花と緑を追いかけて

山を愛し、花を愛し、旅と
映画とパソコンと、好奇心も
いっぱいの主婦の日記です

台風被害と「伊豆ヶ岳」リハビリ登山

2011年09月28日 | 山シリーズ

台風15号は各地に被害をもたらしましたが、同時にを運んできましたね。
朝夕は寒いくらいで、慌てて毛布を取り出しました。

そして、海に近い我が家近辺は「塩害」の影響が出てきました。
連休中、息子が我が家にやって来て、高圧洗浄機を運び出していましたが
「窓が塩で白く汚れてしまった」とか・・・

トップの画像は我が家の斜め向かいのお宅の裏山ですが・・・
何やら木々の色が変色しています。


もっとズーミングしてみましょう。
木々の葉が枯れ出しているのです

横浜南部にある我が家近辺がこの様な風景となるのはもっと先のはず・・・
まだ9月なのに、すでに森や街路樹の木々が枯れ始めました


庭木ですらこの状態・・・
農作物も然りです。野菜類の値上がりは必至でしょうね~


9月25日・奥武蔵「伊豆ヶ岳」登山
重い腰痛で苦しんでいた山仲間のkさんから
「連休最後の25日が空いているので山登りに付き合って欲しい」と、
今月初めに電話がありました。

彼女は6月にギックリ腰をやり、ベッドから起き上がれない状態が一週間も続いたそうです。
その後も10分歩くのがやっとの日々が長かったとか

やがて10分が1時間になり、最近は休日ごとに自宅のある鎌倉の源氏山などを
2時間程度歩いていたそうな・・・
「山登りと言う目標を作ってリハビリに励みたい」
ワタシも軽いとは言え同じ腰痛の悩みを持つ身、喜んで協力いたしました。


行った先は奥武蔵の正丸峠から登る「伊豆ヶ岳」
池袋から西武線で1時間半、いやはや遠かった

最初の希望は丹沢の「大山」だったのですが、役所にtelして状況を聞いた所
「12号台風の被害で登山道の一部が土砂崩れで通行止め」
「15号台風の被害状況はこの3連休で調査の予定、」
「倒木があちこちにあるので、引き返すのを覚悟しての登山になります」とのこと

次ぎに選んだのは奥多摩の「三頭山」
都民の森事務所の話しでは「台風の被害はありません」とのこと。。。

それで予定を組んだら、登山口の「都民の森」までは
五日市からバスで1時間以上も乗らなければなりません。
我々2人の出発駅「大船」から3時間半もかかります

ならば「駅からすぐに歩ける山を探そう」と選んだのが奥武蔵の「伊豆ヶ岳」でした。
「正丸駅」からまず「正丸峠」を目指します。

道端に咲いている可愛いコスモスタマアジサイ等を見ながら山里の道を行きます


沢のせせらぎを聞きながら、爽やかな秋の空の下を歩いて30分
やがて左手に「馬頭観音」が見えてきます


ここが「大蔵山分岐」で、左は「伊豆ヶ岳」に直登する最短経路
帰路はこの道を下ってくる予定です。

私たちはそのままコンクリートの道を進んで行きました。


すぐに車道は終り、いよいよ山道となります。
杉の林がうっそうとしていて、昼なお暗い登山道、女一人ではちょっと怖いですね。


山の神の祠があり、その横に標識がありました。
青丸が現在地、私たちは「正丸峠」と書かれた左の道を進みます。

台風の影響で杉の葉がたくさん落ちていましたが、歩く上での支障はありません。

涼しい沢沿いの山道を30分最後の急階段の登りがキツイ

腰痛を持つ身には堪える階段ですが、頑張って登ると茶屋の横に出て、
そこが「正丸峠」でした。


私たちはここで一休みします。

峠まではマイカーやバイクでもこれますから、ここから「伊豆ヶ岳」までなら
往復2時間のハイキングが楽しめますね。


峠から「武川岳」?が見えていました。
15年位前に、同じ職場の仲間5人で登った覚えがあります。

kさんとひとしきり、まだまだ若くて元気だったその頃の山の思い出を語りました。
「あの頃は、日本国中登れない山はないと思ってたものね」
「今ではせめて目ざそう雲取山だわ」


このコースは「関東ふれあいの道」になっているようです。

正丸峠から伊豆ヶ岳を越え「子ノ権現」まで3時間半で縦走が出来ますが
私たちは取り合えずマップタイム1時間の「伊豆ヶ岳」を目指します。
時間は11時半を廻っていました。

突然kさんが「アイタタタァ~と立ち止まりました。
どうやらふくらはぎの下が攣ったらしい・・・

「血流が悪くなっているのかも」と言うと、
彼女「腰用のベルトをきつく締めすぎていたわ」と緩めていました。
そして足にサポーターを巻くとどうやら治まった様子(ホッ)
リハビリ登山ですからね。無理は禁物です。


小高山、五輪山と軽いアップダウンを越えていきます。
明るい雑木の樹間越に「武川岳」「武甲山」「二子山」と見えていました。


やがて鎖場に到着です。男性が一人取り付いていました。
多少山をやっている人なら「伊豆ヶ岳」といえば鎖場が思い浮かぶほど有名ですね。

ただ今は原則立ち入り禁止です。
「落石注意自己責任ですという看板が立っていました。

腰を痛めてから5KG痩せたkさん、岩に足をかけてしばし思考し
「腕力不足で無理だわ」と諦めました。

ならばまき道の女坂を行きましょう。
その女坂も土砂崩れとかで新しい道が出来ていました。
今年は雨が多かったですものね。


更におよそ20分頑張って登ると「伊豆ヶ岳」(851M)頂上です。


山頂からは丹沢連峰、大岳山や川乗山に続く山並が見事と、ガイドブックには記されています。
ほとんど登ったことがある山々ですが、どれがどれやら分りません


晴れた日は伊豆半島までが見えるのでこの名前が付いたと思っていましたが、
どうやら違うらしい・・・
アイヌ語の呼び名から来たようですね。


頂上は狭かったので、一段下がったこの場所で登山者たちが休んでいました。
私たちもオニギリを食べ、大休憩です。

kさんとは去年の秋の高尾山餅つき登山以来の山行きです。
話がつきませんでした。

時計を見ると1時半近くになっていました。
来た道を戻り、鎖場下の五輪山から右に下ります。

この道は木の根と石で滑りやすい中を急降下します。


途中見晴らしのいいところが一箇所ありましたが、あとはひたすら樹林の中の暗い道を
滑らないようにと下ります。

ワタクシ、歩きながらお喋りしていて石に足を滑らせ転びました
まだとっさにかばう手がでて、衝撃を避けましたが
その内そうも行かなくなるでしょうね。

行きに分けた「馬頭観音」の前にようやくたどり着き、ベンチで一休みです。
ハイカー3人がお茶していて、私たちも沸かしたてのコーヒーをご馳走になりました。
山をやるもの同士、皆フレンドリーです

3時頃ようやく「正丸駅」に戻りました。
マップタイム3時間半の行程を、5時間近くかけてノンビリ歩いたリハビリ登山
まずは無事に下山できて良かったです

コーヒーをご馳走してくれたパーティーは、丁度見頃の「巾着田」の彼岸花を見て帰るそうです。
我々は帰路が遠いいので諦めました。

実は出発時に行き違いがあり、最初に決めた電車に乗れず
登山のスタートが1時間遅れになったのです。

前日、kさんと一緒に乗る大船発6時31分の湘南ラインの電車を決めたのですが、
湘南ラインには横須賀線と東海道線と二種類あって、2人は違うホームで待っていたのでした。

その上彼女が携帯電話を忘れて連絡が取れずに大慌て
お互いにあれやこれやと奔走し、どうにか出会えて出発できました。

現地で本数の少ないバスに乗るのと違い、駅から直接行ける山なら多少遅れても大丈夫
無事に「伊豆ヶ岳」に登れて何よりでした

予告編「小出川の彼岸花」

近くまで行ったのに、巾着田の彼岸花は今年も縁がありませんでしたが
昨日母を見舞ったついでに、藤沢の奥の「小出川」の彼岸花を見てきました。
去年と同じような展開になりましたね。

川の左岸はまだほとんどが蕾です。今週末まで楽しめそうですね。

台風で折れた蕾も多く去年よりは花数が少ない感じですが、今年も見事に咲いていました。

時間がなくて田んぼの広がる所まで行けませんでした。
富士山と黄金色の田んぼと彼岸花のスリーショットを撮りに、
近々もう一度行けたらと思っています。


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「江ノ島小屋」のグルメと粗食宣言!

2011年09月24日 | 湘南情報

「胃がもたれる」と毎日おじやを食べ、TVを見ながらウツウツとしている夫を尻目に
ネットで見つけた「江ノ島小屋」に行ってきました。
美味しい物が食べたくなれば、外で食べることに致しましょう・・・

小田急の「片瀬江ノ島駅」から歩いて3分ですが、お店の入り口が目立たないところにあるので、
案外気づかれない隠れ家的な落ち着いたお店です。
詳しい情報はこちらです。


片瀬川河口にあり、テラス席から見える景色もよく、お店の雰囲気もグ~
地元の漁師さんから直接仕入れるから新鮮な地魚が食べられます。

ただし人気のお店なので、休日は行列覚悟ですね。
この日は9月17日、三連休の最初の日で40分待ちでした。


待っている間に有名な海水浴場の「片瀬江ノ島海岸」を写真に収めます。


海の家も片付けられて、夏の終わりの静けさが感じられました。
サーファーと、セーリングを楽しむ人々の世界でした。


この日は、台風15号がまだ沖縄近海でノロノロしていた時
空が不安定で時々お天気雨が降りましたが、まだ波はあまり高くありません。

子供は元気でお砂遊びをしていました。


大人はやはり日影が欲しいですね。
江ノ島の上空には刻々と変わる雲が湧いていました

30分ほど海岸で遊んでから「江ノ島小屋」のお店に戻ります。
外には椅子が用意され、お水が配られました。


私は1人でしたが、希望通りのテラス席に案内されました
海からの風が気持ちよく、晴れた日はテラス席で江ノ島をみながら食べるのが最高です。


相模湾名物の生しらす丼と迷いましたが、
この日私は「小屋のまかない丼」のナメロウ丼をいただきました。
サラダにお味噌汁つきで1260円でした。


食後は「片瀬漁港」を散策し、お魚の直売所に寄るのも良いかも知れませんが
休日のこの日はシャッターが降りていました。

「新江ノ島水族館」も、駐車場をはさんだすぐ向い側なので、
「江ノ島小屋」でランチの予約をしてから水族館に行くのもお薦めです。


目の前が「江ノ島大橋」ですから、江ノ島巡りもできますね。
この日も大勢の観光客が渡っていました。

台風15号は東日本の太平洋側に被害をもたらし去っていきました。
皆様の所は大丈夫でしたか?


震災の被災地の仮設住宅までが浸水し、避難指示が出されたと聞きました。
2度の避難で大変だったと思います。
被災された皆さまには心よりお見舞いを申しあげます。


我家近辺は9月21日の午後3時~5時頃が一番風雨がひどかったでしょうか・・・
リビングの真ん中に幅一間の出窓があるのですが、ここには雨戸が着いていません

猛烈な風雨に不安になって、主人がガムテープを貼り付けました。
まるで戦時中の家のような風情でしたね。

幸い停電も夜中にあっただけで大きな被害はありませんでしたが、
里山の木々の枝が大分折れていました。


周辺には竹林が多いのですが、こんな風景もあちこちに見られます

台風当日の午前中、ハー君の小学校が12時半で一せい下校となり、
親が迎えに来るよう緊急連絡があったそうです。
その場合車は禁止とか・・・

あの土砂降りの中、下の子を連れ12~13分の通学道路を歩けるはずがありません。
お嫁ちゃんは菜々ちゃんと車で我家にやって来て、我等が下の孫を預かり
彼女は徒歩で学校にハー君を迎えに行きました。

ハー君の学校は我家からは5分くらいで近いのですが
あっと言う間に傘は折れ、彼女はビショビショ、それほどの豪雨の中
家に置いていけない小さい子がいる他の方々は、一体どうしたのでしょう

首都圏では今回の台風の直撃で、3.11の時と同じような帰宅困難者が多数出たようです。
なまじ早帰りで駅に急いだ人ほど帰れなかったようですね。

地震と違って台風はコース予報が出ているのですから、
学校も企業も、そこの所の判断を的確に下して欲しいですね。

台風が去った翌日は落ち葉の山!門脇に貼ったポスターも強風で行方不明に

菜々ちゃんの幼稚園の「運動会」のポスターをやっと探して見つけましたよ。

爽やかな秋が感じられた昨日の秋分の日に「運動会」は開催されました。
来週の土曜日はニィニィの小学校の運動会もありますので、いずれUPする予定です。


家庭菜園の被害はさしてありませんでしたが、
私の背丈以上に伸びたオクラとモロヘイヤが倒れました。

主人が立てたトマトとゴーヤの頑丈な棚はビクともしませんでしたが
そろそろ夏物野菜は終わりの季節なので、刈り取る事に・・・

特にゴーヤは2株しか植えなかったのにたくさん採れて、
多くのお料理に入れました。

天ぷらが案外美味しかったです八宝菜にも入れました

せっかく作ったお料理も、主人から「作りすぎ」とクレームが出ました。
(おかずが少ないと冷蔵庫をあさって、ハムやソーセージをつまんでいる人が言う?)

考えてみれば、毎年9月には体の調子を崩す我家の夫・・・
最近歯が痛い、肩こりが辛い、胃がもたれる
ぼぉ~っとテレビを見て過ごすことが多くなりました。

抜歯するので歯医者で血圧を測ったら180もあったそうな
「病院に行けば」と言っても「ポックリ死ねれば本望だ」と、まるで行く気なし

「ポックリ死ぬより半身不随の可能性の方が大きいわよ」
「こんなに言っても病院に行かないのなら、倒れても私介護してあげないから!」
と脅したらシブシブ病院に行きましたよ。

お医者様が驚いて強めの血圧の薬を処方してくれたとか
それを飲んだら「肩こり」がス~っと楽になったと申しています。

「胃の調子が悪いということも訴えたの?」と聞くと
「来月人間ドックを受けるからいいんだ」とのこと・・・
尿酸値も引っかかっているようです。

そこで私は宣言しましたよ。
これからの我家は「粗食&少食にすると・・・

美味しい物が食べたくなったら、外に食べに行く事にいたしますわ
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湘南海岸の夕景と思い出巡り

2011年09月20日 | 日常の日記
夏の太陽が照り続けた暑い三連休が終わりました。
こちら関東南部は台風15号の影響で、昨夜来から雨になっています

この台風は何やら本州の東海岸を北上しそうなコース予報・・・
12号の影響で紀伊半島には土砂ダムができており、それが決壊するのが一番怖い
これ以上被害が広がらない事を切に祈りたいですね

サンデー毎日の私には連休もさほど関係なく、
「敬老の日」も合わせて、もっぱら両親の病院と施設に通いました。

そして久しぶりに「湘南海岸」にも出向いてみました。

9月18日・「稲村ヶ崎」からの夕景

連休2日目のこの日は、朝から富士山が綺麗に見えていました

珍しく、午後なってもまだ我が家の2Fのベランダから富士山が望めたので、
藤沢の病院で療養中の母を見舞った帰りに、湘南海岸に出てみました。


「稲村ヶ崎」から見る夕日が、私のお気に入りの場所なのです。


左手に「江ノ島」、右手に「富士山」
今の季節はその間に夕日が沈んでいきますが・・・


日中は快晴だったのに、思いがけず富士山の周りにはスジ雲が多くて
残念ながら真っ赤な夕日は見られませんでした


病院から真っ直ぐ1本道で7~8km、車で15分も走れば「江ノ島」です。
それがこの日は大渋滞で、1時間半以上もかかりました

海水浴から帰る車と、夕日を期待して見に行く人で大混雑
真夏の間は避けていた「海岸通り」、お天気が良い日の休日はまだまだ渋滞覚悟ですね。


あっと言う間に夕闇が迫り、
太陽の照り返しも期待できそうになかったので帰り仕度です。

この三連休で、湘南海岸の「海のシーズン」も終わりでしょうか?
少しばかりの淋しさが感じられました。


稲村ヶ崎を訪ねた時はいつも利用するのが、この海岸通りに面したレストラン&駐車場
1967年オープンで、何度かリニューアルを繰り返し、店名も変わりましたが
ここから見る絶景は昔と同じです。

両親とも何度か訪れている思い出のレストランです。


大渋滞の中の運転ですっかりノドが乾きました。
ヤマモモのシャーベットがとても美味しい

母にも食べさせたいといつも思います。
母は誤嚥性肺炎を避けるため、去年の11月の入院から
一切口からの食事は出来なくなりました

枕元で「お母さん、naoよ」と3~4回呼びかけると、辛うじて反応がありますから
私が来た事は判っているのだと思いますが、もう10ヶ月間も寝たきりで・・・

青春時代はあの大戦争で人並みに苦労したようですが、
サラリーマンの主婦としての後半は、結構恵まれた人生を送った母・・・
「人生の最終章がこれではちょっと可哀想だなぁ~」と、病院に行く度に切なくなる私です。

ここから先は私の個人的な「思い出の地巡り」の記録ですので、
お忙しい方はスルーして下さい

中目黒~代官山散策
「国立新美術館・二期会展」に行く前に、東横線の「中目黒」から「代官山」まで歩いてみました。


私は昭和27年から31年の春まで「目黒区」に住んでいました。
その時の思い出の一つに「目黒銀座」の縁日があります。

六本木の美術館に行く途中、東横線の「中目黒駅」で下車して、まず目黒銀座に向いました。

駅前は高層ビルが建ち並びまるで変わっていましたが、
目黒銀座は何となく昭和の香りが残っていました。


こちらは私が1年生から4年生まで通った小学校
創立110年とは驚きますが、私が在籍していたのは半世紀以上も前のことになります。

学校の前は区の総合庁舎になっていた毎日歩いて通った道路は「駒沢通り」だった

私がこの小学校に通っていた頃、学校の前には「アメリカンスクール」がありました。

その後、生命保険会社の大きなビルに変わったのは知っていますが、今は目黒区のお役所。
その時代その時代の優勢な力関係が判るような変遷ですね。


この「目黒川」も良く覚えています。
最近では桜の名所として脚光を浴びていますが、
私の子供の頃の思い出にここの桜はありません


この「駒沢通り」を真っ直ぐ進むとJRの「恵比寿駅」です。

化学を学んだ父は戦争には行かず、学校を出るとすぐに北海道の国策会社に勤め
三国同盟のドイツから輸入したプラントで「石炭から石油と作る」という
壮大で夢のような研究に携わっていました。

その会社も昭和27年には閉鎖となり、家族揃って父の故郷の東京に引き揚げました。
そして落ち着いた先は父の姉の嫁ぎ先が所有していた目黒のアパート

丁度右側に建ち並ぶビルの一角にあったような・・・?

東横線が見えてきました。この手前ですねビルの裏のマンションに当時の面影が

戦前に建った鉄筋コンクリート造りのアパートは、戦災に遭わなかったのか?古びたままで、
現代のモダンなマンションとは全然違いましたが、なんとなくこの辺りの雰囲気を覚えています。

アパートの部屋にはお風呂がなくて、この東横線の線路伝いを歩いて銭湯に通いましたね。

父は2年間、中央区にある「化学」の協会団体に勤め(この時の年金が行方不明なのです)
その後某化学会社に勤める先輩に誘われて、その会社の新潟研究所勤務となりました。

昭和31年の春、会社の持ち家制度を利用して父は新潟市に家を建て、
我々家族を呼び寄せましたが、それまでの1年半は単身赴任・・・
まだ30歳前後だった母が時々泣いていた姿を覚えています。

この目黒に住んでいた頃が、母にとっては一番辛かった時代かもしれません。


私が住んでいた所は目黒区と渋谷区と品川区の境界で、
正面に見えるJR「恵比寿駅」までは、子供の足で歩いて10分位だったでしょうか?

祖母が居た父の新橋の実家に行く時は歩いて恵比寿駅に出て、当時の省線電車に乗りました。

この日は30度を越す暑い日で、私はとても恵比寿まで歩く気にはならず、
歩いて5分の一番近い東横線の「代官山駅」に出て、
途中、東京メトロ千代田線に乗り換えて「乃木坂」の国立新美術館まで行きました。

母に連れられて、当時は渋谷の東横デパート(今の東急)によく行きましたが
その度に利用した代官山の駅周辺もすっかり変わりましたね。
今では若い女性達に人気の街らしい・・・

束の間の私の「思い出探し」でした。


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朝の散歩と「国立新美術館」

2011年09月16日 | 美術館&史跡巡り

9月だと言うのにこの10日間、真夏並みの暑さが続いています。
日中は肌を焦がすようなギンギンの太陽光線が照り付けていますが
朝夕の風はもう秋の風情ですね。

毎朝カメラを肩からぶら下げ、20~30分の散歩をしています。
最近は栗を拾うのが楽しみの一つ・・・
近年増えている台湾リスに先取りされる前に、私も秋の味を食しましょう。


9月12日は中秋の名月で、お天気に恵まれ綺麗なお月様が見られました
私も写真を何枚か撮りましたが、餅つきをしているウサギさんが写らずに全滅です
以前はちゃんと撮れたのにカメラの設定をミスしました。

代わりに散歩中の道端にたくさん咲いている「露草」をUP致しましょう。
ブログ仲間のころんさんの記事で知りましたが、

”露草は夜の暗いうちから月光を浴びて咲くので「月草」と呼ばれ
万葉集などの和歌集では「月草」の表記が多い”
とか・・・

梅雨の頃に咲くお花とばかり思っていましたが、初秋に相応しいお花のようです。


お月見用のススキを探しましたが、朝の散歩では見当たりませんでした。
今年は遅れているのでしょうか?

代わりに秋の七草の「キキョウ」を見つけました。
こちらは畑を借りている地主さん宅の門の横に咲いていた園芸種です。

♪「萩の花 尾花葛花 なでしこが花 をみなへし また藤袴 朝顔が花」♪
万葉集の山上憶良が詠っている秋の七草の「朝顔」はキキョウの花のようです。


この数日、朝夕に富士山の見える日が多くなりました
このようなお天気が続く時に、高い山に行けば素晴しい展望が楽しめるはず・・・
とタメ息をついています。

60代は親世代と子供世代の狭間にあって、介護問題や孫の子守などで皆忙しく
それがなくても、我が身や伴侶に健康問題が生じ、動けなくなっている人も多い

自分の時間が空いてどこかに行きたいと思う時に、
気軽に誘える友人も少なくなりました

一人で車を運転して、遠出ができる度胸を持たなければ・・・
「昔は元気だったわ」などと懐かしむのではなく、
「まだまだやれる」という気持ちを持たなければ・・・

年中美術館巡りを楽しみ、その上60歳をすぎてから山登りを始めた、
元気いっぱいのブログ仲間のtonaさんに刺激を戴きました。

国立新美術館「二科展」

六本木にある「国立新美術館」で開催されていた「二科展」に行ってきました。
カメラ教室の講師の先生が二科の会員で、作品を出されているのです。


2007年に完成したこの美術館は、コレクションを持たず、
国内最大級の展示スペース(14,000m2)を生かした多彩な展覧会の開催、
美術に関する情報や資料の収集・公開・提供、教育普及など、
アートセンターとしての役割を果たす、新しいタイプの美術館だそうです(ホームページより)

建築家の黒川紀章氏の設計した奇抜な波打つような外観に圧倒されますね

内部は吹き抜けになっています。展示は「絵画・彫刻・デザイン・写真」の4部門


「写真」だけでも日本全国から公募され、その数は2000点以上


先生の作品をようやく見つけました

横浜の街の夜景が綺麗に撮れています。
「最新のカメラはISO・6000までOKなのよ。その上、ISOを上げても画像が荒れない優れもの」
「暗い中でも綺麗に撮れる」
と先生がおっしゃっていましたね。

一枚ずつ見て廻ると一日では足りない感じいやはや凄い数の作品です

とても絵画や彫刻まで足を伸ばす余裕はありませんでした


疲れ果てて、ロビーのカフェでアイスコーヒーをいただきました。

こちらの美術館は館内には無料で入れるので(展示は有料)、
食事だけやお茶だけで利用することもできます。

3階のレストラン「ブラッスリー・ポール・ボキューズ・ミュゼ」
フランスの三ツ星シェフのレストラン。
六本木という場所も良いので、デートにもお薦めですね。

そういう私は一人でした。
主人も見たいと言うので、お教室の仲間達とは行きませんでしたが、
その主人、台風の雨続きの後で仕事がたて込み行けなくなったと・・・

夫が一緒でないならこれ幸いと、これを機会に行きたいところがありました。
長くなりましたので、そのお話しは次回に致します。

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旧東海道・「箱根杉並木」

2011年09月11日 | 旅日記

息子一家と楽しんだ今夏の「箱根」
宮城野温泉の保養所で1泊した翌日は、箱根町の杉並木を訪ねてみました。

芦ノ湖畔の旧東海道にそびえる杉並木は、元和4年(1619)に川越藩主松平正綱により
箱根宿を設けた時に植えられたと伝えられています。
(松平正綱は日光の杉並木も植えている)

過去に何度か伐採されて数少なくなった杉並木ですが、現在では国指定史跡として保護され、
芦ノ湖周辺の4地区に樹齢最高350年の杉の大木約420本が残されています。

ここには、後世に建てられた一里塚があり江戸から二十四里と書かれています。


旅人に木陰を与えようと植えられたもので、旧東海道唯一だとか・・・
息子がハー君くらいだった頃、家族3人でここから畑宿まで
石畳の旧道歩きをしたことがあります。

雲は山を巡り、霧は谷を閉ざす
昼猶闇(ひるなほくら)き、杉の並木
羊腸の小徑は、苔滑らか

前日の「ガラスの森美術館」で歌ったフレーズの一部が、思わず口から出ていました♪

鳥居忱作詞、瀧 廉太郎作曲による日本の唱歌『箱根八里』は、
1901年(明治34年)発行の「中学唱歌」に掲載されたそうです。


昼なお暗き杉並木を歩く、江戸時代の旅人の姿が浮びます・・・
参勤交代の大名行列も行き来したのでしょう。
ここは江戸時代の幹線道路だった

この並木道を500mほど進むと、やがて箱根関に至ります。
ここを歩いた後は是非「箱根の関所」見学をお薦めします詳しい情報はこちらです。

「渋滞する前に帰るぞ~」と言う夫の言葉で、今回私は諦めました。

関所見物は以前経験があり「入り鉄砲に、出女」、特に出女を厳しく取り締まったとか・・・
施設は4年前に、古い資料に基づき完全復活なったと聞いています。

旧道に沿って走る自動車道も杉の木の中を行きます

休日の箱根は春夏秋冬いつでも車の数が多い

箱根「宮城野温泉」で遊ぶ

前日の宿は、強羅近くの「宮城野温泉」にある息子の会社の健康保険組合の保養所。
今年のお正月に泊まって以来気に入り、今後はここで集合しようとなりました。

前回は雪になりとても綺麗な風景が見られましたがその時の記事はこちらです
夏は緑のシャワーが降り注ぐ中のお部屋でした。

大人4人と子供2人の場合、ご覧のとおりの広い角部屋があてがわれます。
手前にカーテンで仕切られたツインのベッドルームがあり、我等夫婦はそちらで寝ました。


お部屋の前の廊下にはご覧のようなロビーがしつらえてあり、
ハー君と菜々ちゃんはここで横浜ジ~ジとオセロゲームです。

今回はお嫁ちゃんのお母様がどうしても休めない(ケァーマネさんの)講習会があり、
横須賀のジ~ジとバ~バは不参加。

去年の夏は私が、母の急な血圧の低下で医師から呼ばれ、急遽帰りました

8年間続けてきた両家の、年に二回の一泊旅行もだんだん遂行が難しくなっていますが
お正月の「新年会」だけは何とか実現して行きたいですね。

安い宿泊料で豪華なお料理、更に天ぷらの盛り合わせを2皿頼み、お腹はマンプクリン・・・

食後は皆で一緒にゲーム輪投げにフラフープ、童心に戻ります。

力が入った卓球は主人息子の真剣勝負
トータンもハー君も(私も)サウスポーです。
たくさん食べて、たくさん遊んで、そして温泉に入り・・・
日中ずっと湯ネッサの温泉プールで遊んだ孫達も早々に眠くなり
9時過ぎには皆いっせいにダウンとなりました。

         

渋滞にまき込まれる事無く我家に帰ると、デッキに置いた「月下美人」のお花が
咲いた後の姿をさらしていました。

この四つ目のお花は残念ながら見ることが出来ませんでしたが、
この時五つ目の蕾が育っているのを知りました。


8月25日、そのお花が花開きました。
最初の月下美人は夜の7時過ぎには咲き出しましたが、
この最後のお花は9時近くなってようやく開き出しました。


7月14日の最初のお花が咲いた時はライトを当て三脚立てて、
ノンフラッシュでの撮影を試みましたが
今回はライト&三脚のセッティングはパスして、フラッシュをたいての撮影となりました。
その違いをご覧下さいこちらです。
今回の方が自然に写っているような・・・?


午後10時過ぎにようやく満開になりました

道行く人が居たら声をかけようと思っていましたが、この夜も私だけの鑑賞となりました。

結局40日かけて5つのお花を咲かせた我家の「月下美人」
5つのお花が一度に咲いたら、さぞかし豪華で素晴しいひと時が味わえたのでは・・・?
来年に期待いたしましょう。


こちらは「花オクラ」」、普通のオクラのお花の3倍の大きさがあります。
花びらをサット湯がいて、月下美人と同じように三杯酢で食しました。

シコシコ、ヌルヌルと食感も良く似ていましたね。



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箱根「ガラスの森美術館」

2011年09月07日 | 美術館&史跡巡り
台風12号は紀伊半島に多大な水害の爪跡を残し、去っていきました。
死者行方不明合わせて100名以上とは
先日、アメリカ東海岸を襲ったハリケーンよりも被害は甚大と言うことのようです。
あちらは早々に住民達は皆避難をしていましたが・・・
日本もどうにかならなかったのでしょうか

「すべてノロノロ台風が原因で、雨の量は想定外だった」というお話が
お役所辺りから聞こえてきますが、自然相手の「想定外」というのはありえないと、
東日本大震災で思い知ったはず・・・
ちょっと残念ですね。

被害に遭われた方々には、心よりお見舞いを申し上げます。

台風から遠く離れた南関東も一週間近く不安定なお天気が続き、
連日の突然の雨にはウンザリしましたが、ようやく明るい太陽が照り出しました

ツクツクボウシが鳴きだし、朝晩に吹く風はもうすっかり秋の気配ですが、
我が家の夏の思い出をまだ全部紹介していませんでしたので、UPします。

8月15日「箱根・ガラスの森美術館」

8月15日~16日、息子一家と恒例の「箱根旅行」に行ってきました。
現地集合、現地解散の気ままな箱根行きです。

宿は今年の冬に新年会で集まった、息子の会社の保養所・・・

我等夫婦は宿の近くの「ガラスの森美術館」でランチ&美術鑑賞をしようと、
朝8時半に我が家を出発
普段は1時間半位で行けるルートですが、お盆休みのこの時期は倍の3時間かかりました

午前中なので駐車場もスムースに停められましたが、入り口は大勢の入場者で溢れていました。
「こういう作り物に人が殺到する事態が信じられない」
自然の中を歩くのが好きな我々はそう呟きながら中に入りました。


中に入ると目の前に、イタリアの「貴族の館」風の建物が広がっていました。


日本初の本格的なヴェネチアン・グラス美術館として、1996年にオープン。
私は出来て間もない頃、仕事仲間たちと来ましたので15年ぶりの来園、主人は初めてです。


晴れてはいるものの、今年の夏特有の雲の多さで、
正面に見えるはずの「大涌谷」も霞んでいるようです。


水の都「ヴェネチア」と言うよりは、イギリス辺りの田園風景という感じですが・・・


そろそろお昼、お腹も空きました。
私たちはカフェ・レストラン「テラッツァ」へ直行・・・

10分待ちで席に案内されました。


歌声が聞こえてきました。
イタリア人歌手によるカンツォーネの生演奏です。

青春時代に観た映画「恋愛専科」の主題歌「アルディラ」が懐かしい・・・
美男美女のトロイ・ドナヒューとスザンヌ・プレシェットが素敵でした

1日5回の生演奏があります♪カボチャのスープと野菜とチーズの前菜

冷製の海鮮パスタが美味しいデザート付きランチのお任せセット頂きました。


窓の向うは中世のヴェネチア・・・
カンツォーネの明るい歌声を聴きながら美味しいお食事が楽しめました。

軽井沢で果たせなかった「お洒落なイタリアンランチ」
箱根で果たせて満足で~す


「カフェ」の他、広い庭園には「ヴェネチアン・グラス館」「現代ガラス館」
「ミュージアム・ショップ」などが点在しています。


木の橋を渡って歩み入れば、そこはアドリア海の王女と謳われた往時のヴェネチア。

橋にかけられたキラキラ輝くトンネルも池に浮ぶ豪華な花もガラスです



美術館の広間では演奏会が開かれていました。

グラスの縁を指でこするとガラス特有の良く澄んだ音を発します。
それを楽器とした「グラス・ハープ」と言うのでしょうか?
澄み切った神秘的な音色が、心癒してくれました。

会場の皆で歌った「箱根の山は天下のけん(嶮)、函谷關(かんこくかん)もものならず」も
楽しい思い出として残りましたが・・・
私はこの難しい歌詞がスムースに出てきませんでした

中世のヴェネチア貴族の館を再現した優雅な美術館内には・・・

15世紀~18世紀ヨーロッパ貴族を熱狂させたヴェネチアン・グラス100点余りが並んでいる

まさに卓越した技を尽くした美の極み繊細優美な輝きですね

19世紀に復活した現代ヴェネチアン・グラスガラスの無限の可能性を秘めた斬新さですね

「ミュ-ジアム・ショップ」にはヴェネチアン・グラスはもちろん、
世界各国のガラス製品が約100.000点!

ガラス細工やアクセサリ-などが並ぶ女性好みの空間です


夫と一緒ではユックリお買い物をする気にもなれず、ざっと廻ってから外に出て
庭の散策をしました。

辛うじて残っていたバラこの西欧庭園に相応しいで花です

他に「紫陽花の小道」もあって、初夏が良いかも知れませんね。

「思ったより楽しめたな~、二箇所の音楽が特に良かった
束の間のイタリアを味わえた3時間半でした。


こちらは我が家の「ヴェネチアングラス」です。
1995年にご近所の親しい仲間4人で行った「イタリア旅行」のヴェネチアで、
皆同じこのペアのワイングラス買ってきました。

深い赤色のガラスが、この派手な金の模様を落ち着いた感じに仕上げていますね。

アノ頃は夫たちも皆そろって働き盛りのサラリーマン・・・
休日にはよく4軒のどなたかのお宅に夫婦共々集まり、お料理を持ち寄っての食事会を催し
その時は必ずこのグラスを持参し、4夫婦8人で乾杯しましたよ
それもこれも懐かしい思い出ですね。
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夏の終わりの「納涼祭」

2011年09月02日 | 日常の日記
9月に入りました。昨日1日は「防災の日」
今年は3.11の大震災を経験していますから、各地の防災訓練も真剣に行われたようですね。

私も食品庫の保存食品を点検し、賞味期限の余裕のない物を取り出し入れ替えました。
30年以内に75%の割合で首都直下型の地震が想定されるとのこと・・・

我が家近くの三浦半島断層地震も取りざたされています。
何をどう準備すればいいのか・・・


叉9月1日は210日にあたり、台風が最も多い時期だそうで、
おりしも台風12号が日本列島に迫っています。

今週後半は関東直撃と覚悟して、買出しに精を出し冷蔵庫を満杯にしましたが、
予想進路は大分西に移り、いまだ南方海上をウロウロしているようですね
進路に当たる地域の皆様は被害がないよう十分警戒して下さい。

台風から遠く離れたこちら関東南部も、晴れたと思ったら急に雨が降り出したりの
不安定なお天気が続いています。
西の空にはご覧のような巨大な積乱雲がモクモク・・・


今朝は久しぶりに散歩に出てみました。
里山に通じる道の足元にはたくさんのピンクの花びらが落ちていて
見上げてみると秋の七草の「葛の花」があちこちに咲いていました。


もう我が家近辺にも秋が忍び寄っています。

♪「萩の花 尾花葛花 なでしこが花 をみなへし また藤袴 朝顔が花」♪
万葉集の山上憶良の歌が浮かびました。

ナデシコは8月に行った「高ポッチ高原」でたくさん見ましたね。

道端にはカラスウリの実がなっています毎度、ご近所のワンちゃんに朝のご挨拶♪

里山の麓を一回りして、20分の散策でした。
我が家のある住宅地は、横浜郊外の丘陵地ですから、
台風が近づいても洪水の心配がないので助かります。

8月27日「納涼祭」

ブログ仲間とのオフ会の翌日は、父がお世話になっている施設の「納涼祭」でした。
毎年、8月の最終土曜日に催されます。

今年は今にも雨が落ちてきそうな中、
まずはスタッフさん手造りのお神輿ワッショイ!から始まりました。


父は息子(弟)と娘(私)に、盛んに昔の仕事の話などをしておりました。

小さい子を見ると「可愛いね、可愛いね」と目を細めるので、
次回からは息子一家も連れてこようと思いました。

模擬店には子供が喜びそうな「焼きソバ」「たこ焼き」「綿菓子」「ゲーム」などがあり
楽しめますものね。

模擬店も年々充実してきています地元の歌手の演歌も披露され・・・

この施設も出来て丸5年、夏祭りも年々盛大になってきましたね。


先ずは地元選出の国会議員の先生、県会議員さん、市会議員さんのご挨拶です。

おりしも今日から新しい内閣がスタートしました。
被災地の一日も早い復興と、我々世代を含めての老後の安心を願います。
「ドジョウ内閣に期待はできるのでしょうか


最初の年からボランティアで出場してくれている戸塚の和太鼓のグループ
カッコイイですね~


そして今回のメーンイベントは、若い男性スタッフさんの「よさこいソーラン」です。
リズミカルな踊りで大盛況
アンコールもあって、最後はへとへとになっていたようです


2ヶ月も前から練習していたようで、私も行く度に「是非見て下さいね」と言われていました。
母の入退院の都度、お姫様抱っこして車椅子に乗せてくれた頼もしい若者達です。


男性軍の活躍に車椅子の皆も家族も、大拍手


最後は地元のボランティアさんも一緒に盆踊です。
2年前までは私も母の車椅子を押しながら踊りに参加しましたが、
母はもうこの施設には居ないのですよ

お天気が怪しかったので、大きなブルーシートの屋根が取り付けられましたが
どうにかお開きの6時まで降られませんでした。ヨカッタ!ヨカッタ!


こちらはお天気に恵まれた去年の「納涼祭」です。
女性のスタッフさんの花笠踊りが披露されました。


週に2回顔を出す私にとってはもうすっかり顔なじみ・・・
親を看てくれている、ありがたい娘みたいな存在です。
青い山脈やリンゴの歌などの、彼女達が知らない懐メロは私が率先して歌っていますよ。

そして年代が近い看護婦さんやケァマネさんはもう友人のような感じですね。
みなさん盆踊を楽しんでいました。


去年の「納涼祭」の時は病院を退院したばかりの母も、父と同じこの施設にいたのですが・・・

11月に誤嚥性肺炎で高熱を出し、意識がなくなり再び入院
母はそれ以来口から食事が出来なくなり、父のいるこの施設には戻れませんでした

今では藤沢の療養型病院で、鼻からのチューブで高カロリー栄養を注入され
寝たきりですが大分元気になりました。

殆んど話せませんが、私が行けば辛うじてわかるようで、高熱も出さなくなり、
5cmもの大きさの痛々しかったジョクソウも治りました。

この日は午前中、母の主治医との面談があり、母の諸々の検査結果を聞かされました。

栄養状態も大分良くなり落ち着いているが、
CT検査で腹部のリンパ腺が腫れているのが見つかり、
どこかにガンが疑われるとのことでした。
でも「特に検査などはしない、痛い思いはさせない」との合意を先生と交わしました。

父も8月の診察で腫瘍マーカーが限りなくゼロに近くなり、
薬も効いている様で取り合えず安泰な日々が続いています。


去年2月、私がエジプト旅行から帰国して5日目に、父の目の横のヘルペス発症から始まった、
両親の次々に出てくる壮絶な病状に、心痛めバタバタした日々が1年以上続きましたが
最近落ち着いて、少し解放された思いです

でも、親も我々夫婦も今が一番若いのですから、明日何があるかは分りません

せいぜい我々世代はボケないようにと、
母の病院の院長先生が、たくさん執筆して出している本を読む日々です

この本によると「生真面目な人はボケやすく、不真面目な人はボケにくい」そうです。
それなら我が夫婦は大丈夫かな~

指先(PC)使って、文章を考えるのもボケ予防に良いそうです。
ブログ生活をこれからも大いに続けようと改めて思いましたよ


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