Wind Socks

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小説 囚われた男(24)

2007-01-12 13:02:25 | 小説

「後は、時間だな。昼か夜か。それに武器は何を使うか」と生実。
「相手は四人になる。ところで、その四人と限定していいのかな」
「そうね。暴力団のほうは要所に団員を貼り付けるでしょうね。その連中も欺く必要があるわ」
「なるほど、どえらい事になってきそうだな」
「時間はおそらく昼になると思う。それも午後」
「分かった。一つだけ質問、地元の電気工事会社を装うことは可能か? という点なんだが」
「考えていることは分かるわ。その点は、調べてみるわ」
「OK.ところで、いつから会話に丁寧語がなくなったのかなー」
「いやだア。気がつかなかった。丁寧語のほうがいいですか?」
「いや。このままでいいよ。ちょっと言ってみたかっただけさ」
 
 ランドローバーはゆったりとしたクルージングで、いくつかトンネルをくぐり最後の笹子トンネルで甲府盆地に飛び出す。
 小暮さやの運転も適切な判断で危なげがない。一旦、ことが起こればランドローバーをいともたやすく操るだろう。危険回避の技術も会得しているに違いない。甲府市外を右手に見ながら
「相手が四人だと、武器は小型のもので取り扱いやすいものがいい。サイレンサーつき拳銃を用意できるかい」と生実が聞く。
「ええ、ご希望の銘柄を準備するわ」と彼女。
「それじゃ、スミス&ウェッソン九ミリオートマティックを頼む」
 
 車は長坂の出口に差し掛かった。そこで高速を降り、わずかの時間で千葉が持つ別荘に着いた。目の前に標高三千メートル近い冠雪してまぶしいほどの、甲斐駒ヶ岳の堂々たる山容が見える。
 ログハウス造りの別荘は、大げさな門も無く砂利道がテラスに続き、階段を上がって玄関になる。その前には、車三台ほど置けるスペースがある。あとはまだ春浅いため黄色っぽい芝生で覆われ、所々みどりの芽が見える。
 その玄関先に二台の車が停まっていた。白っぽい軽自動車には、『白州不動産』と両ドアにペイントしてある。地元の不動産斡旋業者なのだろう。もう一台は、青い商用バンでこの車には『カナディアン・ハウス』のペイントと、いろんな宣伝文句やロゴが書き込んである。おそらく何か不具合でもあって斡旋業者立会いで相談をしているのだろう。これは幸運に恵まれた。建物の内部や周囲を気兼ねなく歩き回れる。
 
 車を乗り入れてバンの横に止めた。玄関ドアが開いていたのでノックをして待った。何の返事もないので「ごめんください!」と大声で呼んでみた。
 「はーい」と遠くで返事があって、階段を下りる気配がした。「はい?」といって顔を出したのは、若い男で紺のスーツを着て名札までつけている。名札には「武田」と印刷してあった。さすが甲斐の国、信玄の末裔にでも会ったのだろうか。と余計なことを考えさせる。
「私たち、この別荘地を見て回っていたのですが、たまたま通りかかって、あの車を目にしたものですから」と指差しながら
「お話を聞くかこのお宅を拝見できないものかと思いまして」と生実がまじめなサラリーマン風で問いかける。
 「ああ、いいですよ。今ちょっと手が離せないんで、ご案内はできませんが、ご自由にご覧になってください。手が空き次第戻ってきます」と言いながらスリッパを二足並べた。
 「そうですか。それじゃ失礼します」生実とさやは上がりこんだ。
 二人は無言で、一階の間取りを頭に叩き込んだ。木のぬくもりが肌で感じられ、羨望と不正な金で得た事に軽蔑の念が交錯した。
 
 一階はリビングとクローズド・キッチンそれに浴室とトイレ。リビングに接して広いテラスがしつらえてあり、甲斐駒ヶ岳の稜線が間近に迫り、いつまでも見飽きない眺望に恵まれている。リビングには、スウェーデン製の薪ストーブもあり、冬場の快適さも想像できる。もちろんソファやテレビという生活に必要なものも設置してあった。二階は、寝室が三つとトイレ、シャワー室という間取りだった。庭に降りて周囲の別荘を見てみると、建物は建て込んでいず、ぽつんぽつんと散らばっているのも好都合だった。
               
                      甲斐駒ヶ岳
 突然声がしたので振り向くと、武田という担当者だった。
「ご覧になっていかがですか?」
「なかなかいいですね。眺望が特に」と生実。
「ええ、おっしゃる通りです。ここの敷地は約270坪で建坪が約50坪、広い敷地で都会では考えられないような値段なんです。一千万を少し切るくらいですね。建物はいろいろありますが、この建物で言いますと、約二千五百万というところです」
「なるほど、安いといっても四千万近くになるわけですね。定年後は山か海の近くで住んでみたいと思って、今ゆっくり検討中なんです」
武田はすかさず「それでしたら、私どもの物件にも候補の一つに加えていただければと思います」と言いながら名刺を手渡してきた。

 帰りの車のハンドルは、生実が握った。再び甲府市郊外を眺める頃は、午後三時を過ぎて高速道路の車の流れは順調だった。そして、そのことに気づいたのは、大月ジャンクションあたりだった。
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映画 スパイク・リー「インサイド・マン(‘06)」

2007-01-10 11:31:51 | 映画
 クライヴ・オーウェンが語るところから映画は始まる。
 「私はダルトン・ラッセル、慎重に選んだ言葉をよく聞け、二度と繰返さない。私が“誰か”は今 名乗った。“どこか?”監獄に見えるだろうが、狭い空間と監獄に入るのとは大違いだ。(ここで映像は狭いところで屈伸運動なんかをやっている)
 “何を?”は簡単、私は最近銀行を襲う完全犯罪を計画し実行した。“いつ?”は“最近”だ。“なぜか?”金銭的な利益が狙いなのは当然だが、簡単なヤマだからだ。自信がある。最後は“どうやって?”ハムレットのセリフを借りれば“そこが問題だ”」
             
 銀行員と顧客を人質に捕る。警察の人質交渉人デンゼル・ワシントンとの駆け引きが始まる。途中で割り込んできたのが敏腕弁護士ジョディ・フォスター。
             
 この弁護士は襲われた銀行の会長に、ある命を受けていた。犯人は警察を欺きスパイク・リーは観客の裏をかいて、最後は大笑いさせる。出演俳優は実力派揃いで、何気ない仕草や傲慢な表情をいとも簡単に演じる。
 デンゼル・ワシントン、クライヴ・オーウェン、ジョディ・フォスター、クリストファー・プラマー、ウィレム・デフォー、キム・ディレクター。
             
 この中で犯人側の一員になったキム・ディレクターは、僅か数ショットの出番でしかなかったが、彼女のブルーの瞳が印象的で、胸も豊満なところは見応えがある。スパイク・リーの作品のうち5本に出ているらしい。ハリウッドにはこんな女優がわんさといるのだろう。
             
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小説 囚われた男(23)

2007-01-08 13:50:04 | 小説

15

 小暮さやと打ち合わせた二日後、天気予報によると高気圧に覆われ、四月の中ごろとはいえ五月晴れの好天となり快適な気温二十度前後になるという。
 それを聞くと体がむずむずとしてくる。生実は久しぶりのジョギングに出る。このジョギングは、何も考えずただ走ることに集中できる利点は、気分転換には最適といえる。
 マンションからすぐのところに隅田川が流れていて、その両岸に墨田川テラスという遊歩道がある。そこを永大橋を起点にして、勝鬨橋を渡って一周するといういつものコースを、最初はゆっくりと走り、ペースが掴めれば約十キロを走り終える。桜の花は散ったが、若芽がライト・グリーンに彩られ、躍動する季節を予告しているようだ。どれくらい水分があるのかと思うほど汗が噴き出してくるが、走り終わった後の爽快感は、体験したものでないと分からないだろう。自然に笑みがこぼれる。ストレッチで体をいたわった後、ゆっくりと自宅に戻った。

 電話機の留守電機能が明滅していた。再生してみると、小暮さやからのメッセージが入っていた。“小暮です。今日午後一時に生実さんのマンション前で待っています”というものだった。
 時計を見ると午前十時過ぎで、まだ時間の余裕はある。ゆっくりとシャワーを浴びて、ベーコンエッグにトースト二枚、冷蔵庫から取り出した冷えた牛乳とコーヒーという早めの昼食をとりまだ時間があったので、新聞に目を通す。

 正午前の天気予報をチェック。これは最早習慣化している。どうやら天気の大きな崩れはなさそうだ。もうコートが要らない季節なので、紺のブレザー上下にブルーのボタン・ダウン・シャッツ、襟元はえんじに薄い黄色のペーズリ模様をあしらったアスコット・スカーフという出で立ち。最近はアスコット・スカーフはめっきり見かけなくなった。これは最高のお洒落だと生実は思っている。
             
              首周りを包むアスコット・スカーフ
 時間丁度に玄関正面に降りていくと、小暮さやは、四駆としては定評のあるランドローバー・ディスカバリーV8の運転席で、サングラスにクリーム色のサファリ・ジャケット、首に赤いパンダナをカウボーイのようにまきつけてニヤニヤしている。
 生実は思わず「どうしたんだい。どこかにハンティングに行くの? それとも単にファッションを見せびらかしているのかい?」
「そんなんじゃないわ。生実さんとドライブに行くのよ。今わくわくしている最中よ」と言うと彼女はにこっとする。
「おいおい、そんなの聞いていないぞ!」
「だから今言っているのよ」彼女も負けてはいない。
「いい、千葉が持っている北杜(ほくと)市白州(はくしゅう)の別荘を下見するというのは悪いことかしら」
「ああ、分かった仰せの通りにするよ」

 京橋から首都高に乗り入れ、中央高速へ向かう。フルタイム4WDで、快適性と走破性を両立させた重量感のある車は、高速道路でもゆったりとしたクルージングが似合うようだ。中央高速までは、周囲の車に気を使うので車内は低いエンジン音と車外の騒音に取り囲まれて二人は無言だった。
 生実は思い出していた。きのう図書館から借りたチャールズ・ペレグリーノ著「ダスト」のことだった。ダスト、つまり塵と思われているダニが大量発生して、なお変異を続け人間を襲う。アリがいなくなり、あらゆる昆虫もいなくなる。チスイコウモリが狂牛病の病原菌プリオンを運んで人間にもうつす。チスイコウモリに咬まれたミサイル基地の誤発射による核爆発で世界は焦土と化す。地球の将来はどうなるのだろう。

 車は、八王子料金所を過ぎていた。
「ところで頼んでおいた情報は? 具体的にどうするのかということだが?」と言って生実が口火を切った。
「まず事実をお話しするわ。どうするかは下見の結果と生実さんの意見を聞きたいの」
「なるほど、じゃあ事実というのは?」
「このあいだ、千葉が麻薬を始め、あらゆる物や金までの不正に手を広げていることはお話したわね。前にも言ったように、麻薬取引の情報が入ったの。場所は今から行く北杜市白州の別荘。日にちは、四月二十八日来週の金曜日、集まる人数は千葉とその部下一人、それに買い手二人。この買い手は、組織暴力団員らしいの。名前も分かっているけど、知りたい?」
「知りたくないね。どうせ生きているのは、そこまでなんだからね」少しの間、会話が途切れた。会話を咀嚼しているのだろう。
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映画 ジュリア・ロバーツ、ヒュー・グラント「ノッティングヒルの恋人(‘99)」

2007-01-06 10:58:39 | 映画

               
 映画データベースのレビューを見るとかなり皆さんのお気に入りの様子が窺える。ところがこの私には、今ひとつ物足りない。ちょっと青臭いという感じだ。

 ハリウッドのオスカーも狙えるという大女優アナ・スコット(ジュリア・ロバーツ)がひょっこりとノッティングヒルにあるウィリアム・タッカー(ヒュー・グラント)が経営する旅行書専門の本屋に現れる。これが二人の出会いで、たいした波風もなくハッピーエンドを迎える。

 編集ミスや二人のベッドインへの古典的な手法、寝室の前でお休みといって別れるが、夜も更ける頃アンがウィリアムを求める。これなど大女優が男を漁るという感じが拭えないし、今の時代、もう少しベッドインへの過程に工夫があってもよさそうに思う。
 翌朝ベッドでアンが女の乳房に男が異常な興味を持つのを揶揄するセリフも、とって付けたようで違和感を覚える。それにウィリアムと同居の男の存在が不可解。ブリーフ一枚で部屋中を歩き回るのも、何のために? と言いたくなる。

 助演俳優でサイドストーリーも語られるが、今ひとつインパクトに欠ける。小説でサイドストーリーをしっかり書くと、全体に厚みが増すといわれる。映画も同様だと思う。アナがウィリアムに「女優としてではなく、一人の女としてみて欲しい」と言う。それがこの映画のテーマなのだろう。

 ハリウッドで美人は掃いて捨てるほどいるだろうが、個性が無いとなんの役にも立たない。ジュリア・ロバーツは個性的だから生きながらえているのだろう。
 この女優相手に堂々と演技出来る日本人男優はいるのだろうか。ヒュー・グラントを観ていてそんなことも思った。

 とはいっても、若い年代にとっては、甘いラブ・ストーリーでうっとりとするのも悪くない。オープニングとクロージングに“She”という曲が流れる。オープニングはシャルル・アズナヴ-ル、クロージングはエルヴィス・コステロが歌っている。なかなか甘いムードのいい曲で、この映画にはぴったりだ。歌詞を拾い上げてみると
 “彼女…忘れられない面影 
  僕の喜び それとも悲しみ
  輝かしい宝物 それとも代償
  たった一日の中で
  いくつもの違う顔を見せる

  彼女は美女 それとも野獣
  苦しみ それとも至福
  これかれの日々は天国 それとも地獄
  彼女は僕の夢をうつし出す鏡
  川面に光る 天使の笑顔
  でも彼女の心の奥の思いは
  誰にもわからない

  人々に囲まれいつも幸せそうで
  自信と誇りにみちた瞳
  涙を流す姿は誰にも見せない
  手の届かないはるかな愛の夢
  もし彼女が僕の前に現れたら
  僕は死ぬまで忘れはしない
  
  彼女への思いをこの胸に秘めて
  彼女一人のためにだけ
  これからの人生の日々を生きていこう
  僕は彼女の笑顔や涙を見つめ
  僕だけの思い出にして彼女がどこにいようとも 
  彼女こそ僕の生きる望み 美しい女(ひと)”
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小説 囚われた男(22)

2007-01-04 13:20:33 | 小説

14

 会社の決算は三月で、久美子の所属する総務課は決算が終わってからが忙しくなる。もちろん準備の仕事もあるが、経理課ほどの忙しさはない。増美はその渦中に突入しょうとしていて、あまり機嫌がよくない。夜遊びは当分お預けになる。
 生実との濃厚なラブシーンを演じて以降、増美とはそれほど濃密とはいえない。増美もうすうす感づいていて、テルマに急接近している様子が見える。一人で『バーニー』に行ってみようか。テルマの様子を見るのも悪くない。

 久美子は受付ゾーンの隣にある経理課に入っていった。幾つもの目が久美子に集中した。特に男性社員のもの欲しそうな表情と女子社員の羨望と妬みと不満も一緒に浮かべて凝視されると、さすがの久美子も落ち着かない。
 久美子は、会社では薄化粧でほとんど目立たないが、もともと透き通るような色白の肌は、なまじ化粧をするより蠱惑的だった。

気配を感じて振り返った増美にささやき声で
「遅くなる? バーニーに行ってるから帰りに寄れないかしら?」
「うーん。九時ごろには帰れると思うわ」
「じゃあ、バーニーで待ってる。テルマに聞きたいこともあるし」
「何を聞くの?」増美は気色ばんで言う。声も大きくなった。あらまあ、なんてことなの。私よりテルマを選ぼうとしているのだろうか。あるいは、生実とのことで離れつつあるのか。
「生実さんのことを聞きたいと思って」それだけ言うとくるりと振り向いて出て行った。いずれにしても増美は仕事を早く切り上げてやって来るはずだ。黙って行くよりも一言誘って行くほうが穏やかな関係を保てる。

 生実は、午後六時十分前に『バーニー』に入って行った。店内はいつもと同じで、喧騒に包まれ陽気な笑い声が、こだまのようにあらゆる方向から降り注いでくる。早い時間帯なのに、もう盛り上がっているグループもある。カウンターに座り、スコッチの水割りを注文する。BGMはオールディーズで、珍しくバリー・マニロウが流れている。

 スコッチの水割りが半分ほどになったとき、ジムやウエイトレスの目が入口に一斉に向いた。入口に颯爽と現れたのは、すらりとした美人だった。
美人はにこやかに微笑んで、真っ直ぐ生実に近づき横のスツールに腰を下ろした。
「お待ちになって?」小暮さやはコートを脱ぎながら尋ねる。生実はそんな問いかけに反応しなかった。あまりにも小暮さやが美しいからだ。真っ白な男物のようなブラウスに黄色や茶色にグレイが混ざったネックレスが第二ボタンまで開けた胸元から覗いていて、第三ボタンや第四ボタンもはずしたくなる。ふと我に返り
「いや、今来たところさ」と言っていた。

 抜け目のないテルマが近づいてきてさやに注文を聞く。
「ご注文はいかがですか?」目はさやに釘付けになっている。
「マーティーニをいただきます」とさや。
生実は「紹介しよう」手をさやの方に向けて「こちらは小暮さやさん」
手をテルマに振って
「テルマさん。絵を描く腕は相当なものだから、いずれモデルに頼まれるかも」と言いながらお互いを引き合わせる。ふたり同時に「どうぞよろしく」と同調したので笑いがさざ波となった。

 生実は、ボックス席の手配を頼みステーキのセットも注文する。
ボックス席は、ジュークボックスやトイレからは遠く離れていて、話をするにはこの店の中ではここしかない。ここのステーキは、アメリカ産牛肉のBSE問題以降、和牛肉を使っていて値段が跳ね上がっている。しかし、味は絶品と言っていい。今は話を後にしてステーキとワインを味わうのに没頭する。
小暮さやの顔もほんのりと色づいてその色香にくらくらする。くらくらばかりしていられない。
「さて、本題に入ろう。私はこの間の話に協力することにした。そこで、私は何の情報も持ち合わせていない。アイデアはそちらにあるのかな?」生実は真っ直ぐ小暮さやの目を見つめた。
「ええあるわ。山梨県の北杜(ほくと)市に千葉が持っている別荘があるの。ここは甲斐駒ヶ岳が見える眺めのいいところよ。そこで麻薬取引が行われるという情報があるの。日時はまだわからない。そこを急襲しろと言われているわ。もっと噛み砕いていえば皆殺しにしろということね」
「なんとね。とっ捕まえるだけというわけにいかないのか」
「逮捕は後々メディアに嗅ぎつけられたり裁判沙汰で私たちの組織が暴かれたりすることになる。それを避けたいからなの」小暮さやはさらりと言ってのけた。
この「私たちの組織」といっても、きっちりと組織図に書き込まれているわけではない。政府直属の内閣情報局内でその都度編成される類のものだ。これは完全に秘密組織で公にするわけにいかない。
「それにしても、もう少し情報が欲しいな」と生実。
「ええ、分かってるわ。二、三日したら詳しいことがわかるはずよ。分かったら知らせるわ」どうやら俺のことをまだ完全に信頼していないようだなと生実は思う。
「じゃそうしよう」といってグラスを目の高さに上げて乾杯のしぐさをした。

 そこへテルマが現れ「久美子さんが来たわよ」と生実に囁いた。振り向くと久美子がにこやかな笑みを顔に張り付かせて近づいて来た。
「やあ、元気かい?」
「ええ、元気よ。でももうすぐ決算で忙しくなるわ。ここにも、しばらく来られそうもないの」と久美子は嘆息してみせる。
小暮さやが小声で生実にささやいた。生実はちょっとまずいことになったなあと思いながらも「こちら小暮さやさん」と久美子に紹介すると「江戸川久美子です」と一礼して生実の左隣に座った。久美子の表情は硬くなっている。小暮さやに嫉妬しているのか生実との関係を詮索して不機嫌なのか判然としない。
小暮さやが突然「私、これで失礼します。用事がありますので」と言った。生実は「そうですか。それじゃそこまでお送りします」二人が出て行くと、テルマが久美子に「あの人、美人ね。魅力的」といってにっこりする。久美子はテルマの移ろいやすさに苦笑せざるを得なかった。
「生実さんとどんな関係なんだろう」と水を向けても、テルマは「わかんない」と言うだけだった。なんだか上の空のようだ。
「テルマ、注文をとってよ。いい?」テルマは電流が流れたようにぶるっとして
「ああ、ごめん。なんにする?」

 この店の売り物の一つ、サーロインとフィレを含んだ最上質の部分のポーターハウス・ステーキとテーブル・ワインを注文する。この料理は、塩と胡椒で味付けした素朴な肉料理で、久美子の好きな料理だ。それにサラダに入っているパイナップルの甘酸っぱさとの相性が、絶妙のハーモニーを奏でる。
注文し終わったとき、あたふたと駆け込んできたのは、増美だった。「ああ、疲れちゃった。何注文したの?」増美も同じものを注文してがつがつとそれこそレディにふさわしくない食べっぷりを発揮した。食事中に戻ってきた生実はただニヤニヤして何も言わなかった。久美子は小暮さやのことを聞く機会が巡ってこなかったし、おまけに、生実との期待していた甘い時間もあっさりと消えていった。
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読書 ジェフリー・ディーヴァー「シャロウ・グレイブズ」

2007-01-02 11:37:04 | 読書

              
 映画のロケーション・スカウト、ジョン・ペラム・シリーズの第一作目。ロケーション・スカウトってなんだろう? と思っていると映画に合うロケ地を探す仕事だそうだ。
 このペラムと相棒のマーティが、ニューヨーク州クリアリーの町にたどり着いて間もなくマーティが死亡する。保安官事務所は事故死と断定するが、ペラムが調査すると殺されたと確信する。

 それから事件が次々と起こり、ワルそうにみえる男がいい人間だったり、善良に見えるのが悪事を働いていたりという、どこにでもある筋書きになっている。
 保安官事務所とか大型のキャンピング・カーやカウボーイ・ブーツ、それに日本人にはトンと分かりづらい銃の名前、例えばベレッタのボルト・アクション、SIG-ザウアー300マグナムに弾丸の口径とくると嫌でも西部劇風を思い浮かべる。それに男と女。これだけあればカントリーライフと共に、パンとかドカーンとかの銃の音や愛しあう喘ぎ声が聞こえてくる。
 巻末に解説があって、それによると本作は1992年の作品で、日本では『死を誘うロケ地』の改訂版とのこと。

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