花と緑を追いかけて

山を愛し、花を愛し、旅と
映画とパソコンと、好奇心も
いっぱいの主婦の日記です

大雨の中の小江戸散策と彼岸花

2016年09月22日 | 旅日記
前夜から降りだした雨が、翌日の22 日になっても一日中降り続いていました
我が家の庭も畑もぐじゅぐじゅ状態です

一昨日の台風16号がらみの豪雨の中・・・
我街のボランティア団体の防犯パトロール「道の会」主催のバスツァーに参加してきました。



「小江戸川越と巾着田の彼岸花散策」と銘打ったツァーでしたが・・・
この日は台風16号が鹿児島に上陸し、進路を関東方面に向けていた日

巾着田の「彼岸花」は見頃でしたが、この日は大雨と言うよりも「豪雨」の中に咲いていました
いやはや、いやはや、酔狂としか言いようがありませんわ

「小江戸川越」散策とランチ(9月20日)
台風16号が鹿児島に上陸したという日の朝8時半、我街の自治会館前に集合です。
パトロールをしていない人も大歓迎という事で、親しくしているご近所仲間4人も一緒に行きました。
集合場所は歩いて5分の所なのに、バケツをひっくり返したような雨で
出かける前から靴もズボンもびしょびしょ



参加者は61名、2台の観光バスは茅ヶ崎から圏央道に入り厚木サービスエリアでトイレタイムをとり、
一路小江戸「川越」を目指します。
圏央道ができて関越道が近くなり、本当に便利になりました。

息子が大学を出て就職し最初の勤務地が川越でした。

川越の喜多院近くのマンションで、息子は新婚生活を送り孫も生まれましたから
私たち夫婦は何度か行っている街です。

雨で観光ができなくても、仲間と楽しめればそれで良いと思っていました。
むしろ台風がらみの大雨の日に、一人で家に居る方が辛い・・・



11時頃、川越に着きました。

添乗員さんに案内されたのは「蔵造りの町並み」の、菓子屋横丁から川越のシンボルの時の鐘まで・・・
ただ時を告げる塔はもっか耐震工事中でこのように幕で覆われて見えません。



天正18年(1590)、江戸城に入った徳川家康は、江戸の北の守りとして、また舟運を利用した物資の集積地として
この地を重要視して川越藩を置き、三河以来の家臣だった酒井重忠を藩主に任じました。
以後、廃藩まで、川越には親藩・譜代の有力な大名が配されています。




川越と言えばサツマイモ(川越芋)のお菓子が有名です。(上の画像はネットよりお借りしました)
私たち5人は古そうな店構えのお菓子屋さんに入りました。

川越の伝統の銘菓発祥の「亀屋栄泉」さんの詳しい情報はこちらです。



可愛いお弁当の形の金平糖と飴を孫たちに買いました。     友人へのお土産はこちらです



お隣の蔵の中は焼き物工房になっています。

明治になると、川越は埼玉県一の商業都市として繁栄しました。
しかし、明治26年(1893)には、町の3分の1を焼失する大火に見舞われこの火事の後、
川越商人たちは町の復興のために耐火性を重視して土蔵造りの店舗を建設しました。
今に残る蔵造りの街の景観は、そのとき形成されたものです。

息子のお薦めのお菓子は「いも恋」
写真仲間のおじ様が「nao♪さん半分食べてね」と、一個(180円)買って分けてくれました。

中身は小倉と川越芋のコラボで、外皮はモチモチ、美味しかったわ
(画像は菓匠右門さんのホームページより



川越の街の食べ物屋さんはどこもサツマイモで溢れています

昼食は「割烹 ささ川」で



中々美味しいお食事でした。
お部屋も61名が全員一部屋で和気あいあいと頂けました。このお店の詳しい情報はこちらでどうぞ

1時20分に観光バスに集合です。
次に向かったのは埼玉では有名なサイボクハムの食のテーマパークこちらです
温泉施設もある道の駅のような所でしたが、私たち5人はもっぱら試食専門で見て廻りました。

早く目的の彼岸花が見たいわ

曼珠沙華の里・巾着田の彼岸花散策
3時過ぎにようやく楽しみにしていた「巾着田」に到着ですが・・・
雨はますます激しく降ってきました



五百万本の曼珠沙華の群生地・・・
彼岸花は見頃を迎えていましたが、残念ながら大雨の中では鮮やかさに欠けます。



繊細なリボン状の花びらもびしょびしょ・・・



私にとっては3度目の巾着田でしたが、「木漏れ日の中に咲き誇る満開の彼岸花」が中々見られない
前回は山登りのついでに寄った覚えがありますが、早すぎて三分咲でした



50代から60代にかけて7回も一緒に海外旅行に行ったご近所仲間です。
最後に行ったのは5年前の「エジプト旅行」

あれから私も両親の入退院で忙殺され、ノンちゃんは膝の手術、ぷりんさんも初期のがんが見つかり・・・
皆身辺が忙しくなり、以前ほど一緒に遊ばなくなりました。

これからはノンビリと国内を見て廻りましょうね。



みなズボンも靴も濡れてグチャグチャ、集合時間の20分前には殆どの人がバスに戻りましたが、
私と同じ写真サークルのおじ様二人は熱心に撮影したようでジャストに戻ってきました。

私も重い一眼レフカメラを持って行きましたが、取りだしたのは写真仲間のおじ様に
5人の集合写真を撮ってもらった時のみ、他はすべて小さなコンデジでの記録写真です。

バスの席の一番後ろには、写真サークルの方たちがいて、
斜め後ろには4年前の役員をした時に親しくなった自治会の顔役さんたちがいて・・・
前方の席には日々一緒に歩いている、防犯パトロールのお仲間たちの姿が見えます。

大雨でバスの窓も曇り、車窓の風景は見えませんでしたが・・・
私は親しいご近所仲間ともっぱらお喋りを楽しんだ一日でした。

4時10分に巾着田を出発し、我街にたどり着いた7時頃が台風16号の影響がピークだったみたいで
家までの5分、豪雨の中を歩いての帰宅でした。

ボランティア「道の会」の幹事さん、お世話になりありがとうございます
私も4年前に自治会の「バス旅行」を企画遂行し、天気予報にハラハラしながら胃が痛くなりましたので
幹事さんのご苦労は良くわかりますわ。

                  

高尾の東京霊園にお墓参り(9月21日)
日帰りバス旅行の翌日は、義姉たちと夫の実家のお墓参りに行くことになっていました。

台風一過の晴天にはならなかったけど、取りあえず雨は上がったので
疲れた身体にムチ打ち、前日と同じように朝の8時半に家を出ました。

高尾の東京霊園まで我が家から二時間半かかるのです



夫と行く時はいつも車で通った緑の高尾街道を、JR高尾駅から歩いて行きます。

年に二回のお彼岸に、未亡人になった義姉妹4人がお墓を磨き草取りをして
夫の両親と兄が眠っているお墓をお参りするのが恒例となりました。

今回は夫の下の姉が狭心症で入院し欠席です。
いつものようにお蕎麦屋さんで食事し、高尾の駅横のティールームで夕方の5時までお茶しました。

3人共2年前に次々と未亡人になりましたが、私が一番ショックを引きづっている感じです
「将来の不安など考えないで、今を元気に楽しみましょう」と、78歳の兄嫁と義姉にハッパをかけられましたわ。
(兄嫁は15年前から息子一家と二世帯住宅に住み、上の義姉は独身の娘と同居、独居は私だけです)

先週は畑作業にいそしみ、三連休には夫と私の両親のそれぞれのお墓にもお参りして
その上二日間続けて朝の八時から夜の7時過ぎまで遠方に出かけたら、流石にダウンです
今日は身体がだるく、ノドが痛くて口内炎がでました
しばらく静かに過ごすことに致します。


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ワンゲルの会・小富士からグランドキャニオンへ

2016年09月16日 | 山シリーズ
フジあざみ



あざみの種類の中で一番大きい「フジあざみ」を見てきました
富士山周辺でたくさん見られる固有種です。

5㎝~10㎝の紅紫色のお花はみな下を向いていて、歩きながらの撮影は難しかったのですが
小さなコンデジでも辛うじて撮れた画像をUPします。

富士山須走口五合目から「小富士」へ(9月9日)
久しぶりにワンゲルの会の催しに参加しました。

真夏のアルプス縦走はとても着いていけず、近場の低山は暑い中登る気がしなくて・・・
この夏はもっぱらもう一つの趣味の、写真の方に出かけていました。

”ハイシーズンが過ぎて落ち着いた富士山須走口五合目より小富士三角点を踏み、更に下って
昔見た西部劇のシーンを彷彿させる絶景を見に行きます”
という誘い文に惹かれて、この日は月に一回のカメラ教室でしたが、そちらは休んで
10時15分集合の御殿場駅に向かいました。



「歩く時間は2時間少々、下る一方の散策だと思って下さい」とのリーダーの説明

地図には載っていない点々で記された道を行くようです。
参加者は12名、JRの御殿場駅から、富士山須走口五合目直行便のバスに乗りました。



およそ40分で富士山須走口五合目に到着です。
気温は15度でとても涼しい~、半袖Tシャツの上に長袖シャツを着ました。

自宅を出た時は晴れていましたが、御殿場は曇り空、そして富士山周辺は霧でした

まず東富士山荘できのこそばorきのこうどんの昼食です(1100円)



「ここのキノコの量は普通のそば屋の倍以上だよ」と、行きの電車で一緒になった
リーダーのお話に嘘はありませんでしたわ。
数えきれない種類の大きなキノコがタップリと入っていました

食後にはリーダーの顔で?、コーヒーと富士山の形の羊羹も付きました。
もしかして今回はグルメ観光旅



これから歩き出すので諦めましたが、これだけキノコが入って一袋1000円だそうです。

「登山道にもたくさんのキノコが生えているけど、食べられるキノコかどうかは半々・・・」
「ここに戻ってくるようだったら選別しますよ」と、山小屋のお兄ちゃんに言われましたが
下った先の旧馬返しでバスに乗り、御殿場に戻るので無理



富士山頂上を目指す(外人さんが多い)ルートの右側の道を入ります。

古御嶽神社の遊歩道は鬱蒼とした森林地で、富士山東裾野の側火山の小富士まで30分
往復1時間のハイキングコースが楽しめます



コメツガやダケカンバの樹林の中にはあちこちにキノコが見られ、絶好の自然観察コースですね。。
キノコ狩りの人の姿もありました。



やがて視界が開けて標高1979mの「小富士」です。
砂礫の向こうの高台には何やら「団体様ご一行」の姿が・・・



小さな祠がありました。

20人位の謎の集団が富士山頂上を背にして座り、何やら唱えながらお祈りしている姿は異様でした。
日本人かどうかも解りませんでした。



晴れていれば富士山の頂上がドカンと見える所ですが、残念ながら眺望はききません
辛うじて、眼下の樹海と河口湖大橋が見えました。

時々雲が流れてギザギザの吉田口登山道も見えましたが、富士山は隠れたままでした



こんな厳しい環境の中で「フジアザミ」が咲いていました。
三等三角点は少し下がった所にあります。



風と霧の強い中、そろそろ終わりのオンタデが揺れていました。
このコースはガスの時には特に迷いやすく、雪どけの時には崩落も激しく地図には載っていません。



この赤い実はコケモモ、紫のお花はモメンズル(山小屋さんありがとうございます)



膝にブレーキをかけながら、滑りやすい砂礫の下りをずんずん進むと樹林地帯に入りました。
カラ松が秋色に感じられます。

ここで休憩タイム・・・
キューリの塩漬けや栗の渋皮煮などが回ってきます。美味しい



白い穂のようなお花は「テンニンソウ(天人草)」と、山野草に詳しいブログ仲間の山小屋氏が教えてくれました。
辺り一面に群生で咲いていました。

紫のお花は毒のある「トリカブト」



「結構な標高差を降りてきたはずだよ」と山小屋さんが言います。

ズルズルの火山砂礫の下りを1時間半以上も歩いてきましたから、膝が重くなりつつありました。
「散策にしてはキツイコースだわ」とどなたかが呟きました。

4~5日前に北アルプスを縦走してきたばかりの山小屋さんはケロッとしていて、信じられない強靭さです。

    

林の中には秋のお花が咲いていました。フジあざみ以外にも、小さな優しい「アズマヤマアザミ」が

日本のグランドキャニオンから、「あざみライン・馬返しのバス停」に



突然深い谷に出ました。
富士山の噴火の時にできた断層が、グランドキャニオンに似ているのでしょう。
圧巻です



フジあざみの群落と断層が絵になります。
私は一眼レフカメラをザックの中から取り出そうとしましたが、
リーダーが「バスの時間がギリギリだから急いで~」と叫んでいました。残念



2時10分に富士あざみラインの自動車道路に出ました。2時40分のバスには十分間に合います。

2時間10分かけて標高1366mの馬返しバス停に着きました。標高差は619m・・・
久しぶりの山歩きで、膝上の筋肉が少々疲れました。



かつて馬返しと呼ばれていたこの場所から、須走口の5合目まで登ることができました。
但し今では通行禁止となっています。

今回歩いた小富士からグランドキャニオンへのコースはこの旧登山道ではありません。
道しるべは一切ありませんので、経験者と行く事をお勧めします。

バスに乗り、3時過ぎに御殿場駅に戻ってきました。、
有志だけで中華料理のお店で懇親会、ビールが美味しかったです。

富士山の山小屋も半分が9月11日で営業終了と聞きました。
私たちが利用した直行バスも11日以後は便数がほとんどなくなるとか・・

街はまだまだ蒸し暑い日々ですが、山はもう秋も深まり冬支度のようですね。


先日のOCNのメンテナンス以後、画像の縁取り用のタグが使えなくなりました。
マイブログ作りに不便で、ガックリです。






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初秋の鎌倉の花々と写真展(2)、そして我が家の電気代

2016年09月11日 | 鎌倉散策
「妙隆寺」の酔芙蓉(9月4日)
鎌倉の「大巧寺」でお花の写真を撮っていた時、やはり大きなカメラを抱えたオバサマが
「これから酔芙蓉で有名な妙隆寺に行く」と言っていました。



私とSさんがランチを楽しんだ蔵のレストランのすぐそばに、そのお寺はありましたので
私たちも寄ってみました。



この日は不安定なお天気でしたが、晴れてきて、酔芙蓉がほんのり赤く染まり・・・
その後ろには真夏の花「サルスベリ」の濃いピンクが色を添えていました。



一重のフヨウも頑張って存在感を示しています。



そんな中で、負けずに個性を発揮していたのが白い「フヨウ」・・・

おのおのが自由にカメラを向けて、好きなお花を撮るこの時間が好き・・・
友と2人でゆったりと流れるこの時間が好き・・・



鎌倉幕府の有力御家人だった千葉常胤の子孫・胤貞が祖先追福のため、至徳二年(1385)に
七堂伽藍を建立して妙隆寺を創建し、中山法華経寺の日英上人を開山に迎えたと伝えられています。
本尊は日蓮上人。

妙隆寺は日蓮宗の寺院です。鎌倉江の島七福神の一つで「寿老人」を祀っている


静かな住宅街の中にある小さなお寺です。

鶴岡八幡宮「槐(えんじゅ)の会」公募写真展
この日の目的の写真展は、鎌倉に着いてすぐの朝の10時過ぎに行きました。



義経の側室静御前は文治2年(1186年)3月に母の磯禅師とともに鎌倉に送られ
同年4月8日、静は頼朝に鶴岡八幡宮社前で白拍子の舞を命じられます

静は、♪しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな
吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき♪ と
義経を慕う歌を唄い、頼朝を激怒させました。

その後静は義経の子を生みますが、男子であったため頼朝に殺され失意の中、京都へ戻ります
若宮回廊で静が舞った12年後の1198年、その跡地に「舞殿」が建てられました。

今では結婚式をここでとり行うカップルが多くなりましたね。



「舞殿」の右横に建つ直会殿の二階で写真展は催されていました。
一階はカフェとお土産などが売られています。



写真展のテーマは「四季の鶴岡八幡宮」



鶴岡八幡宮の自然と神事の写真が並びます。



こちらが我仲間が入選した作品「思いやり」・・・
同時に協賛企業の「カメラのキタムラ賞」も受賞しましたので、賞金&賞品もバッチリね

今でも仕事の依頼があり東南アジア方面に出張している彼ですが、年に70回もの撮影会もこなすらしい
今回の作品で今年4回目の入選とか・・・
得意な分野は「日本の祭り」、私より4歳も年上ですが、溌剌と各地を飛びまわっているようです。



この様な写真を撮るということは、常に神社仏閣の神事や仏事の情報を把握し、
当日は4~5時間前に出かけて良い位置を確保し(三脚を立て)、ひたすら待つことが大事です。

「待ちが苦手」な私など、到底この様な作品は無理!と悟りました。



今週後半から鶴岡八幡宮の「例大祭」が始まり、流鏑馬(やぶさめ)も開催されるようです。
ご興味のある方は、カメラ持参でお出かけください。


            

今週の天気予報は秋雨前線の影響でマークが並びます。
涼しい朝を迎えてホッとしますが、夏の終わりの淋しさも感じますね。

今年の夏はラニーニャ現象で「猛暑」と伝えられましたが、関東地方は雨が多く蒸し暑い日が続きました
エアコンの使用は去年に比べて多かったのか?、少なかったのか?

我が家の電気代
夫が亡くなり一人暮らしになっても、我が家の電気代は1万円を下ることはなかった。
(エアコンを使う夏と冬は15000円前後、普段の月は11000~12000円)

一緒にパトロールで歩いている一人暮らしのMさん宅の「2倍と言われ
更に仲間から「二人住いでも、1万円を超えることはめったにないわよ」とも言われて一念発起・・・

まず最初に60アンペアの契約を40アンペアに下げたら、一ヶ月500円ちょっと安くなった
たかが500円、されど500円です。



6月には二階と一階のトイレの便座とウォシュレットのお湯を低温にし、電気ポットも使わなくなったので
7月分の請求が初めて1万円を切りました。やったぁ~

Mさんはパソコンはやらないし、家の間取りもダイニングキッチンとリビングが別々の独立部屋が多いのに比べ、
我が家は16畳のリビングダイニングに4畳のキッチンがオープンで・・・
5年前に安全性を重視し、コンロをIHの電気に切り替えた

私が寝室にしている部屋は4畳半のロフト(屋根裏)付きの吹き抜けで、冷暖房の効率が非常に悪い
暑さにわりと強い私は、今年の夏のエアコンの設定を28度にしました。

ほらほら、検針票の右下に出ている去年の同じ月との比較がすべてマイナスですわ



電気代節約を意識しだした最初の頃「こんな事をしている自分が切なくて・・・」と、夫の姉に訴えたら、
「節約は主婦なら誰でも当然考えるべき事でしょう」と言われてしまいましたわ
私はあまり良妻ではなかったような気がします



防犯パトロールで一緒のもう一人の未亡人さんは、最近92歳の自分のお母様を引き取り
更にお婿さんが海外に単身赴任となり、娘さんが孫娘さんと母子で一緒に彼女宅に同居だそうで

「公共料金が跳ね上がりもう大変」とのことで、電気の自由化を研究し「東京ガス」に切り替えたとか
頭を使って、これからは節約を楽しみながら実行して行かねばと思いました。

突然画像の縁取りが不具合となり、この編の半分が消えました。
慌てて手直しをしましたが、お見苦しくなった点をお許しください。


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初秋の鎌倉の花々と写真展(1)

2016年09月05日 | 鎌倉散策
鎌倉「大巧寺」の花々(8月25日)
前回ご紹介したブログ仲間たちとの「夏合宿」に参加する前日、私は写真展見学のため一人で鎌倉に行ってきました。


鎌倉駅から歩いて5分の「大巧寺」に寄ってみると、ピンクのフヨウがお出迎え
この日は夏空が広がる暑い日でしたが、鎌倉のお寺は初秋の風情です。

真夏の太陽の光の中に咲く「タマスダレ」もう咲きだしていた「シュウメイギク」


目的は「写真展見学」ですが、しっかりと一眼レフカメラを持って行きました

珍しい「台湾サッコウ藤」(ナツフジ)こちらは「オトコエシ」


秋の七草の黄色い「オミナエシ」はすでに終わりに近い状態でした。


安産祈願のお寺の右隣のビルが「鎌倉生涯学習センター」


以前所属していたカメラクラブの鎌倉支部の作品展をやっていると聞き駆けつけました。
「雨の鎌倉」が今回の主題・・・

雨の日のカメラ撮影は敬遠しがちですが、古都鎌倉の雨の風景も中々良いものでした。
とても参考になりましたわ

            

台風が二週続けてやってきてバタバタしていました。
特にUターン台風の10号は岩手県と北海道に多大な被害を残しましたね。

九州に上陸した台風12号は今日温帯低気圧になったそうですが・・・
沖縄近くで又新しい台風が発生か?と、TVでの予想です

9月に入っても不安定なお天気が続き、連日の蒸し暑さで汗が止まりません
近年の日本の異常気象が気になりますね。

友と二人で再び「大巧寺」へ(9月4日)
今年の夏は山に行かなかった代わりに写真展のご案内をたくさん頂き、出かける回数が増えました。
公募展に入選する写真仲間さんが増えたからです。

昨日の日曜日は鶴岡八幡宮の公募展に入選した写真仲間の作品を、Sさんと一緒に見に行きました。
ついでに10日前に見た「大巧寺」の夏フジが気になり、Sさんと向かいました。


これから満開になると思っていた台湾サッコウ藤(ナツフジ)は終わっていましたが
代わりにもっと楚々とした「岩フジ」が咲いていました。

初めて見ましたが私好みです
「ツルボ」が風に揺れてボケました


前回よりもたくさん初秋の花が咲きだしていました


「ホトトギス」


色付き始めた「コムラサキの実」

「蔵のレストラン」でランチ
八幡宮の段葛の通りの一本駅側はお店がたくさん並ぶ有名な「小町通り」・・・
信号を渡って反対側にあるのが「大町通り」です。大巧寺や萩寺の宝戒寺は大町通り側にあります。


この道を歩くたびに気になっていた「蔵のレストラン」、中が全く見えません。


鎌倉野菜たっぷりのサラダと蒸し焼き野菜付きランチメニューに、Sさんと勇気を出して入ることにしました。
「当たりはずれは覚悟で、新しいお店を開拓しよう」と扉の中へ・・・

薄暗い中、右手がバーカウンター、左手に落ち着いた雰囲気のテーブルが並んでいました。
この日は日曜日・・・
小町通りは若い人々で溢れていましたが、こちらの空間には誰も居ません。

白い壁にビビアンリー演じるスカーレット・オハラの姿が映し出されていました。
昔懐かしいものが並ぶ大人の空間です。

一人暮らしには嬉しい具たくさんの野菜サラダ・・・Sさんが選んだ五穀米カレーと私の蒸し焼き野菜


このお店の情報はこちらでどうぞ

私が選んだのはバスタコースサイフォンで焙煎したコーヒー付きです。


私のパスタはクリーミーな明太子とミツバ入り・・・
Sさんの蒸し焼き野菜のカレーはピリ辛味、夏にはピッタリで美味しかったわ。

対応してくれたのは私たちと同年代のママさんお一人・・・
バーカウンターに馴染みの殿方らしきお客様が一人居るだけ
スローな時間が流れる中で私たちは12時半から3時近くまで、食べてお喋りしました。

5年前に入った写真クラブで親しくなったSさんは、夫に先立たれた私の気持ちが折れそうな時は
いつも付き合ってくれた・・・
「心の内をさらけ出せる」数少ない友人の一人です。

「ブログ仲間の夏合宿も年々親しさを増して、とても楽しかったわ」と、彼女に私の思いを語りました。

帰りの熱海駅で、下り電車に乗るlilyさんとビオラさんと別れ、東京に帰る銀河さんと上りの電車に座っている時
「nao♪さんも元気になって良かったわ。去年の新年会の時はどうなるかと心配だったの」と・・・
「思いつめたように話す言葉に、私たちは何も言えずにただ聞き入るだけで」と銀河さんが呟きました。

夫を亡くした一昨年の8月以後の4ヶ月間のことは、私もよく覚えていません。
兎に角肩に力を入れて、夫の仕事の後始末に奔走し、連日お線香をあげに来てくれる知人の方々と涙し
これからの一人で生きて行かねばならない老後の不安に押しつぶされそうになり・・・

ブログには書かなかったけど、夫と同じ年の3月に亡くなった父の遺産相続問題も加わって、
私の神経は普通ではなかった

年末、夫の仕事の片づけが一段落し、新しい年が明けた時、私の胸の中には大きな塊が詰まっているようで
大声で叫び出したかった、そんな時に参加したブログ仲間の新年会でした。
あの時、私はすぐにコーラスサークルを探して入会、今では月に2回は大声で歌っている♪♪♪

Sさんに助けられ、ブログ仲間にも元気づけられ、気持ちは行きつ戻りつしながらも少しづつ落ち着いて
気が付いたら2年が経ち、痩せた体重も戻りつつある私。

「今でも時々落ち込む時はあるけど、こうして好きな事に付き合ってくれる貴女がいてくれて嬉しいわ。ありがとう」
そう言いながらも私は2年前の健気な自分を思いだし、涙がホロホロとあふれてしまいました

感謝感謝の気持ちを、Sさんとブログ仲間に示したいと思います。

私の思いのたけが長くなり、鶴岡八幡宮の写真展などの様子は次回に廻しますので宜しくお願い致します

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恒例の夏合宿!・「伊東でオフ会」

2016年08月29日 | 旅日記
Uターンした迷走台風10号が、ますます勢力を拡大し北上中
30日には東北沿岸に上陸、過去にないコースを行くようですね。


私は28日には庭の藤棚と畑のトマトの支柱を整備・・・
今日は鉢物も玄関入れて、家を守る準備を怠りなくやっているつもりですが
TVなどの報道に惑わされ不安を掻き立てられ、台風が来る前に疲れ果てています

伊豆・伊東で一泊の夏合宿(8月26日~27日)
今年もブログ仲間のラッシーママ家の別荘での「夏合宿」に参加。
26日は台風の合間の好天に恵まれ、翌日は夕方から雨、ラッキーでした。

(伊東駅前の夫婦ヤシ)

集合は伊東駅に12時前後・・・
はるばる大阪から参加のlilyさんと沼津に住むビオラさん、そして私のJR組3人は
時間通りの12時6分に伊東駅に到着ですが、この日は小田急線が止まってしまいさぁ~大変

だんだんさん銀河さんからの緊急メールが次々と入り「昼ごはんは先に食べていて」とのこと
でも一年ぶりに会う私たち・・・
車で迎えに来てくれたラッシーママさんも交えて、4人で駅でお喋りしているだけでも楽しいから待つことにする。

12時半過ぎに銀河さんが、1時半過ぎにだんだんさんが到着でした。
5時間以上かかったそうな「大阪からよりかかったね~、お疲れ様~」

昼食は活き魚料理店へ
TVでも紹介され、いつ行っても並んでいる人気のお店こちらです
2時前に入れば少しは空いて居るでしょうと行きました。

(このお店、6~7年前にママさんから紹介され夫と行って、安さとボリュームに感動した覚えがあります)


40~50分ほど待ってようやくランチです。
1年ぶりの再会で、ブログ仲間の6人とパパさんも一緒に軽くビールで乾杯しました

あれれ、定食の内容が以前より淋しい、小鉢料理がなくてお値段も上がったような
でも日頃は個食の私、大勢で賑やかに食べるお食事は美味しい


パパさんが撮ってくれたブログ仲間の6人です。
今年も元気に再会できて嬉しいね

ラッシー家の別荘で合宿
3時半過ぎに別荘に到着です。


ラッシーママさんがダァ~っと準備し、アッと言う間にお料理が並んだテーブル
お赤飯はだんだんさんの手作りです。

食べて喋って&喋って、飲んで食べて・・・
途中ひと寝入りした人が2人いましたわ


気が付いたら夜も更けて、11時半過ぎになっていました。
私たち連続8時間もお喋りしたことになります

それから順番にシャワーを浴びて、布団に入って更に1時間お喋り
翌朝は皆8時まで寝ていました。


午後にはお孫さんが来るというだんだんさんが一足早く帰ることになり・・・
ゆっくり朝食を済ませてから、ラッシー家の別荘の立派な松の木の前で記念撮影です。


翌日は「一碧湖」散策
皆でだんだんさんをお見送りしてから、パパさん運転の車で「一碧湖」に向かいました。


「伊豆の瞳」と呼ばれ、周囲4kmのひょうたん型の景観の美しい湖です。

俳人の与謝野夫妻も愛したと言われるこの湖は、バス釣りでも有名で、
この日も若い人々が釣り糸を垂れていました。


去年はお隣の「松川湖」に行きましたこちらです。


自然が残された湖畔には遊歩道が整備され、春には桜や新緑、秋には紅葉と、
四季折々散歩しながら季節の移ろいを楽しむことができます。

30分歩くとベンチが現れました湖が望めるここで一休み・・・




ママさんが準備してくれた中華チマキにトウモロコシにゆで卵、お手製の干し柿に栗の渋皮煮まであります。
まだあまりお腹が空いていなかったので、トウモロコシだけ戴きました。甘くて美味しい~


一碧湖(大池)は約10万年前の噴火でできた火口湖です。
爆発的な噴火でできた火口は「マール」と呼ばれる丸い窪地を作り出しました。
大量の細かい火山灰は、水が抜けにくい環境を作り出し湖となりました。


4000年前には、大室山の噴火によって溶岩が湖に流れ込んで十二連島ができました。
今は静かで美しい湖ですが、成り立ちは実に激しいものでした。(表示板より)


”静かなる十二連島見るままに所を移す鴨の連島   晶子”
一碧湖をほぼ一周すると、観光橋近くの広場にこの地を愛した与謝野晶子の歌碑があります。


鯉や鴨が泳ぎ、釣り人やファミリー、そして若い人も楽しめる昔懐かしい湖でした。


二時半過ぎに別荘に戻り・・・
再び食べて喋って、パパさんに勧められるままに残ったワインを飲みました。

この夏合宿がもう8年も続いているのは、エネルギッシュなママさんと、我々の輪の中にすんなりと入り
アッシー君も嫌がらずにやってくれるパパさんの協力があっての事だと思います。
本当にお世話になりました

そしてお仲間の皆さんの手作りのお土産もありがとうございました。
一人暮らしの私にとっては二週間分の語らいを楽しんだ2日間でした。

息子一家との箱根旅行と夫の三回忌代わりのお墓参りと食事会、そしてブログ仲間との伊豆の夏合宿を済ませて
私の今年の夏の三大イベントは終わりました。









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