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ROSSさんの大阪ハクナマタタ



昨日の記事からの続きとなりますが、通天閣公式HPによれば、1912年に完成した通天閣には夜間点灯する「ライオン歯磨き」の広告が1920年に設置され、大阪市民に親しまれています。

現在の通天閣



その通天閣は、戦時下の1943年、下にある「大橋座」の火災が燃え移って焼け、一旦解体されています。

通天閣の入り口



1945年(昭和20年)3月の大阪大空襲では、新世界全体が焼け落ちましたが、終戦後すぐ復興し、東映・東宝・松竹・日活・大映等の封切館を中心に大阪市民の大娯楽拠点となっています。

新世界



また近くに多くの建設作業員が居住する「釜が崎」ができ上がり、彼らの疲れを癒す、安くて気さくな町として新世界はますます人気を集めていきます。

動物園前のジャンジャン横町



そうした中1956年に、二代目「通天閣」(高さ100m)が開業、日立製作所のネオンが点灯され、映画人気と重なって新世界の絶頂期を迎えています。

日立



この二代目通天閣の設計者は、2年後に完成する東京タワーと同じ内藤多仲(1886~1970年)で、足元の鉄骨のデザインが東京タワーとなんとなく似ています。



通天閣の東面にある大時計の文字盤直径は、5.5m、長針の長さ3.2m、針の重さは1本30キロもあるとのこと。

時計



二代目通天閣は、完成当時の高さで大阪市民をびっくりさせましたが、今の大阪市内には、200m級の超高層ビルが林立していて目立たない存在になっています。

夜景



例えば、NTTドコモ大阪南港ビル(高さ55m)の上に建っているアンテナ塔の高さは、通天閣よりも40mも高い143m(地上から198m)もあるようです。

NTTドコモ大阪南港ビル



しかし、通天閣は低くても、その歴史に対する評価は高く、国の登録有形文化財にもなっているので、これからさらに長く保存してほしいものです。


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