万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

半導体は国産を目指すべきでは?

2021年03月25日 12時03分16秒 | 国際政治

 米中関係の悪化と並行するかのように、中国が自国技術での半導体開発に踏み切る一方で、アメリカもまた、半導体の国産化に向けた動きを加速させています。それもそのはず、半導体は、現代という時代における重要な’戦略物資’であるからです。米インテル社は、アリゾナ州に2兆円を投じて新工場を建設すると報じられています。仮に、米中開戦という事態に至った場合、’戦略物資’が相手国によって押さえられている、という状態は、決してあってはならないのです。

 

 ’半導体ウォー’は、1980年代の日米摩擦とは全く異なる局面、即ち、安全保障問題が絡む形で再発しているのですが、日本国政府は、半導体の問題をどのように捉えているのでしょうか。本日の日経新聞社の記事によりますと、日本国政府は、製造装置や素材において高いシェアを維持していることから、完成品の国内生産を半ば諦め、海外企業の誘致に政策方針の舵を切ったそうです。台湾のTSMCを念頭に置いているようですが、果たしてこの方針、日本国の安全、並びに、経済に資するのでしょうか。

 

 現在の半導体市場は、中国、台湾、韓国の三国が凡そ60%の生産を担っています。半導体が’戦略物資’であるとしますと、戦争遂行能力を左右する世界の’戦略物資’は、東アジアに位置する三つの国によって寡占されているとも言えましょう。日本国のシェアは、20%弱程度ですので、日本国を合わせれば、世界の半導体生産の凡そ80%が東アジアに集中しているのです。この状態は、近い将来、仮に中国が軍事行動に及んだ場合、半導体の生産力がかつての軍艦や戦闘機、そして、戦車等の生産力と匹敵するほど、戦局の行方に影響することを意味します。中国は、海外企業の半導体工場であったとしても、新型コロナウイルスのパンデミック時のマスク等の医療物資と同様に、国内法の下で速やかに禁輸措置が採られ、製造施設も接収されることでしょう。

 

そして、今日、親密度を増す中韓関係を考慮しますと、韓国は、必ずしもアメリカ陣営に与するとは限りません。しかも、韓国サムスン電子は、中国に対して巨額の投資を行っており、近年にあっても陝西省西安市に凡そ1.5兆円をかけて第二工場を建設しています。また、北朝鮮とは未だに休戦状態にある点からしましても、有事に際して韓国からの供給に期待することは難しく、‘当てにならない’状況にあります。

 

そして、今般、日本国政府が誘致に乗り出しているTSMCは、台湾企業です。現在、中国の脅威を前にして米台両国が結束して牽制しているとはいえ、習近平国家主席は、台湾に対する野心を最早隠してはいません。上院軍事委員会の指名承認公聴会にあってアメリカのジョン・アキリーノ次期インド太平洋軍事司令官も証言したように、中国による台湾侵攻もあり得るのであり、台湾は、必ずしも安全な場所ではないのです。

 

米中対立の最中にあって、中国、韓国、そして台湾の三国は、共に戦闘地となる可能性が高く、これらの諸国に半導体の供給を依存することは、日本国が、戦時にあって’戦略物資’の不足に直面するリスクを示唆しています。たとえTSMCの製造拠点を国内に誘致したとしても、中国による台湾の破壊と併合、TSMCの接収、サプライチェーンの分断等の事態により、戦時にあって日本向けの生産が継続されるとは限りません。日本国政府による海外企業誘致政策への転換は、安全保障の観点からしますと、疑問を抱かざるを得ないのです。

 

しかも、日本国内では、2020年10月に発生した旭化成の宮崎工場に続き、今年3月には、ルネサスの那珂工場でも火災が発生し、半導体工場が被災するという災難が続いています。半導体は’戦略物資’ですので、安全保障上の案件である可能性も否定はできないのですが、こうした事件は、半導体をめぐる国際的な攻防の激しさを暗に物語っています。半導体の供給不足は、日本経済のみならず、防衛や安全保障をも重大なリスクに晒すのですから、日本国政府は、半導体の国内生産こそ追求すべきではないでしょうか。工場の被災を機に、より生産性の高い製造施設へのリニューアルも検討すべきではないかと思うのです。


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