長谷川時雨

2012-09-28 09:13:07 | 本の話
手元に長谷川時雨の本が一冊だけあります。
1983年の岩波文庫『旧聞日本橋』

まだ岩波文庫にカバーが付かず、緑の帯が付いていました。
ロウ紙(?)は劣化して赤茶け、ボロボロです。

最初は昭和10年、岡倉書房から出版されています。
83年、岩波文庫から出されるにあたり、
旧仮名遣などを改めてあります。残念。

正字正假名ならもっと気分良く読めるのにねえ。

帯には「大江戸の名残をとどめる日本橋界隈・・
自伝的回想。滅びゆく下町の情緒を見事に写す」
こんな本ですから、文字も余計に大切です。

『舊聞日本橋』がカッコいいですよね。


文章が良いのです。日本語ってのはこうだった。

・・などと生意気を言いますが、実は調べないと分からない
言葉も数多くあります。
昭和10年の本がこれですから私も情けない。

時雨さんは明治12年生まれ。
父は刀を差していた人物ですから、その長女の回想録に
江戸情緒がたっぷりと残ることは当然です。
学歴は代用小学校のみ。

記憶力の良いこと、文章の上手いこと。

引用しましょうか。

「敷石を二、三段上って古板塀の板戸を明け一足はいると、
真四角な、かなりの広さの地所へ隅の方に焼け蔵が一戸前
あるだけで、観音開きの蔵前を二、三段上ると、網戸に
白紙(かみ)が張ってある。」

これだけの描写をここまで簡潔にできますか?
明治の古い屋敷が彷彿としてきますね。
しかもリズムが良い。
ヒチコックのカメラワークも思わせます。


多くが小さなころの回想ですが、彼女が十七位の時に
おきた日清戦争の始まりの部分はこうなります。

「人は何かあると、家の中になんぞいられるものはないと
 見える。・・・
  戦争だ!
 と誰かが叫んだ。みんなが駈けてゆくさきは交番だった。
 何か張紙がしてあって、巡査さんが熱そうな顔をしていた。
 交番の前は、遠くから黒山の人だかりでもみあっていた。
 そろそろ帰ってゆくものもあって、その人たちは、青く
 ひきしまった顔附きで家へと急いだ。今思えば、宣戦布告と
 召集の張紙であったのであろう。もう涙ぐんでいる娘さんや、
 前垂れを眼にあてている女(ひと)もあった。
 何しろ下駄の音は絶え間なく走った。」

緊張感を小気味良いほどに描いています。


上記引用は、本の紹介としてはまったく不十分なものです。

数多く描かれているのは、良くも悪しくも、日本人の姿。
失われてしまった和の文化です。

ご自分が始めた雑誌『女人芸術』の埋め草的な文章を
集めたものが本になったそうです。
制約が多い中、これだけの文が書けるとは素晴らしい。

本当は引用すべき人間描写は長くなるので割愛します。
お手軽に青空文庫ででもお読みください。

それにしても日本人は変わってしまったようです。
ほぼ私の祖父母といえば、ついこの間なのに。


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