浜崎ヒカル交通館ブログ

浜崎ヒカルの独り言などを載せています。

赤穂線乗り鉄に出かけた(その3)

2023年10月28日 21時26分09秒 | Weblog
今さら、10月22日のことを記事化して、すみません。

10月22日の昼の12時半頃、わたしは、赤穂市街地にある、某そば屋にいた。
播州赤穂駅南口から南へ向かって歩いていくと、右手にある店である。
店に入ると、カウンター席に案内された。
12時台のため、わたし以外にもお客が居られた。
わたしは、たぬき蕎麦を注文した。



どのような具が入っているかが楽しみだった。
蕎麦の上には、油揚げが2枚載っていた。

昼食後は、歩道をさらに南へ向かって歩いた。



すると、いきつぎ広場に着いた。
案内板を見ると、花岳寺まで、あと200mらしい。






その場所には、からくり時計と、息継ぎ井戸がある。

さらに進むと、日中は自動車などが通行止めの商店街の道に入った。



その道を少し西に進むと、台雲山・花岳寺の山門の前に到着した。

花岳寺は、曹洞宗の寺院で、赤穂藩の歴代藩主の菩提寺である。



門をくぐると、本堂が目に入った。



その付近には、二代目大石名残の松がある。





少し右手に進むと、鳴らずの鐘と水琴窟がある。

その日は、晴天の日曜日だったが、参拝に来ていた人は少なかった。

本堂を参拝後、拝観受付の場所で、拝観料を支払って、宝物館や墓所などがあるところに入った。









なお、宝物館と木像堂は、撮影禁止になっているので、もちろん、撮影をしていない。



本堂前から、西のほうへ目を向けると、報恩堂と坐禅堂がある。

花岳寺の参拝・拝観を終えると、山門をくぐり、境内をあとにした。

そして、商店街を東へ向かって歩いた。
営業している店もあるが、シャッターが閉じた建物が多かった。

播州赤穂駅へ向かう道に出ると、北へ向かって歩いた。
その途中、ある店で、塩味饅頭を買った。
そのあとも、北へ向かって歩いて、播州赤穂駅に入った。
播州赤穂駅でも、買い物をした。
そのあと、改札前の待合スペースで、しばらく過ごした。

14時半より、少し前に、PITAPAで改札を通り、ホームに入った。



ホームでしばらく待つと、折り返し、15時07分発の960M・姫路行きになる列車が入線してきた。
223系電車の4両編成で、わたしは、上り列車では最後尾になる車両に乗車した。
車番はクハ222-2033だった。
発車まで、かなり時間があった。
わたしが乗ったばかりのときは、車内は空いていたが、時間が経つにつれて、車内は乗客が増えていった。

15時07分、姫路行きの列車は、播州赤穂駅を発車した。
播州赤穂の次は、坂越駅に停車した。
坂越駅からは、車内は混雑してきた。
立ち客も結構いた。
坂越駅を発車した列車は、少し経つと、千種川の橋梁を渡った。
その次は、西相生駅に停車した。
西相生駅を出発すると、次は、相生駅に停車した。
わたしは、相生駅で下車した。
その列車が停車したホームの向かい側には山陽本線の相生発の列車がすでに停車していた。



15時25分発の1323M・岡山行きである。
115系の3両編成の列車で、わたしは、先頭の車両に乗車した。
車番はクハ115-1088だった。
わたしが乗車したときは、まだ車内は空いていたが、姫路発播州赤穂行きの列車が、ホームの向かい側に停車すると、多数の人たちが乗り換えてきた。
車内はあっという間に混雑し、立ち客も多かった。
その列車は、相生駅を発車すると、有年、上郡の順に、各駅に停車した。
上郡を発車すると、船坂峠を通り、船坂トンネルに入り、岡山県に入った。
そして、三石駅に停車した。
三石を発車後は、吉永、和気の順に停車した。
和気駅停車後は、すぐには発車しなかった。
何か良からぬことが起きたのか心配になったが、列車は2分遅れで発車した。
そして、次の停車駅の熊山に止まると、下車した。
そのあとは、駅の外に出て、マイカーで帰路に就いた。

こうして、日生のフェリー撮影と、赤穂の花岳寺の参拝などを目的とした外出を終えることができた。
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