はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

初体験

2022-03-06 22:00:24 | はがき随筆
 昨年11月、毎年あおし柿を届けてくれる夫の友から「手首を痛めたから柿ちぎりに来んかい」と電話があり二人で行った。
 高枝ばさみの扱いを習って夫は実が5~6個ついた枝を切り、下に置く。それを私が園芸ばさみで干し柿用とあおし柿用に分ける。三百個余り採ったが、まだ二百個以上残っていた。
 お礼を言って帰り、二百個を知人にお裾分け。自宅用百個は作り方を教わり、干し柿、あおし柿に。干し柿は思いのほかおいしく、正月のおせちになり、残りは冷凍しておやつに。全て初体験でてんやわんやだったが面白く、今秋も楽しみである。
 熊本県八代市 今福和歌子(72) 2022.2.4 毎日新聞鹿児島版掲載


古着を楽しむ

2022-03-06 21:51:51 | はがき随筆
 肌寒くなった昨年12月のある日、スーパーの衣料品売り場に行った。見たことのあるような長いニットのプルオーバーが並んでいた。ん? これなら捨てずに持ってると家に帰り冬物のケースを開けると、似たような好みのグレーのニットが見つかった。ほのかな防虫剤のにおいが介護と学費稼ぎに無我夢中だった50代を思い出させる。スリムになった今、うれしくて袖を通すと丈も長く暖かい。何だか得をした気分で鏡に向かってにやり。部屋ではエプロンで外出は帽子とマフラーでごまかし昔を語り合って楽しむと、負担のおさんどんもはかどっている。
 鹿児島県薩摩川内市 田中由利子(80) 2022.2.3 毎日新聞鹿児島版掲載

ぬくぬく読書

2022-03-06 21:44:24 | はがき随筆
 先日、新聞で紹介された本が読みたくて本屋さんへ。店員さんに「えっとー、本のタイトルは、なんとかかんとか三千円、その三千円ってのだけ覚えているのですが……。その本売ってますかね」と尋ねた。
 店員さんは、嫌な顔ひとつせず、「探してみますね」とパソコンで検索。しばらくして、「ありました。三千円の使い方って本ですね。お持ちします」と、さっと本棚から持ってきてくれた。「わあー、これこれ。さすが店員さん。ありがとう」
 こんな寒い夜は、速攻お布団に入り、ゆでたエビのようにまあるくなって、本を読もう。
 宮崎市 鶴薗真知子(59) 2022.2.2 毎日新聞鹿児島版掲載

妻からの賜物

2022-03-06 21:38:26 | はがき随筆
 妻が階段から転落して事故に遭い、すでに2年を迎えようとしている。それまで妻は、専業主婦として家庭を守り、全ての家事を管理していた。積極的に行動し、掃除、洗濯、後始末とやるべきことが多かった。事故後、その仕事が全て私に回って来た。現在、妻の仕事の何分の一やっているか分からないが、介護と仕事をやりながら、全ての家事をこなしている。これも妻から学んだ50年間の日常生活から得た賜物である。
 このような生活が何年続けられるか分からないが、日々を大事にして共に生きていこうと思うこのごろである。
 熊本県大津町 小堀徳廣(73) 2022.2.1 毎日新聞鹿児島版掲載
 

音楽と人生

2022-03-06 21:30:16 | はがき随筆
 「第五を聴くと励まされるのよ」とは東京で個人タクシーを営業していた時の客の言葉。私も支払いの都合がつかない時、交響曲5番を聴きながら何度自分を励ましたことか。30歳を前になすこと全て中途半端にくじけ自信を失った。最後の戦いとと悲壮な覚悟で臨んだ歓喜の合唱の初練習で、参加者たちの高いレベルにまたもくじけかけ、本番は立っているだけでもと何とかやり遂げ自分を取り戻せた9番。ともに楽聖ベートーベンが聴覚を失いながら作った曲。励まされなんとか人生を立ち直らせてくれた交響曲を、今は茶を飲みながら楽しんでいる。
 鹿児島県湧水町 近藤安則(68) 2022.1.31 毎日新聞鹿児島版掲載

オンライン面会

2022-03-06 21:23:56 | はがき随筆
 「つながりましたよ」と職員に促されて画面いっぱいの母はうれしそうだ。元気もよさそう。
 福岡の介護施設で暮らす母とは時々オンライン面会をしている。時間は30分だ。コロナでずっと会えないのでありがたい。
 だが、画面に映る母の視線は少しずれている。あちらの私もそのようだ。互いに目を合わせられず、もどかしい。目を見て話すということにどれほどの力があるのかを思い知る。
 近況をひと通り話すと話題もなくなり、そろそろ時間だ。そして母は決まって「なまで会いたいねぇ」と泣き顔になる。
 オンライン面会は罪作りだ。
 宮崎県延岡市 楠田美穂子(64) 2022.1.30 毎日新聞鹿児島版掲載

鳥たち

2022-03-06 21:16:32 | はがき随筆
 元日の朝、夫とお雑煮を食べていたら、リビングの窓越しに丸々と太ったシロハラが見えた。40㌢くらいの高さの花壇から1㍍くらい先の花壇へ移ろうとしたらしく、飛んだが、すとんと落下。2回目もまた落ちた。「あんなに太ってちゃ落ちるわよね」と夫と笑った。今年の初笑い。3度目はなんとか飛べた。
 数日後、車を運転していたら行く手に2.3羽のハクセキレイ。なかなか飛び立たない。ブレーキを少し踏んだらやっと避けてくれた。鳥なんだから機敏に動いてよと一人でッッコミ。鳥たちはけっこう面白い。
 熊本県玉名市 立石史子(68) 2022.1.29 毎日新聞鹿児島版掲載


ありがとう鹿児島

2022-03-06 21:10:05 | はがき随筆
 今から20年以上前、秘湯巡りの旅の途中で立ち寄った鹿児島で、私たち夫婦はある出来事に出会いました。桜島フェリーを降りて目的地を告げると「温泉地行きのバスが来るはずだからそれで行きなよ」とタクシーの運転手。もし逆の立場だったら……。
 私なら客より自分の利益優先で、すぐにタクシーを走らせたでしょう。そんなぎすぎすした日常にどっぷりとつかっていた私たちには、彼の声が神様の声のように聞こえたのです。
 その出来事から2年後、私たちは二つ目の古里としての霧島へ移り住んだのでした。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(72) 2022.1.29 毎日新聞鹿児島版掲載


危機一髪

2022-03-06 21:02:59 | はがき随筆
 可燃ごみ袋を満杯にしようと鶏舎の倉庫を片づけたら義父の道具入れが出てきた。
 丸めた袋のベルトを外して開けるとひもが見えた。手を突っ込もうした瞬間にくねった。「あー」と声を上げ放り投げた。
 奇声に驚いた夫とガス交換に来ていた業者の人が寄ってきた。「赤茶色のしま模様があるからマムシよ」と言うと、業者さんは「朝が寒かったから潜り込んだのですかね」と珍事に居合わせた面持ちだった。
 夫は棒で退治するがなかなか息絶えず、焼いた。一安心したがマムシ入りの袋を抱えていたかと思うと今でもぞっとする。
 宮崎県串間市 武田ゆきえ(67) 2022.1.29 毎日新聞鹿児島版掲載


豆まきしようね

2022-03-06 20:55:59 | はがき随筆
 ♪鬼は外、福は内♪と可愛い音楽が店内に流れる。季節を先取りして商魂たくましい。愛犬桃がいた頃を懐かしく思い出す。大豆をまくと大喜び。跳びはねて食べていた。まだ頂戴と催促する目が真剣だった。我が家の男児2名、目に浮かぶ光景がある。非日常のこの行事に、恥ずかしそうに、小さな声で「鬼は外、福は内」とガラス窓から裏庭に豆を投げた。日ごろはやんちゃなくせに。その落差がおかしくもあり、ほほえましくもあった。いいおじさんになった今、覚えているのだろうか。春よ来い、早く来い。春はすぐそこまで来ている。
 熊本県八代市 鍬本恵子(76) 2022.1.29 毎日新聞鹿児島版掲載

Yさんの大根

2022-03-06 20:48:55 | はがき随筆
 よく煮しまった輪切り大根、真っ白な大根おろし。むらさきを垂らすと鋭く香り立つ。Yさんご夫妻提供のグラウンドゴルフの商品は大根。同好の方々が3.4本抱え思わずニコリ。「あら、私のおみ足みたい」とかつてのお嬢さんがはにかむ。夏の末、お菓子みたいな2本の畝に、細かい粒が丁寧にまかれた。やがて、ちょんちょんと芽が顔を出し、双葉となって背丈が伸び、青首がたくましくなる。つやつやと美しい肌は白くなまめかしい。ずっしりと重く丹精込めた大根は輝く。大切な作物を快くくださったYさんのご夫妻に感謝。焼酎がうまい。
 鹿児島県姶良市 宇都晃一(89) 2022.1.29 毎日新聞鹿児島版掲載


八十にしてうろたえる

2022-03-06 20:43:24 | はがき随筆
 その日のお通夜の式場はまちなかから離れた場所にあった。帰りのバスの便が気になって、式が終わるとそそくさとバス停へ急いだ。
 ところが、当のバスは定刻を20分も遅れて到着した。「慌てることもなかったのに」と残念がったが、よその地で暗闇の中にじっとたたずんで待つ20分は長い。近くに公衆電話ボックスも見当たらず、うろたえてしまった。
 誰もが車に乗り、携帯電話をいじる今の時代に、それがかなわぬ今回の私のうろたえた態度は笑い話なもならないだろうけど、その時の私は必死だった。
 宮崎市 日高達男(80) 2022.1.29 毎日新聞鹿児島版掲載



年賀状

2022-03-06 20:35:57 | はがき随筆
 富士山とお日さま、門松、獅子舞、羽子板、元気に跳ねる虎、梅の花。はがき一杯に文字と、それらの絵がバランス良く配置された姪の子供からの年賀状。色をたくさん使って丁寧に書き込まれている。何度も消したり書いたりの消しゴムの跡があった。今までお母さんに書いてもらっていた所も、すでに自分で書けるよう。名前も自分ちの住所も漢字で、上手になったなあ。しかし、力尽きたか、表の宛名書きは平仮名まじりで疲れが見える。私は熱心に書いている姿を思い描いて楽しくなった。引き出しにしまうにはもったいないな、まだ飾っておこう。
 熊本県阿蘇市 北窓和代(66) 2022.1.29 毎日新聞鹿児島版掲載

幸せな話

2022-03-06 19:27:52 | はがき随筆
 庭では、白とピンクのワビスケが競うように咲いている。その数輪を、冬枯れしたヒメスイレンの鉢に浮かべる。年寄りの思いつく楽しみである。カミさんがお茶を入れてくれた。風は冷たいが、心が温まる。30年前に思い描いた老後は日常まで思い至らなかったが今、実感をかみしめて、つくづく幸せな日々だと思う。身の丈に合った日常を味わっているのだろう。感じる心さえあれば、幸せってそんなものだと思う。僕が笑顔でいればカミさんも幸せだし、カミさんの笑顔が僕を幸せにしてくれる。収穫を待つ夏ミカンが風に揺れている。
 鹿児島県志布志市 若宮庸成(82) 2022.1.28 毎日新聞鹿児島版掲載

漬物

2022-03-06 18:22:08 | はがき随筆
 長崎の次女との電話。終わり際に「がっちり太った白菜みつけたから漬物にして送るね」。「白菜ねぇ。(娘たちは)長いまま食べたいって」。笑いながら次女が言った。
 白菜を四~五に切り裂き、塩漬けし大根、ニンジン、ニラ、干しエビ、すりおろしリンゴ、キムチのもとを混ぜ込み作る。前回は食卓にすぐ出せるなと考えて白菜を切って作ったが、長いまんまで食べたいらしい。
 中学生の双子の孫娘が漬物にかぶりつく姿を想像し、「行儀悪っ!」とおもいつつも漬物好きの孫には甘いばあば。「分かった。今度はそうするね」
 宮崎県高鍋町 井出口あけみ(73) 2022.1.27 毎日新聞鹿児島版掲載