沖縄のこと

沖縄のこと

 

本土の人は、沖縄について関心が低い。多分離れて、接する機会もなく、教育の中でもあまり触れられないからであろう。しかし沖縄の現状はもっと本土の人が関心を持って、政府などの対応に接しなければならないと思う。

 

私は学生時代の下宿に、沖縄から来た大学院生が二人いた。この下宿は、普通の都内の下宿より30%以上安い部屋だった。一人は早稲田で、もう一人は東京教育大であった。時々一緒に食事をする機会があり、いろいろ話を聞いた。まだ沖縄は復帰前で、パスポートが要ったし、彼らの財力ではフェリーで行くしかなかった。しかし沖縄に着くと、公安の人が後をつけて歩き、自由には活動できないと言っていた。

 

初めて沖縄に調査行ったのは、私が35歳ごろであった。既に日本に復帰していたが、沖縄の人の体格の悪さに驚いた。耕作地は基地に取り上げられ、フェンスの周りの狭い土地に、わずかに野菜などを作って、食料の足しにして暮らしていた。1ドルステーキ(当時は360円?)などもあったが、ほとんどが米兵向けで、結縄の人は少なかった。

 

今でも沖縄は基地の負担が重く、産業も少なく、苦労している。先日の米兵による女性への暴行事件があった。本土の人は沖縄の現状にもっと関心を持たなければならないであろう。

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サリン事件30年

サリン事件30年

 

オウム真理教のサリン事件が、長野県の松本市で起こってから30年と言う。

思い出すとサリン事件には、いろいろな思い出がある。

 

松本は私の父の実家の近くで、昔から幾つかの泊まる家があった。松本の事件ではその一つの家の近くだ。知っている人が最初の容疑者になっていた。しばらくはかなり苦しい時間があったと思われる。

 

しばらくして、文部省に行くことになって、東京に出たついでに寄ることにした。会議があって一晩東京に泊まり、次の日の朝、宿舎に電話があって、地下鉄の虎の門は使えないから、新橋から歩いてくれと伝えられた。これが地下鉄サリン事件で、地下鉄駅付近はまだ騒然としていた。

 

事件の全容が分かったのは、家に帰ってきて次の日であった。

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ボートレース

ボートレース

 

先日日曜日に、レガッタの放映があった。

大阪市立大時代には学内レガッタがあった。医学部からも数チームが出た。

京都大のボート部の卒業生が解剖学教室に来て参加してくれた。ところが揃って漕ぐと、ボート部出身は力が強く、その側が早くなる。結果として、ボートはジグザグに進むことになり、打ち上げの時に大笑いをした。

 

カンボジアに行った頃に、カンボジアのJICA事務所長が京都大のボート部の卒業生であった。ご自宅でご馳走して頂き、大変お世話になった。私がまだカンボジアで財団の理事をしていたころ、彼は北海道教育大の教授でおられて、お会いしたことがある。

 

ボートレースを見ると、いろいろ懐かしい。

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東京都知事選

東京都知事選

 

東京都の知事選が始まった。多くの候補者が、それぞれの主張を述べているが、基本を捉えていない。

 

それぞれ出産の率の低さを改善しようとしている。もう少し広い視野で、世界を見たら出産の改善などの議論は異なる方向に行くであろう。

 

今から50年ぐらい前に、IBP(国際生物学プログラム 1964-1974)と言う世界的な研究組織で、地球上の養える人口の試算をしたことがある。日本でも数か所の地点を決めて、各地で調査し私も参加した。この時の試算によると、地球上で養える人口は、80億から120億程度であるとされた。実施には、食料は地域的に偏っているから、80億くらいが限界であろう。現在はこの数値に達していると思われる。

 

これらのことを考慮すると、いつまでも人口の増加を計画するのは、無知の極みである。そろそろ人口の減少に対処する方法を検討するのが、正しい道であろう。

 

都知事になるような皆さんが、極めて狭い知識で都民を誘導するのは危険であろう。

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柳宗悦

柳宗悦

 

最近、NHKの放送で柳宗悦の番組を見た。しかしあまりにもピントが外れていて、理解には至っていなかった。

 

彼の思想を理解するには、著書の中でも「南無阿弥陀仏」を読まなければ、全体像は理解が出来ない。しかしなかなか難解な本で、すんなりとは理解できない。一遍智真上人の思想を読み解いた内容で、棟方志功もこの本のためにいくつかの作品を作っている。柳自身も、自分で書いたもので最も反響の大きかったものだと述べている。

 

その思想は、簡単に言うと、人は皆平等であると言うことである。戦前に朝鮮の器に対して、高い評価をしている。戦前では考えられない思想である。これは一遍上人の思想から、人間の平等性に依ったもので、民芸の思想もここから始まっている。

 

教養としてもいつか読んでおきたい「南無阿弥陀仏」(岩波文庫)である。

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天気と体調

天気と体調

 

最近は天気が悪くなると、体調も悪くなる。

程度は色々で、ひざや肩の痛みなどや、耳の聞こえが悪くなったりする。

昔、村の年寄りたちが、雨が近づくと体が痛いなどと言っていたが、まさにその状態である。気圧が下がると、心拍数も変わり、いろいろ影響が出るようだ。

しかしそのくらいまで生きてきたのだから、そろそろ終わりになっても良いと思っている。

 

幸いなことに、好きなことを好きなようにしてきて、現在も楽しく暮らしているのだから、これ以上のことは無い。

この状態であると、もう飛行機での移動などは難しいと思っている。機内食や長い飛行時間も苦痛になっている。それ以前にいろいろできて、多くの思い出があり良い人生であったと思っている。

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ネジバナ

ネジバナ

 

最近散歩中の川の土手に、ネジバナ(モジズリ)が咲き始めた。花は小さいがなかなか美しい。

花は、右ねじれと左ねじれがあり、同じ株から同時に異なるねじれが起きている場合もある。なんとも不思議な花である。

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中学生のいじめと自殺

中学生のいじめと自殺

 

関西の県で、中学生の生徒が自殺し第3者委員会が、いじめによる自殺と認定した。

先生が忙しすぎて、十分に対応が出来ないと言った意見が起きている。実際には、いじめなどで変調を起していると、瞬時に分かる感性の欠如が問題の基本にある。その後の対応は時間などの問題があるが、まずは事例を見きわめる感性が必要であろう。

これはいつも書くように、子ども時代の自由が制限されて育つと、相手とのやり取りが上手にできない。先生たちが既にこの時代になっているように思われる

今後どのように養成するか、大きな問題であろう。

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森嶌昭夫先生が亡くなられた

森嶌昭夫先生が亡くなられた

 

名古屋大学名誉教授の森嶌先生が亡くなられたことが新聞に掲載されていた。

非常に紳士な方で、心から尊敬できた。

 

最初の出会いは、県の環境審議会の時であったと覚えている。先生は全体の議長をしておられ、私は自然分野の部会長をしていた。

その後愛知万博の海上の森問題で、違う立場で会議に出ることも多かった。海上の森には、オオタカ、サンコウチョウ、シデコブシなどがあり、最終的に海上の森の案は、長久手に移り現在のジブリパークになっている。

 

その後カンボジアでもお会いしたことがあった。私のカンボジアとの縁は、名古屋大学の国際開発研究科からの依頼であったが、カンボジアでお会いしたころは、森嶌先生が国際開発研究科の研究科長をしておられたと思われる。カンボジアの法科大学でお会いした。

 

意見や立場が違っても尊敬できる方は多くは無い。少し寂しい感じがする。

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自分で遊べない日本人

自分で遊べない日本人

 

各種スポーツやテーマパークが賑わっている。それは計画者にしてみれば大成功で、喜ばしいことである。

しかし見方を変えれば、自分で遊んでいないように見える。

誰かに遊ばされないと、自分自身では遊べない現実が見える。

 

遊びはもともと生きることと結びついており、どこでもいつでも遊べるのが理想であろう。南極観測隊の第一次副隊長、越冬隊の隊長を務めた西堀栄三郎(愛称はエテさん)は、どこでもナイフ一本あったら退屈しないと述べているが、人の生き方の基本であろう。

 

現在の日本人は、遊ばされる施設が無いと遊べないのは、なんとも寂しい。自分自身の人生を過ごすために、もっと自分で遊べる必要がある。

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