逆風に抗して Against the wind,♪ we are running against the wind.♪
ここではないどこかへ。モモンガーの旅
2018年に横浜から信州にUターン
自転車と日々の生活を
綴ります。
 



日本間の襖がだいぶくたびれてきた。材料はずっと前に買ってあったのだが、やる気が起こらずほおっておいたもの。暑くて外出する元気の出ない週末に、元気を出して張替えに挑戦。

押入れの襖は簡単なアイロン掛け上張りで。最初はコツが分からなかったが、アイロンのスチームをうまく掛けると、皺ひとつなく、ピンと張れる。しかも、やり直しが利き、皺取りもできる。右上の古い襖と比べれば一目瞭然、7枚張り替えたら、部屋の中がずいぶん明るくなった。


続いて仏壇の扉とその裏張り。こちらは本格工法の襖枠の取り外し、張替え工法で施工。でも、こちらは新(左)と旧(右)であまり差が無かったが、裏張りの破れていた所が治ったので、扉を開いた時気持ちが良い。



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お盆休み、帰省。幾つかのプロジェクトを計画するも、完全に実行できたのは、自転車置き場に屋根を作ることだった。

以前から基礎は作ってあり、材料も買ってあったのだが、なかなか着手できずにいた。

3年前の落下、骨折にこり、高所作業は一切禁止で高さ2.5mの屋根を作らねばならない。まず防腐処理した2X4、1x1とポリカ波板を地上で組み立てる。片側づつ上に持ち上げ、準備しておいた脚立、さらには支柱の上へと天板を上げていく。支柱になる2x4をSUSコースレッドで仮止めし、位置を調整。さらに水平や建屋とのギャップを見ながら、正規位置に仮止めを修正し、最後に完全固定した。

2x4金具を使ってブロック基礎に支柱を固定したので、最近の突風や吹上があっても、屋根は飛ばない強度を持たせることができたと思う。

落下、骨折から3年と1日、何とか高所作業なしで、自転車置き場を完成させることができた。



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65歳の退職まで後5ヶ月を切ったというのに、某T社問題、友人問題、自宅インフラ老朽化問題、、、、と色々な問題が噴出して気分が乗らないのだが、こんな時こそ、走って頭の中を白くしておかねば。

数日前より数度気温も低くなり、日射も強くないので、早朝から漕ぎ出した。



鶴見川CR、第一京浜と走って、みなとみらいへ。



シーバスのターミナルに三本マストの帆船が泊まっている。日本丸ではないし、、、

「みらいへ」と言う、民間の練習帆船らしい。


太陽は雲に隠れ、直射がなく、気温も低い、この時期には望むべくもない最高のコンディション。



象の鼻公園に寄って、真面目に走るはずが、早朝より走り出したので眠い。



山下公園のベンチで朝寝。海風が心地良く、30分も寝ただろうか?
ニューグランドのブレックファストも魅力的だが、まだあまりお腹がすいていないし、駐輪中の自転車が心配。漕ぎ出そう。



港の見える丘公園に登るも、この時期、バラ園は閑散としている。
解放的な間取りが魅力的なエリスマン邸を眺めて、



山手の商店街で裏道に折れ、その辺をポタリング。
根岸線の右側、本牧と反対方向には、お寺と墓地が多いんだ。



一回ブラフに戻り、再度山手の商店街から、別の細い道をたどる。
GPS上では、道が連なり、丘の向こうに行けるはずが、、、行き止まり。



ぐるっと大回りして、逆の入り口。Racetrack Road, 競馬場へと続く道だ。



本牧の海岸道路を30km巡航して、山下公園に戻ると、さっきは居なかった、大型客船、「あすか」が入港中。



お腹もすいたので、自転車駐輪場所が見えるジョナサンで朝食。



ドリンクバー数杯お代わりで、十分な水分補給をしてから11時ころ帰宅。65km走って、少しは頭の中を白くすることができたかな?

走ったコースのマップと写真



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3年前の骨折もあり、できないでいた西穂高独標の慰霊登山に5年振りに出掛けた。
??ツメクサ??の向こうに笠ヶ岳が聳えている。


独標には、もう多くの同窓生他が集まっているようだ。


着きました、6度目の独標。


同窓生十数名、在校生も同じくらいの人数、総勢40名弱で慰霊、黙祷を行う。
今井さんが、亡くなった11名が残された我々の絆を非常に強いものにしてくれているとの話に、そうだなぁと強く思った次第。


早くから登っていた諸君が下山した後、一人独標に残り、天気も良いのでゆっくり昼食をいただく。せっかく持ってきた、アルコールバーナーでコーヒーを淹れ、四十数年前のことを思い出しながら、穂高岳を背景に瞑想にふける。


さあ、後は一人で下山。下りでは右足骨折後のバランスが心配だったので、慎重に丸山まで下りてきた。


その後、西穂山荘からは2時15分のロープウェイに間に合わせるべく、駆け足で登山道を下る。だいぶ昔の感覚が戻って来てはいるものの、やはり、負荷をかけると右足が痛い。
2時12分頃、この便最後の乗客をなり、先行して下っていたグループに追いつき下山。
新穂高温泉の無料露天風呂で汗を流し、慰労会の予定されている松本の「しずか」にむかったのであった。


5年前より確実に体力は落ち、右足も痛くなったが、同級生と一緒に慰霊登山できたのは、何よりであった。

 

 



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