ラオス小旅行 1.   

ラオス小旅行 1.   2010.4.30.    金森正臣

 突然友人からの誘いがあり、急遽ラオスに行ってきた。前回ラオスに行ったのは、2005-6年のクメール正月の時だったと思う。ラオスがどの様に変化しているかを見たかったのと、友人の調査にも関心があり、同行した次第。

 日程は、4月26日15:45プノンペン発、29日12:00プノンペンに戻り。27日にラオスの首都ビエンチャンから北に向かい、バンビエンと言う町まで、車で約3時間。そこで山菜の調査をする友人と一緒に野山を歩き、午後首都に戻った。バンビエンは、1975年ごろの内戦の折に、アメリカ軍が飛行場を作り、メオ族(苗族)を使って介入しようとした。しかしアメリカ軍は、負けて撤退し、協力したメオ族の多くが難民となり大きな問題を引き起こした場所である。28日は、日本の支援で作られた、ビエンチャン周辺の水田の灌漑施設を見学。メコンの支流から20メートルも揚水し、70kmの水路と排水路が作られている。夜は、友人の奥さんの誕生日のホームパーテェーに招待され、満月の下で満喫。

 写真は、到着した夜、メコン川の川岸の夜店の様子。この様な店が、ずらりと並び、観光客やラオスの恋人たちが楽しんでいた。働いているのは女性が多く、この店も元気の良いおばさんと娘さん。ちょっと太短く言葉は通じないが、ニコニコと愛想が良く親しみが持てる。写真の右端の魚は、メコン川のテラピアの塩焼き。メコン川流域であれば、ラオスでは何処に行ってもお目にかかれる。カンボジアにもいるが、この様な塩焼きは無く、鱗を落として切れ目を入れ、しょうゆ漬けにされて揚げられる事が多い。どちらも美味いが、国によって調理方法が異なるのが面白い。その左は、スペアーリブの塩焼き。更に左の竹に挟んで焼いてあるのは、ニワトリ。前列の一番左は、手作りのソーセージ。ラオスはソーセージが各所にあり、それぞれかなり味も違っているが、何処もおいしい。これに、ビアラオ(ラオスビール)で、ラオスの夜に乾杯。

 ビエンチャンは、カンボジアより100mぐらい高い。また少し北に位置している。それ以上に気温は低いようで、夜は過ごし易い。メコンの川風を受けながら、明日からのラオスに思いを馳せ、気分良く楽しい。
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クメール正月

クメール正月

 カンボジアは、仏教国で、正月は4月になる。今年の元旦は、4月14日の朝7時半。天から天女(デバータ:アンコールワット遺跡などの壁に彫られている)が降りてきて新年になる。

 カンボジアでも干支が有り、今年は寅年。写真は、公園のある大きな通りに上げられた、新年を祝う横断幕。両脇には、虎に乗った天女がいる。

 カンボジア人は、幾つも年齢があり、通常3つぐらいを使い分けている。出生届け制度がなく、後ほど必要な時に申請するから、申請によって決まる。早く学校に行きたければ(あまり例はないが)、年齢より多く申請する。働きはじめるときに、この年齢の上乗せが良くされる。学校に出るのが遅くなった時には、年齢を低く申請する。

 パスポートの申請の時に、また別の年齢を申請する。一度申請すると、改変は効かない。うちのカウンターパートを、日本の奨学金で送る時には、35歳の年齢制限があるので、3歳ほど若く申請してナントカ通ったことがある。彼らの年齢はいい加減であるが、生まれた年の干支は覚えているので、干支で聞くとすぐ年齢がばれる。

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カンボジア犬事情5

食べ過ぎ
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カンボジア犬事情4

仰向け寝
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カンボジア犬事情3

バイク犬
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カンボジア犬事情2

金玉冷やし犬
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カンボジア犬事情

皆様

ご無沙汰しております。
最近忙しいこともありますが、小学校から大学までの同級生(普通はこんなことはないようですね。二人とも貧乏だったので、浪人中は同じ部屋で暮らしていました。就職先も彼は、東京学芸大学と全く同じような道を歩いてきました)が、癌で亡くなりました。また、最初に大学の実験所に就職したときに同じ職場に居た先生が、癌で亡くなりました。13年間、何も分からなかった私を親切に指導して下さり、現在の私が出来上がりました。そんなこんなで、ちょと寂しい思いをしています。
残った私は、ノー天気に、日本人会の原稿を書いたりしています。先日のものを転載します。写真は、1枚しかのせられないので、続いて、写真だけのものを載せます。


カンボジア犬事情

 イヌは、しばしば飼う人に似ると言われる。カンボジアのイヌを見ていると、カンボジア人の行動に似ていて、笑ってしまうことがある。イヌは、国や文化によって飼われ方が大きく異なり、同じイヌかと疑いたくなることがある。東アフリカのイヌは、飼い主について歩いているが、けっして気を許していない。人が立ち上がると、ゴロゴロ寝ていたイヌは、さっと立ちあがって蹴飛ばされない程度の距離を置く。子どもたちでも同じで、あまり撫でたりしているところを見掛けない。以前に読んだ文献では、ニューギニアやインドネシアの一部でも同じ扱いで、子どもがイヌをなでると、親が怒ると云う。カンボジアのイヌは、怠慢この上なく、人に踏まれそうになっても、ゴロゴロと寝ている。写真1のイヌは、花屋さんの前で、忙しく働いている人たちに踏まれそうになりながらも、起きる気配はなくゴロゴロ。

 私が、「金玉冷やしポーズ」と呼んでいる「はいつくばり」は、カンボジアでしか見たことがない(写真2)。両足を後ろに投げ出して、両手は前に投げ出し、腹を完全に地面に付けている。暑いときには、腹全体が冷えて気持ち良さそうに見えるが、動物のイヌとしては、いかがなものか。40年ぐらい以前に、新潟県と福島県の県境の地域の調査で、「マタギ」と呼ばれる日本の伝統的狩猟者たちと2ケ月ほどをテントで暮らしたことがある。熊撃ちの話が出たときに、クマが生きているか死んでいるかの判断は、四足の裏が、上を向いているか下を向いているかで判断するといった話があった。「金玉冷やしポーズ」は、死んだ熊のポーズである。私が育った寒村でも、毎年50-60頭の熊が獲れていた。ある日猟師が熊を数頭打って持ち帰れなくなり、牛車を頼んで、クマを積んで帰った。途中で熊の一頭が息を吹き返し、牛がびっくりして走りだし、谷に落ちてしまった事件があった。うちの村は、「マタギ」はいなかったので、判断に甘さがあったのであろう。

 カンボジアには、他にも変わったイヌの習性がある。主人がバイクで出かけようとすると、急いでバイクに乗りたがる「バイクイヌ」。写真3のバイクイヌは、走ってきて器用にバイクの後部座席に飛び乗る。イヌの手足は、サルの様に掴まる様にはできていないから、カーブでは遠心力で振り落とされそうなものだが、器用にバランスをとっている。振り落とされそうな危険を冒してまで、バイクに乗りたがるのがイヌとしては変だ。ほかにもスクーターではなくバイクのハンドルに手を載せ、足は不安定なボデーに乗せて乗っているイヌを見たこともある。カンボジアのイヌは、だらしなく寝ていることが多く、あお向け寝しているイヌもいる(写真4)。うちの近所の食堂のイヌは、自分が入れそうな容器で、食事をしている。なんとなくカンボジア子どもたちが、どんぶり飯(実際は皿盛り)をお代わりしている風景と似ている。良く食べることは、エネルーギーの源であるから、日本の子どもも見習って欲しいくらいであるが。

 イヌは、オオカミやジャッカルに近い仲間で、社会性の強い動物である。リ-ダーがいてその下にランク付けされた、メンバーが集う。人になつきやすいのは、この社会性のためで、リーダーの代わりに人を置き換えている。家族がいると、家族の中の一番強いメンバーの直ぐ下に付こうとする。家族の中で自分のランクをいかに高くするかは、イヌにとっては重要な仕事である。イヌを通してみると、一家のランク付けが明瞭で、子どもが最も上位で、一家の主人が最下位だったりすることもある。イヌは、品種によってかなり変化があり、主人を一人しか持たず、他の人には馴れない仲間もいる。日本犬やカンボジアのイヌは、この仲間が多く、主人にはよくなれるが、ほかの人には馴れない場合が多い。ゴロゴロしているイヌでも、知らない人に撫でられたりすることは少ない。
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