万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日中通貨スワップ協定再開の危うさ

2018年10月28日 15時03分32秒 | 日本政治
「日本車に20%関税を」トランプ氏が警告
日本国の首相としては7年ぶりの公式訪問となる安倍首相の訪中の成果については、賛否両論が渦巻いているようです。評価ポイントとして挙げられているが、安全保障分野はともかくとしても、対中協力によって日本国側も経済的利益を得ることができるとする点であり、しかしながらこの実利論、中国を取り巻く国際環境からしますと、実利どころか日本国側の損失になりかねないリスクが潜んでいるように思えます。

 とりわけ、その評価が分かれるのは日中通貨スワップの再開です。この件については、アメリカが中国を高関税政策で追い詰めたにも拘わらず、同盟国である日本国が敵国に逃げ道を準備するような行為として、ネット上では批判を浴びていました。この批判に関しては、以下の二つの全く正反対の視点からの擁護論があります。

その一つは、日中両政府の公式の見解であり、それは、アメリカからの対中投資の減少を日本からの投資で補いたい中国の意向と、13億の市場において事業を展開したい民間企業を抱える日本国側の要望が一致したというものです。つまり、凡そ3兆円のスワップ枠は、いわば、同市場で既に融資業務を実施している邦銀を介して政府保証の役割を果たすという説明であり、日本企業の中国進出を金融面から支えるとされています。この説明では、今後、中国経済は、日本国の支援を受けることでアメリカからの経済制裁を凌いで順調に発展する一方で、日本国企業も、中国政府の後ろ盾を得て同市場で事業を拡大させるというものです。この側面だけを切り取れば、確かに、両国間にはウィン・ウィンの関係が成立するようにも見えます。

それでは、もう一つの擁護論と言うのは、どのようなものなのでしょうか。それは、日本国政府は、既に中国経済からの撤退を決意しており、凡そ3兆円の通貨スワップ枠は、中国市場で人民元建パンダ債を発行によって現地通貨での融資を実施している邦銀を救済するために準備されている、と言う説です。アメリカの締め付けによって中国経済は程なく崩壊過程に入り、人民元建て債権が回収不能となった邦銀も経営危機に陥るので、今般、スワップ協定を再開すれば、これらの邦銀が中国の中央銀行が日銀に提供する人民元で速やかに手当てできると説明されています。邦銀の融資先は、中国企業のみならず、現地で事業を行っている日本企業も多く、通貨スワップは日本企業救済策となるのです。一方の中国側も、外貨不足によるデフォルト危機を日銀によるハードカレンシーである円の提供で緩和できますので、この説でも、両国間にはウィン・ウィン関係が成立します。

融通枠を10倍にまで拡大させた日中スワップ協定再開の評価については、その目的自体が不明であり、上述したように、事実認識が全く異なる凡そ二通りの擁護論があるのですが、何れの説であっても、日本国側にとりましては、プラス面ばかりを期待できるわけではありません。

第一の説では、日本国側の短期的な経済利益優先の方針は、アメリカに対する背信行為となり、政治経済両面における日米関係の悪化が懸念されます。日米通商協定交渉にあってもアメリカの態度は硬化し、日本国に対して妥協どころかさらに厳しい要求を突き付けてくるかもしれません。中国市場への進出は果たした日本企業も、中国共産党による厳しい監視下に置かれるのみならず、米中貿易戦争に起因する景気減速の煽りを受けて事業収益は赤字となる可能性もあります。また、目下、上海や深センの株式市場では株価は下落傾向にありますが、欧米諸国の資本が引き上げる中、日本国の金融機関が最後に‘ババ’を引くことにもなりかねないのです。日本経済が中国経済に組み込まれますと、日本国も中国と運命を共にし、危険水域にあるチャイナ・リスクを被ることなりましょう。

第二の擁護論は、凡そ発生が確実視されている損失に対する対処法となりますので、邦銀の損失を最低限に抑えるための措置に過ぎません(損失の最小化…)。つまり、最初の前提からしてマイナスから始まる説であり、到底、ウィン・ウィン関係として絶賛し得るものではないのです。もっとも、アメリカとの関係については、邦銀等の救済に目的を限定することを条件にアメリカも容認しているともされ、前者よりは、両国間の関係に悪影響を及ぼす度合いは低いかもしれません。

 どちらの説が正しいのかにつきましては、今のところ、的確に判断するだけの十分な情報がないのですが、少なくとも、日中通貨スワップ協定の再開は、両国のルーズ・ルーズ関係に終わるケースも想定されます。日米同盟に安全保障を大きく依存し、経済面においても重要な貿易相手国である米国は、既に中国との間で対中貿易戦争の只中にあり、こうした状況下での日本国の親中路線への転換は、安全保障面のみならず、経済面においても必ずしも日本国側に利益をもたらすとは限らないのではないかと思うのです。

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