3月21日(火)
春分の日で祝日。
先日の原稿を最終チェックしておく。明日には著者氏に送ってもらう段取りでいきたい。
午後は吹田から泉佐野市まで出かけて先週生まれたばかりの我が初孫に会いに行く。
よく眠っているところを抱きかかえる。こんなに小さな状態の赤ちゃんの顔を見るのは、三男が生まれて以来のことではないか? 顔は3人の息子たちの誰かによく似ているというか、どの顔とも同じように見える(笑)。
名前は「絃起」(げんき)。さて君にはどんな未来が待っているのだろうか・・・。
3月21日(火)
春分の日で祝日。
先日の原稿を最終チェックしておく。明日には著者氏に送ってもらう段取りでいきたい。
午後は吹田から泉佐野市まで出かけて先週生まれたばかりの我が初孫に会いに行く。
よく眠っているところを抱きかかえる。こんなに小さな状態の赤ちゃんの顔を見るのは、三男が生まれて以来のことではないか? 顔は3人の息子たちの誰かによく似ているというか、どの顔とも同じように見える(笑)。
名前は「絃起」(げんき)。さて君にはどんな未来が待っているのだろうか・・・。
3月18日(土)~19日(日)
この2日間でなんとしてもある原稿を仕上げなければとの決意で迎えた休日。
家事をしながらせっせとパソコンに向かい、2日目の昼前にあとは図表と見出しを付けて著者に送るだけという所まで目途がつき一安心。
その間に次の多人数本の校正が届いたり、確認をしたりの作業もしながら一息つく。
録画していた12年前の映画「マイ・バック・ページ」を観る。70年前後に先鋭化する学生運動の一断面を描いたものだろうか、学生に共感を寄せ自己矛盾に陥っていくジャーナル誌(朝日ジャーナルと思われる)の記者の姿が痛々しい。大学構内に立てかけられたあの独特の文字で書かれた看板にわが学生時代を思い出す。エンディングで流れていた曲が良かった。調べるとボブディランの「My Back Pages」。随分古い曲だが、あっ、これ気に入ったという感じでさっそく音源をネット検索。さっそく練習曲にリストアップしておこう。
3月13日(月)
雨は大丈夫かと空の様子をうかがいながら出勤。
また新たな週の始まりだが、この週末は1日仕事を休んで3連休にした。
10日は相方の強い要望で三重県鈴鹿方面へ梅の花鑑賞ツアーとなった。2カ所の梅園を訪ね、それは、それは見事な枝垂れ梅をはじめとする様々な梅の花の迫力に圧倒されて帰ってきた。
11日~12日は次の本の原稿整理作業と看板用のテントが新しくなった地元市会議員の事務所開きに参加。現状維持の全員当選が目標だが、今回は維新の会候補が多く出るようでかなり厳しいたたかいになるようだ。また府議会に2議席しかない貴重な議員の一人も地元ということで、こちらも絶対に落とすわけにはいかない。吹田選挙区で前回より定数が1減らされ、4→3になったのでこちらも相当厳しいたたかいが予想される。すでに不可各地で出所不明の反共謀略ビラが配布されてもいる。
そんな週末明けの今日もメールとFAXチェックで立ち上がる。
朝一仕事は、原稿整理を終えたデータをデータ屋さんへ入稿。目次と表紙案も作って送っておくが、著者方面から表紙はもっとお洒落にして!との要望も寄せられあれこれ思案していく。
出庫の方は日販、トーハン、直販、通販。量が多く昼までかかって出荷を終える。
新刊案内のチラシ原稿も作って印刷へ発注しておく。
昼ごはんはライフで弁当とおでんを買い、しばしWOWOWの映画を観ながら食す。倍賞千恵子主演の「プラン75」という絶望的内容の映画を途中まで。
集会販売の申し入れ、広告掲載の申込などを終えて整骨院予約のため早めに引き揚げる。
家族lineを見ると長男夫婦の出産が終わったとの連絡が生まれたばかりの男の子の写真付きで来る。おお、わが初孫の誕生である! すばらしい今日は記念日になった。Facebookに投稿すると大勢の方からお祝いのメッセージをいただいた。嬉しい。明日に向かって新しい気持ちが湧いてきた日となった。
3月4日(土)~5日(日)
2日間とも暖かな春らしい日和。
選挙活動への参加要請があったが今日は原稿仕事に集中するために参加せず。何とか前進の結果が出てきたので気持ちは落ち着いた。
春の陽気の下、キッチンカーやテントが並んでイベントが開催中の吹田駅前広場を通り抜けて電車に乗って天満へ向かう。シンママ大阪応援団の学習会企画に参加。冨田宏治先生による地方選挙向けのお話。世界の動きから身の回りの暮らしのことまで、何がどうつながっているのかをお話いただいた。
夜はNHKの南海トラフ巨大地震のドラマ。恐い内容、そして切実なドラマだった。先日のトルコ・シリア地震もそうだが、確実に巨大災害が襲ってくると言われているのに、軍事費ばかり大きくなる予算なんて、この国の指導者たちはバカとしか言いようがない。加えて津波に襲われる大阪湾、そこで万博を開きカジノを建設するというようなこれまたバカな考えを持つ大阪府・市のなんと愚かなことか。
2月4日(土)~5日(日)
土曜日は洗濯などの家事仕事をしながら校正作業。半分ほど終えて休日態勢に入る。
翌日の日曜日にある選挙関係集会の前座でギターと歌をとの依頼があり、練習しておくが、どうもイントロ部分が決まらない。
その日曜日、9時前に勤労者会館へ行き、会場設営を手伝い集会に参加となる。イントロからの入り方を確認して、相方の歌と私のギターで2曲披露。人前での演奏は久々なので緊張するわ~。
さて集会の方は、現在の状況が非常によくわかる内容で、絶対に石川たえさんを当選させなくては、そのために何をしなければいけないか、腑に落ちる内容であった。
家に帰り昼食後、引き続き校正作業に向かい、残り半分も終えて明日にはデータ屋さんへ送信となる。
1月28日(土)~29日(日)
1月最後の休日の日。
持ち帰りの原稿仕事に取り組むが、イマイチ気力が萎えて低きに流れてしまうのは仕方ないかとあきらめる。
インパール作戦停止後の日本軍の悲惨、週刊朝日休刊の背景話など視聴しておく。
頭から離れない「時代遅れのRock’n’Roll Band」のギターのイントロ、エンディングの練習。
29日の朝一。上脇先生の新刊『憲法の破壊者たち』が「しんぶん赤旗」に紹介されていたのを確認する。ありがとうございます。
さて、天気がいいので久々のウォーキングに出かける。
コースは自宅→豊津→関西大学→片山坂→吹田駅→自宅。豊津で偶然見つけた垂水墓地には戦争で亡くなった日本軍兵士の墓標が何本も立つ。母校の関大前通りは40年以上も経って大きく様変わり。たくさんあった書店・古書店は1軒しかなく、学生向けのラーメン屋やエスニック料理などの店が軒を並べている。
ボーリング場だけは当時のまま。
大学は2月1日から入試が始まるようで、試験会場の案内看板があちこちに立つ。
大学敷地の最奥には野球場。遠くに梅田のビル群が見える。
敷地を通り抜け片山坂を下っていく。メロード吹田前で献血を呼び掛けていたので、久々に協力することに。「献血前にこれを飲んで食べてください!」とペットボトル飲料やクッキーを幾つも渡されるが、そういわれてもなかなか飲めないし食べられないし、と思いながら献血ベッドに横になった。採血は標準の400cc。帰りに生卵と水筒の入った景品袋をいただいた。
2時間ぐらい歩いたが、それでも1万歩ちょっととは大したことないなあ。
1月20日(金)
本日もメールとFAXの確認から仕事にとりかかる。
出荷はAmazonのみ。
次の新刊『大阪コロナ禍3年を検証する』をJPROやAmazonに登録、SNSでも発信しておく。
20日なので支払い計算作業、各方面に振り分け支払処理しておく。
振込用紙の印字サービスの申込で郵便局に行く。以前は無料のサービスだったが、今は1枚につき3円の料金が必要になっている。うーん。
集計実務、会議の報告文書を作って会議に出席。
外にでるととにかく寒い。おでん屋に寄って帰宅となる。
1月21日(土)
遅めに起きて、朝風呂、洗濯、そして朝ごはん。
メールチェック、ネット検索などで時間を過ごし、午後は大阪市立中央会館へ。カジノの反対する府民集会だ。矢野氏、西谷氏、野村氏らの話を聞き、建設予定地に関する問題点が次々に明らかになる。販売されてた本を2冊購入。残念ながら大阪市長選挙候補者の発表はなかったが、場内は満員でカジノ中止への学びの場となった。
終ってヨドバシ梅田店前の辰巳コータロー氏タウンミーティングに向かう。が誰も人がいない。てっきりいつもの演説会の場所かと思ったら、まったく反対側の場所にライトブルー姿の人々の一群が見えたのでそちらに移動してようやく参加となる。体感気温マイナス3度の下、多くの人が声援を送っている。。
今日も余りにもさむいので、ばったり会った知り合いと熱燗コーナーへと移動、温まって引き揚げることになった。
1月22日(日)
今朝は早めに目は覚めたが、ベッドの上でグズグズしていたら、ああ、嫌な夢を見てしまった。まずは気分を変えるために朝風呂から一日を立ち上げる。
冷凍庫が食品でいっぱいなので早く食べて減らしてほしいと言われ、朝ごはんは冷凍焼きめしと味噌汁に。サンモニを観ながら食す。
続けてNHKの校正者番組を見ながらわが編集&校正仕事を見直す。
先日発表されたCSIS(米戦略国際問題研究所)の机上演習レポートの解説をYoutubeのデモクラシータイムズで視聴。田岡俊次氏が台湾有事のリアルを解き明かす。
「24通りのシナリオのうち20通りで、米台日の連合は中国の侵攻を食い止め「勝利」するが、その代償は巨大。台湾は経済的に壊滅状態となり、電力もインフラもなく、人的被害も甚大。米軍は2艘の空母を沖縄沖で失いその他数十隻の艦船が沈没し、数百機の航空機を失い、戦死者戦傷者行方不明者も9000人。そして日本も国内の米軍基地が出撃基地兵站基地となることで攻撃の対象となり、台湾周辺南西諸島だけでなく日本全土で100機の航空機を失い、26隻の艦船は沈没し、米軍基地も自衛隊基地も破壊される。自衛隊員の犠牲だけで数千人。戦場となった沖縄、本土の基地や周辺の民間人の被害は想定の対象にもなっていない。中国自体も侵攻の代償は米台日の数倍という膨大な規模で、上陸作戦を採用する可能性があるのか? そもそも台湾の人たちは、このような形で米日が「独立」を応援することを望んでいるのだろうか。リアルな現実から出発した、外交も経済も政治もすべてを動員した緊張緩和の努力こそ日本に求められているのではないか」(解説から)。
次の本の原稿整理を第8章まで進める。予定より遅れているので週明けにはなんとか出稿したい。
1月8日(日)
朝ごはん後、新しいクレジットカードの登録に伴う諸手続き作業。スマホで行うのだが、IDやパスワードなどで手間取るもなんとか完了する。
暖かい日差しの下、吹田→大阪→鶴橋→大和西大寺→高の原へと向かう。家を出て1時間40分、結構な時間がかかってしまった。今日は毎年行っている関西の民主書店グループの新年会。駅で梅田の書店員Oさんと合流し、迎えに来ていただいた奈良のS書店さんの車に乗って和食のお店に到着。すでにテーブルについていた別のお2人を交え5人での会食となる。書店・出版・取次の業界話から政治のことまで話題は尽きないが、基本的に明るい内容は無い(泣)。ビール、日本酒、ウィスキーといただきいい気分になったところで、今年もなんとか乗り切りましょうとお開きとなり、鶴橋までOさんと電車に乗って帰ってくる。
帰宅後は「ポツンと一軒家」と「大阪明るい会の記者会見」で時間が過ぎていった。
1月7日(土)
新年7日目。子どものころは今日が冬休み最後の日だったけど、最近はどうなのだろうか?
朝風呂、朝ごはん、そして洗濯を済ませて仕事に取り掛かる。
送られてきた著者陣からの初校のまとめ作業。まだ届いていない部分もあるが、昼過ぎまでかかって整理し、データ屋さんへ送信、来週の再校へつなげていく。
映画は「老後の資金がありません」。三谷幸喜氏が出演していたので彼の脚本かと思ったが違っていた。なかなかリアルな話の中に笑いも盛り込まれた作品。最後はローン支払い中の家を売って差額が老後の資金となり、シェアハウスに暮らすことになるのだが、こういう方法もありかなと思った。
1月3日(火)
7時半の起床、朝風呂から洗濯へと移りながら朝ごはんとなった正月3日目。
家族兄弟姉妹の新年会があるので、家の関係各所を掃除、テーブルの移動など諸々の準備に追われる。
12時過ぎごろからぼつぼつ皆が集まり、13時ごろにまずは新年のお神酒で1年の邪気を払う。
それから17時ごろまで新年会は続き、散会・片付けへ。
年賀状をたくさんいただいているが、昨年義母が亡くなったのでこちらからはまだ送っていない。遅れて寒中お見舞いでも出すことになるか。
さて疲れたところで風呂に入り、明日は仕事始めということで早めの就寝となる。
1月2日(月)
起床、直ちに朝風呂に浸かりながら窓を開け、徐々に晴れつつある空を見ながらの正月2日目。
「2023元旦スペシャル 私たちはどこに向かうのか」を雑煮の朝ごはんを食べながら視聴する。司会者以外全員が40代という若い論客の方たちの、いずれも説得力のある話に引き込まれる。
原稿読みと経営方面に頭を使う小仕事もしておく。
あとは明日の来客に備えてのトイレ掃除、映画、昼寝、ギターなどでのんびりと正月気分で過ごす。
2023年1月1日(日)
新しい年が始まりました。今年もよろしくお願いいたします。
暖かい元旦となり、たまにはということで近所の高浜神社に行ってみたが、感染対策で入場制限、長い行列ができていた。知人夫妻に出会ったのでしばしの挨拶談義。
家に帰って今日の新聞を開き広告掲載を確認して特大対談記事を読む。昨年来の情勢の下、大軍拡ストップ、国民生活防衛、そして岸田政権打倒へ向けて重要な年になることを再確認。
2月で65歳になりとりあえずの定年を迎え、わが弱小零細出版社の今後はどうなるのかと考える日々だが、こんな社会状況を前にすると、微力ではあるけどまだまだ出版ジャーナリズムの火は消せないなあと感じる。
そんなことを思いながら、昨夜はとりあえず時間潰しに知らない歌手ばかりやなあと紅白歌合戦を見ていたら、桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎の「 時代遅れのRock’n’Roll Band」というとても素晴らしい曲に出会えた。昨年の5月ごろに発表されているが、初めて聴いてとても気に入った。この1年、日本と世界の出来事に対して何をどう考え言葉を発していけばいいのかと沈み込みがちな気持ちになりそうな日々が続いているが、そんな気持ちを明るく解き放してくれるような感覚の歌詞とメロディがいい。簡単に歌えそうなのでさっそく練習してみよう。
桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎 - 時代遅れのRock’n’Roll Band(Full ver.)
12月31日(土)
大晦日、恒例の今年の出版物振り返り。
今年は企画出版12点、自費出版2点を手がけることができた。毎月1点ペースが理想だが、今年は様々な事情が重なり短期間に集中する山場が2つあり、その対応に追われる間に1年が終わったという印象。いやあ、実に忙しかった。出版集中のおかげで資金繰りの面では結構キツイ状況もあったが、現局面は改善の兆しが見えつつあるという感じ。ひとまずは安寧のうちに年は越せるかな。
さて来年の出版業界はどうなるのか、その中で機関紙出版はどうしていくのか、この休み中にも少し考えておこうと思う。
12月30日(金)
年末年始休暇1日目。
この休みは帰省もしないし、旅行にも行かないしで、イベントは1月3日に子どもらと相方の弟妹ら家族が集うことぐらいなので基本的になにもすることがない。ちょっとは仕事もするかな。
午前中は車の洗車と給油で近所のお店へ。40分ぐらいかかるというので歩いて家に戻ったところで「できました」との電話。すぐにUターンして車を受け取る。
家に戻り昼ごはんを食べて車で出かける。途中、ベンツが割り込んできたり、ウィンカーも点けずに急に方向転換したりという他車からの脅威と危険を避けながら神戸へ。まったくマナーが悪いドライバーが多い。
今日は義父母の墓参りなのだ。幸い気温も穏やかで、小高い場所にある墓地から神戸の海を眺めていると時間がゆっくり過ぎる。
相方の実家に寄ってお茶をして解散となる。