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小説 囚われた男(14)

2006-12-03 11:11:06 | 小説
 それから間もなく生実は会社を辞めた。退職金と共済組合の積み立てなどで一千万円ほどになった。妻や子供の保険金は約一億円強になる。東京に住んでいると車の必要性をあまり感じない。地下鉄網が発達していて便利だからだ。
 しかし、目指すひと仕事には車が必要だった。そこで、三菱パジェロ4WDロング5AT3500㏄の中古車を二百万で購入、グリルガードとフォグランプを装着、運転席には、体にフィットして安定感のあるレカロのシートを取り付けた。
 エア・バッグは、標準装備で運転者の安全を優先する。どんなことがあっても、相手の死亡を確認しないで、こちらが昇天するのだけは避けたかった。車は戦車並みの強靭な凶器と化していた。この車のために,マンションの地下駐車場にスペースを確保した。
               
 それからは、吉岡信二の動向を探ることに費やされた。マンションの近くで張り込んだり地下鉄で尾行したりが続いた。吉岡は独立したイラストレーターなのだろうか。仕事に出掛けるのも不規則で、張り込みや尾行は大変だった。それでも二ヶ月もするとパターンが見えてきた。車で行ったり電車で動いたりするが、金曜日は必ず車で汐留めの取引先の事務所まで行っていた。あの築地本願寺の前を通って。
 よし決まった、後はチャンスを待つばかりだ。十二月に入って築地界隈は大変な混みようで、吉岡の車を追尾するのも一苦労になった。しかし、相変わらずパターンは変わらない。

 年が明けても寒気が次々に南下して、太平洋岸に晴天をもたらし寒さが続いていた。二月に入ると移動性の気圧配置となり、曇りと晴の日を交互に運んで来るようになった。
 天気図を見ると二月十二日金曜日は、関東南岸を低気圧が通り、寒気が南下するという雪を降らせることが予想できる気象条件だった。
 これは願ってもないチャンスになるかもしれないと生実は思ってにやりとした。その顔はかつての穏やかだった面影はなく、確実に人間が変わっていた。それも残忍性を帯びて。

 吉岡信二は、BMWX53・0iの四輪駆動車に乗っていた。事故を起こしたブロンコから買い換えたようだ。こちらにとっては好都合だった。雪でも平気で出掛けるだろう。
 車両追尾装置を使うことも考えたが、事故後に双方の車を詳細に調べられたら、装置を発見されるのは確実で、疑いを持たれるのが落ちだ。装置が使えないとなると、ある意味で勘に頼るしかない。したがって何回もシミュレーションすることになる。
 何度もこの界隈を走り回り歩き回って、ある程度土地勘をつかんだ。あとは十二日に滑りやすい程度に雪が降ってくれるのを祈るのみだ。

 想定する事故現場は、晴海通りと新大橋通りが交差する築地四丁目の交差点である。吉岡は茅場町に住んでいるので、汐留に行くには必ず新大橋通りを通る。銀座からの晴海通りを勝鬨橋方面に向かい、運転席にぶち当たるという計画だ。
 運転席からやつの恐怖の表情を見てやりたい。妻や子供と同じ恐怖を味あわせてやる。目撃者が多いほどいい。雪でスリップしたと証言してくれるだろう。
コメント
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