行雲流水

ボランティア活動を中心に記録する

銀賞 安田女子中学

2011-10-31 10:10:23 | 日記
「涙が止まらない」という見出しで紹介(写真)。10月30日(日)第64回全日本合唱コンクール全国大会(全日本合唱連盟、朝日新聞主催)が、東京府中市で開かれ、中学部門の同声と混声の部39団体が参加したようだ。
 同声で広島県から出場の安田女子中学校、お隣に同校のお嬢さんがいる。大会の数日前だったか、朝6時過ぎ多分遠征へ出かけるのだろう、お母さんが車から「○○」置いて行くよ!と急がせる声が聞こえた。現地の環境に慣れ、体調を整えるために引率者、御家族の心労はいかばかりだったかと想像する。
 年頃で多感な79人の生徒たちを、一つの声に仕上げるのは並大抵な事ではなかろうと推察する。まさに安田学園の伝統と彼女たちの誇りがなせるわざなのかもしれない。
 学校時代クラブ活動を経験しなかった拙者は、学友と共に涙した経験が無く、「○○」さんが羨ましい。

よちよちかるがも教室

2011-10-29 15:34:07 | 日記
親(1)子(2)のかるがもを一羽ずつ台車に乗せ、車の軸を少しずらして取りつけることで微妙に左右に揺れるようにした作品(写真)。講師は、廿日市市木材利用センターのボランティア橋口さんで、参加者は家族を含めて15人の親子が集った。
 主な作業は、24cmの板を8cmずつ3枚にノコギリでカットする以外は、準備された車輪とカルガモをサンドペーパーで磨くことで、一部の児童は糸のこを体験カルガモを切っていた。
 同講師で、2009年8月20日「よちよち動物をつくろう」が開かれたことがある。動物を描いて糸のこでカットし、それを2個の車輪で挟んでスロープを走らせる作品だった。カットした動物の底の前後が微妙に突き出しブレーキ役とバランスを持たせる作品だった。
今回の作品もそうだか、子ども達は、動くものが大好きなのだ!

みかんの思いで

2011-10-26 15:52:33 | 日記
井口1丁目にミカン畑が残っている(写真背後は井口台中学)。拙者、広島県の島嶼部旧大崎町(現大崎上島町)に住んでいた事があり、広島市近郊から嫁いできた妻がアルバイトでミカンの収穫に出た。一つ一つハサミで摘果する、さらにヘタが飛び出していると、他のミカンに傷をつけるので、ヘタの根元をもう一回二度切りして肩にかけた袋に入れる。重量がどんどんかさみ収穫作業は大変だったらしい。
 神奈川県川崎市で独身時代は、外食が多くて、ミカンを買った時には7~8個まとめ食いをしていた。
 子どもの頃は、コタツに入って「ミカン釣り」ゲームをしたことを思い出す。布団針に糸を通して、その針をミカンのヘタめがけて投げる、うまく命中すると糸を引き上げると針が抜けないでミカンが持ち上がる。遊び道具が乏しかった時代の話です。現在は、針と糸が揃っている家庭は少ないでしょうね!

一夜一輪の月下美人

2011-10-24 20:30:05 | 日記
 数輪の年もあるが、今年は一輪しか咲かなかった(写真)。拙宅で初めて花が咲いたのは2005年で、9月15日(木)に次のように記している。
 昨日夕方、月下美人の花2輪が咲きそうになったので、妻は実家の義母に電話で見に来ないかと誘った。最近足が弱くなっているから、無理をしないでゆっくり来るよう午後6時ごろ電話、ルートは府中から広島駅へバスで、JRで新井口駅へ、そこで着いたら電話迎えに行くと打ち合わせ待った。
 8時30分かなり花が開き始めた、やきもきしていたが、行き違いがあり妻の車でやっと9時前に拙宅に到着。玄関の下駄箱の上に咲いた2輪の花に、それぞれこんにちは、こんにちはと声をかけいとおしそうだった。2人で花を愛でながら夜遅くまで談笑していて、義母が元気であることが無性にうれしかった。

広島市植物公園

2011-10-23 20:11:08 | 日記
 閉じこもりはまずいと、植物公園へ付き添った。9月23日以来丁度1か月ぶりになる。ヤブ蚊の攻撃など夏の余韻があった先月だったが、展望台から見る樹木林は、紅葉しており秋の風情になっていた。そう言えば、明日は24節気の霜降だ。
 それでも園内を歩くと汗ばみ、サマーセーターを脱いでワイシャツになった。プロフィールの写真は、先月同園で萩の花をバックにアップしたものだが、本日はその花が緑の実(マメ)に変わっていた。
 レストラン前のコスモスは、今が盛りで広場は花の迷路になっていて、子ども連れ親子がかくれんぼして戯れていた。日曜日にしては、静かな園内で、我々のような年寄り連れ、それに親子が加わった3世代家族、ベビーカーを押す若い夫婦も見かけた。
 パソコンに対峙する代りに、一時でも緑の中に身を置いたのは正解だった。