東京ディズニーランド(TDL)のエレクトリカルパレードの写真と一緒にディズニーランドの歴史を紹介しましょう。
1950年代以降、ウォルト・ディズニー(1901~1966年)制作という言葉は、質の高いファミリーエンターテイメントとして次第に世界に認知されるようになっています。
「白雪姫」で成功したウォルトは、1952年、ロスアンジェルスの近郊アナハイムに家族で楽しめる良質な遊園地ディズニーランドを建設する会社を設立しています。
1955年7月にオープンしたディズニーランド(面積0.73平方キロ)は、開園後7週間で百万人の入場者を迎え大成功しています。
またディズニーランド開園後の5年間は、ウォルト・ディズニープロダクションの大躍進の時期で、1950年代はじめ600万ドルだった総収入が1955年には2700万ドルに、1950年代の終わりには7000万ドルに伸びています。
しかし、ウォルトは、夢のディズニーランド周辺に次々と進出する派手なモーテルやレストランの光景を見てがっかりしたようです。
1958年、アメリカ東部にもうひとつのディズニーランドを建設する土地を決める調査がスタートしています。
1964年にオーランド周辺の土地を購入することに決定、122平方キロ(東京山手線内側の2倍)の土地を確保、ディズニーワールドの建設が始まりますが、その途中の1966年にウォルトは肺がんで亡くなっています。
しかし、ウォルト・ディズニー社を共同経営していた兄、ロイが弟の意思を引き継ぎ、1971年にウォルト・ディズニー・ワールドとして開園を迎えています。
1977年、東京ディズニーランドの計画が発表され、千葉県浦安市に東京ディズニーランド(面積たったの0,5平方キロ)が1983年に開園、2010年8月には5億人目の入場者を記録しています。
参考文献:ボブ・トマス著、玉置悦子、能登路雅子訳「ウォルト・ディズニー」