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小説 人生の最終章(16)

2007-05-27 12:46:59 | 小説

20

 香田と別れて自宅に戻ったけいは、気だるさとともに何か空虚な気分に襲われていた。あまりにも急展開な三日間だった。予測したとはいえ、自らの積極的な言動に顔が赤くなるのを感じていた。
 しばらく前から、夢でセックスの場面が現れていたし、村上めぐみの「したくなるの」と言う言葉に刺激されたのだろうか。あるいは、あまりにも長いセックスレスの時間にも影響されたのか。香田の放つフェロモンが、われを忘れさせたのか。いずれともけいには判然としなかった。
 ただ、はっきりしているのは、この空虚な気持ちのことだった。セックスのあとそれぞれの家に帰るという、今まで経験したことのない状況が受け入れられない。手を伸ばせば相手がいてくれるという安心感は望めない。まるで売春夫と寝ているみたいだ。売春夫がいるとして。
 それにも拘らず、今日も香田を誘おうとした。あれほど奉仕してくれて、疲れているのが分かっていながら。私は自己本位の女なのだろうか。新しい相手とのセックスがこれほどまで女を変えるものなのか。夏の太陽に輝きを増した東京湾を眺めながら、けいは考えていた。

 一夜明けると、きのううじうじと考えていたものが、かなり薄れているのが分かった。けいは身支度を整えスポーツバッグを持って、自転車でジムに行った。
 ジムにはいつものように京子がにっこりしながら迎えてくれた。京子が「村上さんもトレーニング中よ」と教えてくれた。機器に囲まれて大汗をかいている村上めぐみを見ていて思わず笑っていた。ちらりとけいに視線を向けためぐみは「なに笑ってるの?」と言っている。
 それに答えずに、けいは自転車漕ぎを始めた。しばらくすると強度を強めにしたためか、汗が滴り落ちてきた。足もだるくなってきた。もしかして、香田との交わりが激しかったからか。思い出してにやりとしていた。けいの肩をたたいて横に立っためぐみが
「なんだか嬉しそうね。何があったの? さっき、私を見て笑ったでしょう」
「あっ、あれはあなたを笑ったんじゃないわ。あなたの太ももよ」
「私の太もも?」
「そう、太ももよ」
「それがどうしたのよ」とめぐみは怪訝な顔で言う。
「だってすごい筋肉がついてるじゃない? セックスのとき、その太ももで相手の胴を締め付けたら、アレが縮み上がっちゃうんじゃないかと思って」とめぐみの耳元で言う。めぐみは大笑いをして
「何を言うかと思えば――ああ、分かった。あなたアレをしたんでしょう。嘘つかないで、顔に書いてあるわ」めぐみの口元がにやりとしていた。けいは何も言わなかった。何も言わないのは認めたことになる。まあ、いいや、お好きなように、とけいは思う。
 ひと通りトレーニングを終えて、京子のいるカウンターの前で、早速めぐみが仕切り始め、結局けいのマンションで夕食を共にすることになった。料理当番はけいが努める。

 手間のかからない美味しい料理は、けいの手持ちのレシピではこれしかない。スーパーで豚ロース肉、生クリーム、生ハム、シャンピニヨン、グリュイエールチーズ、きゅうりをはじめ野菜類を買い込み、ワイン五本ビール六本パックを持ち帰った。もうこれで汗だくになってしまった。
 これが、豚ロース肉のフォイル焼きになり、生ハムのサラダと買い置きのチーズ類のカナッペになり、足りなければなんとかなるさというわけで、テーブルにローソクを灯すセッティングで彼女たちを待った。
 彼女たちは午後六時きっかりに、玄関のチャイムを鳴らした。手に手に何か持ってあらわれた。京子はアイスクリーム、めぐみは、ビーフジャッキーの差し入れだった。彼女たちはテーブルを見て、これどういう意味? と聞くがなんでもないわよと軽くいなす。
 三人揃ったところで、形だけの乾杯をする。けいは言った。
「過ぎ去った日々に感謝し、これからの時間は大切に、そのために健康を祈って乾杯」
ワインを一口飲んだめぐみが
「意味深だわね。けい、どうだったのよ」
「そんなに知りたいのなら、ハッキリ言うわ。セックスを楽しんできたわ。それも充分にね!」と言ってワインをグイッと空ける。めぐみの追及はやまない。
「充分にって、どういう意味?」けいはワインをまたグイッと飲んで
「よく聞いてよ。一回しか言わないから。火曜日の夜一回セックスをした。その一回で二回絶頂に達した。翌日、朝セックスをした。そのときも二回絶頂に達した。その日の夜も同じセックス。どう、これで納得?」
二人は、ぽかんと口を開けて、けいを見つめるばかりだった。ようやくめぐみが口を開いた。
「分かったわよ。でも、そんなことがあるのかしら、信じられない。日を置かず時間を置かずによ」京子は可愛そうに
「私、まだ絶頂感の経験がないの。どんな感じなのかしら」めぐみが年長者として訓戒を垂れた。
「お気の毒に。言葉では言えないわ。とにかく、狂いそうになるくらい、気持ちいいのよ。体験しないと分からない。いい男にめぐり合えるのを祈ってるわ。京子さん」
「でもね。そういういい思いをするんだけど、何か空虚な感じが拭えないのよ。だって、そうでしょ。終わったあとは、私は自分の家へ、彼は奥様の待つ家に帰るわけでしょう。一緒にいてくれると言う充足感はないのね。まだ始まったばかりなんだけど」とけいは言いながらどこか空(くう)を睨んでいた。
 ワインやビールを飲んで、お喋りをして二人が帰ったのは、午後十時を過ぎていた。食器の後片付けをしながら、けいはまたもや寂寥感に身がすくむ思いをしていた。香田にまた抱かれたくなった。

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