」(981.8m)です。

パラボラアンテナの建っている正面の「金冠山」の方が海が間近で
富士山の風景は良いかもしれません。


眼下に西伊豆の「戸田港」が見えていました。

富士山の左手に連なる「南アルプス」を望遠レンズで撮りたかったのですが、
強風の中レンズ交換をする余裕もありません。


一面に生えている背の高いアマギタケも風避けにならないし・・・
コンデジの10倍ズームで「「南アルプス」を写しましたが、風でブレブレとなりました

写真だけ撮ってすぐに下山し、冷えた体を温泉で暖めることにしました。

行った先は天城湯ヶ島温泉「湯の国会館」

市営の日帰り温泉で暖まり・・・お昼はここで「ワサビコロッケランチ」です

温泉施設としてはそう広くはありませんが、源泉がふたつあるようで
川のせせらぎを聞きながら入る外の露天風呂と薬草風呂にノンビリ浸かり
リラックスできました

休憩所とレストランもそれなりに充実しているので、ここでランチも戴きました。
詳しい情報はこちらをご覧下さい。

そしてその後訪ねたのが、今回の「伊豆泊まり」の目的地韮山のゴルフ場です。

韮山カントリークラブへご挨拶にゴルフ場から見えた夕景の富士山

「山はパス!」宣言をした我が夫、脱サラ以来休会していたゴルフクラブを再開することにしたらしい・・・

この数年、サラリーマン時代に熱中していたゴルフを再び始め、
会社時代のOB会、自治会のゴルフ大会、仕事仲間とのゴルフコンペを楽しんでいます

最近息子も興味を示し出し、休日は父子で練習場に通ったりして、
主人は俄然張りきりだしました。

支配人さんに年会費を払い、再開のご挨拶をしたこの時
「シニアのご夫妻がウィークデーにゴルフを楽しむ姿が圧倒的に多いですよ」
「奥様も是非なさってください」と熱心に勧められました。

50の手習いならいざ知らず、この歳になってはもう無理と・・・
でも、主人だけが楽しむなんて悔しいなぁ~

前日走った「伊豆スカイライン」に再び出て、
息子一家やお嫁ちゃんの実家の皆様と合流するために、箱根「宮城野温泉」を目指しました。


この日の夜は、孫たちも一緒に賑やかな「新年会」を楽しみました

前前回ご紹介したように、翌日は「雪の箱根」となりましたが・・・

母の急変で呼び出される事なく、無事に二泊三日のドライブ旅行を終える事が出来ました。

連休明けには「療養型病院への転院の話」を病院のケースワーカーさんと詰めましたが
その翌日の午後、仕事中に
「母の反応が全くなくなった」と主治医から連絡が入り、アタフタしました

幸い大事には至りませんでしたが、これからも何度かこういうことはありうるのでしょうね


  
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陽光の「伊豆・箱根」ドライブ旅行(その1)

2011年01月15日 | ドライブ
「東名高速道路」


三連休初日の1月8日、、我が家を朝9時過ぎに出発し、東名高速道路を一路南に向いました。
途中「丹沢の山々」「富士山」がクッキリと見えていました。

「これだけ綺麗に見えていれば、これから伊豆スカイラインに入っても見晴らしが良いに違いない・・・」
と言うことで三島インターから「十国峠」を目ざしました。

本当はもっと早く出発したかったのですが、この日は「お正月飾り」を取り外す日
お得意様に配った主人自作の門松を回収しなければなりませんでした。

綺麗な富士山は待っててくれるでしょうか・・・?

「十国峠」

箱根と伊豆を結ぶ「十国峠」の大きな駐車場に車を止め、ケーブルカーに乗りました。
この場所の詳しい情報はこちらでどうぞ

標高765m、熱海市と函南町にまたがる十国峠「日金山」の山頂から望んだ富士山です。

右側の「箱根方面」には何やらスモッグのような黒い霧
左側に見えている白い「南アルプス」も霞んで見えています。

時計を見ると丁度12時でした。
山の見晴らしは、午前10時までが勝負ですね。


200mmのレンズでズームを効かせて撮って見ました。

中央やや左に「宝永火口」がパックリと口を開けていて、
東に位置する我が家から見る富士山とは姿かたちが少し異なります。

ここから見る富士山は左右の稜線がスッキリとしていて美しい・・・
十国峠は南東方向から見る富士の名所だそうです。


ケーブルカーの頂上駅からは360度の大展望が楽しめます。

反対側に目をやると、眼下の相模湾の向うに「房総半島」が薄っすらと望めました。
重なるように「三浦半島」も見えています。

すぐ下の緑の半島は「真鶴半島」、手前の港町は湯河原でしょうか・・・?


西側は箱根方面です。
見えている山は「駒ケ岳~神山」ですね。
去年春に「イワカガミ」を見ながら歩いたコースです。

十国峠とは「伊豆・駿河・遠江・甲斐・信濃・武蔵・上総・下総・安房・相模」
が眺められたところから、この名が生まれたそうです。

果たして今でも10箇所全部が見えるのでしょうか


青空を見上げれば「パラグライダー」がたくさん飛んでいました。

この日は真冬とは思えない穏やかな日和で、観光する人々も、空を飛んでいる人たちも
みな陽光を浴びて気持ち良さそうに見えました


「玄岳駐車場」

十国峠からはほんの少ししか見えなかった白い「南アルプス」をジックリ見たくて
伊豆スカイラインの「玄岳駐車場」で車を止めました。

「愛鷹連山」の左手奥に白い峰峰が連なっています


望遠レンズで撮りました。
「南アルプス」の塩見・荒川三山辺りの山々でしょうか?

7年前に主人と縦走した「千枚岳~荒川三山~赤石岳」の雄大な景色を思い浮かべました。
あの頃は、まだ私たち夫婦もアルプスを縦走する元気もガッツもあったのですが・・・

この日の主人は
「俺は前日ゴルフで散々歩いたから、山はパス」と宣言・・・
僅か15分で登れる「玄岳頂上」までの歩きも拒否しましたわ

この玄岳は昔山仲間と函南の「丹那断層」を見てから登り出し、熱海側に下った覚えがあります。
あの時は残念ながら富士山の頭が隠れていました。

この様な快晴の時こそ登るべきなのに

ところでお昼ご飯はどうしましょう・・・?
車の中から、伊豆に別荘を持っているブログ仲間のラッシーママさんにメールをして相談しました。

薦められたのが伊東にある活き魚料理のお店「五味屋」さんです。

この「お刺身定食」(1050円)は超お徳こちらは主人が頼んだ「お任せ丼」(2100円)

安くて新鮮なお料理に感激しましたが、人気のお店だけあって、待ち時間が1時間半以上
でも食べられただけでも幸運でしたね


考えてみれば三連休の初日ですもの、混雑は仕方ありません。
次回は是非ウィークデーに訪ねてみたいです。

ラッシーママさん、お加減が悪い中、何度もメールをありがとうございました


丁度好い時間となったので、この日の宿・会員制のホテルのある北川温泉に直行しました。

海に面したお部屋の窓から夕闇の「大島」が目の前に見えていました。

私たちは軽く温泉に浸かってから、腹ごなしに「カラオケ」を2時間楽しみました。

7時からの夕食も美味しくいただけて、9時前にはバタンキュー
旅に出ると俄然体調の良くなる私です。


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雪の箱根路

2011年01月10日 | ドライブ

三連休最後の「成人の日」は、日本列島に大寒波がやってきたようですね。
我が家は連休初日の8日から「伊豆・箱根」とドライブ旅行を楽しみ、富士山を堪能してきました

トップの画像の富士山は1月10日、箱根乙女峠から御殿場に下る車の中から写した富士山です。

毎年お正月明けに、息子一家とお嫁ちゃんの実家の皆様と「新年会」」を兼ねた温泉旅行を楽しんでいます。

最初は各家に交互で集まっていたのですが、皆が心置きなくお酒を飲みながら歓談するには
上げ膳据え膳の温泉でやるのが一番と、もう7年も続いている行事です。

今年は息子の会社の箱根の保養所に集まりました。


総勢9人で、温泉と新年会を楽しんだ翌日の今朝、隣室の息子が「雪だぜ、雪」と言いながら声をかけてきました。
窓の外は予想もしていなかった銀世界が広がっていました


朝の温泉に浸かってから、レストラン棟でビュッフェの朝食を戴きました
窓からはツララの向うに、私たちが泊まった角部屋が良く見えていました

最近の保養所はホテルに負けない豪華さですね。


眩しほど日当たりの良いロビーの全面ガラスから、東に大文字の大の字がのぞく「明星が岳」
正面に双子山が見えていました。


そして右手には「大涌谷」の噴煙が・・・


去年の5月に、あの大涌谷から「イワカガミ」の群生を見ながら「神山」頂上に登り
「駒ケ岳」まで縦走しましたね。

雪の箱根も美しくて素敵ですが・・・

車にもシッカリと雪が積もりましたさてさて無事に帰れるかな~?

札幌生活4年の経験がある横浜じ~じはちゃんと車にチェーンを積んでいますが・・・
トータンと横須賀じ~じの車はチェーンはなし

こうなればチェックアウトギリギリまでいて、道路の雪が融けるのを待つしかありません


ハー君は子犬のようにはしゃぎまわって、Y子姉ちゃん(お嫁ちゃんの妹)相手に雪合戦です

にぃにぃに雪をぶつけられた菜々ちゃんは、あまりの冷たさにベソをかきお部屋に逃げ込みました。

もっぱら写真撮影に忙しかった私は、足をとられて思い切りステーン

辛うじて体を左手で受け止め右手でカメラを押さえましたが、見事な尻もちをつきました
北海道生まれだからと言う過信があったようです。 


もう一度温泉に入って温まっていくという雪まみれハー君たちと別れて、我等夫婦は一足早く家路に付きました。

ナビは距離的に近い1号線から西湘バイパスを示しましたが、強羅・宮ノ下とノロノロ運転が続き、
気短な主人はUターンして反対側の仙石原から乙女峠に向いました。


ここもスリップする車の続出で渋滞していましたが、道路パトロール隊が播いた融雪剤の効果が出てきたのか?
乙女峠の先からはスイスイ

途中、ご覧のような、日本画や着物の柄に見られるような紫雲たなびく富士山が見られました。

我が家は東名経由で2時間ちょっとで帰りつきましたが、息子一家は夕方の帰宅となったそうです。
連休最終日のスタートの1時間差は、3時間以上の差になったようでしたね。

やはりいくら晴天続きでも油断は禁物
「箱根の雪」は侮れませんね。

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横須賀「三笠公園」

2011年01月06日 | ドライブ

今日は「小寒」、明日は「七草粥」、明後日で松の内は終わります。
流石に寒さが身にこたえる季節となりました。

ピカピカのお天気に恵まれた昨日の5日、主人が
「仕事仲間との新年会を追浜の活き魚料理の店でやるので、幹事として下見に行きたい」
「ランチをご馳走するから付き合わないか?」と言うことで、
我が家から車で30分の東京湾近くの追浜まで行きました。

ところがその店は、残念ながら5日までお正月休みでやっていませんでした

代わりに行ったのが、その先の横須賀「三笠公園」です。
「ここで名物の軍艦カレーを食べよう!」と決まりました。

公園内には戦艦「三笠」がコンクリートで固められ、ご覧のような姿で展示されていました。


「三笠」と言えば東郷元帥ですよね。
立派な銅像が建っていました。

明治35年(1902年)にイギリスで建造された戦艦であり、
日露戦争においては東郷平八郎司令長官が乗艦する連合艦隊の旗艦として大活躍しました。


戦艦「三笠」の詳しい事はこちらをご覧下さい

NHKドラマ「坂の上の雲」の中でも、イギリスでのシーンで、秋山真之と広瀬武夫が
日本が購入したこの船を見て感激する場面がありましたね。

私はあのドラマの興奮を未だにひきずり、主題歌のサントラ盤のCDを買いましたが・・・

年末にUPした広瀬少佐役の藤本隆宏さんが歌う「Stand Alone」の中に、
サラブライトマンの日本語版、TVのエンディング版、広瀬中佐の歌などなどが入っている事を知りました。

サラの日本語版は、素晴らしい鈴の音のような声に魅せられますが、拙い日本語が少々微妙・・・
私は藤本さんの味のある「Stand Alone 」の方が好みです

Stand alone ~坂の上の雲~

このTVのエンディング版は流石に聞き惚れますね
「三笠」を見学しているとき、私の頭の中をこの曲が流れていましたよ。


この「三笠」は大人500円(シニア400円)で、中を見学する事ができます。
早速入ってみました。


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艦内心臓部分の様子



non_nonさんのソースをお借りして、東郷元帥以下首脳陣が集まり戦いを指揮した
三笠の心臓部分の画像を纏めました。
左側の小さな画像にマウスオンしてご覧下さい
ここでドラマロケも行われたようですね。

一番下の画像に写っている色鮮やかな旗はZ旗です。
ロシアのバルチック艦隊との激突の時に「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」
とZ旗を掲げて全軍の士気を鼓舞したと言われています。

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東郷司令長官が立っていた高い甲板からは、穏かな東京湾の景色が見えました。
白い大きな客船はこれからどこに行くのでしょうか?
マウスオン・クリックで3枚の画像をご覧下さい

見えている緑の島は「猿島」です。
この三笠公園から「猿島」に渡る遊覧船が出ているようでした。

ヨットも見られる平和な日本の海辺の風景が広がっていました

船の側面は補助砲が並びます旅順港で使われた魚雷
これでバルチック艦隊を打ちのめしたのですねこちらは15センチ砲

この後ビデオ室で20分間の「日本海海戦」の物語を観ました。
東郷元帥の丁字戦法、「トウゴウ・ターン」と呼ばれる戦法を使って、日本は大勝利

20分の画像でも面白かったのですから、1年後のTVドラマが益々楽しみになってきました
司馬遼太郎の原作も読んでおかなくては・・・

係員の方が「20分では語りきれなかったお話」をしてくれました。
日本がバルチック艦隊を相手に、沈没させた空母の数や戦死者の数は
10対1での圧倒的な勝利だったそうです。

ところがそれでテングとなり風紀が乱れて、戦いを終えて佐世保港に帰還した時、
弾薬庫が爆発して「三笠」は沈没、300名以上の死者が出たそうです。
バルチック艦隊との戦いではその半分以下しか戦死しなかったのに・・・

日本の軍隊はテングになったまま、太平洋戦争まで行ってしまったのでしょうね。

戦後、「三笠」は甲板上のものは取り外され遊技場などになりましたが
アメリカの協力で展示船として復活しました。
船首は皇居を向いていて、その先がロシアなのだとか・・・
当時のソ連はこの「三笠」展示に大反対したそうですが、何とか残ったようです。
 

中甲板部は展示室となっていました。
東郷平八郎の衣服などが展示されていましたが、ずいぶん小柄な方だったようですね。
端整な顔は、東郷役の渡哲也さんといい勝負ですが・・・

TVドラマでお馴染みの秋山兄弟や広瀬武夫の写真も並んでいます。

ニコライ二世が、TVの俳優さんとソックリ!
藤本隆宏さんが演じた広瀬武夫も、実物の写真と良く似ていて驚きましたわ

昼食はモチロン名物「軍艦カレー」窓辺の席から「三笠」の軍艦旗が良く見えます

三笠公園名物の「軍艦カレー」はあちこちのお店にあるようでしたが、私たちは公園に一番近い
第3駐車場前の、洒落たお店で戴きました。

コーヒーが付いて1200円、美味しかったですよ。


駐車場からもう一度海軍旗がはためくのを待って、写真を撮りました。
この旗を見ると先の大戦を思い出し「怒りを覚える方」もいらっしゃるかもしれませんね。

こうして2時間ほど「三笠公園」で遊び、家路に付きました。

帰りに母の入院してる病院に寄ったら、主治医とケースワーカーさんがやってきて、
面談室に案内され「母の現状とこれから」の説明を受けました。
詳しい事は連休明けに決まりそうです

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紅葉の奥日光・「丸沼」と「湯の湖」

2010年11月04日 | ドライブ

11月に入って爽やかな「秋晴れ」が続いています
我が家からも富士山がクッキリと見えました。

こちらは11月2日、朝7時半の富士山、雪の帽子が北側に垂れ下がるように見えていますね。


こちらは同じ日の朝10時半の富士山です。雲が少し沸いてきました。
この日は午後から曇り富士山は姿を隠しましたが、湿度が低くかったせいか?
夕方再びシルエットの富士山が見えていました。

昨日の文化の日は、晴天に恵まれましたが、何故か?
富士山は終始姿を見せませんでした。

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そしてこちらが今日4日の朝10時、我が家の2Fのベランダから見た富士山です。
天気予報は晴れマークですが、手前には黒い雲が・・・

我が家上空も北東の東京方面も雲に覆われていました

マウスオンでご覧下さい
300mmのズームレンズで見てみると、富士山も箱根連山も明るく輝いていますから
きっと午後からは晴れるでしょう・・・


案の定、午後から晴れて、夕方5時過ぎにはご覧のような富士山が見えましたよ
変りやすい秋の空の移り変わりを、私の部屋から垣間見させてもらいました。

            

さて、私たちは「奥利根ゆけむり街道・モミジライン」「照葉峡」から尾瀬・戸倉までの
素晴らしい紅葉を満喫し、片品村に出て、国道120号線(通称・日本のロマンチック街道)に入り
日光の金精峠に向いました

奥日光「丸沼」

お天気が良ければ、丸沼高原からロープウェーに乗り「日光白根山」に登りたかったのですが・・・
この日もガスがかかり「日光白根山」の姿は見えず、時間も11時近くなっていたので諦めました

そして行ったのが「丸沼」湖畔です。


標高1428mに位置する「丸沼」は日光白根山が大噴火した時、
流れ出た溶岩によってできたせき止め湖です。

秋にはブナや白樺の紅葉が美しいところですが、そろそろ紅葉も終わりでした


枯葉の絨毯の上を歩き、白樺やダケカンバの森を抜けて湖畔を半周し、
「大尻沼」まで2時間で行く散策路があります。

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晩秋の湖畔は寒いくらいです。少し歩いて引き返しました。
そんな中を釣り人が沼の中で釣り糸を垂れています。
マウスオンでご覧下さい

手足も冷えたので、車のエアコンのヒーターを入れて「金精峠」に向いました。


「金精峠」の手前の、標高1731mの所に「菅沼」があります。
この辺りはもう紅葉も終っていましたので、そのまま車を止めずに進みましたが・・・
ここには印象深い思い出があるのです。

今から14~15年くらい前の夏、夏山登山に北アルプスの「黒部五郎~三俣蓮華~双六岳」縦走を決め
山仲間のKさんと足馴らし登山にこの「日光白根山」を登りました。

浅草出発の夜行電車に乗り、早朝「東武・鬼怒川駅」から湯元温泉までバスで入りました。
そして5時間半かけて、標高差1100mの「日光白根山」頂上に立ったのです。

その頃の「日光白根山」登山のメーンルートは標高差800mの「菅沼」からの登山道でした。
でも「菅沼」まではバス便がなかったので、私とKさんは湯元温泉からの古い登山道を頑張りました。

人が殆んど歩いていなくて、出会った登山者は同じ年頃のご夫妻のみ・・・
登山道も全く整備されていなくて、倒木がゴロゴロ、
その中をまたいだりくぐったりしながら登った「前白根山」経由の「日光白根山」は
とてもきつくて苦しい山でした


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今では「丸沼高原」のロープウェーを使えば、標高2000mまで登れてしまうらしい。
画像はロープウエーの山頂駅から見える「日光白根山」の姿だそうです。

関東以北では一番高い標高2578mのこの活火山も、往復4時間半で行ってこられるようになりました。
マウスオンでご覧下さい

私とKさんは「白根山頂上」から再び、
「五色山」経由でバス便のある湯元温泉を目指しましたが、その頃から私の膝が痛み出しました

一緒に歩いた千葉から来たというF夫妻と別れて、急遽私たちは楽なコースの「菅沼」に下る事にしました。
そして「菅沼」の駐車場でタクシーを呼ぶと、「渋滞しているので行けない」という返事

Kさんと2人で呆然としていると、「あら!私の登山靴と同じだわ!」と、私のシリオの登山靴を見て
中高年の女性が声をかけてきました。
尾瀬を歩いてきたご夫婦でした。

カクカクしかじかで帰れないでいると話すと、そのご夫妻は「どうせ帰り道だから」と
親切にも高級乗用車のクラウンで「東武・鬼怒川駅」まで送ってくれました。

忘れられない「日光白根山」の思い出です。

それ以後「何処の山が一番きつかった?」と聞かれると
「断然日光白根山!」と答える私とKさんです。

この10日後に、有峰口から太郎平の小屋まで登り、「黒部五郎岳」から新穂高まで縦走した
3泊4日の北アルプス・ダイヤモンドコースよりも苦しかった!ですね

奥日光「湯の湖」

金精峠の紅葉は終っていましたが、「湯元温泉」に近い「湯の湖」の紅葉が丁度見頃でした。


流石に人気のある「日光の紅葉」は絵になります
平日でしたが人もいっぱいでした。

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マウスオンでご覧下さい

本当はこの「湯の湖」湖畔で昼食をとるつもりでしたが、駐車場がいっぱいで諦めました。
主人は何故か?ホッとしたようです。
日光と言えば、3年前の秋の一歩間違っていたら私の命も危なかった自損事故
思い出が拭い去らないようです。

あの時もこの「湯の湖」湖畔で昼食を食べて、それから事故ったのでした


最近では、新しい思い出を作るよりも、あの山・この温泉と懐かしい思い出をたどる事の方が多くなってきました。
でも、交通事故の思い出はゴメンですね。

この時の紅葉は竜頭の滝くらいまでで、中禅寺湖から下は濃い霧の中でした。
私がイネムリをすると運転する主人も危ないので、ひたすら眠らずに頑張り
東北自動車道では私が食後の運転を交代して、どうにか無事で我が家にたどり着きました。
つかれたぁぁ~

山を登って温泉に浸かり、後はビールを飲んで寝て帰るツァーの方が気楽ですが
思い出としたら今回の旅の方が断然残るのでしょうね。




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