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小説 人生の最終章(12)

2007-05-01 22:27:46 | 小説

15

 けいは、パソコンの操作に慣れてきて、今日も家事が一段落したのでスイッチを押し込んだ。素早く反応してヤフーのフロントページが現れる。メールのチェックがいつもの手順だった。香田からのメールは無かった。少し気落ちした。ほかはすべてジャンク・メールで、即座に削除をクリックする。
 ついで香田の名刺にあったブログのアドレスを開く。最新のものは、スティーブン・スピルバーグの映画「ミュンヘン」についての感想が書かれていた。映像も三枚ほど入れてあって、黒の背景に落ち着いた印象を与えている。
 文章は、年齢に合った浮ついたところの無い、好感の持てるものだった。香田の人となりが好ましく感じられる。画面をスクロールして、今までのブログを見ていった。最近は映画の感想が多いようだった。パソコンを閉じて、スポーツウェアに着替えてジムに向かった。
 ジムでは、京子が受付で笑顔を浮かべながら、きれいな歯並びを見せて迎えてくれた。「おはよう」とお互い挨拶しながら、「お変わりない」「ええ、ありがとう。そちらは?」などと言葉を交わす。京子が
「ああ、そうそう、紹介する人がいるのよ。彼女もジョギング仲間に入りたいって言うの。いいでしょ」
「ええ,勿論よ。で、何処にいらっしゃるの?」
「ちょっと待って、連れてくるから」と言って京子は、マシンが林立するフロアに歩いていった。目で追っていくとレッグ・カールをしていた中年女性の前で言葉を掛け戻ってきた。
「すぐ来るわ。彼女、一ヶ月前からこのジムに来ているのよ。すごく運動神経の発達した人で体も見事に鍛えていて、おまけに美人よ。それに性格をいいわ。まるで浅見さんが一人増えたみたい」と京子は言った。けいは、思わず目を大きく開け、驚いた表情で応えた。その彼女がやってきた。京子が手をけいの方に振って、目はその彼女に向けて紹介する。
「こちら浅見けいさん」今度は彼女の方に手を振り
「こちらは、村上めぐみさんです」
浅見と村上は、お互い名乗り合って頭を下げた。けいの見るところ村上めぐみは、けいと同じ年頃に見える。
 それに身長も同じぐらいで、やや筋肉質といったところ。化粧気のない素顔のままという感じで、健康的な肌と目鼻立ちのはっきりした理知的な女性だった。
そして早速鳩首会談となった。全員一致を見たのは、明日午後四時海浜公園集合だった。

 翌日の午後四時、三人の女性が集まった。その三人が三人とも配色は違っても、Tシャツにショート・スパッツという軽快な服装だった。これにはお色気に疎くなった男でも、目を見張って惹きつける魅力、いや魔力といってもいいほどのスタイルである。
 それもその筈、スポーツブラに包まれた胸の隆起、形よく飛び出したヒップラインをぴっちりとスパッツで強調してあれば。
 三人の女性はそんな視線なんかくそ食らえ!とばかりリズムよく走る。けいは、驚いていた。足に筋肉が付いたのか、遅れをとることなく走っていることに。嬉しさで自然に笑みがこぼれる。
 約一時間のジョギングは、かなりの汗を流し、Tシャツを貼り付かせた。そして今宵は、お近づきのしるしに三人の食事会を、イタリア料理店でということになった。

 その料理店は混んでいた。午後六時台はどこでも待たされる。三十分ほど待って席に案内された。午後七時になっていた。店内は広々としていて、ウェイターやウェイトレスが忙しく立ち働いている。
 天井や壁に光を当て、その反射による柔らかな間接照明が全体を落ち着かせていて、テーブルの卓上ランプの仄(ほの)かな明かりが、手元を照らしていた。
 メニューが配られそれぞれが目を通して、肉料理は別として三種を注文して食べ比べると食事を三倍楽しめると勝手に思っているこの三人は、前菜として定番の「マグロのカルパッチョ」「エオリア風ナスのマリネ」「帆立ときのこのサラダ」に絶望のパスタと言われるニンニクと鷹の爪だけのパスタ「アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ」ベーコンと鷹の爪が入った辛い「スパゲッティ・アマトリチアーナ」「ツナのスパゲティ」
 肉料理は三人とも「チキンの悪魔風」に、加えて白のテーブルワインを注文する。
 待つこともなく白のワインが運ばれてきた。けいが気を利かして、ワインを七分目ほどそれぞれのグラスに注いだ。
 このとき、けいがいつも思い出すのは、ボブ・グリーンの「マイケル・ジョーダン物語」の中の記述で、珍妙な礼儀作法の例えとして書かれているものだった。それは次のように書かれていた。

 〝高級レストランでウェイターにワインを注いでもらう、あの場面だろう。最初の一杯がグラスに注がれ、一口味わうか匂いを嗅ぐかして、ワインの良し悪しを評価するときである。
 たいていの人は、そのワインがいいか悪いかなどまったく分からない。しかし、誰もが、ちょっと味わうか、あるいは匂いを嗅いだあとで、たいてい二、三秒おいてから、少々ぎこちなく愚かな言葉を口にする――「大変結構です」
この喜劇的な光景を、ウェイターたちは昔からキッチンの奥に戻ってから、さんざん大笑いしてきたに違いない〟

 けいはいつも思い出してはにやりとする。今日はその必要はなかった。きりっと冷えたワインをフルーツの香りとともに飲み下したときほど、こよなく幸せな気分は何事にも変えがたい。料理も運ばれてきて、三人の女性はまずは味見と食べる方に専念しだした。
 最近はレストランに行くからといって、特別に着飾ることもないが、Tシャツにジーンズでは雰囲気作りに欠けるので、それなりの服装のセンスは求められる。
 めぐみは、日に焼けた肌に映える薄い黄色のサマードレスを着ていて、ダークレッドの布で出来たベルトを、無造作に結んでいた。浅い襟ぐりではあるが、彼女の豊かな胸は強調されていた。おまけにきれいに化粧をしていて見とれるほどだった。
 けいのゆったりとしたコットンの真っ白な七分袖のブラウスに、濃い紫から下部に黒を配したグラデーションのスカートは、彼女の色白の肌と化粧に映える顔は身震いするほどだった。
 京子の若さを強調した白のコットン地のワンピースは、裾に可憐な花の刺繍が施され、赤いボタンでアクセントをとってある。彼女も化粧をしていて、ボーイッシュな髪形に合わせやや控えめの可愛い女を演出しているようだ。この三人が囲むテーブルは、まるで花が咲いたような華やかさに、周囲の目を集めていた。
 京子は考えていた。こんな素敵な年上の女性を二人も、友人としてお付き合いできるのも何かの縁だし、大事にしたい。それに歳をこんな風にとりたいものだとつくづく思う。そんな考えにふけっていたときめぐみが
「浅見さんとわたし、歳は同じくらいかしら。わたしは五十四なんだけど」と言う。
「あら、三つ違いね。わたしは五十一なの」めぐみは飲んでいたワインのグラスを置きながら
「そう、もっと若く見えるわ。肌の色が白いのがうらやましくて。ほんとう、素敵よ」ワインの影響か、視線がとろんとしているようだ。
「ありがとう、でも村上さんだって若く見えるし健康的な肌色よ」
「わたしは日焼けしやすい性質(たち)なのね。でも、もともと色黒なの」
「お二人とも、ない物ねだりしているみたい。充分魅力的で今でも男をとろけさせているのでしょう?」と京子がにやりとして言う。
「そうでもないわ。第一、中高年でいい男がいる? 巡り会ってないのかもしれないけど、なんだか定年まで持つんだろうかと思うほどくたびれているわね」とめぐみは言った。京子が視線をけいに向けて
「浅見さんは、なんだか心当たりがありそうな気配に見えるけど、この間お邪魔したとき、そのようなことを聞いたように思うんだけど?」
 こんな話が間断なく繰返され、所詮女も生き物で異性に興味があるのも自然なことだし、ワインの心地よい酔いが大胆にさせ、自分のことをお互い開けっ広げに話し合っていた。
 めぐみも六年前夫をなくし、子供たちも独立していて一人身には広い持ち家を処分して今のマンションで暮らしている。高校、大学を通じてのアスリートで、今もトレーニングは欠かさない。アパレル関係の会社に勤めていて社内結婚をしたという。
 同じような境遇のめぐみとけいは慰めあい、ちょくちょく会いましょうということになった。そして唐突に
「浅見さん、その男性とどこまでいってるの?」
「どこまでって?」無表情に聞く。
「分かってるでしょう、肉体関係は? という意味よ」結構大きな声だった。どぎまぎしながらけいが「声が大きいわよ」とたしなめる。
「あら、ごめんなさい。わたし声が大きい? ワイン飲みすぎちゃったかなあ。でも、うかうかしていたら、その人横取りしちゃうわよ」と言いながら声をひそめて「アレがしたいときがあるの。わかる?」これにはけいも京子も声が出なかった。しかし、けいには充分に伝わる言葉だった。最後にめぐみが言ったことが、けいは気になりだした。

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