行雲流水

ボランティア活動を中心に記録する

B2リーグ戦を見る

2020-02-09 16:52:06 | 日記
 暖冬で推移してきたが、立春以降寒波が入り寒い日が続いた。春も混入しているのか今朝はくしゃみの連発で花粉の季節を予感させた。
 先日フェイスブックで朗報を得たので午後サンプラザへ出かけ、B2リーグ戦(13:30~15:30)を見てきた。広島ドラゴンフライズに西区出身の三谷桂司朗選手がいて地元の皆さんにバンビシャス奈良戦を無料で招待するとの広告を見た。2階自由席(通常2,600円)だから見逃す手はない。在住証明が必要とかで、マイナンバーを持参した。
 少し遅れて入場したが、試合はもとよりハーフタイム等休憩には20万円をかけたフリースローやTシャツを客席に投げ入れるサービス、カラーガールのダンスなどがあった。本日の入場者は2,239名と発表。試合は広島が91対84で勝利した。試合後選手とのハイタッチはウイルス対策で禁止のアナウンスが流れていた。
 行き帰り正確には29年で撤退した天満屋の影響でここまで人の流れが亡くなっていることに淋しさを感じた。

2月8日ハザイ教室

2020-02-08 15:34:32 | 日記
 昨年12月14日ハザイ教室から新年を迎え、1月25日は法事と重なり2か月ぶりに廿日市市木材利用センター(写真)へ出かけた。この間廿日市電停そばの幼稚園がかなり出来上がっていた。
 ハザイ教室参加者が4名と少ないですよと講師の三上敬子先生から前日に電話連絡いただいていたが、久しぶりなので忘れられないように顔を出してきた。橋口さん・大福さんの古参ボランティアに加えて新しいボランティアさんを含めて参加者の倍の人数がそろっていた。
 お母さんと姉(1年生)と弟(5歳)の家族と触れ合った。当方と橋口さん・大福さんで姉のオカモチ、弟の車づくりをそれぞれ手伝った。弟がトラックの荷台を組みたてる際、どこにボンドを付けたらいいか頭の中で理解していることに驚いた。当方、5歳の陽優君と一緒に遊んだ感が強かった。
 広電廿日市から電車で帰ったが、久しぶりのせいかボケが入ったか、1つ手前の電停修大協創中高前で下車した後間違いに気づき次の電車を待って1つ駅井口電停まで130円損をした。

2020,02,02

2020-02-02 17:40:46 | 日記
 昼食を早めに済まして、原爆資料館での講演に出かけてみた。何の講演かは知らなかった。手帳に場所と時間13:30~15:00と記しており、無鉄砲な行動になった。場所と時間はパーフェクト、内容は「旧被服支廠の保全を願う懇談会講演会」(写真)で、講師は三浦正幸先生(広島大学名誉教授)史跡原爆ドーム保存技術指導委員会委員長。
 ところで当方は皆実高校卒業で被服支廠のすぐそばで学生時代過ごした。特に建物の中に入ったこともなく平和学習で習ったことも一度もなかった。
 講師の三浦先生は38年前被服支廠の調査にかかわられ、建物の構造など具体的なお話を伺った。
大正2年(1913)鉄筋コンクリート造り・煉瓦張りで、当時セメントは輸入品として高価なものだったので十分には使用できなかった。
 原爆でドームは大部分崩壊したが、被服支廠は倒壊をまぬがれ中の木造工場は吹っ飛んだが被爆者が多数逃げ込んで苦しみ死亡したことを伝えるためにも現在残っている4棟全部残し世界平和を発信しなければならないと話された。