万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

スウェーデンの中国観光客追い出し事件-中国の対外戦略の一環か?

2018年10月03日 16時01分27秒 | 国際政治
スウェーデンと中国との関係は、中国人観光客に対するスウェーデン警察の対応をめぐり緊張状態にあります。事の発端は、予約より一日前に到着した中国人観光客がフロントで宿泊を断られたにも拘わらずにロビーに居座ったところ、駆け付けたスウェーデン警察官から外に引きずり出されたというものです。

 常識的に考えれば、予定よりも一日前の到着、あるいは、予約ミスは、旅行先の失敗談として旅のお土産話にでもなるのですが、このケースでは、誰もが予想もしない展開となりました。手荒につまみ出された観光客が中国人親子であったことから、スウェーデン側の対応を不服とした中国政府が外交問題に発展させたからです。中国国内のネット上では、非常識な行動をとった中国人にも非があるとする意見も見受けられるそうですが、あるいは、中国国民の多くも強面でスウェーデン政府に詰め寄る中国政府を支援しているかもしれません。

 中国政府の強硬な態度は、‘強くて頼もしい中国’を国民にアピールする狙いもあるのでしょうが、その根底には、共産主義国家の対外戦略が潜んでいるようにも思えます。例えば、外国に自国の歓迎を演出する‘歓迎戦略’というものがあります。この戦略とは、‘外国から自国民が熱烈に歓迎される状況を自ら造りだし、その状況を利用して政治的目的を正当化する’というものです。例えば、ソ連邦が周辺諸国を併呑するに際しては、必ずと言ってよい程、相手国の強い要望に応えるという体裁をとっています。ソ連邦崩壊後であっても、この伝統的手法はソ連邦崩壊後のプーチン政権にも受け継がれており、南オセチア問題、さらには、ウクライナ問題への介入でさえ、ロシア系住民による要請が口実の一つとされました。中国がチベットに人民解放軍を進駐させた際にも、同地では、‘熱烈歓迎’の横断幕が掲げられていたのです。住民への強制であれ、動員による演出であれ、何であれ、相手国が歓迎している、という‘形’が重要なのであり、相手の要望に応える行動であれば、その実態がたとえ侵略であったとしても、違法性が阻却できると考えているのでしょう。

今般のスウェーデン政府との悶着につきましても、この発想に基づく幾つかの意図が推測されます。例えば、ここで中国政府が制裁を辞さずの構えで交渉し、スウェーデン政府から陳謝、あるいは、中国人観光客の待遇改善の確約を引き出すことができれば、他の諸国に対する暗黙の威嚇となります(もっとも、現状ではスウェーデン側は中国の要求を拒絶している…))。‘中国人観光客に対して丁重な’おもてなし‘をしなければ、スウェーデンと同様の運命を辿るぞ’という…。言い換えますと、中国政府は、海外諸国に対して自国民の受け入れを‘歓迎’させ、滞在する自国民に内国民待遇を越えた‘特別待遇’を与えるよう要求しているのかもしれないのです。

  あるいは、さらにスケールの大きな思惑があるとしますと、それは、全世界の中国人に対する対人主権を内政干渉の道具として活用することです。今回の事件では、中国人観光客の待遇が問題視されましたが、今後、観光客のみならず、中国系移民と移民先の国民との間で何らかの争いや摩擦が生じた場合にも、中国政府が介入し得るよう、前例を作ろうとしたとも考えられます。究極的には、他国の領域主権よりも中国の対人主権を優先させ、‘中国人の住むところは中国の主権の及ぶところ’の状況を目指しているのかもしれません。

 現在、外貨準備の減少に悩む中国は、外貨流出を規制するための措置をとっていますが、他国で貴重な外貨を費やしてしまう観光客の存在は、本来であれば、規制対象となるはずです。それにも拘わらず、中国政府が、移民も含めて積極的な自国民の海外送り出し政策を続けていることには不自然でもあるのです(その一方で、優秀な自国民留学生などに対しては呼び戻し政策を行っている…)。中国の観光政策が、行く行く先を見越した戦略の一環であるとしますと、この謎も解けるように思えるのです。

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コメント (4)
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