万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

‘2030年644万人人手不足説’の怪しさ-予測者に注目を

2018年10月24日 14時50分45秒 | 日本政治
2030年の人手不足、644万人 パーソル総研と中大が推計、17年の5.3倍に
報道によりますと、日本国では、昨年の2017年の121万人から5.3倍に拡大し、22年後の2030年には644万人もの人手不足が発生するそうです。この報告、「総務省の労働力調査など各種統計を活用し、労働需要と供給を予測して不足人数などを推計した」とされていますが、将来予測とは、しばしば外れるものなのです。そして、予測が不正確となる理由の一つは、予測者による将来願望が結果に投影されるからです。

 それでは、この‘2030年644万人人手不足説’はどうでしょうか。そこで、最初に調べるべきは、同予測を弾き出した予測者の立場です。この説を発表したのは、パーソルホールディングス傘下のシンクタンクであるパーソル総合研究所と中央大学であり、民間と大学による共同研究の成果とされています。パーソナルホールディングスとは、大手人材派遣会社であるパーソルテンスタップ(1973年創業)を中核として設立された企業グループの持株会社であり、積極的なM&Aを繰り返すことで事業規模を拡大してきました。パーソル総合研究所も、同グループの一員として雇用や労働に関する調査・研究、並びに、派遣スタッフ向けの教育を担っているようです。さて、ここに派遣サービス事業者としての予測者の立場が明らかになったのですが、この立場からしますと、‘2030年人手不足644万人説’には幾つかの疑問点が浮かび上がってきます。

 第1に指摘し得るのは、2030年に最も人手不足が深刻化するとされるサービス産業における予測数字の算出根拠が不透明な点です。総務省統計局が実施した労働力調査における2017年12月の統計を見てみますと、サービス産業の就業者数は、細目を合計すれば凡そ1746万人です。同分野に次いで大幅な不足が予測されたのが医療・福祉であり、この分野での就業者数は約814万人とされます。ところが、今般の予測では、2030年におけるサービス産業の‘需要’が2101万人、医療・福祉分野では1367万人であるのに対して、供給’は、前者が1701万人、後者が1180万人しかないため、其々の分野で400万人と187万人の不足が生じるとしています。医療・福祉については所謂’団塊の世代’の高齢化を考慮すれば需要数の増加は理解に難くはないものの、人口減少の中、何故、サービス産業の‘需要’だけが現在の就業者数を355万人も上回るほど増加するのか、その根拠や説明がなされていないのです。いわば、結論に至る予測プロセスは、‘ブラックボックス’なのです。

 第1に関連して第2に、同報告は、製造業の衰退、あるいは、非サービス業におけるリストラを予測した結果として、サービス産業の‘需要’増加を予測したのではないか、とする疑いがあります。実のところ、同社は、2016年の衆議院予算委員会において、国が実施してきた再就職支援助成金制度に関連して、顧客企業に対して違法すれすれの退職勧奨の方法を指南したとして問題視されております。「リストアップ方式」と称されるこの方法たるや、低評価の社員をリストアップして秘密裏に個別に退職を促すという、結構、阿漕な手法なのです。同社は、生産性の向上を解決策の一つとして挙げていますが、サービス産業の不自然な需要増加は、自らの事業の一つである企業に対するリストラ支援の結果として生じる‘失業’対策としての意味合いがあるのかもしれません。しかも、実際には、企業の積極的なリストラの結果として人手不足が生じている疑いもあります。

 第3に、仮にサービス産業の‘需要’が現在の程度で推移するとすれば、81万人と試算された外国人労働力に頼る必要はないはずです。働く女性102万人と高齢者の163万を合計すれば265万人となり、AIやロボットの導入で代替できる298万人分を足せば、566万人となります(AI化やロボット化は、今般の総務省の将来予測の人手不足とは逆の人手余りを予測している)。さらに、人員が余剰となる金融・保険・不動産分野の30万人と建設の99万人が不足産業に転職すれば、合計で695万人にも上り、人手不足分を余裕で補うことができるのです。先述した根拠なきサービス産業の大幅増加の条件を外せば、同報告者は、むしろ、外国人労働力を必要としないという結論に至るはずなのです。

 また、第4に、同報告では、不足分を埋めるために、さらりと81万人の外国人労働者の受け入れを提言していますが、同社が外国人労働者をも仲介する大手派遣事業者である点からしますと利益誘導が疑われます。同社は、アジア地域にも事業を展開しており、中国、台湾、韓国、インド、ベトナム、タイ、インドネシア、マレーシア、シンガポール、台湾といった諸国に拠点を設けています。外国人労働者の受け入れ数の数字が大きい程、事業チャンスや利益も増えるのです。

 具体的な数字を並べられますと、ついその数字を信用してしまうものですが、将来予測に基づく政策提言には、それが誰もが正確には知り得ない未来を根拠としているがために、迂闊には信じてはいけない側面があります。‘将来こうなるから、こうしなさい’といった危機を煽る手法は、詐欺にも使われています。移民政策を推進したいためか、マスメディアは、一斉にこの‘2030年644万人人手不足説’に飛びつきましたが、予測者の立場の偏向性やその根拠の薄さからしますと、この説は、大いに怪しんで然るべきなのではないかと思うのです。

 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。

にほんブログ村 政治ブログへにほんブログ村

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする