手元に長谷川時雨の本が一冊だけあります。
1983年の岩波文庫『旧聞日本橋』
まだ岩波文庫にカバーが付かず、緑の帯が付いていました。
ロウ紙(?)は劣化して赤茶け、ボロボロです。
最初は昭和10年、岡倉書房から出版されています。
83年、岩波文庫から出されるにあたり、
旧仮名遣などを改めてあります。残念。
正字正假名ならもっと気分良く読めるのにねえ。
帯には「大江戸の名残をとどめる日本橋界隈・・
自伝的回想。滅びゆく下町の情緒を見事に写す」
こんな本ですから、文字も余計に大切です。
『舊聞日本橋』がカッコいいですよね。
○
文章が良いのです。日本語ってのはこうだった。
・・などと生意気を言いますが、実は調べないと分からない
言葉も数多くあります。
昭和10年の本がこれですから私も情けない。
時雨さんは明治12年生まれ。
父は刀を差していた人物ですから、その長女の回想録に
江戸情緒がたっぷりと残ることは当然です。
学歴は代用小学校のみ。
記憶力の良いこと、文章の上手いこと。
引用しましょうか。
「敷石を二、三段上って古板塀の板戸を明け一足はいると、
真四角な、かなりの広さの地所へ隅の方に焼け蔵が一戸前
あるだけで、観音開きの蔵前を二、三段上ると、網戸に
白紙(かみ)が張ってある。」
これだけの描写をここまで簡潔にできますか?
明治の古い屋敷が彷彿としてきますね。
しかもリズムが良い。
ヒチコックのカメラワークも思わせます。
○
多くが小さなころの回想ですが、彼女が十七位の時に
おきた日清戦争の始まりの部分はこうなります。
「人は何かあると、家の中になんぞいられるものはないと
見える。・・・
戦争だ!
と誰かが叫んだ。みんなが駈けてゆくさきは交番だった。
何か張紙がしてあって、巡査さんが熱そうな顔をしていた。
交番の前は、遠くから黒山の人だかりでもみあっていた。
そろそろ帰ってゆくものもあって、その人たちは、青く
ひきしまった顔附きで家へと急いだ。今思えば、宣戦布告と
召集の張紙であったのであろう。もう涙ぐんでいる娘さんや、
前垂れを眼にあてている女(ひと)もあった。
何しろ下駄の音は絶え間なく走った。」
緊張感を小気味良いほどに描いています。
○
上記引用は、本の紹介としてはまったく不十分なものです。
数多く描かれているのは、良くも悪しくも、日本人の姿。
失われてしまった和の文化です。
ご自分が始めた雑誌『女人芸術』の埋め草的な文章を
集めたものが本になったそうです。
制約が多い中、これだけの文が書けるとは素晴らしい。
本当は引用すべき人間描写は長くなるので割愛します。
お手軽に青空文庫ででもお読みください。
それにしても日本人は変わってしまったようです。
ほぼ私の祖父母といえば、ついこの間なのに。
1983年の岩波文庫『旧聞日本橋』
まだ岩波文庫にカバーが付かず、緑の帯が付いていました。
ロウ紙(?)は劣化して赤茶け、ボロボロです。
最初は昭和10年、岡倉書房から出版されています。
83年、岩波文庫から出されるにあたり、
旧仮名遣などを改めてあります。残念。
正字正假名ならもっと気分良く読めるのにねえ。
帯には「大江戸の名残をとどめる日本橋界隈・・
自伝的回想。滅びゆく下町の情緒を見事に写す」
こんな本ですから、文字も余計に大切です。
『舊聞日本橋』がカッコいいですよね。
○
文章が良いのです。日本語ってのはこうだった。
・・などと生意気を言いますが、実は調べないと分からない
言葉も数多くあります。
昭和10年の本がこれですから私も情けない。
時雨さんは明治12年生まれ。
父は刀を差していた人物ですから、その長女の回想録に
江戸情緒がたっぷりと残ることは当然です。
学歴は代用小学校のみ。
記憶力の良いこと、文章の上手いこと。
引用しましょうか。
「敷石を二、三段上って古板塀の板戸を明け一足はいると、
真四角な、かなりの広さの地所へ隅の方に焼け蔵が一戸前
あるだけで、観音開きの蔵前を二、三段上ると、網戸に
白紙(かみ)が張ってある。」
これだけの描写をここまで簡潔にできますか?
明治の古い屋敷が彷彿としてきますね。
しかもリズムが良い。
ヒチコックのカメラワークも思わせます。
○
多くが小さなころの回想ですが、彼女が十七位の時に
おきた日清戦争の始まりの部分はこうなります。
「人は何かあると、家の中になんぞいられるものはないと
見える。・・・
戦争だ!
と誰かが叫んだ。みんなが駈けてゆくさきは交番だった。
何か張紙がしてあって、巡査さんが熱そうな顔をしていた。
交番の前は、遠くから黒山の人だかりでもみあっていた。
そろそろ帰ってゆくものもあって、その人たちは、青く
ひきしまった顔附きで家へと急いだ。今思えば、宣戦布告と
召集の張紙であったのであろう。もう涙ぐんでいる娘さんや、
前垂れを眼にあてている女(ひと)もあった。
何しろ下駄の音は絶え間なく走った。」
緊張感を小気味良いほどに描いています。
○
上記引用は、本の紹介としてはまったく不十分なものです。
数多く描かれているのは、良くも悪しくも、日本人の姿。
失われてしまった和の文化です。
ご自分が始めた雑誌『女人芸術』の埋め草的な文章を
集めたものが本になったそうです。
制約が多い中、これだけの文が書けるとは素晴らしい。
本当は引用すべき人間描写は長くなるので割愛します。
お手軽に青空文庫ででもお読みください。
それにしても日本人は変わってしまったようです。
ほぼ私の祖父母といえば、ついこの間なのに。
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