沖縄本土復帰50年

沖縄本土復帰50年

 

沖縄は、本土復帰50年になると言うが、依然大きな問題を抱えている。私が最初に訪れたのは、45年ほど前である。その時の衝撃がまだ忘れられない。皆さん栄養不足から体形が貧弱で、本土との違いを一番感じた部分である。

 

さて50年しても、基地の占領面積は本土と比べ物にならない。国の平等の原則について考えるべき国会議員で、きちんと意見を述べる人はいない。皆自分に降りかからないと、なるべく避けて通。

 

最初に訪れた時に、嘉手納基地のフェンスの外の狭い空き地に、近所の人が並んでいるように見えたのは、狭い土地にへばりついて僅かな野菜を作っているからであった。基地に土地を奪われ、やっと生きている人々の姿を見た。

 

現在の基地の分布からみると、未だに改善されたとは言い難い。本土の人間は、この現実を直視しなければならない。

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二元対立の問題点 2

二元対立の問題点 2

 

二元対立の問題点は、人生全体を見た時に誤りを生じやすい点にある。人生は複雑で、二元対立的思考では理解しえない世界が含まれる。

 

現代科学を学んだ人は、科学の知識は正しく、その延長上で全てを理解しようとする。そしてそれが誤ってはいないと確信する。確かにそれは誤ってはいないのであるが、全体は捉えられていない。そのために思わぬ落とし穴にはまる。

 

人生では、二元対立的思考では理解ができないことが起こる。二元の中間やその範囲を超えた現象が起こる。例えば、皆さんが怒りを覚えると、それを鎮めるのに苦労する。理屈では分かっていても、感情は理解の範囲を超える。男女の仲もそうであるが、理屈の世界を超える。体調が悪くなると、消化も悪くなるし、気分もコントロールが難しくなる。

 

私も若い時には、無宗教であり、宗教などは必要ないと思っていた。しかし年を取って仏教を学んでみると、思っていたのとは全く異なり、自分の探求であることが理解できた。自己の探求なくして、人生を幸せに過ごすことは難しい。

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二元対立の問題点 1

二元対立の問題点 1

 

西洋科学は、基本的に二元対立の思考で進める。

一般的にもこの思考が普及し、物事は分かりやすくなった。しかし大きな問題を抱えていることは、あまり問題にされない。何故かと言うと、分かりやすくて、分かったつもりになるのでそれから志向が進まない。

 

二元対立の思考が悪いと言っているのではない。その特性をよく理解し、分かっているのが部分であることを理解しておく必要がある。最近、正義の味方のように正論を述べ、他を非難する人が多い。これが二元対立の思想の問題点でもある。分かりやすいので、自分では全てを理解しているような錯覚に陥り、相手の非を論破する。しかし人生はそんなに簡単なものではなく、もっといろいろな要因が含まれている。正義の味方的な論調は、十分に注意する必要がある。

 

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二元対立の世界観

二元対立の世界観

 

日本の昔からの価値観は、いろいろを総合的に見ることであった。理論的には成り立たないことも、排除することなく、全体像を捉えようとしてきた。しかし西洋的科学が入ると、二元対立的思考が浸透し、総合的思考が衰退した。そのことについて関心を持っていない人が多い。

 

二元対立は、分かりやすく理解しやすいが、色々合わせても全体には到達しない。私は研究を始めた頃に、植物の遷移についていろいろ調べたことがある。千葉大学の沼田眞先生と一緒に、「ギャップ」理論を組み立てた。かなり複雑な種間の関係を見ながら、森を見ることはなかなか面白かった。それから15年ほどして愛知教育大で美術の先生と話している時に、測定や計測に寄らない認識の在り様を知った。かなりの衝撃であって、振り返ってみると自分の研究も最初は、直観によって始まっていたことを確認した。

 

そのころ仏教の修行に入って、全く別の感覚があることを知った。仏教の仏さまの教えは、仏典を読んで理解して信じることではなく、自分を見つめることであることを知った。

 

自分を真に理解するのは、二元対立ではなく、全体像でとらえることが重要である。ストレスが多い時代と言われているが、自分のストレスは自分で作っていることが多い。自分を理解することこそが、解決の近道である。

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子ども家庭庁

子ども家庭庁

 

最近また「子ども家庭庁」のニュースが賑やかになってきた。

いくら省庁を増やしても、子どもの成長に良い影響があるとは思われない。現代の子どもに最も必要なことは、子どもの成長の過程をしっかりと見つめることである。

 

どの様な場面で、どのように成長して行くのかを、確かに明らかにすることである。現在は文部科学省をはじめ、子どもの成長の正確な認識がない。生活力だ、学力だと言うが、実際に生活する力は得られていない。そのための自信の無さが、多くの子どもを苦しめていることを認識しなくてはならない。

 

知識は、太田堯氏が言うように、「身体にめり込んだ知識」(なぜ学校に行くのか)にならないと生きる力にはならない。

 

見当はずれの省庁では、子どもの危機は救えない。

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季節を楽しむ

季節を楽しむ

 

今年は春先によく野山を歩いた。そのおかげで季節の山を楽しむことが出来た。小学校から高等学校までは、八ヶ岳の北の蓼科山のふもとで育ち、いつも季節を感じていた。愛知県と異なり、冬は雪が積もって、畑には作物がなくなるので冬の準備は大変であった。秋には、クマと争ってクリやブドウを取り、春にはタラの芽や山菜を競走した。相手は24時間体制で準備しているから、週末などに出かけるだけの私はいつも悔しい思いをしていた。

 

春先は、花の季節で楽しいことも多い。寒い地方では、春が短く早足で過ぎて行く。スイセンからさくらまで2週間ぐらいのこともある。フキノトウが出て、ヨモギが延び、サクラ(ヤマザクラ)が咲き始めると、ツツジが次々と咲く。ミツバツツジ、ヤマツツジ、ドウダンなど次々に移り変わる。愛知県に来てから、垣根のヒラトツツジやミヤマキリシマはよく見るが、今年は山にあるモチツツジも楽しめた。何よりもヤマザクラが楽しかった。山の斜面に転々と咲く様は、ソメイヨシノとは異なった趣がある。変異も多く、白からピンクまでいろいろな色が楽しめる。

「春ははな 夏ほととぎす 秋はつき 冬ゆきさえて すずしかりけり」 

と歌ったのは道元禅師である。若い修業僧に、座禅は何時の季節が良いかと問われての返答である。しかし冬は寒くて足が痛い。

これはフジの花

春の山々は楽しみで、早春から晩春までいろいろな風景が楽しめた。

 

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持ち主と持ち物

持ち主と持ち物

 

持ち主が古くなると、持ち物も当然古くなる。最近我が家のいろいろが良く崩れる。最初はふろ場の脱衣所の電気スイッチ。更に1ケ月程前には、ワクチン接種のために体温計を使ったら、1回で電池が終わった。次いで電気湯沸かし器が壊れて、設定温度が定まらない。次は洗濯機。脱水が十分ではなくなった。次にはトイレがおかしくなり、修理しようとしたら、家への止水栓が壊れていて、水が止められず、これの修理からする羽目に。

 

私は長らく家に居なかったから、色々壊れてもおかしくは無い。脱衣所のスイッチを買ってきたが、配線をつなぐ方法が分からない。ちょうど来た洗濯機屋さんが、いとも簡単に直してくれた。我々の頃は、配線は螺子で線を絞める方法だったが、現在は線をばねで挟むようになっていて、マイナスドライバーでいとも簡単。カンボジアに長いこと居て、今浦島になっていることを痛感。いろいろ忙しく、結構楽しめる。

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一日の温度差

一日の温度差

 

最近は毎日かなり温度が上がる。4月としては異例の27℃にもなった。

アフリカで調査していた時には、朝は10度以下、午後は40度を超える暑さで、格差は30℃程度もあった。

だから日本の格差は、あまり問題ではなかった。

 

しかしあれから、がんを患い、心臓の手術を2回もした。従ってかなり体力が無くなり、温度差も、実感するようになった。まず食欲がなくなり、あまり食べられなくなる。少し太り気味だから丁度良いのだが。しかしあまりやる気が出ず、ごろごろしているのは問題だ。夏はまだこれからなので、何とか気力を取り戻しておきたい。

 

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大阪公立大学

大阪公立大学

 

新年度になり昔勤めていた大学が、また一つ消えた。でも今回は、統合されて大きくなり、その全容は変わったが、以前の姿も残っている。

私が勤めていたのは、天王寺駅のすぐ近くのキャンパスの医学部。隣は釜ヶ崎あいりん地区。よく昼飯を食べにあいりん地区に出かけていた。なかなか親しみやゆいところで、私には合っていた。今回本部が置かれたところは、理学部などがあった杉本地区で、理学部の仲間と一緒にゼミをしていた。ゼミが終わると近くの安くてうまいすし屋で、飲みながら議論が沸騰した。他に府立大学が一緒になったから、かなり大きくなった。府立大には、水生昆虫の研究をしていた谷田さんが居た。彼が大学院生だったころに、京都大の芦生の演習林で一緒に調査をしたことがある。

 

 

卒業した長野県の高等学校も、学校名が変わって親しみが無くなった。大学は、筑波大学になってしまったので、名実ともに無くなった。筑波への移転に際して、教授会も自治会も無くなり、現在の法人化の先駆けとなった。それに反対したので、当然職は無くなり、大阪市大の医学部に拾って頂いた。

 

人生長くなると、いろいろあるものである。

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難民の受け入れ

難民の受け入れ

 

今回外務大臣がポーランドに行って、ウクライナな難民を受け入れてくると言う。今までの日本の対応の遅さにイライラしていた私としては、やっと日本も少しは並の国になったかと思っている。

 

島国の日本は、いろいろの点で島国根性が抜けていない。特に外国人の移動については、陸続きの国々と異なり、かなりハードルが高い。また自国の常識が世界の常識のように思っているところがある。この機会に多くの外国人を受け入れ、日本で暮らしてもらって国際感覚を磨くのが良い。日本人の贅沢を少し倹約すれば、多くの外国人の分が捻出できる。

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環境にやさしく

環境にやさしく

 

SDGsなどが叫ばれているが、我々が実際にしなければならないことは、意外に身近なことである。

 

各人が使う物やエネルギーを、少し倹約すると世の中の動きはかなり影響を受ける。例えば、水を日本人は、湯水のごとく使うなどと表現し、多量に使うことをあまりし意識しない。しかしアフリカなどの乾燥地に暮らすと、かなり水の有難さが理解できる。5人ほどで1週間に、30リットルの水が6本しかないと、飲む水だけでも倹約することになる。水浴ができなくても、顔が洗えなくても、生きていけるのだ。日本では水道から水が出るから、つい蛇口を開け放しにするが、少し倹約すれば、使用料は少なくて済む。これは直接エネルギーの倹約になる。電気も同じで、こまめに消したり、無駄な時間を少なくしたりすれば、使用料が少なくて済む。各家庭で少し倹約すれば、電力会社は増設を足踏みすることになる。

 

炭酸ガス問題が取り上げられて、ガソリン車から電気自動車に進む傾向がある。しかしこれは誤りで、移動はなるべく人力でするのが本来。もちろん年寄になると移動が困難で、車に頼らなければならないことも起きる。しかし基本的には、代替えエネルギーを使うのではなく、使う量を減らす必要がある。食料も同様で、廃棄する部分を少なくする必要がある。また保存に多くのエネルギーを使うのは、あまり勧められたことではない。

 

今から50年ほど前に、地球上の人が使えるエネルギー量を計算したことがある。地球上には、80億から120億ぐらいの人口が養えると言う結果であった。しかしこれは分配が上手くいった状態での話で、生産された食料は分配が理想的になることは無い。紛争やインフラの発達の違いによって、配分は偏る。現にウクライナの紛争でも、多くの人々に食料が届いていない。これが地球上の現実である。各自がそれぞれ、自分のできる範囲からエネルギーを節約する必要がある。

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認知症と体調

認知症と体調

 

認知症にもいろいろあると思われるが、直線的に悪くなって行くわけではない。人間の体長の成長もそうであるが、成長したり短くなったり、揺らぎながら次第に成長して行く。

 

認知症も似たようなもので、その日の体調によってかなり揺らぎがある。皆さんがなってみてからじっくりと観察すると、その様子はなかなか面白い。

特に私のように、心臓を悪くして血の循環が悪くなっていると体調の良・不良の変化がある。昔から年を取ると、血の巡りが悪くなったなどと言っていた。それはいろいろと動作などが遅くなることなどを含めていた。そこに心臓が悪くなって、実際に血の巡りの量が少なくなると、様々な問題が起こる。食事をすると消化のために血液が使われる。30分-1時間程度はしんどくなり、ゆっくりと休むことが多くなる。少し無理をすれば、特に問題なく動けるが、そんなに無理をすることも無いので、ゆっくりとしながらいろいろ考える。

また疲労の回復などにも時間がかかる。例えば散歩をしてお茶などを飲んでいても、体が元に戻るのに時間がかかる。先日の新型コロナのワクチンも、副作用が強く、回復に時間がかかった。またいったん良くなっても、再び症状が出て、状態が悪くなり休むことになったりする。なかなか厄介ではあるが、状態を理解していれば、あまり困ることは無い。何しろ年寄なのであるから、時間だけは十分にある。

 

疲れが出て休むことは、意外とプラスの面もある。若い時のように、一直線に進まず、休み休みであるから、いろいろと余分なことを考え、誤りも少なくなる。体調が悪いと認知症も悪い様であるが、良くなるといろいろ思い出せるようになったりする。

 

認知症になっても、何も思い出せないわけではない。花などを見て突然昔のことを思い出して、楽しい思い出がよみがえることもある。また夢の中で、子ども時代を過ごしたヤマツツジの咲く田舎の村を、蝶になって浮かんでいるのなどは至福の時間である。

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空爆の記憶

空爆の記憶

 

私は小学校に上がる前に終戦になった。しかしながら5歳ごろの記憶が鮮明に残っている。当時諏訪に生活していたが、諏訪湖から20メートルぐらいの高台にあった家から湖面越しに岡谷市が見えた。岡谷には軍事工場があって、時々空爆があった。サイレンが鳴って空襲警報になると、座団を合わせたような「防空頭巾」をかぶって、防空壕に避難した。家から300メートル位離れた山肌に掘られた穴まで走って逃げた。

 

防空警報が解除されて、家に戻ると窓全体が明るく、岡谷の町が燃えているのが鮮明であった。後から焼夷弾などが落とされたと聞いた。幼いながらに、強い記憶として残っている。ウクライナの子どもたちはどんな恐怖を感じているのだろうか。私の場合には爆撃地が遠かったので音の恐怖は無かったが。

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新型コロナワクチン3回目 その後の木曜日

新型コロナワクチン3回目 その後の木曜日

 

月曜日は、終日ほとんどゴロゴロしていた。それでもかなり気分も悪く、火曜日もあまり調子が出なかった。

 

今日は木曜日であるが、やっと朝の散歩をした。少し食欲も戻り、何とか普通に生活できた。しかし頭の回転はまだ悪く(もっとも最近はいつもよくないが)、なかなか仕事にはならない。しかし何とか回復はしたようだ。

 

今朝の散歩道に、ボケの花が咲いていた。園芸種で花が良く咲き、果実が良くなる。私の子どもの頃に見ていたボケは、クサボケで日本の在来野生種である。園芸種より果実は少ない。しかしながら非常に良い香りがして、見つけると採ってきてきて部屋の片隅に置いていた。園芸種の果実は、香りがなく、部屋に置くには適さない。

 

そんなことが楽しめるようになっただけましか。

 

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新型コロナワクチン3回目

新型コロナワクチン3回目

 

昨日日曜日の14:00に、刈谷の保健センターで打ってもらった。

 

直後は何の問題もなく、家に帰って2時間。だんだん調子が悪くなり、打った肩も痛いし、首筋も痛い。

 

おまけに反対の肩も痛くなり、早々に休んだ。しかし夜中もよく目が覚め、そのたびに痛さを感じていた。今朝は散歩もせず、朝食の後にすぐ休んでいた。

 

しかし昼食も食欲がなく、何にも食べられなかった。ちょっと体力が落ちていて、重症かな。以前に黄熱病のワクチンで、少し長引いたとことがあったが。今日は急に気温が上がり、体調も良くなかったかもしれない。

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