Wind Socks

気軽に発信します。

小説 囚われた男(15)

2006-12-07 10:40:18 | 小説
 前夜の十一日夜半から見込みどおり雪がちらついてきた。翌日のことで胸がどきどきしていて落ち着かないし、眠気もさっぱり感じない。頭の中は手順の反復で膨れ上がっていた。
 眠れなければ起きているまでとワイシャツにネクタイ、茶色のズボンに縞模様の入ったツイードのジャケットという怪しまれない格好で吉岡のマンションに向け車を発進させた。

 吉岡の「ビラ・茅場町」から約五百メートル東に建築中のマンションがあって、そこの影から「ビラ・茅場町」駐車場出入口が見渡せる。生実は車を停め、待機に入った。
 持参のテルモスからコーヒーを飲みながら、時計を見ると午前四時を少し過ぎていた。そして、長い退屈な時間が待っていた。
 
 寝ずの張り込みも辛いもので、あれほど目が冴えていたのが、いつの間にか眠り込んでいた。はっと気がついて時間を確かめると午前八時半になっていた。
 建築中のマンションからは工事の音が聞こえてくる。車の外に出て屈伸運動やストレッチで体をほぐし、ふたたび乗り込んでコーヒーを飲む。ようやく目が覚めてきた。しかし、体がだるい。

 午前九時過ぎ動きがあった。吉岡のBMWが出てきた。雪は家屋の屋根に薄っすらと積もっているが、道路は車の通行で消えている。
 吉岡の行き先は分かっているので、二、三台の車を挟んで追尾する。吉岡は通常午後汐留に行くが、今日は雪の関係で早まったのか。だとすれば、深夜から張り込んで幸運だった。雪が降っているせいか、いつもより車が少ない気がする。

 のろのろとした動きで地下鉄への入口築地三丁目の信号に差し掛かり、生実は、右折した。次に築地二丁目の信号を左折したあとは、真っ直ぐに走り晴海通りに突き当たって左折すると築地四丁目交差点はすぐそこである。
 雪は降り続いていて走りづらい日である。生実は車を、築地四丁目交差点の百メートル手前、商店の前の隙間に滑り込ませ左方向から来る吉岡の車を待った。
              
 吉岡は派手好きな男が好む赤い車に乗っている。これも都合がいい。目立つことはいいことだ。
 フロント・ガラスに舞い落ちる雪は湿ったボタン雪で、前方の築地本願寺を挟んで築地場外市場が見え、雪のためいつもと違う風景のようだ。
 いつもと同じなのは、多くの人で混みあっていることだった。全国一の規模を持つ築地市場は、いつも車と人で歩くのも一苦労という場所だ。一瞬今日は失敗かなという思いが頭をよぎった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする