逆風に抗して Against the wind,♪ we are running against the wind.♪
ここではないどこかへ。モモンガーの旅
2018年に横浜から信州にUターン
自転車と日々の生活を
綴ります。
 



関東は雪が舞ったようだが、塩尻は雪も無く陽光が当たれば、屋外作業も捗る。

 

色々とドジの多い一年だったが、何とか、大晦日にたどり着いた。

年初に立てた大目標は実現出来なかったけれど、まあ無事だったから良しとしょう。

年の後半にDIYで、なんちゃって核シェルター作りに夢中になったが、来年も、核シェルターが役に立つ事などないことを期待しておこう。



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今まで自作の核シェルター用に集めた情報を纏めてみた

① まず最初に読むべきは、WikiHowの「核攻撃から身を守る方法」
これを読んで、最小限度(水、食料)の準備をしておくだけで、爆心から10km以上離れた場所なら、核攻撃後の死の灰の脅威から逃れることができる。そして、できるなら、手動もしくは電源の確保されたHEPAフィルター付き空気清浄機を準備してあれば、被爆被害のかなりの部分を避けることができる。



② 自分の住んでいる場所がどの程度危険かを把握するには、150キロトン程度の水爆でどの程度の被害が出るかを知っておくことが重要。爆発直後の影響は爆心から十数kmのみ。多くの人にとって問題はその時、風下になっているか否か。最悪、風下だと、その後に爆心に近い汚染状況になる。
参考 (http://nuclearsecrecy.com/nukemap/ )


③ 私も参加しているmixiの核シェルターコミュニティーに細かな情報が載っているので、参考になる。http://mixi.jp/view_community.pl?id=3547621


④ 少し古いが1970年代後半から1980年代前半の英国のテキストの日本語訳。とくに有名なのが、"Protect and Survive"である。

ProtectAndSuviveJ.png防護と生存(Protect and Survive)

DomesticNuclearShelters..png家庭用核シェルター(Domestic Nuclear Shelters)

CivilDefence.png民間防衛 なぜ必要か (Civil Defence -- Why We Need It




⑤ 英国内務省作成のテキスト1の復習動画(MISAKI吹き替え版)

英国では72時間以内に核攻撃を受ける可能性が高いとき、テレビの全チャンネルで、これらが繰り返し放送されることになっていた。MISAKIさんが翻訳してある。

似たような放送が流れた時に、準備を始めても、店の棚は空になってる可能性大。

Protect and Survive 核爆発(1)+家にとどまれ(4) (3:14)

 

私の核シェルターに関連した記事はこちらをダブルクリック




 



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DIY核シェルターの整備を進めていくうちに、電源の問題にぶち当たった。時折動かせばOKと思っていたHEAP空気浄化装置の風量があまり多くないので、常時回しておく必要が出てきた。それ以外にも、やはり電気の必要な場面があり、1つの12Vシールドバッテリーでは容量に不安があった。
その解決の為、20Wの太陽光パネルを購入したのだが、良く検討すると、能力不足であった

そこで、まず、バッテリーの容量を二個に倍増した。80Ah程度の容量となったので、80Ah÷(5W/12V)=192h=8日 と、数日の運転は可能となった。



ただ、2週間の籠城や、追加的に自作の空気浄化装置や製水装置、100Vインバーターなどを動かすことを考えると、やはりもっとパワーのある電源が欲しい。そこで、隣接するガレージまで、プリウスから12Vを供給できるように配線を行っておいた。



これなら、ある程度放射線レベルが下がってきた段階で、ガレージまで行ってプリウスのシガーソケットに繋げば、電気が供給できる。ハイブリッドの良い点は、備蓄ガソリンも使って、効率良く大量の電力を供給できること。この点は電気自動車よりずっと良い。



ただ、気負付けておくべきは、車のキーがないと、プリウスをONにできないこと。避難する時は車のキーは必携だ。

一方、シェルター内の自作の電源盤もDIYで整備した。電圧計を付けて監視できるようにし、DC12Vのシガーソケットと携帯などの充電用にDC5VのUSB端子を準備。そして、いざという時DC12Vから正弦波のAC100Vが取り出せるよう、インバーターを配置した。

 
通常はAC電源でシールドバッテリーを充電しながら換気ファンを回しているので、13.7V位の電圧で安定している。AC喪失時に、電圧がDC12V以下になりそうなら、ガレージからの充電ができるように切換えスイッチも準備した。

 
これだけあれば、家の太陽光やHonda HIPOのエンジン発電機の出番はないだろう。



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残ったチキンも食べ終わったし、これでクリスマスも終わり。
寒いけれど、家の飾りつけモードをクリスマスから正月に切り替えなくては。まずは、門に小さな松を付ける。



玄関もクリスマスリースから正月飾りに取り換え。


庭の掃除をして、これで新年の準備は完了かな?



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もう10何年も続いている小田和正の「クリスマスの約束」、最初の頃の新鮮さが薄れ、すこしマンネリになったなと思いつつ、録画したビデオを眺めていた。
エンドロールに重なる最後の曲、珍しく小田和正の声が乱れ、おや?どうしたのかな?と思った曲はthe Flagだった。

==引用== 小田和正 The Flag ==

  JASRACかどうかは分からないが、どこからかクレームがついて、
 
ブログ運営会社が公表停止したようなので、歌詞引用を削除。

 
== 引用終り ==

この曲は今年亡くなった、永岡宏紹氏にささげられて演奏されたとのこと。その間の状況はこのリンクに詳しい。

>やがていつの日か XXXXXXXを、僕らが XXXXX 変えてゆくんだったよね
 (ここまで伏字にすれば、引用とは言い難いでしょう! でもこれは文化的粛清ではないか?)

団塊世代ど真ん中、小田和正は「この国を少しは変えられた」のかも知れない。翻って、私はどうだろうか??「旗はまだ風の中で揺れているのだろうか?」

 



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4畳と極めて狭いなんちゃって自作核シェルターの中に、2週間分の生活の全てを押し込めるのには工夫が必要だ。従来の災害避難計画では、汚染の可能性のある手を洗うとか、米のとぎ汁の処理なんて考えても居なかった。
登山やキャンプの要領で、食器をすすいだ水は飲む、食器はキッチンタオルで拭いたり、ラップを掛けて使うとしても、やはりちょっとした洗浄の必要はある。なので、従来カウンターと考えていた位置に、超ミニの流し台をDIYで作ってみた。


蓋を開ければ、百均で買ってきたCD整理箱に排水ホースが繋がった、ミニシンクが顔を出す。


地下室に排水設備は無いので、ポリタンクに排水は貯めておいて、一杯になったら外に捨てることにした。



この辺りのやり方は、最近はやりの自作の軽トラハウスを参考に、作ってみた。それなりの出来栄えに満足して、クリスマスの名残りのシュトーレンとコーヒーで一休み。



地下室に籠っていて気が付かなかったが、夕方、1時間程の散歩に出れば、今日も富士山が良く見えた一日だったようだ。






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クリスマスイブの昨夜、♬雨は夜中過ぎて、雪へと変わるだろう♬ となると良いなとも思ったが、昨晩は気温が高く、ずっと雨音だった。

年賀状のコメント記入も無事終わり、濡れた道を散歩がてら駅前の郵便局まで投函しに行ったら、幹線道路はすっかり乾いている。駅からの富士山も、昨夜の雪で白く輝いてる。


風も無く、温かいので、急いで家に引き返し、GJ号で出走。近所の丘の上に登れば、少し雲は掛かってきたが、まだ富士山を拝むことができた。欲を言うと、大山も雪に覆われて居れば、稜線が繋がって、富士山の裾野のように見えるのだが。昨晩はヤビツも雨だったのだろう。



ホームセンターとダイソーに寄り、工作に必要な部材を調達後、20日前にも行った里山公園へ足を延ばす。すっかり冬モードだが、南斜面は暖かい。



丘を下って、中山でワンコインランチ休憩後、外に出ると、すっかり向かい風。恩田川CRをプラついて鴨居帰還の20km。



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調子が今一つの、インク代より安いHPのプリンターをだましだまし使って、印刷し終えた年賀状、今日ようやく宛名書きを完了した。


蕾だった我家のバラも咲いてきたし、


最後のチェックとコメント書きは明日にして、クリスマスディナーに移行しよう。



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シルクロード雑学大学の定例会があり参加。

その後、忘年会。今年もこれで終わりかな。



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GJiji号で鶴見川CRを辿りホームセンターへ。今日は風があまりないせいか、遠くが霞んでいて、雲もなく晴上がっているのに富士山はおろか、丹沢さえも見えない。

庭の柚子、今年は豊作で、親戚に幾つか出荷したのだが、来年の鍋物用も沢山残っている。



冬至なので、数個取って、柚子湯にして、体の芯まで暖まりましょう。


さてと、印刷したまま放置してある年賀状の宛名書きもしなくては。



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都築プールで1.2+1=2.2km 泳ぐ。

先日、Great Jijiでヤブ巡りをした際、MTBの真似をして、倒木をまたいだ時、フロントリングを倒木に当ててしまった。GJには、普通のズボンで乗った時にも、汚れないようフロントアウターの外に保護リングが付いているのだが、このリングを割ってしまったのだ。



こんな時はじっくり位置だしをして接着できる紫外線硬化型の接着剤の出番。
4ヶ所で複雑骨折していたが、何とか一体になった。


じっくり位置だしして紫外線を当て、固化したところに、さらに余盛を付けて、強度を増してやる。


小さな紫外線ライトでは、固化が不十分なので、一日窓際に置いて、紫外線を浴びせ強度を高める。で、元の位置に組み立てれば、まあ、余り判らない状態になった。



ーーー 補足 ---

その後数ヶ月経つが、保護リングは健全で、割れなどは出ていない。やはり紫外線硬化樹脂での修理が良かったようだ。



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2009年から8年間も無事故無違反だったのに。2週間前、東名高速下り御殿場手前でのスピード違反で捕まってしまった。 これで、またゴールド免許に届かなかった、次は高齢者免許だし悔しいなと思っていたのだが、、、、、、

先週届いた免許証更新案内は、優良運転者での更新案内が来た。
半信半疑で二俣川に向かう。窓口は平日にも拘わらず年末を控え結構混んでいる。



所定の手続きをして、写真を撮って、案内されたのは、優良運転者の講習会場。




おかげさまで、手数料は3,000円と最低、講習時間も30分で済み、無事に免許更新完了。
免許証のゴールドの帯と優良の文字が眩しい。


ネズミ捕りに捕まった時は、「あ~ぁ」と思ったのだが、どうも事務処理の期間とか、違反内容が係争になった時の為、書き換え直前の軽微な違反は免許ステイタスに反映しないようだ。と言う訳で、ぎりぎりセーフでゴールドを貰えた。しかし、違反の点数は残るので、慎重の上にも慎重に運転しよう。

追記:今日、車の保険会社から、免許更新後のステイタスに関し問い合わせの手紙が来信。
   どうも、ゴールドだと、保険料が少し安くなるようだ。
   不幸中の幸い、やったね!!



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今日は恩田川CR、戦車道、秋川CR、多摩川CRと一周の予定で、朝遅く9時に鴨居を出発。



しかし、町田付近まで来て、雲一つない空、気温も高め、風もない。昨日、きまぐれ喫茶のママのブログでクリスマス以降冬眠とか書いてあったことを思い出し、方針変更。ひょっとして、誰かヤビツに向かっている人も居るのではと思い、「1時にきまぐれ喫茶到着予定」とFBに呟いてから、ヤビツに向かう事にした。

高田橋のキツイ登りを越えて、平山橋。



宮ケ瀬の温度計は11度、日差しも有って暖かい。ちょうどここで12時、きまぐれ喫茶1時はチョットキツイかな? 三叉路から森の中に入ると、途端に気温は5度に下がり、日陰では霜の残っている所も。
でも日差しさえあれば暖かい。


淡々と絶景ポイントで写真停車するのみで、順調に登っていく。



だが、この辺りから失速。


今日は下ってくる自転車乗りは2,3人。いつもなら抜かれまくっているのだが、誰も後ろから抜いてこないと思っていたら、サクッと若い人に抜かれて、気力がなくなり、ボスコ手前のZ坂で休憩。



やっときまぐれ喫茶が見えてきた。時間は1時15分。あっ、ラックにシマダ組長のDeRosaがある。
組長も私と同じ考えで、ヤビツ納めの為にきまぐれ喫茶に11時に着いたのに、私の到着を2時間も待っていてくれたらしい。


冬の日は短い。ナポリタンをいただいた後に、シマダ組長は裏へ、私はまだ見えるだろう富士山を期待して、峠へと急ぐ。


もう、2時過ぎなのに、何とか富士山が見えました。



菜の花台では江ノ島も見えたのだが、スマホではこれが限界。

だいぶ下ってきた。表ヤビツは伐採が進んで、見晴らしも良く、日差しがありがたい一日だったね。


今日も、町中を走って帰るのは辛いので、伊勢原から西谷まで、小田急と相鉄でワープ。


西谷から段丘を登り、鴨居原に辿り着けば、すっかり日が暮れていた。


心の隅で、きまぐれ喫茶で誰かに会えるのでは、と思っていたが、シマダさんとマナさんに年末の挨拶ができた、良い一日だった。

走ったのは、いつものこんなコース。



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大体私の予想と同じく、自衛隊の専門家などは、米国による先制攻撃があると思っている。
又、その時、北のミサイルが防衛網を突破してくる確率は10%程度と考えているらしい。
日テレが依頼して、作った戦争の推移シナリオと、それに対する論評、政府筋の考え方、戦争反対意見、、、、などが、討論としてまとまった番組が放送された。

下記の出演者を見れば、政府筋がどの程度のことを考えているかが判ると思う。
【ゲスト】佐藤正久(外務副大臣)、森本敏(元防衛相
     寺島実郎(一般財団法人日本総合研究所会長)、武藤正敏(元駐韓大使
     永岩俊道(元航空自衛隊・空将)、辺真一(コリア・レポート編集長)
     渡部恒雄(笹川平和財団上席研究員)、小原凡司(笹川平和財団上席研究員)
     テリー伊藤(演出家、プロデューサー)、小島慶子(エッセイスト)

その要約がネットで見られるので、興味のある人は、下記リンクから行って見たらどうか?


選挙の時は「国難だ」と煽っていた人が、最近危機を強調しないのが、逆に心配な今日この頃。12/18は新月だし。



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自作での核シェルター準備計画、ほぼ大体の設備と備品が準備できたので、最後まで後回しになっていた仮設トイレのDIYに取り掛かった。従来の防災計画では、仮設トイレは屋外のコンポスト処理器の上に置く便座と囲いを準備していた。狭いシェルター内部で、生活の全てを完結させる為には、コンパクトで臭いのこもらない仮設トイレも必須。



市販の折り畳める段ボール箱製も考えたのだが、あちらはせいぜい2,3日の使用しか想定していない。座って十分強度のある12mmべニア板で▢300X高さ400の箱を作り、天板に〇200の穴を開けて仮設トイレとした。箱の中にはバケツと消臭剤をいれ、その上に45㍑のポリ袋を敷く。これであれば、使用後は臭いも漏れない。



ポリ袋には新聞紙と凝固剤を入れて置き、ある程度まとまった所で、その他のゴミとまとめて、ポイする計画。


これで、わが家のなんちゃって核シェルターは核燃料処理設備の無い、トイレ無し原発のようなことは無くなったはず。

後は、シャワーが欲しいがこれはスペースと水の問題もあり、実現はかなり困難かな。



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