花と緑を追いかけて

山を愛し、花を愛し、旅と
映画とパソコンと、好奇心も
いっぱいの主婦の日記です

箱根「外輪山周廻歩道」その1

2008年11月28日 | 山シリーズ

三連休の真ん中の日(11月23日)、箱根にハイキングに行ってきました。
心配されたお天気も上々で、富士山もクッキリと見えて大満足でした

出発間際まで、私は一眼レフカメラを持っていこうかどうしようかと迷いましたが、今回は歩くのが目的・・・
撮影のために友人達の足を止めても申し訳ないので、瞬間撮影ができる軽くて便利なコンデジだけにしました。



コンデジで写した富士山のアップ写真、ギザギザに見えているのが登山道。
その下のジョーズのように口を開けているのが「宝永火口」です。



小田原から箱根町行きのバスに乗り、箱根町から「道の駅・箱根峠」に出て、そこから「外輪山周廻歩道」と書かれた標識を確かめ、登山道に入りました。
最初はひたすら階段を上ります。

3人で歩くのは6月の「大蔵高丸」以来・・・
久しぶりの山歩きは息が切れます
針葉樹林のジグザグの上り下りを繰り返して40分、箱根笹が茂る中を進むと視野が開けて「芦ノ湖スカイライン」沿いの尾根に出ました。



眩しいくらいの青空を背景に、濃いピンク色の「マユミの実」が輝いていて
そして足元には可愛いリンドウがたくさん咲いていました。

妙高高原のマユミの実は真っ赤でしたのに???



カヤトが広がるここは「海ノ平」・・・
正面に富士山が見えてきて、3人で歓声を上げました
左手に遠く「南アルプス」も見えています。

ここの陽だまりで大休止、オニギリを二つ食べて、熱いお茶を飲みました。
久しぶりに顔を揃えた私たち3人、お喋りも弾みます。

山仲間の一人は、前回このブログで紹介した鎌倉のKさん。
そしてもう一人は私と同じ横浜に住むYさんです。

Yさんも同じ職場の仲間でしたが・・・
もともと若い頃からお琴を習い、今では立派なお師匠さんです。
そして尺八を趣味とするご主人と合奏を楽しんでいて♪♪
彼女がお琴を仕込んだお嬢様も参加しての「家族演奏会」もあちこちで催しているそうです。
私やK子さんより三つ年下の、愛すべきヤマトナデシコなんですよ
普段着物姿が多い彼女、山でも何となく内股加減で歩いているような・・・?



ここでYさんに「来年の年賀状用の写真を、富士山をバックに撮って欲しい」と頼まれました。
「そうと知っていたら一眼レフカメラを持ってきたのに~!、残念!」
バシバシと10枚近くも撮りましたが、使えそうな画像はあるかしら?
カメラマンとしてはイマイチ自信の無い私です



この日は寒さも和らいで、気持ちの良い箱根歩きとなりました。
何といっても「富士山」を正面に見ながら歩く気持ちの良さ・・・



芦ノ湖の西、静岡との県境に芦ノ湖スカイラインと平行して整備された登山道があります。
ここを箱根峠から山伏峠~三国山と越え、芦ノ湖の北の湖尻まで4時間半かけて歩きます。



海ノ平から一旦下って、アセビのトンネルの中を行きます。
右手下には芦ノ湖、左手上にはスカイラインの賑わいが聞こえてきそうな気がしました。

やがてスカイラインの料金所が見えてきて、箱根笹の中をひと登りすると、たくさんの行楽客で賑わうレストハウスの前に出ました。


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ここからの「芦ノ湖」の眺めが素晴らしい
左手に見えるポッコリした山が「箱根・駒ケ岳」、その右手に二つ並んでいる山が「二子山」
「正面の白い建物が、ツツジで有名な山のホテルね」
右手に箱根神社の赤い鳥居も見えてる
マウスオン・クリックで三枚の画像をご覧下さい

私たちは更に眺望を求めて、レストハウスの裏手の高台に登りました。





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紅葉の鎌倉「円覚寺」

2008年11月24日 | 鎌倉散策

三連休最後の今日は、午後から冷たい雨になりました。
行楽疲れや接待疲れでボンヤリと過ごしている方々も多いのではないかと推察しています。

私も昨日は箱根にハイキングに出かけ、綺麗な富士山を間近に見て感動しましたが・・・
帰路のバスが大渋滞に巻き込まれ、芦ノ湖の湖尻・桃源台から箱根湯元まで、ナント、4時間10分もかかり疲れ果ててしまいました。
普段なら40分くらいで行ける距離なんですよ

夜の9時半過ぎに、ようやく辿り着いた我が家近くの駅からタクシーに乗ったら
「今日は行楽地に向かう道路はどこも大渋滞!、通常ならここから20分で行ける鎌倉まで1時間もかかってしまった」と運転手さんも嘆いていました。

好天に恵まれた行楽シーズン
私などは休日の外出は避けるべきなのですが、そうも行かない事情があるのですよ。



今回の画像は18日に訪ねた北鎌倉の「円覚寺」です。
円覚寺のことは、このブログでも何度か紹介していますが・・・
鎌倉五山第二位のお寺で、鎌倉幕府八代執権・北条時宗が弘安五年(1282)に創建した臨済宗・円覚寺派総本山です。
文永・弘安の役で蒙古の大軍を撃破した時宗は、両軍戦死者の菩提を弔い、己の精神的支柱となった禅宗を広めたいと願い建立したお寺だそうです。

「山門」を通り抜けると、紅葉が始まった木々が目に飛び込んできました。
マウスオンでご覧下さい

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葉っぱの緑、黄色、オレンジ色のグラデーションが綺麗ですね
私の大好きな色合いで、このブログのテンプレートにも共通しているような・・・

この鎌倉に山仲間のKさんが住んでいます。
介護ヘルパー派遣会社の副社長として頑張っているKさん。
44歳の時に歯科医をしていたご主人を亡くし、私がパートで勤めていた銀行に後輩として入ってきたのです。
そして一緒に山にのめり込んで行きました。



こちらは「居士林」、座禅道場だそうです。
まだ紅葉は始まったばかりですが、「絵」になりますね。

私とKさんは同じ歳なので、同じ頃に55歳で定年退職しましたが、彼女はその後ヘルパーの資格を取り、介護ヘルパー派遣会社に入りました。
気働きが出来る上に、ご主人の歯科医院を手伝っていたので医療保険の点数計算や経理にも強く、今では社長の良き片腕のようです。

そんな彼女の休日は日曜のみ。
ですから私たち山仲間同士は、平日には一緒に山登りに行けないのです。



円覚寺には真っ赤に染まったモミジもモチロンありました。
通常は11月末から12月初めが、鎌倉の紅葉の見頃ですが・・・
今年は少々早いような気がします。



アップの画像もご覧下さい

介護の現場は安い賃金できつい仕事・・・
人を確保するのも大変だそうで、若いヘルパーさんが祝日に休む場合が多いので、彼女が代わって現場に出るらしい
一緒に山に行く日を決めるのも中々大変なんですよ。

麻生総理の提案で「定額給付金」のお話しが論議を呼んでいますが、こんな無駄な事はやめて、その2兆円は老人福祉と教育に使えば良いと私は思います。
日本人は老後の不安と子供の教育資金のためにせっせと貯蓄に励むのです。
その根本が解決されなければ、消費になどには中々向きませんよね。

夢窓疎石作と伝えられる庭園の遺構の「妙香池」の石の上に何やら動くものが・・・


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「アオサギ」でした。
マウスオンで、主人からもらった300mmのレンズで写したアップもご覧下さい

Kさんは毎年国家資格の試験にもチャレンジしています。
そんな彼女に刺激を受けて、私も今年再び地区センターの仕事にカムバックしました。



こちらは「妙香池」の奥にある国宝の「舎利殿」です。
社会の歴史の教科書には必ずと言って良いほど写真が載っていましたね。
神奈川県唯一の国宝建造物で、お正月の三が日と11月3日の文化の日前後に公開されるそうです。
私は今年も見逃してしまいましたわ

鎌倉の紅葉は今週が一番の見頃かと思いますが、できれば平日にお出かけすることをお勧めいたします。

尊敬すべき友人Kさんと、そして愛すべきもう一人の友人Yさんと三人で行った「箱根・外輪山コース」のご紹介は次回にUPしたいと思っております。

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東京都美術館「フェルメール展」

2008年11月21日 | 美術館&史跡巡り

この絵はヨハネス・フェルメール作の「真珠の耳飾りの少女」です。
「青いターバンの少女」とも呼ばれるこの作品は、単に美しいだけでなく謎めいた魅力を隠す絵画です。

暗闇の中で光を浴びてこちらを見つめる少女。
頭には高貴な青色ラピスラズリのターバン、耳には真珠の耳飾り。
つややかな唇が何か言いたそうに軽く開いていて・・・
この絵を見た者は、その無垢な眼差しにたじろいでしまうといいます。

友人のマルさんもその魅力に取り付かれた一人です。
「オランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館でこの絵を見た瞬間動けなくなったのよ。周りには誰もいなくて私一人だけ、この少女を独り占めで楽しんできたわ」
と聞かされました。

私がこの絵を最初に知ったのは映画でした。
モデルになった少女の繊細な心の動きを通して、フェルメールを取り巻く当時の環境や生活ぶりが、光と影に彩られた、絵画のように美しい映像で描かれた映画でした。

一昨年、ようやくウィーンの「美術史美術館」でフェルメールの中期の傑作「絵画芸術」と言う作品と対面する事が出来ましたが・・・
この「真珠の耳飾の少女」はまだ見ていません。


そのフェルメールの作品を集めた「フェルメール展・光の天才画家とデルフトの巨匠たち」が上野の東京都美術館で開催されています。
残念ながら「真珠の耳飾の少女」は今回来ていませんが・・・
真冬並の寒さがやってきた今日20日に、幼馴染のtomokoさんを誘って行ってきました。


こちらの絵は、ポスターにも使われている「窓辺で手紙を書く夫人と召使」です。
フェルメールの絵に共通している左手斜めから射している光が、手紙を書く婦人にスポットライトのように照らされて印象的ですね。

「ヨハネス・フェルメール(1632~1675)は、オランダのハーグ近くのデルフトという小都市に生まれました。彼がその生涯で残した作品はわずか30数点。この作品の少なさと、光を紡ぐ独特の技法の美しさから、彼は光の天才と呼ばれています」(パンフレットより)

今回は7点が上野にやって来たわけですが、その内の5点は日本初公開だそうです。



光に満ちた美しい空間を描いた風俗画の傑作「ワイングラスを持つ娘」
ワインを勧めながらいい寄る男と、「あら~どうしましょう」といいたげな娘の表情が生き生きと描かれています。
当時お酒は「怠惰」の象徴でもありました。
窓辺のステンドガラスに描かれた「節制」の寓意像は戒めを現しているそうです。



近年になってフェルメールの作品と認定され話題になった「ヴァージナルの前に座る女」
1993年に行われた化学検査の結果、フェルメールの作品に間違いないことが分ったそうです。
唯一の個人コレクター所蔵の絵のようです。

今回はフェルメールのほかにも、レンブラントに天才と称され、フェルメールの師でもあるとの説のカレル・ファブリティリウスやデルフト特有の技法を確立させたピーテル・デ・ホーホなどの作品、約40点が展示されていました。



「フェルメールを初めとするデルフト派の絵は、大まかに言うと光と影と遠近法による騙し絵なのね」
見終わってから、tomokoさんとそんな話をしながら外に出ると、ナント!ナント!凄い人で長い行列が出来ていました。
「一時間待ちだって」

前の晩、友人のマルさんにTELした時
「私は2週間前に見に行ったけど、午後からだったせいか?混んで混んで気持ちが悪くなり三分の一も見ていないのよ。絵を目の前で見るなんてまず無理、naokoがちゃんと見てきたら褒めてあげるわ」
と言っていたけど・・・

「私たちアナタの助言を得て、朝の10時過ぎに行ったらスイスイと入れて、混んではいたけどちゃんとまん前で見ることが出来たわよ~、色々教えて戴きありがとう」
話題の美術鑑賞は体力が勝負ですね。
行かれるご予定のある方は、10時までに入館することをお勧めします。



上野公園の木々も紅葉が始まっていました。

2日前に「鎌倉の紅葉」を見てきました。
円覚寺を歩いたら汗ばむような陽気でしたが、木々の葉の赤、黄、緑のコラボレーションが綺麗でした。
今回はそれらをUPする予定でしたが・・・
芸術作品を見た後の興奮が冷めないうちにと変更しました。
昨日今日の冷え込みで鎌倉の山々もいっそう赤が増してくることでしょう。


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マウスオンでご覧下さい

東京と同じく横浜市の木も「銀杏」で・・・
我が家近辺もたくさんの銀杏並木が黄金色に色付いていますが、流石に歴史の古い上野公園の銀杏
巨木です
雲ひとつない青空に映えていました。



時計を見ると12時を過ぎていて、流石にお腹が空いてきました。
有楽町に出て、マルさんお勧めの「トラットリア・コルティブォーノ東京」というイタリアンレストランに行くことにします。

駅前の新しいビル「イトシア」の4Fにあるお店ですが、偶然にも2ヶ月前にプリンさんと文楽を見た日に行った中華レストランのすぐ上の階にありました。

外のデッキで食べるのも外国風でステキですが、冬のコートを着て出かけたほどの寒さだったので、誰も外でのお食事はしていませんでした。
このお店の本店は本場イタリアのシェナにあるようです。


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マウスオンで、お料理もご覧下さい

丸の内方面の眺めが良くて、お洒落な雰囲気のお店です
旧そごうデパート(ビッグカメラ)の向こうに見えているガラスの建物は東京国際フォーラムですね。

マルさんのお勧め料理は「トスカーナ風リゾット」だそうですが、残念ながらランチではやっていませんでした。
でもパスタも美味しかったですよ
これにコーヒーか紅茶が付いて1260円、お値段もリーズナブルで気に入りました。

tomokoさんと充分にお喋りを楽しんでから、さらに2件目の美術館に行きました。
ロビーから紅葉の綺麗な皇居が望めた「出光美術館」の紹介は、下に別途UPしてありますのでこのまま続けてご覧下さい
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出光美術館・「陶磁の東西交流」展

2008年11月21日 | 美術館&史跡巡り
葛飾北斎の絵や浮世絵が、ゴッホやモネに影響を与えたお話は有名ですが・・・
日本の柿右衛門や古伊万里の陶磁器が、ドイツのマイセンやオランダのデルフト焼きにも一役買っている事はご存知でしょうか?
今、東京丸の内の「出光美術館」でこれらを並べて「陶磁器の東西交流」と銘打っての作品展が催されています。


「17~18世紀、華やかに開花した柿右衛門・古伊万里の日本の磁器芸術は、強い憧れを持ってヨーロッパの王侯・貴族に受け入れられ、その宮殿や生活文化を彩りました」(パンフレットより)


ヨーロッパの絵師たちは、日本の柿右衛門や古伊万里、そして中国の景徳鎮の模様などをトコトン模写することから学んだそうです。
写真右が江戸時代前期の柿右衛門「八角鉢」
写真左はドイツ18世紀のマイセン窯「八角鉢」
ソックリですね。

館内はすべてこのように対比して見られるように展示されています。
良く似ていながらもどこか違う面白味があるのが今回の催しです。
観音様がマリア様に見えたり、鼻の高い女性の顔に笑ってしまったり・・・
とても広げられそうもない「お扇子」も描かれていました

模写もそれぞれにお国柄が出るようで・・・
スペインやイタリアの陶磁器も日本や中国の影響を受けているのですが、こちらはこちらでラテン系の大らかさが感じられました



柿右衛門の赤は本当に美しいですね。
こちらは江戸前期の作品「色絵花鳥文八角共蓋壺」(重要文化財)



こちらは江戸中期の古伊万里の鉢ですが、絢爛豪華という言葉がピッタリです。
真ん中に描かれているのが「南蛮船」
東インド会社が、ヨーロッパの貴族達の柿右衛門や古伊万里の注文を斡旋し、運んだようです。

明治時代以降、日本は西洋に追いつけとばかりに頑張ってきましたが・・・
400年以上前には逆にヨーロッパの国々が先を争うかのように、日本や中国の文化を取り入れていたのです。
東洋の陶磁が憧憬の的だったのです。

一昨年に行ったブタペストでは「ヘレンド」のカップ&ソーサーを買った私。
スペインやイタリアでも絵皿を何枚も購入しました。
今度ドイツに行く機会があったら「憧れのマイセン」を買おう等とも思っていますが
「もっと自分の国の文化に誇りを持とう」と思わせてくれる展示内容でした。

それにしても最悪な画像のUPでお恥ずかしい限りです
日本の美術館はどこも撮影禁止
ヨーロッパの美術館は、フラッシュさえ焚かなければOKという所が多いのに



皇居前の帝劇ビルの9階にあるこの美術館は、眺めも素晴らしいのです
私はここのOGなので、こう綴ると宣伝みたいになりますが、何はともあれご覧下さい。
ガラス越しに写したのでピントがイマイチですが、正面には「桜田門」が見えています。



右手に目を移すと「武道館」方面が望めます。
ロビーにはお茶の設備も整っているので、友と二人で喉を潤しながら紅葉の綺麗な皇居の夕景に浸るのも良いものです。



桜田門の左手に見えている細長い建物は、TVのサスペンスドラマによく出てくるご存知「警視庁」・・・

そろそろ日が暮れてきました。
tomokoさん、今日一日美術館のハシゴに付きあって頂きありがとう。
今日は上野でも、ここ出光でも「オランダのデルフト」という地名に触れましたね。
叉声をかけますから一緒に出かけましょう。
やっぱり「都心」がご希望ですか?

尚、この回はコメント欄を閉じさせていただきます。
ご感想などは上の「フェルメール展」の方にお寄せ願います。
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晩秋の「舞岡公園」

2008年11月18日 | 舞岡公園

週明けは快晴とまではいきませんが、まずまずのお天気でスタートしましたね
先週は仕事の週でしたが、菜々ちゃんの子守に行ったり「ヨガ体操」に参加したりと動き回り・・・
ようやく本来の元気な私に戻った感じです。

早速16日の日曜日に山仲間と「箱根・ハイキング」を計画したのですが、生憎のお天気で一週間延期となりました。
ちょっと体がなまってきたので、暖かい日和となった今日は近くの「舞岡公園」を歩いてきました。



「舞岡公園」のモミジ休憩所の周りは、色付き始めた木々が晩秋の光を浴びて輝いていました
でも・・・
私が住んでいる横浜南部は、暖かさと寒さのバランスが紅葉にはイマイチだったのか?
笹ヶ峰で見たような鮮やかさはちょっと欠けていたような・・・


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マウスオン・クリックで、音楽と共に三枚の紅葉の画像をご覧下さい
(non_nonさんのソースをお借りしました)

私の風邪から始まり、父の発熱や孫娘の入院騒ぎがあったこの一ヵ月半は気持ちが外に向かず・・・
肋骨の痛みもあり、体を自由に動かす事もままならない日々に、気持ちもドンと落ち込んでいたような気がします。

先週久しぶりに「ヨガ体操」に参加しました。
翌日はあちこちに痛みが出てどっと疲れましたが、それが抜けたら急に体が軽くなりました



舞岡公園は横浜市の戸塚区と港南区にまたがる約30ヘクタールの公園です。
その中心部は、丘と低地、田んぼと雑木林の谷戸です。

谷戸のことは以前もこのブログの「荒井沢市民の森」の記事で紹介しましが・・・
丘陵や台地が削られてできた浅い谷を「谷戸(やと)」といい、谷戸につくられた水田を「谷戸田(やとだ)」と呼ぶそうです。

舞岡公園の「谷戸田」はボランティアさんたちの手でお米が作られているようで、ブログ仲間の「舞岡公園の自然」のひろしさんも、そのお一人です。
11月23日には収穫祭が開かれるようなので、興味のある方は訪ねてみてください。



ユニークな案山子が並んでいました。
「ここが本当に横浜?」と思われるような、昔懐かしい風景が広がっていますが・・・
このすぐ横には「大学のキャンパス」があり、広い道路も出来ました。
この自然もいつまで残っているかしら?



水車小屋の脇に「ノボケ」が咲いていました。

ここまで歩いてくると流石に汗ばんできましたが、でも良い気持ちでした
時間に追われず好きな自然の中を歩くのが、私にとっては一番心地よい事だと実感しましたね。



連日、主人は仕事先で柿を戴いてきます。
この「舞岡公園」にもたくさん生っていて、メジロがついばんでいる姿が見えましたが・・・
カメラで捉えたもののボケボケ



水辺の周りには「鳥さん狙い」のカメラマンが数人ファインダーを覗いていました。
「アカハラがいるぞ」
双眼鏡で見ていたオジサンが言いましたが、私にはサッパリ姿が見えません。
私も今日は三脚持参でしたが、200mmの望遠レンズに取り替えても「鳥さんの姿」は分りませんでした

鳥は諦めて「古民家」に向かいましたが、こちらも第三月曜日はお休み・・・
残念でしたが、久しぶりに歩いたら、心も体もすっかり軽くなりました。


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「長野・善光寺」・参道

2008年11月15日 | 旅日記

今日11月15日は「七五三」のお祝いの日です。
土曜日で、お天気もまぁ~まぁ~で、近くの鎌倉「鶴岡八幡宮」もさぞかし賑わっている事でしょう。

10月9日に行った長野の「善光寺」でも、可愛い七五三参りの家族連れを見ました。
長野からも雪の便りが届く今日この頃・・・
寒い地方は早めにお参りを済ますのも頷けますね。

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私たちは本堂の入り口でお参りを済ませた後、主人が「松の手入れを見てみたい」と言って、宝物殿の方に歩いていきました。
見事な「松」が並んでいました。

この先に七五三の受付があるようで、何組かの可愛い姿が見られました。
マウスオン・クリックで、微笑ましい七五三参りのご家族をご覧下さい
七歳のお姉ちゃんと、五歳の弟君のお祝いのようですね。
お婆ちゃまの嬉しそうなお顔
「無事のご成長おめでとうございます。」と思わず声をかけてしまいました。


この日は、池の亀さんもノンビリと甲羅干しをしている、本当に穏やかな日和でした。



こちらは30数年前の我が家の息子の七五三参りです。
男の子だからと「鶴岡八幡宮」に行きました。
お食事会には両親も呼びましたが、参拝は家族三人でしたね。
20代後半の私と、4歳になったばかりの息子がすまして写っています。
来年はハー君の七五三です。
オトウタンと同じ鎌倉に行きましょうか・・・



お土産屋さんを覗いたりしながら、来た時にくぐった「仁王門」を再び通り参道を戻りました。


ここから手前には格式ある宿坊が並んでいます。



あら、どこかで見たような像が
ここに伝わる「むじな燈籠」伝説から出来た「むじな地蔵」と「タヌキ」ですが・・・
奈良のセント君と同じ作者の作品のようですね。

そして立派な宿坊の数々をnon_nonさんのソースをお借りして纏めましたので、サムネイルにマウスを置いてご覧下さい

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善光寺には39の宿坊があり、それぞれに御堂があり、住職がいるそうです。
歴史が感じられる建物が並んでいました。

「こんな所に泊まっての善光寺参りも風情があって良いわね~」と私が呟くと
「一流ブランドのツァーが利用しているようだから、値段もそれなりにするに違いない」
旅行会社の広告も担当していた主人が言いました。

「見てみろ、利用客もそれなりにキチンとした格好しているだろう」
「ハイキングスタイルで参加した私たちのフリーツァーとは格が違うのね」
思いがけずここで「ツァー談義」となりました


「善光寺」を堪能して、この門をくぐるとバス停がある車道に出ます。
並ぶお店も横丁も、落ち着いた雰囲気で良い感じです。


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門前のホテルも郵便局も、流石に趣がありますね。
二枚の画像をマウスオンでご覧下さい

最後に近くのお蕎麦屋さんで盛りそばを食べましたが、こちらも満足できるお味でした。
この街はいつも車で通り過ぎるだけでしたが、次回はユックリ歩いてみたくなりましたね。

こうして新幹線の出発時間までの2時間を「善光寺」参りで楽しみましたが、私たちは本堂の正面で拝んだだけで・・・
これでは「片手参り」どころか、「善光寺」にも参っていないに等しい事をブログ仲間の皆様から教わりました。
「ご利益」を期待するほうが無理と言うことでした

次回は是非「本堂の横手から階段を下りて真っ暗な細い迷路のようなところを手すりだけを頼りに進み、ちょうど本尊様の裏にあたるところの閂のようなものを触ってきたい」と思います。
色々教えていただきありがとうございました。

でも幸いに・・・
長引いた私の風邪も痛めた肋骨も良くなり、心配していた菜々ちゃんの肺炎も回復し、取りあえずはホッとしております。



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長野「善光寺」参り

2008年11月11日 | 旅日記

「立冬」の後は急に寒さがやってきて、こちら関東南部はハッキリしないお天気が続いています。
私はボランティアのような「地区センター」の仕事をしながら、息子のマンションに通ったりと、相変わらずバタバタと過ごしていますが・・・
「赤倉温泉フリーツァー」の最後に訪ねた「長野・善光寺」の紹介がまだ残っていましたのでUPしたいと思います。

1400年もの歴史に刻まれた信州一の名刹「善光寺」は長野駅から歩いて30分、バスで10分足らずの所にあります。
バスを降りて参道を歩いて行くと、最初に現れるのがこの「仁王門」

”仁王門は宝暦二年(1752年)に建立されましたが、二度焼失し、現在のものは大正七年(1918年)に再建されました。この門には善光寺の山号である「定額山」の額が掲げられています。
仁王像並びに仁王像背後の三宝荒神・三面大黒天は共に高村光雲・米原雲海の作であり、その原型は善光寺史料館に展示されています”(パンフレットより)

母や伯母、そして主人とも何回かお参りしている「善光寺」ですが、いつも車で訪れて、本堂近くの駐車場を使っていたので、この仁王門をくぐったのは初めての経験でした。



こちらは「山門」(三門)重要文化財です。
平成の大修理を去年終えたばかりだそうで、中が見学できるようでした。
大勢の人々が並んでいたので諦めましたが、「善光寺」と書かれた額の下に見学者の姿が見えますね。

”寛延三年(1750年)に建立された二層入母屋造りの門です。屋根は大正年間の葺き替え時に檜皮葺きとなりましたが、平成十四年から十九年にかけて行われた平成大修理において、建立当時と同じサワラの板を用いた栩葺き(とちぶき)に復原されました”(パンフレットより)



私たち夫婦が見上げていると、初老のご婦人が声をかけてきました。
「あの善と言う字を良く見ると牛の顔のようですよ」
「なるほど!牛に引かれて善光寺参りと言いますものね~
「そして字の中に鳩もたくさん居るようです」
「1,2,3,4・・・、いるいる!本当だ!」

あちこちの小グループに、はたを持ったガイドさんが付いて説明しています。
この境内には聞いたことはすぐに教えたくなる「善男善女」が揃っているようですね。



この日はまだ十月上旬でしたが、微笑ましい「七五三祝い」の子供達の姿もチラホラと見えました。
我が家の孫のハー君も来年の秋にはお祝いです。
元気に育って欲しいものですね。


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山門をくぐるといよいよ「本堂」が見えてきました。
お線香の煙の周りには子供達が・・・
この日は木曜日でしたが、クラスの仲間とお参りにきたのでしょうか?
マウスオンでご覧下さい



"現在の本堂は宝永四年(1707年)の再建で、江戸時代中期を代表する仏教建築として国宝に指定されています。間口24メートル、奥行き54メートル、高さ30メートルという国内有数の木造建築で、T字型の棟の形が鐘を叩く撞木(しゅもく)に似ていることから「撞木造り」と呼ばれています。屋根は総檜皮(ひわだ)葺きです。
そして最奥の瑠璃壇には、御本尊・一光三尊阿弥陀如来様をお祀りしています”(パンフレットより)

ご本堂で「家族みんなが健康で明るい毎日が過ごせますように」と祈りましたが・・・
100円のお賽銭では効力が無かったのでしょうか?
この旅から戻っても私の風邪は中々治らず、父の発熱も続き、挙句に孫の菜々ちゃんが肺炎で入院でした。

ブログ仲間の「マリーあんころネットの部屋」のmarriさんによると、別所温泉の北向き観音「常楽寺」もお参りしないといけないそうです。
長野の「善光寺様」は来世のご利益を、「常楽寺」は現世のご利益をかなえてくれるそうで・・・
”善光寺さんだけを参らず両方参らなきゃいけません。そのことを「片参り」と言います”とのご指摘。
是非別所温泉まで行かなくてはなりませんね

菜々ちゃんは明日、退院後初めての診察で病院に行きます。
せめて写真の中でもと、再び「善光寺」様と、marriさんの撮った「北向き観音」様にも”無事の快復”のお願いをしました。


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無事に退院しました

2008年11月07日 | 

朝方から降っていた雨も昼過ぎにはあがり、太陽が顔を出しました
今日は「立冬」ですが・・・
上着がじゃまなくらいの暖かさとなりましたね。

我が家の庭のバラも最後の花を咲かせています
肺炎で入院していた孫娘の菜々ちゃんもようやく退院し、私も4日ぶりに我が家へ帰ってきました。

ブログ仲間の皆様にはたくさんの励ましやご心配をいただき感謝しております。
叉これを見た友人達からはメールやらTELを戴きありがとうございました。



生後八ヶ月足らずで「RSウィルス肺炎」と「中耳炎」との診断で入院していた菜々ちゃん・・・
退院後、早速自分のベビーベッドの中で玩具を点検です

両親もお兄ちゃんも、そして2人のバァ~バも風邪をひいていて、最後は一番弱い立場の菜々ちゃんに災難が及んでしまいましたね。

毎日のように、近所の小児科のお医者さんに通っていたのに、中耳炎は判らなくて・・・
その痛さで三日間泣き通しだったという菜々ちゃん
血液検査で異常が出て大きい病院に移り、すぐに入院となりました。

両方の耳の鼓膜切開の手術を受けたら、血の混じった膿が出てきたそうです。
乳児は動かないように、網のようなものでグルグルまきにされて治療を受けるそうで、付き添っていたオカァ~タンも辛かったでしょう。



でも熱も下がりこんなに元気になりました。
まだ肺炎は完治ではないので、しばらくは外出禁止だそうですが・・・

今回私も初めて知った「RSウィルス」とは?
日本人は三歳頃までにほとんどの子がこのウィルスにかかり、風邪に似た症状を示すそうですが、特効薬はないとか・・・
抗生物質も効かないそうです。

元気な子や大人はそう心配する事もないようですが、体力のない乳児や老人は要注意

風邪が流行っている幼稚園では、菜々ちゃんのように下の子がRS肺炎で入院という被害が他にも何人か居たようで、病院では顔なじみのママたちとも一緒になったそうです。

私の喉にもきっとこのウィルスがしつこく貼り付いていたんでしょうね


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菜々ちゃんが退院したこの日は、オカァ~タンの誕生日でもありました。
二重のお祝いです。マウスオンでご覧下さい

オトォ~タンがバースディケーキを買ってきました。
数字のロウソクがちょっとリアルですね~
私はお寿司とサラダを差し入れました。

ハー君もオカァ~タンが一週間ぶりに帰ってきてとても嬉しそう・・・
そして可愛がっている妹のほっぺをムギュムギュしたりしていました。



咳が続いて2週間も幼稚園を休んでいたお兄ちゃんもようやく元気になり、張り切って幼稚園に行きました。

この一週間、前半は横須賀バァ~バが、そして後半は横浜バァ~バが面倒を見てくれたけど・・・
淋しさを精一杯ガマンしていたハー君を褒めてあげたい

ハー君とたくさんレゴで遊んで、その後は粘土遊び・・・
ゴーオンジャーのDVDも一緒に見たね。
そして映画「ミニミニ大作戦」はハー君が見どころを教えてくれたんだよね
面白かったよ






ようやく平穏な日々が戻りましたが・・・

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菜々ちゃんは病院での痛い体験が夢に出てくるのか?眠りが浅いようでした。
そしてお手手に残った点滴のアザも痛々しくて

でも日当たりの良いマンションの部屋の中で眠る穏やかな幼子を見ていると、私もホッとしました。
マウスオンでアップの画像もご覧下さい






流石に疲れて肩も腰もゴリゴリ
ボォ~っと過ごしていますが・・・
両親の事も気になっていたので、今日は施設にも行ってきました。
幸い元気にしていてくれて一安心しました。














庭に出てみると、小菊が咲き出していました。

ひたすらマンションの部屋の中で、ハー君の相手をしオサンドンに明け暮れた数日間・・・
ゆっくり空を見上げる余裕もありませんでした。
気がついたら「晩秋」になっていたという感じです。












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映画鑑賞・「イントゥ・ザ・ワイルド」と・・・

2008年11月03日 | 映画、観劇
芸術の秋ですが・・・
私自身の風邪が原因で肋骨にヒビまで入り、合間に父の発熱騒ぎでアタフタし、挙句の果てに孫まで入院してしまったこの一ヵ月半
病院通いばかりで芸術に触れる機会は全くありませんでした。
でも・・・
風邪をひいてダウンする一週間前に、感動の映画と文楽を楽しみました。
映画は「イントゥ・ザ・ワイルド」
まだ全国の映画館でやっているようなので、遅まきながら紹介したいと思います。


1992年、アラスカの荒野に捨てられたバスの中で、青年の死体が発見されました。
この実話を元に綴られたノンフィクション「荒野へ」(ジョン・クラカワー原作)の映画化で、監督は俳優としても活躍しているショーン・ベン。
彼の4作目の長編監督作品は、青年がここに辿り着くまでを追った見事なロードムービーでした。

”大学を優秀な成績で卒業したクリス〔エミール・ハーシュ)は家族に何も告げずに家を出る。不仲な両親に反発し、偽善に満ちた社会を嫌悪して、「これ以上、文明に毒されないために」、一人でアラスカの大自然の中で暮らそうと旅立つのです”

気楽な自分探しの旅ではありません。
彼は貯金を全部寄付し、身分証も捨て、名前も変えて過去の自分と決別し新天地を目指します。
純粋な青年の「無鉄砲な行動」といえばそれまでですが、ベン監督はクリスの未熟な危うさよりも純粋な輝きを強調しています。
純粋であるがゆえに危険を顧みないのですが・・・
だからこそ美しいのです。

クリスが道中に出会う人々も、社会からはみ出した人々が多いのですが、みんな実に寛容で魅力的で、会話が温かいのです。
クリスはアラスカの大自然の中で、望みどうりの生活を始めますが、数ヵ月後、人知れず命を終わらせます。
自然は人間に対しても容赦しませんからね。
でも悲壮感はありません。
神々しいまでの生き方を見せてもらった感じです。

アメリカ各地の自然の美しさと厳しさを写した映像美も素晴らしくて、清々しい感動に包まれた映画でした。

今の世の中、実態のない「債権」という金融構造がお化けのようにふくらみそしてはじけたアメリカ・・・
こんな生き方をした青年の姿が対照的に浮かび上がって見えました。

尚私たちは「有楽町シャンテ」で観ましたが、まだ都内の4軒の映画館でやっています。


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この日は、ご近所仲間のぷりんさんと午前中から「国立劇場」に行き、文楽九月公演の第一部も楽しみました。
演目は「近頃河原の達引」と「本朝廿四孝」
間に吉田清之助改め、五世豊松清十郎襲名披露の「口上」がありました。

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こちらが新「五世豊松清十郎」さん。
開演前、ロビーでご贔屓様たちにご挨拶をしていました。
私たちもちゃっかり記念写真を撮らせてもらいましたよ。マウスオンでご覧下さい

ぷりんさんの話では、文楽の世界は歌舞伎界と違って、代々跡継ぎの息子が襲名するわけでもないそうです。
実力主義なのでしょうか・・・

「文楽」は歌舞伎ほどの派手さはありませんが、妖艶な美しさで圧倒される事があります。
今回も最後の「奥庭狐火の段」は歌舞伎以上に素晴らしかった感じです

若い頃から文楽や歌舞伎に親しんできたぷりんさんにお誘いを受けて、年に何回か観劇を楽しんでいます。
まだ「文楽」を語れるほど私は詳しくはありませんが・・・
今、ぷりんさんから借りた「仏果を得ず」という三浦しおんさんの文楽の本を読んでいますので、その内語れるようになったら叉UPしたいと思っています。

この日はぷりんさんと二人で文楽を楽しみ、映画に感激し、楽しい一日でした。
いつも満席で取るのが大変なチケットを手に入れていただきありがとう。
ぷりんさん、叉機会があったら誘ってね。


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最後は有楽町駅のすぐそばのビルの中華レストランでお食事をして帰ってきました。
この日はいつもの仲間のノンちゃんがお引越しの準備で参加できなくて残念でしたが・・・
三人分のお食事を頼んでしまったようで、おなかも満腹、心も満腹になりました。

マウスオン・クリックで美味しそうな(本当に美味しかった!)お料理の画像を三枚ご覧下さい
一枚目の写真のビールの向こうに輝いている明かりは「有楽町駅のホーム」
三枚目のラーメンの向こうには新幹線が走っています

夜になってから雨になり、ビルの窓から眺める都会の風景もシットリとした風情が感じられました。


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