花と緑を追いかけて

山を愛し、花を愛し、旅と
映画とパソコンと、好奇心も
いっぱいの主婦の日記です

台風騒ぎと、恒例の箱根旅行(3)・「小田原城へ」

2016年08月25日 | 旅日記

夫が毎年玄関前の水盤で咲かせていた「ホテイアオイ」が咲きました

このお花は外での冬越しが難しくて、夫は毎年苗を買っていたようですが・・・
私はご近所さんから分けてもらったものを水盤に浮かせました。

22日の月曜日は台風9号の首都圏直撃で、私の趣味の会のコーラスも中止の電話が入りました
前夜は自治会の夏祭りで盆踊りや模擬店を楽しみましたが、明けて翌日は朝から凄まじい雨・・・

ずぶ濡れになりながら重さの軽い鉢植えを10数鉢玄関に入れ、
デッキのテーブルや椅子をひっくり返したり折りたたんだり、物干し竿も片づけて、
雨戸のない居間の一間の広いベイウィンドウ(出窓)にビニールテープを貼りました。

女一人で一軒家を台風から守るということは多大な不安を感じます。

オロオロしていても仕方がないので、オリンピックの閉会式を見ていました。
リオオリンピックは日本選手の大活躍で、日々感動させて戴いた17日間でしたが・・・
祭りの後の淋しさと台風襲来の不安とが混じり、22日は一日中雨戸を閉めた家の中で籠っていました


結局台風9号はお昼にかけて大雨を降らせ、房総半島の館山に上陸し
午後には北に向かって行きました。

午後6時過ぎには夕陽が赤く染まり、我が家の二階から富士山が少し姿を見せていたしたが・・・
滅多に台風など来ない北海道は、この所続けての台風襲来で石狩川が氾濫したそうですね。

被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。

そして西に向かって迷走していた台風10号が、Uターンして来週初めには本州に来るらしい

ヨーロッパのスーパーコンピューターの分析では最大の勢力(最大級ではなく最大)で
日本の本州に上陸と予報を出しています。
伊勢湾台風より勢力大という事オ~マイゴッド
私の不安が再び増しています


            

箱根二日目は「小田原城」へ(8月14日)
朝6時、息子の会社の保養所の部屋で目覚めました。まだ息子一家は皆寝ています
私はそっと起きて大浴場に向かい、朝の温泉に浸かります

もうお嫁ちゃんのお母さんと妹のYちゃんが居ました。
ノンビリ湯船につかりながらあちらのお母さんと談笑・・・


この日の箱根は時雨れていて、窓から見える大涌谷方面も霞んでいます。

ロビーのTVではオリンピックの女子卓球をやっていました。
奥にはモミ機が並んでいて、夫がここで毎回気持ちよさそうに揉んでいた姿が思い出されます

朝食のビュッフェ、私は息子よりも沢山戴きました食後は卓球、父子の真剣勝負は代替わりです。


毎年父親と真剣勝負の卓球をしていた息子、今年は小6の孫のハー君と好い勝負です。
子供の成長はあっという間ですね。


7月に息子宅でバーベキューを楽しんだ時、ハー君がNHKの大河ドラマ「真田丸」に熱中し、
お城に興味を持っているという話になりました。

「ばぁばは去年の箱根で皆と別れてから小田原城に行ったわよ」というと去年の記事はこちらです。
お兄ちゃん孫のハー君が「僕も是非行きたい」と・・・
何やら高嶋政伸が演じた北条氏政が、秀吉の攻撃を前にお化粧をして小田原城に籠る姿が印象的だったらしい。

「去年は耐震工事で天守閣の中に入れなかったけど、今年は5月にオープンして楽しめそうよ」と勧めると
息子は箱根での2日目の見学地を「小田原城」と決めました。

初孫が戦国時代の歴史に興味を持ちだしたなんて、横浜じぃ~じが喜ぶわ


お嫁ちゃんの両親と妹夫妻も一緒です。
2台の車を駐車場に入れ、皆でお堀の赤い橋を渡って二の丸公園から入りました。

常盤木門

本丸の正門である常盤木門をくぐります。

天守閣

小田原城は戦国大名の北条氏が5代にわたって関東支配の拠点とした名城。
天守閣は度重なる大地震で倒壊しましたが、市制20周年の記念事業として昭和35年に再建されました。

今回の耐震改修工事のため昨年7月から閉館、今年の5月にリニューアルした天守閣は、
外壁を塗り直して以前より白い姿となった感じです。


左横の階段を上がって、天守閣の中を見学します。
去年は工事中で静かな静かな小田原城でしたが、今年は観光客がたくさんいました。

今年の二月に心臓の手術をした横須賀ばぁばは階段に自信がないということで、外で待っているようです。
それに横須賀じぃじが付き添いました。

幸い雨が上がって良かったですが、その分蒸し暑くなってきましたね


大人500円子供200円を払って中に入ります。

すぐに天守閣の高さベスト10と書かれた大きなパネルが・・・
「小田原城はベスト7だって」「1位は大阪城、2位は名古屋城なんだね」
「いつか行きたいなぁ~」ハー君は熱心に一つ一つのお城の写真をパットで撮影します。

中での写真撮影可でした熱心に見て廻るお兄ちゃん孫と息子一家


この日私は一眼レフカメラをザックの中に入れたままで車の中
小さなコンデジですべて撮り、見苦しい画像になってしまいましたわ

北条氏が滅びた後、小田原城は徳川が管理する城となります。

徳川家の葵の御紋です。戦後、天守閣が再建される前は観覧車が建っていたとか


リニューアルされた展示は、映像コーナーもあり、非常に充実してます.

秀吉の攻撃を恐れ苦悩する北条氏政と氏直父子を演じる役者さんの物語仕立ての映像は
最後までしっかりと見ましたよ。

僕お城を造る仕事がしたいとハー君は呟きますそれって「宮大工になりたいって事?」・・・



5階からは外が望め、箱根方面の左手が一夜城南側の正面に街と海が見えますが、ぼんやりと霞んでいた


ハー君は100円を入れて見る望遠鏡で一夜城を探していましたが、分からなかったようです。
「ばぁばはワンゲルの会で行った事があるけど、古い石組が残っているはずよ」こちらです。

お土産コーナーでハー君は真田の家紋の六文銭のキーホルダーと、小田原城のプラモデルを買い外に出ました。
入場から1時間半近く経ち・・・
見学者はますます増えて、入り口前の階段の下まで並んでいました

銅門(あかがねもん)

オトータンとハー君はここも中に入って見学していました。
L字形の枡形門で、敵の進入時、上から石や矢を放って撃退する「石落とし」なる穴もあったそうです。
「ビデオでやっていたね」とハー君は興味津々・・・


最後は正面入り口の「馬出門」に出ました。

武士の物語が大好きだった横浜じぃじの「真田太平記などの戦国時代が舞台の本は殆どそろっているわよ」と言うと
6年生ではまだ読めない漢字が多くて、ルビがふっていないと無理とのことでした。
でも、歴史に興味を持ちだしたハー君の先が楽しみだわ。

お昼に全員でお寿司を食べ、私は小田原から電車で帰宅、横須賀組も車で家路に着きました。

息子一家だけはもう一泊、箱根泊りだそうです。

じぃじが生きていたら、きっとお兄ちゃん孫をあちこちのお城に連れて行き、
たくさんの歴史のお話をしたでしょう・・・

じぃじが逝ってしまったあともずっと、我が家のテレビは当時大河ドラマでやっていた
「軍師・官兵衛」が予約録画され続けていたのですから・・・



コメント (12)
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