『戦争の話を聞かせてくれませんか』

2010-10-24 10:51:05 | 本の話
佐賀純一著、新潮文庫です。

平成6年に筑摩書房から
『戦火の記憶 いま老人たちが重い口を開く』
というタイトルで出版されたものです。

文庫の解説で辺見じゅん氏が書いておられますが
現在ではこの改題のほうが意味深いようですね。

とても重い内容ですが心に沁みる内容です。

戦争の話はどれも同じように思っている人は
ぜひ一読下さい。
戦争についてはNHKの多彩な特番も優れていますが
普通の人々の深いところまで浮かび上がらせることは
この本だからこそ可能であったようです。


まず、まえがきの一部を引用します。

「今回もまた聞き書きのスタイルだが、内容は
戦争にまつわる体験談である。話をしてくれた人々は
殆どが私の患者さんで、隣近所、せいぜい数キロの
範囲に住んでいる。これほど身近に暮らしている人々
が、半世紀前には・・何千キロという広大な地域の
空と陸と海に散らばって生死の間をさまよい、敗戦と
ともにここに戻ってきた。そしてその後は戦争の話題
には殆ど触れずに暮らしてきたのである。」

筆者は茨城県土浦市で開業医をされているそうです。

心を開いてくださった方にじっくりと話を伺い
のちに出来上がった原稿をご本人に確認頂き
場合によってはウラづけをとり、公的資料による
解説も加えておられます。
真摯な本の作り方をされていますので戦争の体験を
よく映した本になっているのではないでしょうか。

昔話と言うことになると記憶の間違いなどが混入する
こともありひどい人になると話がオオゲサになったり
することもあるようですから、こういうキチンとした
本こそ、後の人間には有り難い史料となります。

話された方の思いを正面から受止めて綴られたという
ことがひしひしと伝わってきますね。


私の父は戦争や抑留の話をほとんどしませんでした。
母は直接のたいへんな戦争体験はなかったようです。

戦争の体験は父以外からも若干聞いたことがあります。

やはり父の重い口からの話が、戦争というものを子供
に伝えておきたいという強い気持ちが込められていた
ように思います。

その父の伝える空気と、この本とよく通じるように
思え、信頼がおける本であると考えます。


著者のあとがきは大変優れた戦争論になっており
また、辺見さんの解説もさすがに素晴らしいものです。

文庫解説はネタバレになりそうです。
購入するかどうかは著者のあとがきを読んでからでも
良いかもしれません。


現在中国の大国主義は目を疑うものであり、かつ国際
情勢は非武装中立という理想を遠くに押しやります。

けれども、ほぼ半世紀前に中国で戦争を行っていたと
いうこと、どのような実態であったかということ、
これも知らなければ相手の土壌を推測できません。

いわゆる自虐史観とは違うレベルで、しかし戦争と
なるといかにむごい現実が広がるか。
それが人間の心に何を残すか、それを心に受け止め
その上での、国防であり国際政治であるべきです。
この基本を忘れるわけにはいきません。

ともすれば愛国的にすぎるのは人間として自然です
が、それだけでは国を誤ります。

一般の市民がヒドイ目に会うのです。

それにしても旧軍の官僚主義の弊害はどうでしょう。


もし父が生きていれば90をはるかに超えています。
直接の体験をもつ方が少なくなられ、広まる体験は
ステレオタイプなものになりがちです。

これからますますこの本の重要性が増すでしょう。

辺見さんが解説の最後にリデル・ハートの言葉を
引用されています。

「もし、私たちが平和を欲するならば、
 戦争をよく知るようにつとめて下さい」