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ROSSさんの大阪ハクナマタタ



1908年頃の大阪地図の木津川には南から、道頓堀川(現存)、堀江川(埋立)、長堀川(埋立)、立売堀川(埋立)、薩摩堀川(埋立)、阿波座堀川(埋立)、海部堀川(埋立)、京町堀川(埋立)、江戸堀川(埋立)という9つ堀が接続されています。



そこで、その木津川が現在どうなっているか興味があったので、出勤前に散歩しながら観察してきました。

木津川の大阪ドーム千代崎港



スタート地点は、唯一現存する道頓堀川と木津川の接合地点として、京セラドーム大阪前としました。



ここには、阪神なんば線のドーム前駅が今年3月に完成、京セラドーム大阪で野球などイベントを楽しむ阪神沿線、近鉄沿線の人々の利便性が良くなっています。

ドーム駅への階段



ドーム前駅の南、尻無川に架かる岩松橋を渡ると、道頓堀川に設置した可動水門が正面に見え、この水門のお陰で道頓堀川の水質がかなり改善されているようです。

道頓堀の水門



下の写真、左に流れている尻無川は、1908年頃の地図には松島橋の上流で木津川と別れていましたが、川の北側が埋め立てられて、今ではこの場所で木津川から分流するようになっています。



また1915年(大正4年)に架けられた大正橋を渡ると、橋の東北詰めに1854年に起きた大地震両川口津波記を記した石碑があります。

木津川に架かる大正橋



大阪や西日本に甚大な被害をもたらす南海地震は、正確な記録が残っている14世紀以降、1361年M8.5(137年後)1498年M8.4(107年後)1605年M8.0(102年後)1707年M8.6(147年後)1854年M8.4(92年後)1946年M8.0の6回。

1854年の津波記念石碑



この間隔を平均すれば117年(最短で92年、最長147年)、前回が1946年なので、2063年(最短なら2038年)頃に次の地震と津波が発生する可能性は高いと思われます。



この地震の直後に襲ってくる津波の被害は甚大で、1854年(嘉永7年)の津波は大阪湾で5m以上の高さがあったとされ、堀川を遡ったその津波によって大阪でも多くの犠牲者を出しています。


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