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ROSSさんの大阪ハクナマタタ



天気の良くない日でしたが、近所の干潟に行ってみると、左のイソシギ(全長20cm)より一回り大きな黄褐色の野鳥が来ていました。

横から見るとムナグロ(全長24cm)のようです。繁殖時期のムナグロは、胸が黒くなるのでムナグロチドリが短縮されてムナグロとなったようです。

近縁種のダイゼンも胸が黒くなりますが、ダイゼンのほうがやや大きいようです。・・・アオアシシギ(35cm)との比較

ムナグロは英語名でPACIFIC GOLDEN PLOVER=直訳すれば太平洋黄金チドリです。・・・ムナグロはチドリ科、アオアシシギはシギ科。

チドリ科とシギ科の違いは、前に紹介したことがあります。・・・ムナグロの翼伸ばし(大雨覆の後縁部に細い白線が見えます)

このムナグロとダイゼン・ツルシギは、繁殖羽と非繁殖羽が極端に異なることが知られています。・・・ツルシギ?との比較

赤い足のシギは、ツルシギのようですが、ツルシギにしてはやや小さいのでアカアシシギかもしれません。

同じチドリ科のダイゼン(全長29cm)は、以前このブログで紹介したことがあります

近くまで寄って来てくれたムナグロ。大阪市内にある干潟でも、渡りの季節になると、いろいろな珍しい野鳥が姿を見せてくれます。



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近所の公園でカルガモの飛行を撮っていると、1羽だけ別のカモが混じっていました。

翼鏡の模様から判断すると、オナガガモのようです。

オナガガモ♂の翼鏡の色は、濃い緑色、その前部に薄黄色い帯があるのが特徴です。

3羽のカルガモと一緒に気持ちよさそうに飛行していました。

カルガモにはピントが合っていますが、オナガガモがややボケでいます。

これだけボケるのは、オナガガモがカルガモより向こうを飛んでいるからでしょう。

オナガガモは、繁殖地のシベリアなどから越冬地となる大阪に最近渡来してきたばかりだと思います。

こちらで着水するカモ達は、すべてオナガガモでした。

オナガガモ同様に首の短いコガモも大阪に渡来してきていました。

 



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9月末には繁殖地から大阪に多くのカモが渡来してきます。・・・顔が白っぽい先頭と前から3羽目は留鳥のカルガモ

カルガモと一緒に飛ぶのはマガモかオナガガモのようです。

カルガモ(全長61cm)よりやや小型なのでマガモ(全長59cm)かオナガガモ♀(全長53cm)だと思います。

下を飛ぶカルガモの青い翼鏡がきれいです。

マガモならクチバシの色がやや黄色ですが、今の時期はまだよく判りません。

低空飛行中のカモ

上の3羽はマガモのように見えますが・・・

いよいよ着水

マガモの翼鏡は青ですが、この3羽は黒く見えています。やはり種類はよく判りませんでした。



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今シーズンも大阪にアカアシシギが渡来してきていました。右がアカアシシギ、中央と左はキアシシギ

アカアシシギは、環境省レッドリスト2017の絶滅危惧Ⅱ類に指定されている希少な野鳥です。     

左がアカアシシギ、右はアオアシシギ、上はマガモ

ちょっとデジタルズーミングしてみました。置物みたいなアカアシシギの姿

ここまでズーミングすると、クチバシの付け根が薄い朱色であるのがよく判ります。

クチバシを少し広げて餌を捕まえています。

距離が約90mくらいあるので、羽の細かい模様まではよく判りません。

ところが突然、近くまで飛んできてくれました。

この距離なら羽の模様がよく判りますね。



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近所の公園に渡来したオオソリハシシギです。右の3羽はアオアオシシギ

今にも飛び出しそうなオオソリハシシギ(手前)とアオアシシギ3羽

飛び出しました。前から3羽目、やや大きい個体がオオソリハシシギ(環境省レッドリスト2017年の絶滅危惧Ⅱ類に指定)

距離は200mくらいでしょうか、この距離でもクチバシと翼の模様がなんとか判別できます。

芦原の前を飛ぶオオソリハシシギ

防波堤の前を飛ぶオオソリハシシギ

トリミングして拡大してみました。オオソリハシシギの翼は、こんな模様をしています。

防波堤の向こうに船が見えています。その手前を飛ぶオオソリハシシギとアオアシシギ

オオソリハシシギとアオアシシギの紹介でした。



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昨日の記事の続きです。広島駅の「おめでとうリーグ優勝V8連覇」の大きな垂れ幕。(以下すべて格安スマホで撮影)

この日は巨人最終戦のデーゲームということだったので、広島駅からマツダスタジマムまで散歩してみました。

マツダスタジマムの外からは、内部を一部見渡すことができました。

観客席下の広い通路

ここからは、スタジアムに向かう途中にあったカープ選手のパロディー絵画の一部を紹介しましょう。スマホ写真なのでピントが合っていません。アライサングマ(背番号25番の新井選手)似てますかね

コアラユースケ・背番号19番・野村祐輔投手はコアラ

マライオン・背番号9番・タナキクマルの3番手の丸選手はライオンとして描かれています。これは似ていますね。

キクチコウ・背番号33番はタナキクマルの2番手・菊池選手はキンシコウ。似ていますかね。

タナカズク・背番号2番はタナキクマルの1番手田中選手・なぜフクロウ科のコノハズクなのかやや理解しずらい。



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昨日、広島駅で降りてみると、「おめでとうリーグ優勝V8連覇」の大きな垂れ幕が掲示されているではありませんか。(以下すべて格安スマホで撮影)

駅前の地下街に入ると、天井からセ・リーグ祝連覇の垂れ幕と、柱に「連覇」の文字が掲示されています。格安スマホでもこの程度は写るようです。

駅前のデパート「福屋」の中には、去年優勝した際の中国新聞と、今年の優勝記事が展示してあり、店員はカープのユニホームを着用する盛り上がりでした。

この日はマツダスタジアムで対巨人の最終戦があるということで、駅前からスタジアムに続く道はカープファンで一杯です。

少し時間があったので、マツダスタジアムまで歩いてみることにしました。

スタジアムへ向かうJRの線路沿いには、カープの監督や選手のプロフィールが掲示され、ムードを盛り上げています。

途中の空き地には、地元「もみじ銀行」の移動ATM車「カープV号」が停車し、ファンが現金をすぐに引き出せるよう営業していました。

このスロープを登った先がスタジアムの入り口です。

チケットが無かったので中には入れませんでしたが、外から観客席の一部が見え、場内の雰囲気が判るようになっていました。



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大内氏と毛利氏の比較を、ミサゴが小さな魚(ボラ?)をキャッチした写真と一緒に紹介しましょう。

大内氏が防長(周防と長門・今の山口県)に根を下ろした期間はおよそ400年、山口に本拠を置いてからでも約200年が経過しています。

大内氏は、日明貿易で莫大な財力をつけて山口という小京都を建設、大内氏末期の山口は日本で最大の繁栄を誇る都市となっていました。

山口という小さな山間盆地の底に、京都に似せた文化都市を築き、それを維持するために、大内氏はほとんどすべての努力を注いでいたのです。

その大内氏には、一貫して中央(京都)を志向し、防長という土俗を嫌悪する姿勢、貴族趣味や名誉欲と思われるものがあったようです。

防長の土俗を嫌悪し続けた大内氏なので、家老の陶晴賢が叛乱を起こさなくても、戦国時代末期を生き延びることは難しかったと思われます。

さて、大内氏は生え抜きの防長人ですが、関ヶ原の戦いのあとに、防長2国に押し込められた安芸国出身の毛利氏は他所ものです。

その毛利氏は、入国から260余年間、徹底した土着の姿勢を守り、最後に防長2国を結集して江戸幕府を倒すという明治維新の先駆となっています。

貴族趣味や名誉欲とは無縁で、関ヶ原以降の宿敵・徳川氏を260余年後に倒した毛利氏は、防長の為政者として大内氏よりも優れていたと言わざるを得ません。

参考文献:大内氏の興亡 古川 薫著



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昨日の記事で予告したように、今日はアオアシシギ(旅鳥)の食事を紹介しましょう。・・・アオアシシギが水中の獲物に集中しています。

アオアシシギの餌は、小魚やカニなどですが、アオアシシギが魚を捉えた写真は数少ないようです。そこで浅瀬のアオアシシギのエサ取りを追ってみました。

潮が引いて浅くなった干潟には、小魚が沢山いるようで、長いクチバシを水中に突っ込んで次々と魚を捕まえていました。

大阪の干潟には黒いハゼのような小魚が多く、少しの間に10匹以上がアオアシシギに捕食されていました。

もっと大きな魚もいるはずですが、このサイズくらいが食べやすいのでしょう。

この黒っぽい魚を調べてみると、ドロメという魚のようです。

ドロメは、スズキ目・ハゼ亜目・ハゼ科・ゴビオネルス亜科・アゴハゼ属の魚で、ダボハゼとも言い、人間が食べても美味しいようです。

ドロメによく似たアゴハゼという小魚もいるそうですが、アオアシシギの咥えた魚の種類を特定するのは、ちょっと難しいようです。

こうした小魚は、これから越冬地(東南アジアからオーストラリア付近)に向かって長距離飛行するアオアシシギ達の貴重な栄養源となるのでしょう。



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左から2羽目は、近所の公園に渡来するアオアシシギ(全長35cm)です。周囲の3羽はソリハシシギ(23cm)

シギの仲間では大きいほうなので、ソリハシシギを従えて、堂々としていますね。

飛行中のアオアシシギは、背中の中央部と尾羽が白いので、遠くからでも識別が容易です。

また、飛行中は、ピピという独特の声で鳴くことが知られています。

その飛行姿の撮影は、かなり難易度が高く、簡単には撮らせてくれません。トリミングしてこの程度が限界でしょう。

こちらは後ろ姿。アオアシシギの翼表面には、目立つ白い翼帯はありません。

しかし、白い尾羽に特徴があります。

以前も紹介しましたがアオアシシギは、大阪府レッドリストの絶滅危惧Ⅱ類に指定されているので、生息数は激減しているようです。

このアオアシシギが干潟で何を食べているのかを、明日の記事で紹介したいと思います。



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近くの公園に行ってみると、枯れ木にイソヒヨドリ♀が

イソヒヨドリ♀(全長23cm)は留鳥ですが、この公園では秋に見る機会が多いようです。・・・ズーミング

イソヒヨドリの♀は、地味な色をしていますが、♂は、頭部、背中、尾まで明るい青色をしている派手な野鳥です。

イソヒヨドリの下、草地の向こうに大型のシギの影が見えました。

チュウシャクシギ(全長42cm)です。

チュウシャクシギは、シベリアなどで繁殖し、東南アジアやオーストラリアなどで越冬する途中、大阪に立ち寄る旅鳥です。

チュウシャクシギの真上、ナンキンハゼに青い小型の鳥がこちらに背を向けて留まっていました。

留鳥のカワセミ(全長17cm)です。下クチバシがややオレンジ色をしているので♀でしょう。

ときどき水中にダイビングして魚を捕まえるので、野鳥写真マニアに人気のある鳥ですね。小さな鳥なので、大きく写すのが難しいことでも知られています。



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昨日の記事がソリハシシギでしたので、大阪のオオソリハシシギを紹介しましょう。・・・一番右の個体がオオソリハシシギ

中央、やや上向きに反った薄いピンク色のクチバシを持つシギがオオソリハシシギ(全長39cm)。周りはアオアシシギ(全長35cm)

オオソリハシシギは、環境省レッドリスト2017の絶滅危惧Ⅱ類に指定され、全国的に絶滅の危険性が増大している野鳥です。

足元が狭いので翼を広げてバランスをとっています。

オオソリハシシギの成鳥は、繁殖地のシベリア北部から越冬地のオーストラリアまで一気に渡来するため、日本に立ち寄るケースは少ないようです。

今年生まれた幼鳥だけは、長距離飛行にまだ慣れていないということか、越冬地へ渡る途中に日本に立ち寄るそうです。・・・クチバシを隠したオオソリハシシギの後ろにマガモ(全長59cm)が飛んできました。

マガモはユーラシア大陸の広い地域で繁殖し、日本で越冬する冬鳥ですね。・・・後ろにマガモがきたので居心地がわるそうなオオソリハシ

こんどはもっと大型のコサギ(全長61cm)がやってきました。

同じ上向きに反ったクチバシを持つソリハシシギ(全長23cm)が4羽飛んできましたが、両者のクチバシの大きさには、かなりの差がありますね。

参考文献:日本の野鳥590 大西敏一解説



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先日、近所の干潟でソリハシシギを見つけましたので紹介しましょう。

9月中旬となると、シベリアなどから南に渡る旅鳥や、日本で越冬する冬鳥が大阪に渡来してきます。・・・クチバシが面白い

このソリハシシギは、大阪府レッドリストの絶滅危惧Ⅱ類に指定されている野鳥です。

絶滅危惧Ⅰ類とは、絶滅の危機に瀕しているもの。絶滅危惧Ⅱ類とは絶滅の危険性が増大しているもの・・・・ソリハシシギ7羽

ソリハシシギがこうして大阪の干潟で寛ぐ姿を見ることは、将来できなくなる可能性が増えているということでしょう。

それなら、今のうちに写真に残しておくべきと考えたのです。・・・ソリハシシギは8羽

8羽のソリハシシギ

同じ池にコガモ(全長34~38cm)4羽を発見しました。

大阪で見るカモの仲間では、コガモが秋に最も早く渡来してきて、春には最も遅くまで残ることが知られています。



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鎌倉、室町、戦国時代末期まで続いた大内氏の繁栄と滅亡をアオサギの飛行姿と一緒に紹介しましょう。

大内氏は、日本と明との間の貿易(日明貿易=勘合貿易)による膨大な利益によってその繁栄を支えていました。

当時の明王朝は朝貢貿易、すなわち冊封された周辺諸民族の王が大明皇帝に朝貢する形式の貿易しか認めなかったため、室町幕府将軍が明皇帝に対して朝貢し、明皇帝からの頒賜物を日本に持ち帰るという建前での貿易でした。

室町幕府の支配権を確立するための資金を必要としていた足利義満(13581408年)は、建前を捨てて実利を取りましたが、幕府の権力が確定した1411年、朝貢は屈辱であるとして貿易が停止されています。しかし財政基盤が落ちた6代将軍足利義教時代(1432年)にまたも貿易は復活しています。

日明貿易では、明で購入した糸や書画骨董などの商品が、日本で10倍で売れたというので、貿易による利益は莫大なものだったようです。

応仁の乱(14671477年)以後の遣明船は、管領家の細川氏、大内氏、博多や堺の有力商人に請け負わせる方式を取るようになり、大内氏はこの貿易による利益で繁栄を続けることができたのです。

相国寺の僧の日記などによれば、室町中期の貿易船の輸出総額は600万貫(現在の価値で600億円くらいか)、それで購入した明の商品が日本で10倍になるなら、総額6000万貫(6000億円)となる計算です。(大内氏にはその三分の一くらい渡ったかもしれません)

大内義興は、こうして稼いだ資金を使って山口に亡命してきた足利義稙を奉じて上洛、将軍職に復帰(1516年)させることで、大内氏が永久的な遣明船派遣の管掌権を得ています。上洛の主目的はこの貿易管掌権だったのでしょう。

1519年に大内義興が山口に戻ってしまうと、これに反発した細川高国は大内氏に対立姿勢を見せて1523年に遣明船を派遣、大内方が細川方を明の寧波で襲撃して遣明船を焼き払う寧波事件が発生しています。

参考文献:大内氏の興亡 古川 薫著



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ある朝、近所の公園にある池の一番遠い場所に小さな渡り鳥が渡来していました。

どうやら夏にシベリア北部で繁殖して、これから東南アジアやオーストラリアまで渡る途中のトウネン(体長15cm・シギの仲間)のようです。

一斉に飛び立ったので数を数えてみましょう。・25羽ほど確認できました。以前はもっと大集団で渡来していたようですが、近年は生息数が激減しているようです。

トウネンは、大阪府レッドリストの準絶滅危惧類に指定されている野鳥です。その翼に白い翼帯があるので、飛行すれば判別しやすいシギの仲間。

大集団の飛行ならもっと迫力があるのでしょうが、今の大阪ではこれが限界かもしれません。

池の上を大きく旋回しながら右に左に飛行を続けていました。

方向を変える際、純白の腹部を見せてくれますが、これが朝日を反射して目に痛いほどでした。

こうして水面すれすれを飛行するシギたちは、急激に生息数を減らしていて、我々の子孫は、この姿を見ることができなくなりそうです。

これが近くに来たトウネンが見せてくれた翼帯。



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