万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ワクチン接種誘導記事を解読する

2021年03月22日 11時59分07秒 | 社会

 新型コロナウイルスワクチンの接種は、国民の一人一人にとりまして大問題です。否、個々人のみならず、親族間のトラブルに発展するケースもあるそうです。本日のネット記事にも、断固、ワクチン接種を拒否している地方在住の高齢の父親を前にして、何とかして接種させようと奮闘するアラフォー世代のAさんの’作戦’が紹介されておりました。

 

 同記事によりますと、子世代であるAさん兄妹がワクチンは安全と信じ切っている一方で、68歳とされる父親の方は、ワクチン接種は’世界規模の人体実験’と見なしています。同父親が拒絶する理由は、医科学的な見地からのリスクではなく、政治・社会的な陰謀説ですので、この点については、非合理的とする批判を受ける余地はあるのですが、現実問題として、陰謀説も否定され得ず、また中長期的なリスクを含め、ワクチンの医科学的安全性は証明されていませんので、両者とも、相手を100%論破する根拠を持ち合わせていません。Aさんの判断こそ誤っている可能性があり、逆に、父親によって説得されて接種を思い留まる可能性もなるのですが、とりあえず同記事は、ワクチン=安全説に基づいて書かれたワクチン接種誘導記事として理解されましょう。

 

 因みに、同記事が紹介するAさんの’作戦’とは、(1)Aさん兄妹がワクチンを接種次第、実家に帰省し、父親に直接会って懇願する、(2)父親が折れなければ、Aさん兄妹の子供たちに協力してもらい、情に訴える(オレオレ詐欺的な手法)、(3)ワクチン接種者が増加すれば、世間の空気が変わる、という凡そ三段構えです。Aさんは、頑固な父親も、同作戦を実行すれば、何れはワクチン接種に応じると期待しているのです。しかしながら、この’説得モデル’、’実話’であるのかは疑わしいのです。何故ならば、ところどころに綻びが見受けられるからです。

 

 第一に、従来のワクチン接種希望者の傾向をめぐる見方は、地方の高齢者はマスメディアの報道を鵜呑みにしやすく、ワクチン接種に対しても何の疑いを抱くことなく我先にと接種に応じるというものでした。ところが、本記事では、逆に、高齢者の父親の方がワクチンのリスク情報を積極的、かつ、多面的に収集しており、決して’情弱’ではないのです(逆に、父親からの説明を受けて、Aさんの方が変心するかもしれない…)。同記事では、陰謀論を簡単に信じる高齢者、というイメージで描かれていますが、むしろ、ワクチンに関するマイナス・プラス両面の情報が溢れる現状にあって、リスク面を完全に無視して’ワクチンは安全’と信じて切ってしまい、他者に対してもその’信念’を押し付けようとするAさんの方に情弱性と危うさを感じます。

 

 第二に、Aさん兄妹は、自らがワクチンを接種した後としながらも、直接、父親と対面する計画を立てています。ワクチンの感染防止効果は100%ではなく、抗体が産生されるまでの期間はもちろんのこと、抗体効果の継続期間も比較的短い上に個人によって異なるそうです。同父親は、新型コロナウイルスに感染しないよう、細心の注意を払って生活しているそうですので、この’作戦’は、高齢の父親が感染するリスクを持ち込むようなものです。しかも、両親に直接に会えないことが父親にワクチン接種を薦める動機でもありますので、Aさん兄妹がワクチンを打った時点で、この問題は既に解決していることにもなります。すなわち、Aさん、並びに、その兄妹がワクチンを接種すれば、父親はワクチンを接種する必要はないのです(同記事のタイトルは、「68歳父はワクチン断固拒否、どうしても帰省したいアラフォー男性の作戦」…)。

 

 第三に指摘し得るのは、Aさんは、「(父は)自分の命を自分だけのものと思っている節があり、僕と妹は『それは違うんじゃないか』と考えています」と述べている点です。ワクチン接種の判断やその結果については自己責任としつつも、父親が新型コロナウイルスで亡くなる事態ともなれば家族や親族が悲しむので、接種拒否は一人だけの問題ではないとしているのです。しかしながら、この考え方、血縁者の枠を超えて他者にまで及びますと、強力な同調圧力として社会全体を圧迫する可能性があります。社会全体を考えれば、ワクチン接種を拒否する‘わがまま’は許さない、という風潮になりかねないのです(もっとも、ワクチンを接種したところで元の状態に戻れるわけでもない…)。

 

 以上に述べた諸点からしますと、同記事は、Aさんの’作戦’は、同様の立場にある子世代に対して、’説得モデル’として提案されたのでしょう。実際に、本記事の末文では、親の意思を尊重するとする選択肢を示しながらも、Aさんの作戦をヒントにするよう暗に勧めています。情に訴えるという点がポイントなのでしょうが、どこか、‘オレオレ詐欺’に近い手法のようにも思えてきます。あるいは、現実には、逆にアラフォー世代がワクチン接種に対して懐疑的であるため、敢えてAさん兄妹という‘人物モデル’を設定することで、同世代の人々に‘多数派はワクチン接種派’というイメージを刷り込もうとしているのかもしれません。現実には、ワクチンを打ちたがる高齢の親に対して、それを思い留まらせたい子供達も少なくないはずです。若年層ほどワクチン接種に対して消極的ともされていますので、何故、今という時期に、実態とはかけ離れた実話スタイルの記事が掲載されたのか、その意図を読み解いてみる必要もあるのかもしれません。


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