逆風に抗して Against the wind,♪ we are running against the wind.♪
ここではないどこかへ。モモンガーの旅
2018年に横浜から信州にUターン
自転車と日々の生活を
綴ります。
 



過去1週間、物置きの庇や切妻をDIYで補強してきたのは、屋根をガルバリウム鋼板でオーバーレイ/重ね葺きしてもらう工事の前に、屋根の補強をやり終えておきたかったから。
建ててから70年、屋根は途中で私が何回かペンキ塗りをしたとは言え、最後にペンキを塗ったのは15年前。雨漏りはまだないが、錆びだらけだ。



今日、板金屋さんが3人入り、費用の押さえられるカバーアップ工法で屋根を葺き直してもらった。まずは縁部分の金具取付け。


続いて裏に接着剤付のアスファルト防水紙を屋根一面に貼り付ける。


そうこうするうちに、長尺のガルバ鋼板屋根材が届く。




このガルバ鋼板を防水紙の上に置き、垂木の入っている位置を目掛けて65mmの長いコースレッドを使ってバンバン止めていく。



西側が終わったら東側も施工。最後に主棟部分に角材を固定し、さらにその上にガルバのキャップを被せ固定して、屋根カバーアップ工事は終わり。


築70年の物置も、①床の敷き直し、②内側から防湿紙張り、③棚の新設、④6本の斜め筋交いによる耐震強化、⑤庇の補強支柱、⑥屋根のガルバ鋼板での重ね葺きと一連の工事で、後30年は持たせられそうな構造となった。




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物置の長く飛び出した庇の補強、最後に残った西南側を実施。施工前、


雑物をどけて、60cm離れた位置に基礎穴を掘り、庇の支えとなる2X4材の支柱を入れ、横桟も入れる。


さらに、支柱を立てない中央位置には斜めサポートを追加する。


これで、東西両側の庇に支えが付いた。



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今日は諏訪湖畔まで車載輪行、杖突峠に登り、そこからの長い下りを楽しもうと言う計画。
峠の登り口、まだ景色が見える内に、霧ケ峰方面を望む。


森の中の10%弱の登攀路を黙々と漕ぐ。もうすぐ峠の茶屋と言うところ、みはらし橋で茅野、原村方面への視界が開ける。


峠の茶屋に着いて、諏訪湖方面の展望を期待するも、茶屋の展望台は有刺鉄線で閉鎖されていた。


茶屋でおにぎり休憩の後、諏訪湖から450m登りようやく杖突峠。


後は楽しい、長~いダウンヒル。


そこここに農家の植えた秋の花。


そして、昔の杖突街道を思い起こさせる家並み。


南アルプスと中央アルプスの間に、どうしてこんな長い谷ができたのだろうかと思いながら走っていたら、ジオパーク、板山露頭の看板があり寄り道してみた。


杖突街道は実はホッサマグナから分岐した中央構造線の上にあり、大陸と海のプレートのぶつかり合った所なのだそうだ。



ここが、板山露頭、右側の黒い岩石が外帯で海側、左側の白っぽい花崗岩が内帯で大陸側、ここでプレートがぶつかり合っている!


それで、こんな谷ができたんだ。


さて、これで楽しい20kmのダウンヒルもおしまい。ループ橋から高遠の町、伊那方面を望む。



次に考えている分杭峠への道もチョット偵察しましょう。高遠湖の上流にて。若い人ならここからもう一っ走りして分杭峠なのだろうけど、楽しみは次に取っておきましょう。



高遠ダムで直下の渓谷を眺め。


高遠の町で、高遠蕎麦は以前食べたので、普通の盛り蕎麦でお昼。


酒屋の大きな仕込み釜などを眺めて、高遠の町ともお別れ、さあ諏訪に戻りましょう。


と走りだし、高遠の谷を出た所で、突然空の色が変わり、ポツポツ雨粒が。伊那の町の辺りは雨で煙っている。幸い進行方向の右側は晴れているので、雨雲に追いつかれないよう必死に漕ぐ。


しかし、辰野でついに雨雲に追いつかれた。多分降られる時間はそう長くないと踏み、バス停で雨宿り。雨雲レーダーでは10分も待てば雨は上がるはず。


しばらくして雨が上がったとこっろで、走行再開。岡谷まで来れば、空はピーカン。


ロードスターの上にロードバイクを載せて、屋根をフルオープンにして、塩尻峠を越えて帰ってきた。



走ったのはこんなコース、75km。

 



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東側の庇支え/長物保管庫、切妻の補強に続いて西側の庇支えの北側部分の作成。
その前に、この部分の筋交いがまだだったので、筋交い取付。立横、4本の柱と強固に固定する。


2X4と1X4材で壁から60cm離れた所で庇を支える。


作業開始が遅かったので、今日の所はこれだけでおしまい。



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今年もしっかり実った栗がボウル一杯手に入った。


水につけてから、塩水で40分煮た後、皮むきに取り組む。
最初はぎこちなかったが、慣れてくると、綺麗に剥け始め、1時間ほどで半分剥けた。


虫食い、変色部分を取り除き、これで秋の味覚、栗ご飯の準備ができた。TVでは松茸も豊作と言っているので、今年は沢山食べられることを期待しよう。



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物置き屋根の葺き替えを依頼したので、板金屋さんが入る前に、屋根の補強その2。切妻の桟が風雨で風化し新しく葺き替えた板金をきちんと釘打ち固定できるか心配だ。


寸法的には150mm巾の1X6板で補強したかったのだが、1X4しか手に入らなかったので、1X4で補強。一枚取り付けてみた。チョット巾が寸足らずなのはご愛嬌で。



切妻の桟を突き抜ける65mmの長いコースレッドで40cm置きにしっかり固定したので、大丈夫だろう。


南側は完成、続いて北側も同じように施工して、今日の補強はおしまい。



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普段ほとんどTVは見ない人なのだが、連れ合いが見ているのに引き込まれ、つい見てしまった「半沢直樹」、いよいよ27日の放送で2020年版が最終回を迎える。原作家の池井戸潤さんを読んであれば、ある程度のストーリーは予想できるのかもしれないが、ここは最終回の予告編を見ただけで、原作を読んでない私の予想。
(最終回予告編へのリンク)


東京中央銀行は一旦は箕部幹事長(柄本明)に負けて、債権放棄を飲まされるが、白井大臣秘書の笠松(児嶋一哉)辺りが事実の一部を暴露して世間が大騒ぎになる。東京中央銀行も不正融資がばれて中野渡頭取(北大路欣也)が辞任せざるを得なくなるが、返す刀で世論を喚起し、牧野副頭取自殺??の黒幕、箕部幹事長をも辞任に追い込むと同時に、債権放棄を止めさせる。

半沢は帝国航空への出向を命ぜられるが、拒否し、「退職して帝国航空財務担当役員就任、帝国航空幹部・従業員の信頼を得て、その後、帝国航空社長へ」


そして、次の第三部への伏線として、中野渡頭取の後任は勿論、大和田常務(香川照之)が頭取就任。

そして、長期予想=次の第三部では大和田頭取に代わって、半沢頭取???でチャンチャンバラバラ

と言うのが、私の予想。果たしてどこまで当たるか? 日曜日までのお楽しみ。



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伊那谷方面へサイクリングするつもりと呟いたら、連れ合いから伊那での買い物を頼まれてしまった。なので、今日はロードではなく、パニアバッグ付きのグレートジャーニーで出発。勝弦への登り道、重たいグレートジャーニーではきつい。ようやく分水嶺を越えて太平洋側、勝弦の谷を見下ろす地点へ。


一度少し下り、さらに、勝弦峠への登りに取り掛かったら、後ろからヒタヒタと迫る足音。若いトレランの人が駆けあがってきた。ランナーに先行されたら自転車乗りの沽券にかかわる?と必死に漕いで勝弦峠展望台に先着。富士山は見えず。


王城パークウェイを気持ちよく下って、しだれ栗公園へ。奇怪な形をした木々のあたりに天狗が住んでいるらしい。


いつも通る国道153/三州街道ではなく、信濃川島を抜ける道を辿れば、稲刈りの真っ盛り。最近は味の良いとされるハゼ掛けで稲を干す農家も多い。



天竜川は水量が多い。途中の堰と魚道もしぶきで真っ白。


無事に指令の品物をGetし、お昼ご飯は伊那名物、今日は汁有りローメンで。


天竜川沿いに、もと来た道を辿りながらペダルを漕ぐ。こちらはコンバインでバンバン稲刈りをしている。



途中、ファミマでコーヒー休憩をはさみ、淡々と善知鳥峠を越えて、帰ってきた。
走ったのはこんなコース、92km。



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朝5時起きで、6時から神社の掃除、幟り上げの後、町内のしめ縄、ぼんぼり、御幣を飾る。


しかし今年はコロナのせいで道路を通行止めにしての獅子舞、お神輿の類はなし。静かな秋祭りとなった。我家も入口に提灯を飾るだけで、特段なにかするわけでもなく、午後はモロッコインゲン、トマト、キューリの棚撤去、大根その3の種蒔き、などの農作業となった。



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大分秋らしい気温となり、日差しも弱まってきた。デッキ上の各種日除けも何時でも必要と言う訳ではなくなった。


パラソルを畳み、ヨシズを外して、ヨシズ立てを分解する。丁度昨日作った長物保管棚にヨシズとヨシズ立てを保管する。


オーニングも半分畳んで、少し日差しが室内に入るようにすると、随分デッキ上が広くなった感じだ。


デッキ前の混合植えの花壇もコスモス等が残るのみで、花の種類が減ってきた。その内、雑草取りと咲き終わった花の片付けもせねば。



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築70年になろうかと言う我家の物置。まだまだ活躍してもらいたいので、土間に床を入れたり、耐震補強の筋交いを入れるなど、少しずつ整備を進めている。近いうちにトタン屋根をガルバリウム鋼板に葺き替える予定なので、屋根の具合が気になってきた。庇の突き出しが1m位あり、庇の下の半屋外に雑物を保管できる仕様になって居るのだが、長い庇の突き出しのおかげで、雪が積もった時などの屋根先の強度が不安だ。


そこで、飛び出した庇を下から支えてやることにした。北側には既に長物木材を保管する棚を作ってあったので、2X4材を足して庇を支えてやる。


南側は何も作ってなかったので、ここにも棚を作ることにする。まず基礎の軽量ブロックを埋める。


防腐2X4で柱を作り南側の庇を支える。


地上に放置してあった梯子などを掛けられるようにして、完成。



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過去の自転車旅行や海外旅行の思い出の写真、ストーリーをグーグルマップに纏め、HTML化してウェブにUPしてきた。その数は千枚以上もある。所が数年前、グーグルが変心して、無料だった地図表示サービスを有料化した。その為、グーグルマップ連携で作った私のコンテンツが、


の様に、無残な表示になると共に、地図と連携して気軽に旅の思い出を懐かしむことができなくなっていた。日本のサイクリング地図でもヤフーのルートラボがサービスをやめてしまって困っていた人も多い。ルートラボと違って、私の地図はWadachiを使って自分でHTMLを作り、自分のサイトにUPしたものなので、元データーは手元にある。なので、懐かしいものから、少しずつGoogleマップからOpenStreetMapや国土地理院の地図に変換し、サイトにUPしている。

最近出来上がったのは、上図のスペインポルトガル旅行の地図切り替え版。


毎日の走行地図も変換してみた。地名の日本語表示がでなかったり、ストリートビューが使えないのは残念だが、あぁあの場所でこんなことがあっただとか、ホテルや名所の場所が思い出せるのは嬉しい。

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D1~D2 エミレーツで雨のマドリード着、自転車組み立て

以下、タイトルをダブルクリックすると、旅行記が、地図をダブルクリックするとルートの地図と走行時間等がわかるグーグルマップが開きます。

 
 
 
 
 
 
 


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我家のある洗馬宿は中山道第31宿なのだが、同時に善行寺街道の出発点となる宿場でもある。今日は思い立って、善光寺街道をナンチャッテスタイルで走ってみようと考えた。
ナンチャッテと言うのは、善光寺街道の旧道のかなりの部分は忘れ去られ、特に峠は道も荒れ、MTBですら走行困難な所があるし、第一、私の体力では一日で走り抜けられるわけもない。そこで、今日はとにかく松本から長野に行く。困難な場所は近くの舗装された良い道を走るという方針で、ナンチャッテでサイクリングすることにした。
便乗車載で松本に向かい、走り出したら、岡田宿を通り抜けたのに証拠写真撮り忘れ。いつも四賀に抜ける時使う刈谷原トンネルへ。



本当の善光寺街道は谷筋が一つ違う本物の刈谷原峠を通っているのだが、非舗装の山道なのでこちらで代用。おかげで刈谷原宿を通り過ぎ、四賀まで下ってしまった。


会田宿に向かう途中で立派な山門を持つお寺。浄雲寺。


善光寺街道一の難所、立峠に向かう前、市役所支所や学校があるのだから四賀の中心だろうと携行食を調達すべく、会田宿をうろつくも、商店が無い!百年前は人であふれていただろうに、地方の疲弊はこんな所にも表れている。


手持ちの飴/チョコのみで標高差400mの山越えをしましょう。真っ直ぐに山に向かって直登していくと、会田宿の立派な常夜灯。


登ってきた急坂を振り返れば四賀の谷。


会田宿の上部にある松沢家の茅葺長屋門。


10%越えの急坂をゆっくり登る。現れたのは立峠への登り口。あと六百メーターなんだけど、急坂が雑草に覆われ、人が歩いた跡があまりない。


私は右側に逸れ、舗装道路をテレテレ登る。着きました鞍点の石マンボウの切り通し。左に小道があり、唐鳥屋城跡経由立峠に出るようだ。


さぁ、ここからダウンヒルとビューンと下っていたら、善光寺街道の石畳の道に出た。まあ、石が滑らかになって居ないから、後日再建したものだろうが、それでも江戸時代の雰囲気は出ている。


次の宿、乱橋宿。あまり面影がのこっていないかな?


西条宿は駅を見たのみ。鄙には稀な、有人駅であったのには驚き。


携行食もなかったので、そろそろお昼をと青柳宿近くの坂北みちの駅に寄るも、木曜定休!お腹が空いているので、見物は諦め、麻績へと走る。とありました、開いている食堂「あかり」


食事のついでに、善光寺街道に沿って、聖高原、聖湖経由で長野に向かうべきか、もっと簡単に山を越えられるルートは無いか、お聞きすると、戸倉上山田に抜ける県道55号はトンネルまで少し登るがそちらの方が楽とのアドバイス。まずは麻績宿をちょっと見て。



県道55号に向かいましょう。そんでもって現れたのがこの13%斜度の洞門。冬の雪で車が登れなくなるのを避ける為でしょうか?


延々と10%越えの坂を登って、ようやく着きました、峠のトンネル。その名も坂の上のトンネルだよ。



長~い(1.6km)トンネルだが、幸い追い越していく車は無し。でもトンネルから出たら、温度湿度差で、メガネが曇って見えない!
標高差450mの長~い、でも交通量極小の道を楽しく下る。そしてついに出ました、千曲川CR。


ここまで来れば、長野は近い。千曲川にそって整備されたサイクリングロードを快調に飛ばす。


で、長野市内突入。篠ノ井を長野市と言うのも言い過ぎかもしれないが、長野市中心部までサイクリングする気が急速に失せたので、篠ノ井駅にチェックインして、自転車を分解。特急しなので塩尻まで帰りましたとさ。


と、ナンチャッテ善光寺街道サイクリングは68km+5km=73km、走ったのはこんなコース。




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何気なく庭のダンコウバイを見上げたら、アメリカシロヒトリの巣と思われるものがある。これは駆除しておかなければ。


よく見ると、10ヶ所近くも巣があるようだ。全部剪定して、


火炙りの刑じゃぁ~



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ホンダのデンタEB550のエアフィルターが劣化していたので、管理機のラーニー君のフィルターも開けてみた。


ラーニーCR551、ウレタンの外側フィルターはボロボロ、まったく機能しておらず、紙フィルターのみが生きていた。手元のウレタンスポンジを探し出し、カバー内周に入るようフィルター製作する。



ゴミを綺麗にエアガンで吹き飛ばし、キャブ部分にフィルターを取付ける。


始動にちょっと手こずったが、無事にエンジンが掛かってくれた。


年数は経っているが、稼働時間の短かったと思われるラーニー君、整備はするので、これからもチャント動いて欲しい。



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