体力の低下

体力の低下

 

年を取ると体力が低下する。更にいろいろな病気を持つと、体力は落ちる。

特に心臓を悪くしてから、体力の回復が遅い。回復に必要な血流量が足りないのだから、致し方ない。先日どこかのテレビで、90歳を超えたおばあさんが、足が冷えるからと言ってこの猛暑の中で、クーラーも使わずに、炬燵にあたっていて熱中症で運ばれたと言う。私も冗談ではなく、右ひざから下が冷えるので、レックヲウーマーを離せない。似たようなものだと笑ってしまう。

 

昨日も炎天下でしばらく居たら、今日の朝には体重が1,5キロほど減っていた。回復するのに1日程度かかり、夕方には正常に戻った。たくさん飲んでも、回復するのには時間がかかる。なんだかすべてがユックリになって、楽しんでいる。それでも、水分の多い安城のナシなどが美味しく楽しめ、嬉しい限りである。ボチボチ行くのが楽しい。

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子どもの生きる力

子どもの生きる力

 

福岡の川で流されて、小学校6年の子どもが3名死亡した。まことに痛ましい事故である。しかしそれについての大人の対処法が、あまりに雑すぎる気がする。川遊びに行くのは、大人と一緒にするように注意が出た。対症療法としては良いが、子どもの成長を考えると疑問が残る。

 

戦後の子どもたちは、親は忙しかったので干渉は無く、多くを自分で学ばなければならなかった。川に出かけてよく遊んだが、今のように事故は多くなかった。小学校に上がるころには、かなりの急流にも対処できるようになっていた。教育が幼稚園、保育園、学校と発達するにしたがって、子どもの生きる力は、衰えてきているように思われる。

 

途上国においても、日本のように子どもの成長に大人が関わることは少ない。子どもたちは自分の裁量で、少しずつ危険を学んで行く。その中で意欲も高まって、次第に次の危険に対処できるようになる。なぜ日本の教育にかかわる人々は、人の数万年の歴史が作り上げてきたプログラムを軽視するのであろうか。

 

政府が主導する「子ども家庭庁」なる役所も、もっと基本的なことに目を向けないと効果は無い。政府も子どもの意見を聴くなどの姿勢を見せて、子どもに寄り添っているとアピールしている。しかし、この姿勢は子どもの成長には繋がらない。大人の役割は、子どもが生きていける力をつけることである。意見を聞いて寄り添っていると思うのは簡単な方法ではあるが、子どもの成長には役に立たない。

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懐かしい名前

懐かしい名前

 

新聞の書評を見ていたら、懐かしい名前を見つけた。唐沢孝一「都会の鳥の生態学」(中公新書)が出たと言う。元気に活躍していることを知って、うれしく懐かしく思った。

 

彼は大学の時に山岳部に入ってきた後輩で、私が4年生の時の1年生だった。それだけだとあまり印象は無いかも知れないが、卒業して菅平の助手をしていたところに、卒論を書きに来た(約60年前)。取り組んだのはアメリカ帰りの三島次郎さんのもとで、ハンミョウの高度分布を研究した。

 

週に何回か根子岳(2207m)に登り、高さによって変わる種類の変化を記録した。昔の山仲間もでもあったので、時々一緒に登った。卒業後は東京都の高校の先生になり、鳥類の研究に取り組んだようだ。「カラスはどれほど賢いか」(中公新書1988)を出したとき、初めて鳥が好きだったのだと感心した。

 

写真を見ると、すっかり白髪になっているが、昔の面影があって懐かしい。

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昨日のお客様

昨日のお客様

散歩を済ませて、朝食をしていると雨が降り出した。テーブルわきの窓の網戸に、セミがとまっている。どうやら雨を逃れて、軒下に来たようだ。実際には雨が少し当たっているが。

 

このセミは、昼過ぎまでとまっていた。クマゼミのようで、網戸でよく見えないがどうやらメスの様だ。私の子ども時代の生活場所は、ミンミンゼミの地域で、夏の終わりはアブラゼミうるさかった。

 

子ども時代にはセミにあまり興味はなく、シラガダイユウ(白髪大夫?)と呼んでいたオオミズアオの幼虫が人気だった。大きな終齢幼虫を見つけ出し、酢の中で糸を引き出して釣り糸にしていた。どうして酢の中でするのかは不明であったが、子どもたちの文化にはしかり伝えられていた。エサはたいていスズメバチの幼虫で、堤防の石垣などにある巣を見つけて、枯れ草などを燃して親バチを追い出していた。

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今日も激しい雨

今日も激しい雨

 

今日も午後3時ころと、1時間後ぐらいの2回、強い雨や雷があった。名古屋市では昨日強風で、街路樹が倒れたと言う。今日の雨は、風もありかなり強かった。降ってくる方向もいつもと異なり、北西からであった。

 

そのせいであろうか、カエルが鳴きやんでいる。カエルは水に強いはずなのに。今日も夜鳴かないと、子守歌が無いようで寂しい。

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暑い

暑い

 

今日も昨日も猛暑が続く。

体力がなくなって、すっかりヘバッテいる。アフリカ時代は、朝には10度前後。昼間は40度越えでも、一日に4万歩ほど歩き、それでも連日活動できた。

 

しかし今は、朝の散歩だけですっかり動かなくなっている。それでも暑い。

昨夜は夕方に猛烈な雨があり、驚いたのかカエルが鳴きやんでしまった。子どもの頃家の周囲には水田があり、カエルは一晩中鳴いていた。カエルの声は、子守歌のようで安心する。

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雨の被害

雨の被害

 

線条降水帯とかいう現象で、増水の被害が各地で起きている。

雨の被害は、降った雨の量だけではなく、降り方やその場の状況で大きく変わる。

昔調査で山の中に居たときに、何回が大雨に遭った。

恐ろしいのは、雨がある程度降った後の風である。

木の上に溜まった雨が、一度に振り落とされる。

更に風は、木をゆすり、根本が動くようになる。こうなると、雨の水は一気に根元に流れ込み、土砂が流れ出す。

この風の影響で、山崩れが起きることが多い。

風に十分注意する必要がある。

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先生の不足

先生の不足

 

愛知県でも先生の不足が深刻になり、岡崎で免許を持っている人に説明会をしたとか。

これは現在まで漫然と行ってきた、教育行政の不始末の結果であろう。

文部科学省も同様であるが、生徒の増減に対応するために、臨時教員で急場をしのいできた。財政難を理由に40年ぐらい前から、正規の採用を少なくし、採用試験で漏れた先生を臨時として賄ってきた歴史がある。

 

その後30年ぐらい以前から、新採用でも1-3年で先生を辞める人が多くなり、それでも臨時講師採用でその場をしのいできた。しかしその後次第にやめる先生が多くなり、また先生の負担に耐えかねて精神的に追い詰められる先生も増えてきていた。Kの結果は定員が不足するほど深刻で、改善の政策があったのか不明である。

 

最近は家庭崩壊の子どもたちも多く、先生はこの様な子どもがいると負担は極端に重くなる。そのためも含んで先生の負担が過重になり、先生を希望する人材が少なくなってきた。今後このような根本問題を改善しない限り、先生不足は改善されないであろう。

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